「私に今頃何の用かな?」 前線を退いて久しい私に、見知らぬ顔が訪ねて着た。 最後に魔物を焼き払ってから、何年過ぎたかわからない。 私が旅をして、仲間と出会い、魔物を焼き払ったあの時代。 あの頃は世界地図の大きさが今の1/4ほどしかなかった。 魔物といっても今より遙かに弱かった。 あの頃は、今と比べれば世界のどこも平和と呼べた。 当時"最強"と謳われた友でさえ、 今の戦いの中では手も足も出ないだろう。 剣も魔法も、そして、人と世界の在り方さえ変わった。 もう私が知っている世界は残っていない。 「なに?、私に案内をしてほしいだと?」 どうやら、北の森なら彼が詳しいと紹介されたらしい。 北の森、プロンテラ北にある、迷いの森のことだ。 北の森は私が全盛期の頃、世界でもっとも厳しい場所だった。 私の人生の中でもっとも多くの人と出会い、 同時にもっとも多くの人と死別した場所。 今だからこそわかる。 あの時代こそ、自分が一番"生きている"瞬間だったと。 「そう言われても、私が知っているのは遙か昔の森だけだ」 しかし、そこすらももう消え去ったはずだ。 世界が変動した時、迷いの森は大きく変わった。 一層に複雑さを増し、 そこに住む魔物も、その性質も大きく変わってしまった。 世界が変動して以来、そこへ赴いたのは2回だけだ。 1度目は、妙になじまないざわめきと、空気のよどみに違和感を感じ、 2度目に行った時、もう自分の知っている森じゃないと思った。 私の一部と言える迷いの森が変わってしまったことで、 私の他の部分が死んだのだろう。 私の旅はそこで終わった。 「北の森がまた姿を変えただと?」 「・・・はい、突然 黒蛇やハンターフライが姿を見せて」 「変だと思ってすぐに引き返そうとしたのですが・・・」 黒蛇にハンターフライか・・・、その名を聞くのも久しいな。 「森の繋がりが今までと全く変わったみたいで全然出れなくて・・・」 「リーダーが、昔の森のようだと言い出して・・・」 まさかな、あの忌まわしき森は死んだはずだ。 「そこからどう歩いたのかわかりませんが」 「どんどん静かになっていく森の中を進んでいって・・・」 ・・・まさか、とは思うが、アレがよみがえったのか? 「リーダーが"後少しで出口だ" と言った直後に・・・」 そこで静かにうつむいてしまう。 「そうか、あの忌まわしき場が・・・」 「死者無しで切り抜けることは無いと謳われた、あのモンスターハウスが復活したのか」 震える声とは裏腹に、目はギラついていた。 死んでいたはずの記憶がよみがえる。 何度見たことだろう。 あの忌々しき光景を。 失われ行く命を。 とある親しかった剣士。 彼は肉体を極限まで鍛え、その頑強さと素早さはから、 神の防御とまで謳われた1人だ。 その彼でさえ、その場に踏み込んだ瞬間、 頭蓋と甲が混ざり合い、歪にひしゃげていた。 ひしゃげた黒い甲と、砕けた頭蓋が、 まだ血も吹き出していないピンク色の、 頭だった場所に突き刺さっている。 思わず目をしたにそらすが、 そこにあった彼の足は、足首から先が黒い何かに変わっていた。 元々足があったであろう場所には、 巨大な黒蛇が、足首をかみ砕き、その先を飲み込もうとしているのだろう。 もう片方の足も数カ所、曲がるはずのない場所で曲がっていて、 添え木を当てているかのように小さな黒蛇が数匹まとわりついていて、 それが支えとなって、立たされているのだろう。 次の瞬間、黒かった蛇が朱に染まり、 彼の上半身は、ハンターフライがびっしりとまとわりついていた。 ハンターフライの隙間から、辛うじて見えた唇が何かを伝えようとしていた。 数秒、いや、ほんの数瞬しか立っていないにもかかわらず、 ハンターフライ達は、既に骨となったであろうソレから離れようとする。 「ファイヤーウォール!!」 炎の壁が現れ一つの人骨と、無数の虫が燃え上がる。 所々残っていた肉が焼け落ちると同時に、 蛇の肉が骨にからみつき、 まるで腐った人間が焼かれてるように見えた。 「ファイヤーウォール!!」 はじけるような爆音と、詠唱の叫び声がこだまする。 「ファイヤーウォール!!」 虫に食いちぎられた彼の身体を見たくなかったから。 「ファイヤーウォール!!」 全力で焼き尽くした。 そして、数十秒後。 そこは、ほんの数メートル四方を除いて、いつも通りの森に戻っていた。 焼けた土。 黒ずんだ蛇の後。 赤く溶けた鉄がまだ地面を焼いている。 そして・・・、骨すら灰になってしまうほど焼いたハズなのに。 ハンターフライの鋼鉄をも超える外骨格に守られたのだろうか・・・ それとも、ハンターフライの胃に入っていたが為に焼けなかったのだろうか・・・ 灰と化した彼の骨と、顔の右半分。 黒い瞳と、銀の髪を残し、朱い断面がまだ血を流している。 その瞳は、助けを求めるように私を見つめていた。 それ以来、私は好んでモンスターハウスを潰して回り、 幾度と無く同じ光景を目の当たりにした。 「彼は昔の森だと気付いた後、もし自分が死んだら貴方に伝えて欲しいと」 「貴女ならこの森の魔物と戦えると・・・」 "あの"森がよみがえった事に間違いなさそうね。 「・・・わかったわ、今一度、迷いの森へ赴きましょう」 また、生と死の狭間に立ち、すべてを焼き払える。 「貴女も同行しますか?」 「はい。当然です。」 訪ねてきた女性は異変を止めるのが騎士団の役目ですからっと付け加える。 「ありがとう。心強いわ」 彼女が騎士団という事は異変を察知したのも王国の騎士団なのだろう。 当時の旅人であるなら私を知らないはずはないから。 「私の名は・・・もう知っているわね?」 「はい、彼から "森の聖火" と聞いています。」 「騎士団では通り名の方が有名なのね」 心の中でクスリと笑いながら、彼女を先導する。 彼女が本当の通り名と、 その意味を知ることになるのは死の間際だろう。 彼女を先導している者が、 魔物と共に人を焼き尽くす業火。 迷いの森で死を誘う "森の魔女" だと気付くのは。