蟻地獄ダンジョン地下2階。 いつもの様に準備を整え、いつもの様に高揚感を楽しんでいる私がいる。 私はBOSSと呼ばれる強力なモンスターを狩る事を趣味としているチャンピオンだ。 一般的に見れば危険極まりない事で、いつ命を落としてもおかしくはない。 しかし私にはスリルが得られる遊びでしかない。 何より、私は死なんてものを恐れていない。死ぬ時は死ぬ、それだけだ。 そろそろマヤーが出現した頃だ。 長い髪をなびかせ、残影により索敵を開始する。 開けた場所に巨大な影と複数の影。居た。 まずは残影で撹乱し、取り巻きの厄介な虫を本体と分断させる。 マヤー本体と一騎打ちの状況になり、一撃目の阿修羅覇王拳を撃ち込んだ。 交差する際に、マヤーの反撃により多数の傷を負うが、ポーションを体に振り撒き強引に距離を取った。 再び気を溜め、二撃目を決める隙を窺う。 今度はマヤーも様子を見ており、膠着状態が続いた。 私は自分から動き、隙を作らせるように仕掛けた。 多少体勢を崩しながらも、マヤーの横を取り二撃目を発動させた。 ガキィン!という金属音。 「チッ!」 マヤーの刃により武器を弾かれたが、二撃目も決まった。 武器はマヤーの後ろへ吹き飛ばされてしまった。 丸腰状態にされたが、全く焦ってはいない。 次は三撃目。 先に気を溜めておき、武器を拾った後にすぐ阿修羅覇王拳を決めれば倒す事ができるからだ。 マヤーの方は弱っている、というよりも焦っているようだ。 こちらが丸腰とみて、すぐに突進してきた。 私はそれを紙一重に避ける。 刃をかすめ、赤い髪が地面に落ちる。 武器を拾い、すかさず三撃目を撃ち込んだ。 マヤーが奇声をあげ崩れ落ちる。 私はいつものように勝利の余韻に浸るつもりだった。 しかし――。 不意に背後から足を掴まれた。 「なっ!?」 マヤーはまだ生きていた。 有り得なかった。 阿修羅覇王拳が3発決まれば、確実に倒せるはず。 マヤーは私の足を掴んだまま、勢い良く後方へ引っ張った。 私はうつ伏せに転倒させられ、引き寄せられる。 地面を掴み、抵抗している時に原因を発見した。 武器の、メイスの先端が欠けていた。 おそらく二撃目を決めたときだろう。 僅かに倒し損ねた。そう一瞬武器に目を取られていた直後だった。 グシャッ! 「がっ・・・!」 強烈な衝撃が骨を伝わり、脳に響いた。 何が起こったのか、分からなかった。 気を失いそうになる頭を歯軋りでこらえ、後方をゆっくり見てみると――。 マヤーの両手が刃となって、地面に突き刺さっていた。 勢いよく振り抜かれた刃は私の体をいとも容易く通過し、背骨までもを完全に切断していた。 死にかけのマヤーが少し笑った様に見えた。 マヤーは掴んでいた私の足をゆっくりと引き上げた。 何の抵抗も無く、私の"腹から下だけ"が血や内臓の断片をボトボトと落としながらマヤーの下へ向かっていった。 「痛った・・・」 僅かに残っていた下半身の感覚が完全に消え失せると、そこで初めて私は痛みを感じた。 常識で考えると痛い、では決して済まない状態だが、過剰な脳内麻薬の分泌がそれを拒んでいた。 だが、誰が見ても決して助かるはずは無い事は明らかだった。 マヤーが、手を刃ではなく人間のものに戻して、まだ痙攣している私の下半身から腸や子宮を掻き出して喰っている。 「ごほっ、げほっ・・・」 それを最後に見て私は脱力し、うつ伏せのまま吐血していた。 自分は確実に死ぬ。 そう悟った瞬間に、涙が出てきた。 恐れてなどいなかったはずの死が、急に怖くなった。 私は死が怖くなかったのではなかった。 ただ自分が死ぬ事は無いと、奢っていただけなのだ。 マヤーが私の上半身を持ち上げる。 虚ろな目にかすかに写ったマヤーの口が、私の血で真っ赤に染まっていた。 蔦のようなもので私を拘束し、片方の手で切断口から主要臓器を、もう一方の手は胸を切り裂き乳腺を引き出し咀嚼していた。 痛みは無く、ただ体の中が焼けるような熱さだけを微かに感じていた。 私はもう指一本動かすこともできなかった。 無くなっていく感覚、そして意識の中で、最後にもう一度だけ涙が出た気がした。