〜策謀の手のひら7〜 あの大聖堂での地獄から脱出して2ヶ月。暗殺教団からの報復を恐れた俺は 町から街へ転々としていた。あの深慮遠謀には驚かされ続けたガードナーにも焼きが回ったって事だ。 「ふぅ……」 その俺が王都プロンテラに舞い戻っている。理由は簡単だ。どこをどうしたかは知らないが、俺の居場所を探り当てた ディター臨時首都警護府長に呼び出しを食らったのだ。無視しても良かったが、これ以上敵を増やしても意味がない。 「アサッシン派貴族に死を!」「散った聖者達の無念を王国は清算していない!」「暗殺教団を潰せ!」 それにしても、デモ活動が凄まじい。王都の全市民が街頭に出て抗議活動しているようにすら思われる。それはいいのだが。 風の便りでは王立防疫研究所も制圧されたという。それならばあの非道な実験の数々も白日の下に晒されたはず。 にもかかわらず、横断幕も、シュプレヒコールも反暗殺教団で染め上げられていた。それが納得いかないのだ。 なんとか人の波を縫って大聖堂に到着する。二ヶ月ぶりだな。衛兵に呼びつけられた旨を説明すると、 そのままカタコンベに案内される。そこには既にクルセイダーが一人、俺を待っていた。 ガードナーの腹心だったディターだ。彼の持つ松明に照らし出されるのは棺の数々。地下礼拝堂を死体安置所に使ってる訳か。 「待っていたよ。とにかく、ご無事で何よりだ。」 「手前らのおかげでとんだ目にあったぞ……。で、ローグに何の用だ。」 「単刀直入に、これらの遺体をどう思うか、裏の人間の意見を聞いておこうと思ってね。」 遺体?なにか不審な点でもあったのだろうか。クルセイダーに指し示される一群の棺の所までゆく。 防腐処理をされた死体達。その中にはガードナーとおぼしきものもあった。顔が潰されているから明言は出来ないが。 順々に見て行けば幕僚、将軍クラスで飾りの付いた甲冑を装備した死体になってゆく。どれも撲殺のようだ。 共通して言えるのは刃物を使った傷が全く見られない事と、頭部などの比較的弱い部分に拳を叩き込まれた跡がある事だ。 「どうって……モンクか、チャンピオンか、その辺りに倒されたんじゃないかとしか言いようがないぞ。」 「やはりか……。では、これら十数名の騎士を単独のチャンピオンが倒しうると思うか?」 単独で?修道騎士団の幕僚連中と伝令騎士を?それはナンセンスだ。 だが、ディダーはそうでないという。僧兵団と戦になったのならまだしも、政府(アサッシン派)系傭兵部隊 のうちでモンクのみという偏った編成をすることはあり得ないというのだ。確かにその通りではある。 たった独りでなし得るとなると……。 「まぁ……伝説が真実であるというなら、心当たりは。」 「現場を見た平民出の騎士も同じ事を言っていましたよ。ですが、そのモンクは3年前に死んでいる。違いますか?」 「確かにそういう話だが、死体は出ていないんだろう?俺も信じてはいないが、絶対死んだとは言い切れないな。」 未だに根強く残るとあるモンクの話。自らの復讐のため己を磨き、比肩するもの無しという。3年前の雨の日に 復讐を成し遂げた後、力及ばず古木の枝によって召喚された深淵の騎士に斬られて死んだ。専らそういう話だ。 「悪いがそんな人外は知らん。力になれなくてすまないな。」 「いや、参考になった。少ないが取っておいてくれ。」 そういって手間賃を貰う。そこそこ重い。こんな楽な作業でも結構な額を出してくれるんだな。 どうもこれで仕事は終わりのようなので大聖堂を後にする。もっと尋問などを想像していたがあっけなかった。 いい時間でもあるので、行きつけだったパブに足を運ぶ。ここ二ヶ月は博徒の用心棒をやったり、狩りに行って 得たアイテムを売り払って凌いできていた。給料日ぐらい少しマシなもんを食おう。 そういって手近なテーブルに腰掛け、とりあえず葡萄酒を注文すると 「おやっさん、それは俺のおごりで頼むぞ。」 サングラスに小汚い帽子を被った男がこっちへやってきて向かいに座った。誰だ?初対面ではない。 たしか、どっかで見たような……。 「教会で一発お見舞いしたレヴィンと言えば、思い出して貰えるか?」 あぁ、あの時俺の軽口に手で応えたブラックスミスか。たしか、コルネリアを心の底から敬愛していた連中の一人だな。 「今、思い出した。だがそれの詫びにしては豪華だな。俺は安酒は飲まないぞ。」 「はっ、ネリーの敵と戦った英雄にケチケチしてられるかよ。俺が貴族なら館に招いたっていいくらいだ。」 大聖堂で戦いはしたが、英雄なんて大層な働きはしていない。それを説明すると、わかっていないなと 肩をすくめて首を振り、それから店の奥の方を指さした。人だかりが出来ている。 なんだ……吟遊詩人がリュートに併せて謡っている。叙事詩か何かか?  さて耳を傾け聴き入る職のない殿方、相手の見つからぬ遊女の方々  今日は気高く、高潔な勇士達のお話を致しましょう  奸悪の暗殺教団と傭兵軍団に対し、団結と断固たる意志で立ち向かった戦士達の  満月の夜、大聖堂に忍び寄る邪悪の者 神に依る子らの在す社を窺いて  好機とみるや、その手に暗器を持ちて 聖なる御域に踏み込まん  これに対処するは聖将ガードナー 冷静この上なく精鋭の手勢を差し向ける  …… 「……疑問なんだが。外で猛威を振るうデモも、あのバードもなんであそこまで反暗殺教団なんだ?」 「間違えちゃいけないのは、奴らの息の根止めるには騎士やアンタが振るった剣だけでは駄目だってことだ。  政治家を動かさなきゃ、クソ虫共を追い込むことは出来ないさ。」 「扇動……か。」 「啓蒙と言ってもらいたいなぁ。」 そうだ、このブラックスミスは敬愛していたコルネリアを無惨にも殺されたんだ。そしてその暗殺教団が動いたなら スラムの仲間と結託して中傷、扇動でもしないと気が済まないだろう。スラムの口コミの威力は俺もよく知っている。 「あいつらの大義名分は、大嘘だ。研究所が疫病を研究して、モロクを壊滅させようなんて今時、ガキでも信じないぜ。」 「信じさせないようにするのが、お前の戦いなんだろ?」 皮肉を言っても全く気分を害していない。まるでそれが当然であるかのように。 笑いながらどのようにしてあれだけのデモ隊を編成したかを誇らしげに話し始めた。 ガードナー。これも織り込み済みだっていうのか?アイツが残虐この上ない方法で殺されたのが。 そのことで反暗殺教団の世論が加速したことも、お前のビジョンにあったのか? 「取り締まるプロンテラ騎士団も同情的だ。連中も人死にを出している。これは本当にいけるぞ。」 アサッシン派貴族は国境不敬だけじゃない。国家反逆の罪も問われる。 この鍛冶屋の話ではもう水面下では検挙が始まっているらしい。連中が逮捕、処刑されたら次は暗殺教団だ。 その尖兵は王国保有の両騎士団。演習で訓練も万端って事か……まったく。 暗殺教団も、俺達も奴の掌の上で躍らされていたと言うわけか。天国であのメガネは嘲笑してるだろうよ。 「馳走になった。悪いな、メシ代まで出してもらって。」 「いいさいいさ。所でアンタ、これから予定あるか?」 「いや、特に何もない。それがどうかしたか?」 今日は修道騎士団の仕事が長引くと思ったから午後に予定は無い。そう答えるとブラックスミスがにんまり笑った。 なんだよ、気持ち悪いな。おごったときからなんだか訳ありだっと思ったが。 「ならエール・サナトリウムに行け。一悶着がありそうだからな。止められるのはお前だけだ。」 「エールって……郊外じゃないか。」 「いいから早く言ってこい!暗殺者はもうここを発ったんだぞ!」 暗殺者って何だよ。そもそも笑いながら言われても全然緊張感が無い。まぁ、セレステがどうなったかは気になっていたからな。 行ってみるか。 エールサナトリウム。神々最高の医師の名を冠するだけあり、高級な医療を受けられ、騎士団員や貴族が主な利用者だ。 肺を患った人にも対応できるよう、空気の良い王都東部の海浜に置かれている。 見舞いだと言って、ガードナーに渡された身分証を見せたら簡単に病室へ通された。 窓が大きく、海に臨む見晴らしのいい部屋だ。暖かい昼下がりの日差しが差し込み、微風が純白のカーテンを揺らしている。 その中でベッドから身を起こして外を眺めているのはセレステだ。よくもまぁ、あんな状態から助かったもんだよ。 「わりと元気そうだな。」 「……?えっと……教会で応援に来たローグさんですか?」 ぎこちなく振り返ったセレステは左目には眼帯をしている。多分眼球は無いんだろう。 ゆったりとした病院着の胸元から覗く包帯が、未だ傷が癒えていないことを示している。 「そうだ。傷の具合はどうなんだ?矢は頭部を貫通していたんだぞ?」 「ええ、それのおかげで毎日酷い頭痛に悩まされています……。お医者さんはそのうち良くなるって言ってますけど。  記憶や言語能力に関してはよく解らないみたいですが、今のところ不自由してないです。」 「ま、元々空の所が無くなっても問題ないって訳か。」 「それじゃ、私がバカみたいじゃないですか。」 そう言ってお互いに笑う。二ヶ月間ここで療養して心身共にだいぶ癒されたみたいだな。 その後は怪我の様子について聞いた。まだ身体が失われた部分を取り戻す秘蹟に耐えられるほど回復していないので 左手の再生はしていないそうだ。目についてはデリケートな部分である為、義眼かこのまま眼帯であるかもしれないという。 「とまぁ、こんな有様です。現場復帰はもうしばらく先みたいですね。それより……ありがとうございます。  瀕死の私を助けてくれたのは貴方だそうで…。感謝してもしきれません。」 そう言って頭を下げる。彼女の髪が美しく流れた。騎士に頭を下げられるのはおかしな気分だ。 ガードナーはそう言ったことは気にしなかったが騎士連中は普通、俺たちを見下すものだ。 「助けたのは俺じゃない。ヴィンセントだ。おれはその手助けを少ししただけだよ。」 「でも……」 病室外の廊下が慌ただしくなった。"暗殺者"のご到着の模様だ。暗殺者のくせに隠密性のかけらもないな。 そのままカーテンの影まで行って完全に気配を消す。面白いものが見られそうだ。 「あ、あの?」 バタン! 「セレステさんっ!今日という今日は絶対に許しませんからね!」 「うわっ、私は何もしてない、何もしてないよ。そもそも入院中なんだし……」 ヴィンセントが思いっきり扉を開け放ち、怒気を露わにしてセレステの横たわるベッドへ詰め寄って行く。 俺にはまったく気が付いていない。それにしてもセレステは入院しても何かいたずらをしたのか? 「アレクシ達に、『死んだフリの極意』とか言うものを教えたでしょう。」 「さ、さぁ…なんのことだか……。記憶がどうも……」 セレステの額から冷や汗が流れてくる。目もあさっての方を向いて、ヴィンセントを直視していない。 対してアホは憤怒の形相で睨み付けている。何をやらかしたんだ。 「アレクシが頭から血を流して墓石にもたれ掛かっているから、びっくりして騎士団の人に来て貰ったら  けっろっと立ち上がって……とんでもない恥をかかされましたよ!!」 「あちゃぁ……」 多分、セレステの想像を超える悪戯を悪ガキどもがやったんだろう。 それで今はネリーに代わって保護者をつとめるあいつにお鉢が回ってきたと。2ヶ月で随分変わったな。 「トイレ掃除3日で自白しましたよ?」 「うぅ…、私との絆はトイレ掃除3日以下なのか……」 「言い残すことは、それだけですね?」 「ま、待った!頭は、頭だけはやめて!最近やっと頭痛が……うわわっ」 アホの手には折檻の時に使う叩き棒が握られいる。アレは本気で痛い。 俺も何度か殴られたことがあるからだ。あの時は頭が割れるかと思ったな……。 セレステが右手を掲げて防御の態勢を取って、逃れようとする。 「おい、ちょっと待ってやれ。」 「えっ?」 まったく不意をつかれたヴィンセントがこっちを振り向く。俎上の魚だったセレステは ほっとため息をついて、胸を撫で下ろしていた。 「あ……おじ、さん………僕、その……」 「その格好で僕は変なんじゃないのか?」 「そ、そうですよね……。いつもみんなに言われてます。だけど、なかなか直らなくて。」 そうだ。ヴィンセントをもはやアホライトと呼ぶことは出来ない。 男装を捨て、今は漆黒の法衣を身に纏っている。スリットは他の連中と比べると控えめだが それでも女らしさを強調している。想像もつかなかったが、なんだ、板に付いているじゃないか。 多分、自分の中でケジメを付けたんだろう。 さて、にやっとセレステに笑いかけた後、ヴィンセントに 「まぁ、つもる話もあるだろうが、まずは俺が『叩き棒の極意』を教えてやる。  これを習得するとアイツの目から火を出すことが出来るぞ。」 「えっ……」 安堵していたセレステの顔が笑顔のまま固まる。反対に新米シスターの顔は、ぱぁっと明るくなった。 そのままレクチャーに入る。効果的な一撃を与える握り方、どこを狙うかなど。 「いいか、こうやって握ってだな……」 「こうですか?」 着々と鉄槌を下す準備が進められてゆく。不幸なクルセイダーは最早半泣き状態だ。 「うっ……、うわ〜〜〜ん!」 セレステの泣き声と、俺たちの笑い声が病室に、サナトリウム全体に広がった。 ================================================= 昔のと比べるとだいぶ角が取れたローグです。いろんな人と関わって変化があったんですかね。 何はともあれ、めちゃくちゃ長い本作に付き合って下さった方々に最高の感謝を捧げます。 あー、大変だった……。