〜策謀の手のひら6〜 どれくらい時間が経っただろうか。この宛われた小さな部屋には時間を推し量る手段はない。 ただ言えることは一つ。外の喧騒が格段に小さくなったことだ。戦いが収まってきているのだろうか。 さっきからじっとしているだけなのに、とても疲れる。真っ暗な部屋に扉の隙間から差し込む廊下の光がまぶしい。 3人組は二段ベッドの上段で布団にくるまっている。僕はチェインを持って、敵が来たら追い払わないと……いけない。 「まだ…セレステさんは帰ってこないのかな……」 こうして待っていると、心の中の黒い物が沸き上がってくる。戦いの雄叫びが聞こえなくなったのに誰も来ないという意味。 セレステさんの話に寄れば戦いが終わったなら、ザンテキソウトウと言うものが行われるらしい。 潜んでいる人を見つけ出して逮捕するというが、それが行われる気配は全くない。 そもそも大聖堂は修道騎士団の本拠地であるのだ。負ける筈がないとわかっていても心配になってしまう。 だって……「あんな事」があったばかりだから。シスターが、みんなが……。あれ? 「なんて奴だ……」 「手負い猪とはこの事なのかっ!?回り込め、囲んで仕留めるぞ!」 外が急に騒がしくなった。3、4人の足音と、それに混じって聞こえる剣が打ち合わされる音。これは近い。 何が起こっているのか少しでも理解しようと扉に耳をあてる。この扉のすぐ外でにらみ合いをしているようだ。 武器を返す小さな音。足を少しずらす音。呼吸をする音。その中に 「はぁ………はぁ………はぁ………」 この、声は、セレステ、さんだ。間違いない。凄く苦しそうに、深く息をしている。どこかを怪我しているんじゃぁ……。 固唾を呑んで聞いていると、様子が目に浮かんでくる。どうもたくさんの人がセレステさんを取り囲んだみたいだ。 動いた方が死ぬ。そう言う状況なのだろうか。いつまでこの状態が続くかと思ったら、 「ん……?その部屋がどうかしたか?気にしないフリをしても俺らには手に取るように分かるんだぞ?」 「っ!」 「相変わらず正直な奴め……そこを蹴破れ!」 その言葉と、僕が吹っ飛ばされたのはほぼ同時だった。気づいたら部屋の中頃まで飛ばされて、地べたに這い蹲っている。 何があったか理解するまもなく、首根っこを押さえられて引きずり出される。3人がベッドからこっちを見てくる。 駄目、見つかっちゃ駄目だ!そう、目で合図する。僕に出来たのはそれくらい。あとは抵抗も何もない。 「うわぁっ、いやだ、放してっ!」 廊下に否応なく連れ出された。すぐに顎の下に冷たい感覚。おそるおそる下を見ると、クロスボウが突き付けられていた。 そして、セレステさんを囲んでいた人達が僕たちと彼女を阻むように位置取った。 「ヴィン、セント……」 「……」 目の前にいるセレステさんは、本当に目も当てられない状態だった。体中を無数に切り裂かれて血を流している。 特に左肩に巻かれた包帯は意味を成していない。左手はそのせいか殆ど真っ赤……いや、肘の所で途切れていた。 そこから今もボタボタと鮮血を地面に落としている。そこから見え隠れする白いのは、骨だろうか。 顔は教会で見たときよりもさらに酷い。言葉では言い表せないほど憔悴している。それに、鈍器でやられたのだろうか 髪の毛の間から血が流れ出て、顔の反面を赤くしている。右目は腫れの所為か半開きで、左目だけが大きく僕を映していた。 「そうか……戦場で感動の再会、といった所だなぁ、え?騎士様よぉ。」 「はぁ……ごほっ、がはっ……こほっ……はっ……はぁ……」 息を吸ったときに苦しそうに咳をして、血をいっぱい吐いた。胸には、深々と矢が突き刺さっている。あれが肺も貫いているのか。 視線を下ろせば赤く染まった銀の脛当が、微かに震えている。もう立っているのも限界に近いだろう。 「これでチェック、メイトだなぁ。あいつらの借りはきっちり返させてもらうぜ。」 そう言って僕を押さえつける怖い人が顎に強くクロスボウを押しつけてきた。反射的に逃れようとするが、うまく動けない。 セレステさんは心底悔しそうに、そして苦しそうに言葉を絞り出した。 「後生、だから……げほ、ケホッ……その子、には」 廊下を見通せばたくさん倒れている人がいる。騎士様が二人と、黒ずくめの人が……たくさん。 あの怪我で、ここまで頑張って、あと一息って所で、僕が人質になっちゃって。 何も。何も出来無いどころか、足を引っ張っているだけじゃないか。 「それじゃあ、お前が何をするべきか、分かっているよなぁ?」 そう言われて、セレステさんが構えていた剣を投げ捨て 「ディボーション!!」 るフリをして、全力で駆け出した。身体から感覚がなくなるような、変な気持ち。 文字通り捨て身の攻撃を、だけどこの人達は読んでいた。読んだとおりで嬉しいのか軽口まで飛ばされる。 「はっ!そう来ると思ったぜ!こいつを喰らいな!」 前に立っていたアサシンが僕を、袈裟懸けにした。 「うっわぁぁあぁああぁあああぁぁぁああぁあ!!!」 叫んだ、だけど痛みは感じない。斬られているけど、斬られていない。でも、この傷は、全部、セレステさんに。 彼女の胸から、鎧の隙間から水風船が割れたみたいに赤い液体が、噴出している。それでも足は、止まらない……! 「たぁあぁあぁあぁぁ!!」 「こっ、このぉ!」 もう一人が僕の脇腹にカタールが突き刺した。幅広の剣が、身体の中を通って、反対側まで届いて皮膚を突き破る。 お腹の中に、冷たい物がある。本来ならこれだけで死に至るだろう。でも、まったく痛みが来ない。それが怖くて。 「ぬ、抜けねぇ!うわ、あ、やっ……」 ズッシャァァア! 僕を深々と斬りつけたアサシンが、頭から真っ二つにされてる。剣は頭蓋を割って胴体にまで達している。片手持ちなのに。 その剣は男の人の中で返されて、引き抜かれる動作から、流れるようにもう一人の首をたたき落とした。 最後に、クロスボウを突き付けるシーフを斬り裂こうと振りかぶった。その剣勢は、目にも止まらぬ速さ。 対して僕を突き飛ばしながらクロスボウをセレステさんの顔に狙いを付けて――! 「クッソォォォォオ!!」 「はぁあぁあぁあぁあぁ!!」 ダンッ! 目を、開いた。 僕の後ろで、人がぐらりと動き、ばったりと斃れた。その手には「発射された」クロスボウが、握られていた。 僕の前で、人がその場に膝をついて、仰け反って倒れた。その渾身は無数の深手。そして 胸から、赤い噴水が 「ぁ……」 そして、左目には 「ぁぁ……せ……」 撃ち込まれた、矢が 「セレステさぁぁぁぁん!!!」 全く物音のしない首都警護府執務室。つい先頃まで幕僚が議論をし、伝令が出入りしていたこの部屋が。 今は水を打ったように静まりかえっている。身廊での剣戟も聞こえなくなった。 ずるっ、どすん 音の方を視ると、受けた衝撃で壁まで飛ばされた騎士が、ゆっくりと崩れ落ちていった。 「……」 目の前に立つ男はなんなのだ。常識はずれであるなどというレベルではない。 伝令騎士とて単身で敵兵に対応出来る優秀な人材を選んでいる。幕僚は確かに往年の強さはないが 力で上り詰めた連中だ。中には当然、武勲を立てて出世した者もいる。 信じられる筈がない。現実を直視することは慣れたつもりだった。だが、これは……。 「どうした。お前は来ないのか。」 「くっ……」 私の目の前に立つ男の周りには、一斉に斬りかかった修道騎士の死体が転がっている。 瞬く間、文字通り瞬く間に連携の極めて小さな隙をつき、一人一人確実に必殺の一撃を叩き込んで仕留めた。 複数の手練れを相手に全く怖じ気づかず、傷を受けるのを全く恐れず。 「……なぜ、そこまで強いのか……冥土の土産にお聞かせ願いたいものですね。」 こんな時にも慇懃な言葉遣いがしっかり出てくるものだ。余裕などというものは先刻どこかへ消え去ったのに。 命の番人たる死神を目の前にしても、ここまでの戦慄を覚えることはないだろう。 「強い?……俺は強くなど無い。」 「ははっ、ご冗談を。」 いや、彼が私にとっての死神なのかもしれない。ただ命を刈り取るのが鎌でないというだけだ。 「……あの人と比べれば、圧倒的に遅い。」 そう言い終わると、ゆっくりとした歩調で間合いを詰めてくる。ご託は終い、という訳か。 おのれの信念に沿って、手を汚し続けた。そのことに後悔はない。 王国の汚れ役を買うのは自分の意思でしたことだ。それでも、裁判にかけられて処刑だと思っていたのだが。 「これでも、一応騎士でして……」 愛用のサーベルを抜く。あと数十秒、いや数秒で私は物言わぬ骸となるだろう。 そのときに剣が鞘に収まったままにする訳にはいかないから。騎士とはかけ離れた道程。 飛べば一足の間合いで奴が止まった。私はもっとも得意とする下段の構えで迎える。 最期は、騎士らしく―― 救護所へ走る。おさえる肩には突き刺さった矢。直撃ではないが、かなり深くやられた。 なかなか痛い。身廊の様子を覗いた瞬間にハンターボウで肩をやられた。中が見られたのは刹那の間だったがもう駄目だ。 動いていたのは敵方の傭兵だけ。死屍累々、グラストンヘイム修道院でもここまで酷くないだろうよ。 応急手当を受けたら、もう逃げるしかない。もうどうにもならない。何者かは分からないが あの傭兵連中はベテランを集めた修道騎士団と衝突して、全滅に追い込んだんだ。 本隊が出払っている事を差し引いても十分な数は居た。さらに名のある傭兵を多く雇い入れていた。 それを押し切るとはどういう事だろう。これが、暗殺教団に刃向かうという事なのか。 っと。救護所近くまで来て空気の異変に気がつく。鼻を突く刺激臭。これは。 「やってくれるぜ……ガスか……」 この臭い。薬品の混合で出来る毒ガスだ。腰の鞄から防毒面を取り出して装備する。早速役に立ちやがった。 中を窺うと、負傷兵が、プリーストが、医者が斃れている。相当苦しんだようで皆、凄まじい形相をしている。 ここも身廊と何も変わらない。違うのは血と臓物をぶちまけているか、そうで無いかだけだ。 「ったく……。本当に容赦が無いな。」 中を見回すと、部屋の左脇に頭を粉砕されたプリーストの遺体があった。医療専門ながら儚い抵抗したのだろうか。 死体を踏まないように気を付けながら薬棚へ。もう殆ど薬品は尽きていた。赤ポーションが僅かに2本。 ここでは飲めないから、貰っていくとするか。戸棚に手を掛けた、その時だった。 アホライトの叫びが聞こえたのは。 「あんのバカ……!死にてぇのか!」 この状態で大音声で叫ぶことが、どれだけ危険か分かっているのか。それを忘れるくらいのことがあったんだろうが! 声がした方へ走る。聖堂右翼の司祭や修道士の個室がある方角だ。ここからはそう遠くない。 矢のことも忘れて急ぐ。待てよ、さっきまで逃げようと思っていたのに、何やってんだ?自ら危険な前線へ? まぁ、いい。なるようになるだろう。 ここまで敵と会わずに来られた。この辺りはセレステ隊が踏ん張っていたらしいが、そのおかげなのだろうか。 で、声をしたのはこの先のはずだ。物陰や曲がり角に注意を払いながらのスピードとしては最速だろう。 「うわっぁ……ぁあぁぁぁ……セレス…セレステさ…ん……うわぁぁぁあぁあ!」 アホライトの壮大な慟哭。何があった?駆け寄りながら声をかける。 「おい、大丈夫か!」 「あ……大将、セレステさんがっ!セレステさんがっ、死んじゃった……僕を庇って……大将ぉ……」 大将?誰だそれは。錯乱しているのか。とにかくこんな状態ではどうしようもない。 アホの隣には四肢をずたずたに引き裂かれ、命を落としたクルセイダーが横たわっている。 確かに、これは惨いが……今は時間がない。死人は置いていくしかないんだ。 「俺はそんなおめでたい名前じゃない。まず落ち着け、泣いていても始まらないぞ!」 「僕は、もぅ嫌、なんです……ここで、殺して……一緒に死」 バキッ! 気がつけばアホライトを思いっきりぶん殴っていた。 「お前……!どの面下げてネリーに向こうで会うつもりしてるんだッ!  こんなクソガキ守ろうとしたなんて、コイツもいい無駄死だろうよ!」 「たい………しょ、う………」 さっきから変だ。何を熱くなっている。こんな奴は放っておいて逃げればいいのに説得なんかして。 殴られたヴィンセントはセレステに折り重なるように倒れている。本当に世話が焼ける。 「ごほっ……」 「!?」 セレステが、咳をした。間違いない。と、いうことは……。 「あ……れ……?」 「おい……まだ、セレステを助けられるかもしれない。」 目を白黒させているアホライトはほっておいて容態を確認する。身体の傷はどれも致命傷。 鎧を外すと、身体から全て出し切らんばかりに巨大な傷口から血を溢れさせている。 だが、それよりも左目から貫通しかかっている太矢だ。これを今すぐ処置しないと後遺症が残る。 よし……! 「いいか、よく聞け。セレステを助けられるのはお前だけだ。失敗しても、どうせ死ぬような傷だ。  誰も恨みはしない。だが、一か八かやってみてもいいんじゃないか?」 「ぇ……」 「やるのか!それとも見殺しにするのか!どっちだ!」 「や……やり、ます。」 よし、なんとか最低限には落ち着きを取り戻したらしいな。殴った甲斐があった。続いて手順を説明する。 「お前が全力でヒールをうつタイミングは二回。一回は俺がセレステの矢を抜いた直後に頭部、とくに脳を意識しろ。  当たり所が良ければ大聖堂付蘇生司祭でなくてもなんとかなる。目なんてどーでもいい。頭の深部が重要だ。」 「っ…はい。」 生唾を飲み下す音。当然だが緊張している。 「二回目はそれが終わった直後、胴体の、特にこの袈裟懸けにされた胸部だ。ここにありったけの魂を込めてヒールを放て。  その二回。あとは包帯等の一般的な手段を取る。いいな?」 頷いたのを確認すると、直ちに作業を開始する。くそ、ガスマスクが邪魔だ。外す。 まず、ゼロ距離で撃ち込まれたとおぼしき矢の除去だ。頭を浮かして後頭部を確認する。 よし、鏃が完全に飛び出ている。その部分を短剣で切り落として顔の方から引き抜けるようにした。 さて、と。目で合図をする。真剣そのものだ。さっきまでピーピー泣いていたのが嘘みたいだな。 やはり、コイツには何かある。失ったと思っても身体に染みつて離れない戦場の記憶みたいなものが……。 「っ!」 「ヒールッ!!」 矢を引き抜いた直後、セレステの頭が暖かい光に包まれる。初等だが立派な神の奇跡だ。初めてアホの聖職者らしい所を見たよ。 アホライトは手を半ば痙攣させるぐらいの最大の集中力をもって治癒にあたっている。 いつもより長く光りが続いている。いいものを持っているじゃないか。 「ふぅ、終わりました。次は。」 「少し待て。」 そう言ってそこで死んでるアサシンから服の一部を拝借して胸の傷口を拭ってやる。絞れるくらい血を吸い取って、やっと輪郭が見えた。 庇ったって、ディボーションか。内から破裂するような傷になるんだな……。これが本当の献身、なのか。 「この創傷と脇の創傷……ってか、お前が刺されたところだ。それがそっくりコイツの傷になってる。借りは返せよ!」 「ふぅ……………ヒールっ!!」 みるみる内に傷口が小さくなってゆく。これは凄い。まったく青ざめた血色も多少良くなったか? しかし、ヴィンセント全力のヒールでも限度がある。完全に致命傷なんだから。セレステの道具入から包帯を取り出して 身体に巻いてやる。まったく足りないので自分の分とアコライト法衣の裾を破って足した。これでもギリギリと言うところだ。 「よし。これで終わったな。」 「でも、これからどうするんですか?セレステさんはもう動かせないですよ。」 俺の処置を固唾を飲んで見守っていたヴィンセントが不安そうに訪ねてくる。もっともな疑問だ。 だが、どうにかする手段があるんだよ。ポケットをあさってクリップを投げてよこす。 「これは……?」 「コイツを使え。ハイドクリップだ。付ければ完全に気配を消すことが出来る。あとはセレステと一緒に死んだフリをすれば  ばれることは絶対に無いだろうよ。じゃ、その部屋に引きずり込むぞ。」 「はいっ、本当に……本当にありがとうございます!あの……」 現金な奴だ。さっきは死にたいって言っていたのに。 「ふん、感謝は生き残ってからするんだな。セレステを頼んだぞ。しっかりついてやれ。」 「わかりました。おじさんも気を付けて。」 おじさんに戻ったか。まぁ、いいさ。 行ってしまった。おじさんは大丈夫かな。少し心配になるが、あそこまで用意周到で抜け目のない人だ。それよりも。 虫の息というセレステさんを見つめる。暗くても分かる、その顔が苦しみに歪んでいるという事が。 今はセレステさんを膝枕する形になっている。ベッドに持ちあげようとしたら出血が激しかった為、断念。 それでも身体を冷やしてはいけないから、毛布でくるんで体温を保持する。 さっきから全く動かないけど、信じるしかない。もう力を出し切ってしまったから。 安心できるのは、小さくて、本当に弱々しいけど。優しくて、明るい騎士様の鼓動と呼吸が感じられることだ。 聞こえているのか分からないけど、その包帯の巻かれた痛々しい顔に語りかける。 「本当に、ありがとうございます……。僕、セレステさんに二度も助けられちゃいましたね。  一回目はシールドブーメランだったんですよね。本当に凄いです。狙ったところにちゃんと飛ぶなんて……」 全く物音を立てていないけど、三人組も聞こえているはずだ。きっと、今ほど神を頼っている時は無いだろうな。 その後僕が囁きかけることは、教会で楽しかったことだ。当然、シスターの話も出てくる。 本当にセレステさんはすぐに子供達と仲良くなって一緒に遊んで、一緒にシスターに怒られていた。 派遣されてからほとんど経っていないのに、もう何年も前から友達のような、そんな感じのする人だった。 シスター、セレステさんが逝っちゃったらそっち、騒がしくなりますよ。あっちいけって、追い払って下さいね。 「でもやっぱり、任務初日から遅刻は駄目ですよ。シスターは、神経質な所がある、んだから……」 あのころの、楽しかった頃の話をしていたら、知らぬ間に僕は泣いていた。心はこんなに穏やかなのに。 その滴が彼女の頬に落ちた。すると、瞼が少しだけ動いて。 「ん………」 「セレステさん?」 「……むい…………」 話した。寝言かな。「むい」ってなんだろう、眠いのか。 「寒い……こわ、い……ひっく…嫌……行かないで……お願…………ぐすっ……」 「あ、あの……」 セレステさんの目から涙が溢れてきた。独りなのが怖いんだ。その姿は本当に迷子になった子供と何ら違いはない。 でも瞳を閉じていては僕は見えないし。どうしたら独りじゃない事を分かって貰えるだろうか。 と、毛布が動いた。動かせる右手が誰かを求めて彷徨っている。それを、強く握る。 「大丈夫……僕はここに居ますよ。どこにも行きません。」 その白くて、痩けた傷だらけの手は、精一杯握り返してきた。もう絶対放さない、そう伝わってくる。 こんなに細くて、か弱い指で僕たちを、みんなを助ける為に一生懸命だったんだ……。 「……うくっ……痛い、の……怖いの…っ……もう……いや、……よ……っ……」 「よく、がんばりましたね……。もう、いいんですよ。怖いことは、何もないんです……」 頭を優しく左手で包む。年上の、それも腕の立つクルセイダーの膝枕をして、抱きしめるなんて。 なんか変。だけど、この人なら仕方がないかな。心は本当に、子供のままなんだから。 窓に目を移すと、空の向こうが明るくなってきていた。長かった、長かった夜が明け始めている――。