これは八つ当たりだ。八つ当たり以外のなにものでもねぇ。この煮えくりかえるはらわたを どうにかするには相応の生け贄が必要だ。俺に赤っ恥かかせた張本人をぶちのめしたいがそればかりは、流石に無理だ。 なら、その同族にあたるのはごく当然の成り行きだろう?たっぷりとお礼をしてやる。 俺の目の先には羽根を休め、古びた石造りの水場で涼をとるランドグリスゴースト。 対峙すると極めて厄介となる槍状の右腕も今はその形をとかれ、人のそれとかわらない。 以前見たときは、その優雅な仕草に目を奪われた。だが、今は魔物風情が人間の真似事をして涼んでいる かと思うと、反吐が出る。あぁ畜生、胸くそが悪るい。 「クソ野郎……、転生拒否なんて聞いたことがねぇぞ、あの売女めぇ……」 「む、無理だ。一介の剣士が、あんな、バケモノに向かうなんて。やっぱり無理だッ!」 「黙れ。逃げ出したら、分かってるんだろうなぁ?アイツに背中を向けた瞬間に蜂の巣にしてやる」 「そ、そんな」 一緒に草陰に伏せていた剣士がはばかりもせず震えながら泣き言を言う。 俺もアホじゃない。ランドグリスゴーストを正攻法で倒すには膨大な労力がいる。 セーフティウォールをかけながら同僚のガンスリンガーと仕掛ければ倒すことは可能だ。だが、 倒すことが目的じゃない。ただでは殺さない―― よし、他の野郎も準備が整ったようだ。ランドグリスゴーストは相変わらず水と戯れてやがる。 「そら、行けッ!このクズ!」 「うっ……うおぁぁあぁーーー!!」 剣士という名の囮の肩を押して戦乙女へ走らせる。自暴自棄な奇声をあげながら飛びかかってゆく。それでいい。 「!」 当然向こうは目にもとまらぬ速さで反応し、ランスを形成、Vit騎士でも致命傷を喰らわす必殺の一撃を剣士へ突き出す。 ごひゅっ 吐血とも、咳ともなんともつかない声をあげて剣士が文字通りランスに串刺しにされる。 ぶちまけられる血。双方の勢いで完全に根本まで突き刺さった。それが合図だ! 俺の反対方向からガンスリンガーが弾の雨を降らせ、その一瞬後にアサシンクロスが姿を現し、ラングリスゴーストに飛びかかる。 当然、ランスに人か突き刺さったままでは思うように動けず、しかも完全な奇襲に瞬く間に組み伏せられた。 翼を羽ばたかせてアサシンを振り落とそうとするが、逆に締め上げられおとなしくなった。 全てが片づいた後、俺は優々とソードメイスを弄びながら哀れな戦乙女に歩み寄ってゆく。 「ご苦労だ。なかなかいい手際だ。こいつは成功報酬をはずまないといけないな」 「いえいえ、いかな屈強でも覆すのが奇襲の威力ですからね」 答えたのはガンスリンガー。アサシンは黙ってランドグリスゴーストを拘束し続ける。 アサシンの下に収まるコイツは本物のヴァルキリーとは違うが、 この際細かいことは考えない。その端正な顔にやどる険しい目つきは、無礼な我々への憤慨か、 それとも油断した自分への後悔か。どちらにせよ、気に入らない。ソードメイスを思い切り振り上げた。 ガシャァ!! 鈍い音がした。ソードメイスが羽根飾りを砕き、頭に痛撃を加える。流れてきたのはこれも人間と同じ赤い血だ。 一筋の赤い血の流れが額に走る。今の一撃で目から生気が消えている。おいおい、早すぎるぞ。あの頑丈さはどうした? 「………」 額を思いっきり蹴りつけてやる。押さえ込んでいるアサシンが威力で浮いてしまうくらいに、だ。 咳き込みながら意識を引き戻す。意識と同時に激痛も戻ったようで、顔をしかめている。いい眺めだ。 絹のような美髪を容赦なく掴みあげる。あっ、と息をのむ声。 「まずはそのランスが、物騒だなぁ……おい。ぶった斬らせてもらうぞ」 「!?」 痛みに耐える表情に、驚きと恐怖の入り交じった感情がにわかに浮かび上がる。それを見るか見ないかのうちに ソードメイスを振りかぶり、振り下ろす。 ズシッ! 「ッ!」 ズン! 「ァッ!」 ズガッ! 「ッッ!」 木こりが機械的に薪を割るように、精密に右肩口を何度も何度も打ち据える。その度に真一文字に結ばれた 口から漏れる呻き声が心地よい。肩当ては完全にひしゃげ、その下からはじくじくと 腕を構成する薄黒い体液を滴らせている。けっ、気味が悪い。 振りかぶるたびに、すくんで翼が微動するあたり、恐れという感情を持ち合わせているようだ。それなら。 「ん〜、なかなか千切れないな。テメェがランスの形状を解いたら止めてやってもいいんだがねぇ…あん?」 血塗れたメイスを肩にあてて、見下しながら言葉を投げかける。 ランドグリスゴーストは頭を起こして、こちらを見据えた。憔悴が見て取れるが、まだ目には意志の光がある。 どうするか見守っていると、諦めたように力を抜いてランスを普通の腕に変形させた。服従しやがったよ! 傷は受け継がれるらしく、ほとんど骨のみで繋がっているような様子だ。だが、それより。 「なんだ、なんだぁ?人間の言葉を解すってのか!?生意気にも程があるってんだよ!」 力無く垂れた右腕を思いきり引っ張る。プリーストだからって鍛えてない訳じゃない。 ペアなら前衛張って、囮を引き受けることだってあるのだ。 「ーーーー!!!」 声にならない悲鳴と共に、右腕が引きちぎれた。あふれ出す黒い液体。血よりももっとどろどろしたものだが これまでにない激痛を伴うらしく、最後の力を振り絞って暴れ、アサシンクロスを振り落とし、飛び去ろうとする。 「逃がすかッ!!」 言うが早いが、待機していたガンスリンガーの寸分違わぬ狙撃が翼の主軸を撃ち抜く。 撃墜。手負い戦乙女の最後の抵抗はあっけなく幕を閉じた。 「そうか……、ランスよりもこっちを先に切り落としておくべきだったって訳だ」 うつぶせになるランドグリスゴーストの無傷の方の翼を掴む。羽根が柔らかい。束で売れば金になるかもな。 観念したのか、さっきから動きらしい動きを見せない。それではつまらん。 もがいて、苦しんで、泣き叫ぶから拷問は面白いのだ。マグロが好きだという奴の気が知れない。 「それじゃ、遠慮無くいくぜ」 翼に力をかけはじめる。槍の柄くらいの堅さがある。ミシミシと軋む音。 右腕『跡』を左手で押さえながら堪え忍ぶ。やはりそうでなくては。 じっくり時間をかけて、1分くらいの所で限界を迎え、ぼきりという子気味の良い音をたてて折れた。 「ッ!!!………ッ!!!!!」 お、涙が溢れてきた。泣く子も黙る戦乙女が女々しく涙を流すとは。だが、まだまだだ。 翼は間接と無縁なところで折れ曲がったが、とれてはいない。 生木の枝を折る要領でぐきぐきと前後に羽根を折っては返す。 「ッ!!………ひぅ……!………ウ!……」 折れる音がするたびにくぐもった悲鳴をあげる。涙は次々と溢れ頬を血とともにぬらす。 そして、6、7回往復したところで一際大きな音を立てて完全に翼はもぎ取れた。 「ァ……ぐすっ……ァァ……ぁぐっ………ゥ………」 もう、威厳も何もない。体中から走る激痛に背を丸くして耐え、すすりなくただの女に成り下がった。 さて、このメイスにもう少し戦乙女の『高貴』な血液を染みこませるとするかな。 … …… ……… 無数に殴られ、蹴られ、いたぶられた跡が生々しい。いつの頃からか、声を押し殺す事さえ出来なくなり、 無様に悲鳴を上げるようになっていた。それも今では先細りになり、ときおり咳き込む微弱な呼吸しか聞こえてこない。 さて、十分に殴ったし、どうするかな。思案しているとスナイパーがにやけながら提案する。 「結構な上玉じゃないですか。剥いてヤっちまえばいいんじゃないですかい?」 「バカいえ。いくら俺でも魔物となんか出来るか。変な病気がうつるってもんだ。それに一応坊主でな」 「坊主様がねぇ……ヘッヘッヘッ」 しかし、このラングリスゴーストが美形であることは間違いない。やはり神族の末裔かなにかなのだろうか? 「……ぁ」 頭髪を鷲づかみにして、俺の視線まで持ちあげる。もう、抵抗らしい抵抗はしなくなった。いや、出来ない、か。 かつて知性と強さを感じさた顔立ち。澄んできりっとした真紅の瞳。 それが今では血と、涙と、土で汚され、打ちのめされている。 そして流れるような髪………うん?なんだ、これは。 ロングヘアを下の方でまとめている髪飾りがある。他の装備は実戦仕様で飾り気がないが、 これだけ凝った彫りが見て取れる。どれ。 「これは……ちょっと高級品じゃないのか?貴様にはもったいないな。俺が預かってやる」 髪飾りを乱暴にはぎ取ると、急にそわそわしだした。そんなに大事なものなのか? 肩を振るわせ、息絶え絶えに身体を起こして左腕を伸ばしてくる。反応を見るに、相当なものらしい。 高く掲げると、なんとか取り返そうとする。 「そうか、そんなに大事なものか?」 こく。 「どうしても返して欲しいか?」 こく、こく。 首を縦に振って、「どうかそれだけは返して欲しい」という気持ちをストレートに伝えてくる。 それじゃあ、俺も鬼じゃないからな。 「それっ」 ランドグリスの脇を通して髪飾りを遠くへ放り投げた。目はそれを追跡して、取り戻そうと 既によく動かない足に鞭を打って歩き出す。一歩ずつ、バランスを取りながら。 びっこでのろのろとした歩みながらも髪飾りにだいぶ近づいた所で俺が合図を下した。 ズダァン! 「グゥッ!!」 6.5mmのライフル弾がランドグリスゴーストの右足首を貫いた。支えを失って盛大に転倒する。 しばらく何が起こったのか理解できず、震えていたが、 それにもめげす今度ははいつくばって髪飾りを取りに行こうと動き出す。 左手の指で大地を掴んで身体をひきずる。奇妙なほふく前進がそこで行われていた。 そんなになりふり構わず回収しなくてはならないものなのか?面白い。 「はっ………ァ…………ク…ゥ…………いっ……」 彼女が移動した跡には赤黒いわだちが出来ていた。もうそろそろ限界だろう。 ソードメイスでめった殴りにされた後で、そもそも動けること自体が驚きなのだ。 あそこまでさせる髪飾り。ランドグリスに下賜されたとでもいうのだろうか。 そして、ついに左手が髪飾りに届く。渾身の力を振り絞って手を伸ばす。 あと5センチ。それが越えられない壁となった。 「!?」 ここまで来て動かなくなった左手に違和感を感じ、視線をそこへ向けると。 「ぁ………ぁぁ………ぁ、ぁ………」 手の甲のど真ん中にアサシンクロスのカタールが深々と突き刺さり、左手を地面に縫いつけていた。疲れ切った 彼女にはそれをどうすることも出来ない。無数の冒険者をちぎっては投げたであろう凶悪なかぎ爪はそれきり動かなかった。 「……ぅぅ、ぅっ……ひ、ひど……い……」 それが、最期の言葉となった。 明くる日、オーディン神殿に足を踏み入れた冒険者は見るだろう。 ランドグリスが神殿の外縁まであらわれ、人という人を片っ端から殺戮した跡を。