「駄目だ、最後のガーディアンが倒された、もう保たない!」 「うぁぁあぁあぁぁ、来るな!来るなぁっ!!」 悲壮な叫び声が扉の外から聞こえてくる。 攻城戦が始まって1時間半。精強を誇っていた我がギルドの砦も既にエンペリウムのおかれる 最中枢部を除いて全て陥落した。劣勢を見たギルドマスターも前線で指揮を執ると勇んで出て行ったきりだ。 「こうも強力だと小手先の作戦じゃ、通用しないかッ」 「参謀、もう無理です。そもそもあそこで食い止められなかった時点で……」 「うるさいぞ、外野は黙ってろ!」 参謀とは俺のあだ名、というか役職そのものだ。こんな血の気の多いセージを参謀にするとは変わったマスターだ。 諦めるわけにはいかない。血のにじむような努力で得たこの砦を易々と明け渡すわけにはいかないのだ。 まだ保持して一ヶ月経ってないんだ。クソ! 「お、お兄さま……」 「大丈夫だ、俺がついている。あいつらだって無傷じゃないんだ……畜生、やってやる!」 俺の妹がぎゅっと腕を握ってくる。この前ハイプリーストになったばかりの大事な大事な妹。 とくに喧嘩もなく、いつも俺に懐いてくれる。殺伐としてギルドバトルもこいつが癒してくれればこそ乗り切れた。 ギルドのやつらに紹介していい感じだったんだ。こんな所で終わらせられるかよ。 凄まじい音をたてて門が崩落した。前衛の前に突入してくるのはアサシンと相場は決まっている。バカ共め、一掃してやる! 完璧なタイミングで俺のもっとも得意とする魔法をお見舞いしてやる。もう、砦が壊れるとかいってられねぇ。 「ヘヴンズドライブ!!」 砂煙をあげて多数の石柱が地面から沸き上がる。ハイディングで突入してきたアサシンを串刺しにしてやった。 そう簡単にここは通さ ガァンッ! 後頭部を強打され、意識が遠くなってゆく。世界が斜めになって、あぁ…前を通り過ぎるのはペコペコにのった騎士……。 馬の機動力にやられたのか。この……やろ、まだ、まだ一発しか……。情けねぇ、この、動け、動けよ……。 「…………さま!………おにっ……………やっ!………放し、………………!!」 が、叫んでる、止め……ろ、手を出す―― 「おぉらぁっ!」 「っ!?ゲホッ、ゴホッ……な、何しやが、る……」 腹に激痛を感じて意識を引き戻される。ここは……エンペ部屋の、ままのようだ。 ぼやけた視界からだんだん霧が晴れて行く。まず目に入ったのは敵対ギルドの徽章を付けた冒険者達。 「アンタがあんまりにも長いこと眠っているからもう始めちまってるよ。オトコなのにだらしがないなねぇ、まったく。」 そういって女ローグの指さした先には床一杯に血だまりを広げて、動かなくなったうちのギルマスが転がっていた。 視覚が安定しないせいでより赤く、より禍々しく見える。こちらを向いた顔には生気を失った目。 そして、何かを求めるように俺の方へ伸ばされた、手。 「フレートぉ……フレートぉ……って呻いていたけど、それ、アンタの名前?何、そのケミ子とデキてたの?  だったら悪いわねぇ、アハハハハッ!」 けったくその悪い声がエンペ部屋に響く。なんだ、俺は、助けを呼ぶ声に全然気が付かずに気を失っていたのか? こんな、何も出来ない、無力な男に手を伸ばしたっていうのか? 「っ……!」 「大丈夫、第一幕には間に合わなかったけど、次の『本命』があるか安心なさい?」 「ど、どういう、意味だ……」 聞かなくてもわかる。その『本命』の意味するところ、は。だが、でも。 その可能性は考えたくない。ありえない。アイツが傷付けられるなんて、そんな事は。 だが。 現実はどこまでも残酷だ。後ろ手に縛られ、よたよたと引っ張り出されたのは。 「お、お兄様……」 「アハハハハハハッ!アンタ、妹に『お兄様』なんて呼ばせてるの!?キモイ事この上ないわねぇ!」 いつも神経質なまでに整えられた法衣は汚れ、はだけており辱めを受けた事を示している。 緋色の法衣と同じだと、無邪気に喜んでいた赤毛も乱れていた。 「俺はどうなってもいい!アイツは、アルミラだけは赦してくれ!頼む!」 「オトコの悲鳴なんか聞いても気持ち悪いだけよ。あんたはあのコの絶望を煽る為だけに生かされてるの。  代わりなんて冗談じゃないわ。」 そう言ってローグは周りのゲス共を見渡す。誰かあれをかわいがる奴はいないのか、と。 「それでは不肖、私めにおまかせ下さい。うへへっ……」 一歩前に踏み出したのは、そこいらの不良と変わらないタコ入道、もといモンクだ。 剃髪した、というより反体制のスキンヘッド頭はボキボキと指を鳴らしてアルミラに近づいて行く。 「い、イヤ……こ、来ないで……来ないでくださいっ!」 そういって逃げようとするが、足かせをはめられており、小幅でしか下がることが出来ない。 すぐに奴の間合いになってしまって。 「そう毛嫌いするんじゃないよ……同じアコライトから出発した同系じゃないかぁ〜?」 そいつは笑顔のまま、その体格と体重をフルに生かした一撃を、妹に叩き込んだ。 拳全体がお腹に収まって一瞬見えなくなったか。 「あがぁっ!ゴホッ…げほっ……うぅ……ぅっ……」 「アルミラァ!……て、てめぇら……ふざけた真似をしやがって……!」 ローグを睨み付けるが、鼻で笑っていなされる。こんな惨めな状況にある以上、なにがしかの反応すること自体が 連中の思うつぼなのだが、それを冷静に分析しておさえることを俺には出来ようはずもなかった。 「けほっ……あっ……」 容赦のない拳を華奢な身体に喰らって倒れ込んでいたアルミラの両腕を引っ張り上げて、むりやり立たせる。 すでに足腰からは力が抜けていて、ここからでも分かるほど震えている。 「いいわねぇ……あの顔、あの声……ハハハッ」 こんのクソ尼め……たとえここでのたれ死んでも生まれ変わって、神に誓って復讐してやる……。 「お腹が痛いのかなぁ?どれ、ちょっと手を当てて、と」 薄気味悪い笑みを浮かべて、片手をさっき撃ち込んだ腹部に翳して。 ドンッ! エンペ室に響くくらいの音を立てた、まったく減衰の無い発勁が撃ち込まれる。 その衝撃はまだ子供と言っていい身体を破壊するには十分すぎる威力。 そして一呼吸遅れてやってきた、耐え難い激痛が彼女を包んだ。 「あ、ぁ、ぁ、ひぁああぁああぁあぁ!!痛いッ!痛いよぉっ!いっ…ガハッ、ごふッ…うぇぇ……」 悲鳴を上げる口から、紅い飛沫が噴き出してきた。発勁をうたれた腹部からもジクジクと血がにじみ出る。 必死に痛みを訴え、許しを請う無力な少女を前に、取り囲む連中の顔には歪んだ愉悦が浮かんでいる。 「ひ、ひー……ル……ひっ……んぶぅ!?」 「それは、いけませんぜ、お嬢さん……」 次の一撃も寸分狙いはそれずに腹に穿たれる。今度は肺を圧迫するように打ち上げるように叩き込まれた。 打撃音の他に「ぐちゃっ」と、いう音も発せられた。これも手加減の全くない本気の一手。 5mはゆうに飛ばされる。痙攣と激しい咳の中、顔だけをこちらに向けて。 「兄……さ………ぃ、た………たす、け………」 俺を、そんな、縋るような目で、見るな。何も出来ない、最低な兄に、そんな目で――! 「あ………ぅぁ………っ…………」 もう、サンドバッグと殆ど変わらない。拳が入るたびに小さな呻き声をあげるが、それももう聞き取れなくなってきてる。 ”ギャラリー”も、もうつまらない、単調だ、と不平をつぶやきだしている。 「そろそろ張り合いがなくなっまいやしたねぇ〜。」 そういって取り出したのは、緑ポーション。もう閉じる力もない口に、本当は小さくて可愛かった口に、無理矢理流し込む。 「んぶっ……んく……っ……んく……」 口を閉じられ、顎を無理矢理押し上げられているから飲まざるを得ない。飲むと言うより、流し込んでいる。 手はだらりと垂れ下がり、花輪作りが好きだった指は何本かあらぬ方向を向いている。 目には生気が無く、焦点もさだまっていない。もう糸の切れた操り人形と同じだ。 ポーションを飲まされて、少し顔色が良くなる。意識も少しはっきりしてきたのか…? 「あ……あぇ……わ、たし………」 「おはよう、お嬢ちゃん――」 ズドンッ! オーガにも効果の有りそうな肘鉄が腹に突き刺さる。 「ごふぇっ!!うぇぇぇぇえぁ、おぇええぇぇ!」 口から今し方飲まされた緑ポーションが盛大にはき出された。鼻からも緑色の液体が垂れる。 「あら、ゾンビみたいねぇ……緑の体液を垂れ流すなんて……面白い、面白ーい。」 もう、お腹を手で押さえることも出来ず、ただ腰を折って痛みからにげようとしている。 土下座しているようで、腕は明後日の方向を向いている、そんな体勢だ。 「あ……ぁ゛……ぁ゛ぁ゛、ぁ゛……ぁ…」 少しずつ、吐き気の波が来る度、壊れたポンプのようにポーションをはき出す。 絞り出された緑は、それ以前にはき出された血だまりに吸収され、見えなくなってゆく。 「おら、もっと飲んだだろう、出せ、出せよっ」 薄ら笑いを浮かべたモンクは、足でアルミラを仰向けにして、ぐしゃぐしゃになったお腹を踏む。 力を入れるたびに、ぴゅっ、ぴゅっと口から緑とも赤ともいわれない混合液が吹き出た。 涙を流しているが、その目から感情を読み取ることは出来ない。ただ、絶望を除いて――。 もう、怒りの炎は立ち消えてしまった。俺の脳は、アイツの、この世で一番愛しいアルミラの様子を 的確に把握するだけだ。冷静に、克明に状態を判断する。なんで、こんな時に限って冷静なんだよ。使えないな……。 「そろそろヒールか、な、っと」 こと切れそうになる、その直前にヒールをうって、まさに「生かさず殺さず」の状態を作って殴り続けている。 その度に意識を引き戻され、腹に拳を叩き込まれ、悲鳴を絞り出されている。 「もぅ………やぁ……殴ら、……ごほっ、げほぉっ……ないでよ、ぉ……私、  悪、い……うぇぇっ……事、何も………して、ない………」 悲痛で消え入りそうな懇願も、こいつらにかかれば最高にソソるセリフだ。腐った心には 何も響かない。俺たちは、あんなクズ共に、砦を明け渡したのか……。 「よ〜し、殴るのは、止めてあげよう。じゃぁ、次は蹴りかな、膝蹴りかな?それとも選手交代して  斬撃とかがいいかなぁ?」 一瞬、アルミラの顔が動いた。愚直に「止めてあげる」という言葉を信じたんだろう。 あいつは人を疑うことをしなかった。本当に、こんなアニキの下で澄んだ心で育ったんだ。 それを弄ばれて。 「うっ、ゥ………うぁ、ぁぁぁあぁ……う、ゲホッ、ぁぁあぁあ……ひどい、よぉ………ぃさま、ぁ………」 大声、といいたいところだが、圧迫され、崩れ落ちた肺では声も出ない。それでも、 精一杯、泣いていた。どこにそんな力があるのかというほどで、泣いている。 「ぁぁあぁぁ…………、痛い、よぉ………ぉ……」 それを満足げに見ていた、ローグが手下のシーフに目で合図をした。 何を思ったか、そのシーフは残忍な笑顔で泣いている妹の肩をひっつかんで俺の目の前まで引きずってきたのである。 眼前に、満身創痍、ボロぞうきんのようにされたアルミラの顔がある。 目の上に痣を作って。唇は切れて……その口の周りは真っ赤にして……涙で瞳を腫らして………。 その両眼が、俺を覗き込んでくる。俺に出来るのは、真っ直ぐに見つめ返すことだけだ。 「ん〜、いいわねぇ……絵になるわぁ……。それじゃ、今生の別れは済んだかい?」 「今、生だと……」 ローグが指示をだすと、俯せになった身体を少し起こさせて、集中的に狙われたお腹に、法衣の上から 短剣で切れ目を入れ始めた。ゆっくりと、深く、広く。 「ぁ…や、め………」 数え切れないほどの回数を殴られた五臓六腑は、形を失い、ばらばらになった破片としてその切り口から流れ出てきた。 発勁を何度も、何度もうたれて中はゼリー状になっている。息をする度に、内蔵だったモノがこぼれ落ちてきた。 「とめ………ぃゃ……しん、じゃ、かはっ……やだ……」 右腕で切り口をおさえようとするが、なんとか動くのは肘までで、おさえることは出来なかった。 緩やかな血の噴火は止まらない。白いモノ、紅いモノを織り交ぜて流れて行く。 みるみるうちに、肌から血の気がうせてゆき、白く、なって、ゆく。 「……ぁぁ…………ぁ………」 もう、全てが終わったと、そう思ったそのとき、不意に頬にやわらかな感触があった。 目を開けば、渾身の力で身体を起こして、身を乗り出したアルミラがそこにいた。 アルミラの口が俺に触れていたのはほんの僅かな時間。それから、スローモーションを見るように 彼女の全身から力が抜け、頭が下がっていった。そのとき、口が僅かに動いたが、なんと言っているかは、聞こえなかった。 [the end] なんか、もう過疎りきってますが。読んで下さった、殊勝な方は、一言でもいいんで、 感想じゃなくてもいいんで書き込んでください……。