タイトル未定 「エンジェラス!!」  頭上で鳴り響く鐘は法術の効果が発動した合図。 「支援終わった?じゃあ、行こ〜!」  私と同様に鐘の余韻を残しながら、相方のハンターが陽気な声をあげる。ついでに手を突き上げているのはお約束だ。 この一見おちゃらけた雰囲気を持ちどこか天然っぽい娘も、一度戦場に舞い降りれば極めて優秀な冒険者だ。 狙い澄まされた矢を目にも留まらぬ速さで撃ち出し、窮地には冷静な判断力を備え迂闊に私より前に出ることもない。 ダンジョンとしてはそれなりの難度と収益を誇るここ古城2階で安定した戦闘ができるのも、私とこの娘の力があってこそである。  私はINT-VIT型のプリースト。 この国が冒険者制度を受け入れて早3年半。冒険者間での様々なアイテムの取引や装備の強化、 情報の交換や蓄積が盛んに行われた結果、プリーストが皆打たれ弱く単独では無力な存在だった時代は終わりを告げた。 もともと備わっていた神の奇跡による回復力と、その回復を間に合わせるための防御力及び体力を兼ね備えた結果である。  かつては単独でパーティを全滅せしめた深淵の騎士の強力な攻撃を、プリーストの細腕がいなし、耐え切る光景も今ではさほど珍しくはない。  現に今も、広間に入るなり従者と共に現れた漆黒の巨体は私を倒すことができず、後方のハンターから一方的に攻撃を受けるのみだ。 確かに幾度矢を打ち込んでもビクともしないその姿はタフではあるが、残念ながら漆黒騎士最強の槍技ブランディッシュスピアを以ってしても、私を倒しきる事ができないのが現実。  私は耐えながらレックスエーテルナなどの支援を繰り出し、ハンターが状況にあわせてスキルを行使し、少しずつでも敵の体力を奪う。 私たちはいつもこの役割分担による戦闘行動を繰り返し、深淵の騎士に限らず多くの魔物を屠って来た。  この深淵の騎士による何度目かの攻撃を防いだ時、視界の端に一瞬閃くものが生まれた。 「ッ!」  咄嗟に突き出した杖が鋼の剣に打ち据えられたことで、乾いた音が広間に響いた。 ――彷徨う者だ。攻撃力こそ深淵の騎士に劣るものの、その攻撃速度と回避力は他の追随を許さず、ここ古城2階を代表する魔物である。 「レックスエーテルナ!!」 とは言え深淵の騎士とその従者たるカリッツバーグ2体、さらに彷徨う者が襲って来た所で、それがそう特別な事であるはずはなく、むしろ日常茶飯事である。 私自身はこれにレイドリックやライドワードを数体加えた状況を乗り切った事もあった。 またハンターの精密な射撃の前では、彷徨う者が誇る回避力もほとんど無意味なものでしかない。  私はペースを崩すことなく通常通りの支援を続けようとしたが、突然世界が変化した。 「レックスエーテルナ!!」 相方のプリーストから攻撃力強化の支援を受け、あたしがスキルで一気に敵の数を減らそうとした瞬間、そのプリーストの姿が掻き消えた。  目の前のプリーストが消えたことで、標的をあたしへと変える深淵の騎士。 「!?――アンクルスネア!!」 けどあたしもおとなしく殴られてやるつもりはない。すぐさま足止め用の罠を設置し、ひとまず深淵の騎士の足は止めた。 「インティミデイト…ね」 彷徨う者が使う特殊スキルにより、プリーストはこのフロアのどこか別の場所に飛ばされたに違いない。 実際、彼女と一緒に彷徨う者はその姿を消していた。 『大丈夫?』 あたしはのろのろと近づいてくるカリッツバーグから距離をとりつつ、飛ばされた相方のプリーストに連絡を入れてみた。 『…』 しかし、何時までたっても返事がない。返事をする余裕がないのだろうか。それともすぐ合流できるから返事の必要がないと思ったのだろうか。  あたしがこの場を離れるか、なんとかこの場に留まり合流を待つか迷った一瞬、その一瞬が命取りになったらしい。 「ぐぁっ!?」  突然の激痛が足を襲う。見れば、タイルから突き出した槍のようなものがあたしの左足を貫いていた。 3方向から突き出した針は、むき出しの白い脹脛に複雑な形で突き刺さり、見る見るうちにその色を血色へと染めて行く。 「グリムトゥース!避け損ねるなんて…ッ」 そうこうしている間にもカリッツバーグは距離を縮めて来る。時間が経てばいずれ深淵の騎士もその枷から外れ、あたしに向かってくる事だろう。 「ダブルストレイファング!!ダブルストレイファング!!」 この足では下手に逃げても追いつかれる、それに先ほどからの戦闘で深淵の騎士にそこまで体力は残っていないはず。 そう判断したあたしは、ありったけの力で深淵の騎士に矢を打ち込んだ。10回も撃ち込む前に深淵の騎士は倒れるはずだ。  だが突如光り輝く盾が現れ、それらの矢を弾いてしまった。深淵の騎士が持つスキル、オートガードだろう。 「こんなときに…このっ、ダブルストレイファング!!」 何発も何発も矢を撃ち込む。だが、その何割かは光の盾に阻まれて深淵の騎士を撃ち据える事ができない。 ついにあたしを間合いに捉えたカリッツバーグ2体の斬撃を上半身だけの動きで避けながら、あたしは何度も矢を放った。 「くっ!ぐぅッ!…あッ!」  カリッツバーグの攻撃を無理な体勢で避ける度、針に貫かれた足の傷口が広がり思わず悲鳴を上げてしまう。 斬撃をまともに受けるよりマシとは言え、自らの行動がきっかけで苦痛を覚える度、その意思が挫けそうになる。 ――このまま動きを止めたほうが楽… だが弱い自分に負ければ最後、サーベルで真っ二つにされるだけだ。  やがて深淵の騎士を足止めしていたアンクルが破壊された。もうチャージアローやアンクルスネアをするほどの精神力は残っていない。 その巨体が眼前に迫るとあたしはひとつの決断を迫られる。 「う」   躊躇している暇はない。敵はすぐそこまで迫っている。   あたしの身の丈の3倍はあろうかと言う巨剣が振り上げられた。   やろう、やるんだと何度心で念じても、体が動こうとしない。 「こ…」   あたしって、こんなに弱い女だったのか。   巨剣が振り下ろされる。直撃を受ければひとたまりもない。   一瞬がこんなにも長いなんて。 「根性見せろぉぉぉッ!」   右足にありったけの力を込めた。 「ぐぅ――ぁああぁぁぁあぁぁっ!!!」  地面に磔にされていた左足を引きちぎり、右足のばねで一気に距離を取ろうとしたのだ。  結果は何とか成功。 巨剣は背中を掠めただけで通り過ぎ、考えなしに弾き出された体を受身を使い着地。 タイルの上を何度か転がり、深淵の騎士とカリッツバーグから数歩分の距離を稼ぐ。  左足は…千切れても構わないと思ってたけど、なんとか付いて来ているらしい。もっとも、感覚なんて残ってないけれど。 軽く傷の状態を視界に納めたが、すぐに真っ赤になってしまってよくわからなかった。 切れ味の悪いモノで強引に引き裂かれたため出血が多いのだろう。一瞬みえた白いものが骨でないと信じたいところ。  使い物にならなくなった左足を投げ出し、右足だけでバランスを取りながらまた深淵の騎士めがけて弓を構える。 さすがに後数発入れれば深淵は倒れる。そうすればカリッツも倒れ、周囲から敵はいなくなるだろう。 こんな状態で数少ないハエの羽を浪費してしまう訳には行かない。 「があぁっ!」 しかし、再び地面を奔って来た針が、今度は右足を貫いた。 「こん…のぉ、まだまだぁッ!」 だがその針を石柱にバランスを取り、なおも矢を射る。痛みなんてとうに忘れた。  そう、痛みなんて忘れたのだ。だから、背中に突き刺さる痛みなんて、感じルハずガ… 「――ぇ?」 そこから一瞬、何が起きたのか理解するのに時間が掛かった。  まず、古城の広間にある柱が正面から猛烈な勢いで迫ってきた。動かないはずの石柱がである。この時点で理解に苦しむ。  次に凄まじい頭痛が襲い、気が付けばあたしは件の石柱に抱き付いていた。こんなものに恋慕やヨクジョウ等する趣味はないのだが。  また、体が石柱から離れられなくなり、右半身が軽くなると共に視界の右半分が朱に染まった。ここは夕日が差し込んだりはしない構造なのだけど。  最後に、足が遅いはずの深淵の騎士が一瞬にしてあたしのすぐ横にいたり、矢を撃っていたはずの手首に矢が突き刺さっていたり、まったく理解不能な事態が続く。 ――矢?これは、鋭い矢?  あたしの手首に突き刺さっている矢は、普通のハンターはめったに使わない矢だった。もちろんあたしも使っていない。 だがここ古城2階にはこの矢を愛用する弓手がいた。もっとも、ソイツは人間ではないが。 ――ああ、何のことはない。レイドリックアーチャーがいつの間にか背後にいて、チャージアローであたしの体を石柱に磔にしただけだ。  近づいていたのは石柱ではなくあたしの方。 「あぐぁっ!!!」  吹き飛ばされた折に石柱に頭から叩きつけられ、意識が朦朧とした。 打ち付けた位置は皮膚が裂けて流れ出た大量の血があたしの顔右半分を覆った。 ――右足は膝から下をグリムトゥースで貫かれた場所に置いて来ている。  視界の隅に何故か、大量の血を噴出す自分の右脹脛が見えたような気がした。 左足は血まみれで傷の状態など見えなかったが、こうして分断された自分の体を見れば、感覚が認識するより先に思考が痛覚を呼び覚ます。 まるで痛みそのものを"思い出し"ているかのように。 「あぅぁぁうあうああうあいたいいたいいたいぃぃぃいぃぃっ!!!!」  また、そうして泣き叫ぶ間にも、肩、お尻、背中、と背後から矢が打ち込まれる。むき出しの背中や肩は特に痛い。 痛みに悶えるとその分傷口が広がり、痛みが増す。そして増幅された痛みにさらに悶え傷口が開くと言うエンドレス。 故に矢を撃ちこまれれば撃ち込まれるほど、石柱に体が固定されるのは幸せなのだろうか。 ――そして、後ずさりしていたところを背後から飛ばされたと言う事は、深淵の騎士のすぐ近くに飛ばされたわけで…。  漆黒の巨剣は今度こそあたしめがけて振り下ろされた。 斬ると言うより叩き潰すに近いそれは、むしろ片方だけの視界の中ゆっくりと迫ってきているように見える。 「いたいぃっ、やめておねが、死にたくないの…っ!いやあぁぁぁっ!!!!!!」 右耳を矢が撃ち抜いた。それも含めれば自分で認識しているだけで10箇所は石柱に貼り付けられている。 こんな状態で避けれるはずもなく、巨剣は間違いなくあたしを打ち据えた。 「ぎゃひ………っ!!!」  たぶん、あたしの体は粉々に吹き飛んだんだと思う。  一瞬の暗転と浮遊感、そして衝撃。予期せぬ転移のため私は着地に失敗し、思わず尻餅をついた。 だが打ち付けたお尻を摩る間もなく、突然私の身を包んでいたセイントローブがはらりと落ち、はだけてしまう。 「きゃっ」  思わず悲鳴を上げて破れたセイントローブを抱き、胸元を隠す。先ほどの深淵の騎士の攻撃で破れてしまったのだろう。 どれだけ魔法金属で精錬してあっても、それを一瞬にして破壊するスキルをかの騎士は持っている。  そしてその予期せぬ転移と不意の鎧破壊に、私は一瞬拉致者の存在を忘れてしまっていた。 「しま…っ!」  気が付けば目の前で彷徨う者が私を見下ろしている。さらに先ほどの悲鳴と今の声で、周囲に居たモンスターも突然の闖入者たる私の存在に気づいてしまった。  どうやって繋がっているのか判らない骨の手で、彷徨う者が私の長い髪を乱暴に掴み持ち上げる。 替わりに持ってきた服を着用する間もなく私は強制的に立たせられ、挙句足の爪先が地面を離れた。 髪で全体重を支えさせられる苦痛に、私は咄嗟に両手で彷徨う者の左腕を掴み、少しでも髪に掛かる体重を減らそうとする。 その際に腕に抱えていた破れたセイントローブが足下に落ち、下着とガーターをを着けただけの私の裸体が小部屋に晒された。 『大丈夫?』  相方のハンターから、私の安否を気遣う耳打ちが届くが、今の私には返事をする余裕がない。  顔を上げれば、髑髏に開いた二つの眼穴が私の顔を覗き込んでいた。 骸骨の悪魔は左手で私を持ち上げたまま、体を捻って右手に握った刀の切っ先を私に向ける。 私はその先を察したが時既に遅く、悪魔はその長い刀身を無防備な私の腹部に突き立てた。 「かはっ!」  刀身によって傷つけられた内臓から溢れ出た大量の血液が、柄で殴りつけられた衝撃で食道を伝いから吐き出された。当然のように激痛が走り、自然と私の目尻には涙がにじみ始める。  悪魔は表情のない髑髏のまま何故か首を傾げつつ、突き立てた刀を捻り、動かし、抜き差しし、私の腹部を蹂躙する。 「あく…あが…ッ、ごは!ごぷ…」  始めは顎を濡らす程度だった吐血も次から次へと溢れ出し、喉や胸元を白に近い肌色から真紅とも言える赤へと染めていく。 髪で全体重を支えさせられている私の体は、刀身に合わせて体が揺り動かされるたびに各所で悲鳴をあげ、 それ以上に腹を裂かれる激痛に悲鳴を上げたくなるが、口の中一杯に溜まった血液によってくぐもった声が断続的に上がるに過ぎない。 「あ…くぁ……ヒー…ル…ッ!!」  体を包む暖かな光。私自身が、死ぬのが嫌で咄嗟に唱えた治癒法術だ。神の奇跡は刀身を貫通させたまま、ひとまずそれまでにその刀が切り裂いた部位を元通りにした。 ヒールの回復力は術者の魔力が高いほど上がり、今の私ならばこの程度の傷を一瞬にして治療することができる。  だがその高い回復力が自分の仇となるのに気づくのに、そう長い時間は掛からなかった。 「あぁぁあっ!!」 突然視界の右半分に現れた赤茶けた鉄板。それはレイドリックが背後から斬りつけたツーハンドソードの刀身に他ならず、 その大剣が私の肩を破壊した事は、衝撃と激痛ですぐに認識させられた。 普段なら精錬セイントローブで阻害される刀身は今回直接女性の肌に突き刺さり、私の体に凄まじい破壊をもたらしたのだ。 切れ味よりもその重量を武器とする錆びた両手剣により、肩甲骨は砕かれ上の方の肋骨が何本も叩き折られた。 「いぐぁあ…ッ、ごぷ…っ!」  彷徨う者が私に突き立てたままの刀を再び動かす。 レイドリックのそれと違い凄まじい切れ味を持つその妖刀は、まったく振りかぶりのない状態からもあっさりと肋骨数本を切断し、 レイドリックの大剣と交差するように私の肺を切り裂いた。 自分では見えないが、空気の混ざったさらに鮮やかな色をした血が私の口を満たす。 「ひぎっ…ヒール…!!」  再び光。一瞬気が遠くなりそうな所を何とか繋ぎ止め、ヒールを自分の体にかける。相方のハンターを助ける為にも、私はこんなところで死んでしまうわけには行かない。  本来ならばテレポートで逃げ出すべきだろうが、服を失った上に多数のモンスターに絶え間なく攻撃を受けているため、ほんのわずかでもヒールを怠れば意識が飛んでしまいそうだ。 とてもじゃないがテレポートをする余裕などなかった。 「ぐぁッ!いぎぃ、ぃぁぁっぁぁっ!!」  ライドワードが右腕に噛み付いた。そのまま歯を滑らせて咀嚼する度、二の腕の特に柔らかい肉がギザギザの歯によって無残に引き裂かれる。 思わず右腕を彷徨う者の手から離してしまい、ぶら下げられた体のバランスが崩れる。 「あ"ひぁっ!!」 さらにその腕を肩の辺りからレイドリックの両手剣が切断した。錆の付いた刀身ではすんなりとは斬れず、斬撃と共に衝撃が私の体を襲う。 足を空中でばたつかせ激痛に悶えるが、髪の付け根が痛むだけで悪魔の手から逃れることはかなわず、ただ苦痛が増すばかりだった。 「ひ、ヒール…ぅ、ぎゃあぁぁ!!」 折角切断され一度痛覚とは無縁になった右腕が、ヒールと共に私の体に戻る。その腕にはライドワードが噛み付いたままだった。 切断された状態がよほど食べやすかったのか、今度は自力で切断しようと同じ場所に何度も歯を立てる。 「や、やめ…ぇぐぁっ!!」  これまで血に濡れるだけだった乳房に、もう一匹のライドワードが噛み付いた。 敏感な場所が切れ味の悪いモノで下着ごと引き裂かれ、女性の、ましてプリーストのものとは思えない醜い悲鳴が小部屋にこだまする。  いつまでこの苦痛が続くのだろうか。 番人である鎧は私を行動不能にするまで、悪魔である骸骨は私の断末魔を貪るまで、食欲の塊である本が残された私の体を平らげるまで攻撃を止めることはない。 自力で逃げ出すことは出来ず、新たに来る誰かがこの場所から救い出してくれるまで永遠に続くことだろう。  逆にわたしの魔力が尽きたり、さらに攻撃の手が増えて回復が追いつかなくなれば抜け出せるかもしれない。  "死"と言うある意味における究極の救済措置によって。  むしろ、いっその事ここで自らヒールを辞めれば…すぐさま楽になれるだろう。それで全て終わり。 「ひ、ひーる…ッ」  それでも、ヒールを辞める勇気がない。かと言ってヒールを続ける勇気もない。 ただ、前衛プリーストとして戦ってきた体が本能的に死から逃れようとしているだけ。 「がぁぁっ…ヒール…!」   いたい 「ぎゃああぁぁっ」   いたいいたいいたい 「ヒーるぐあぁぁっ!!」   やめて 「あがぁぁ…っ!」   もうやめて 「ぎゃはっ…ヒール!!」   いっそ殺して   もういやだ、しにたい、ころして、ヒール、たべないで、わたしのむねたべないで、ヒール、しにたくない、しにたいひーる、モウコロシテ、ひーる  思考が凍結する。  無限に続く苦痛と、無意識に繰り返されるヒールの中。  最期に浮かんだのは、相方のハンターの顔。  まだ、死ねない。  気が付けば、私の周囲からはほとんどの敵が消えていた。残っているのは彷徨う者一体のみ。  いや、消えたのは敵ではなく、私たちの方だろう。あのモンスターハウスの中で、彷徨う者が再びインティミデイトを発動したのだ。 私の断末魔を屠るべく、彷徨う者が満身創痍の私の体を再び斬りつけてくる。  だが彷徨う者一体ならば…私はフェンクリップがまだ髪に付いていることを確認すると、溢れる血も斬り付ける刃も無視して呪文詠唱を開始した。 「…サンクチュアリ!!」  ブルージェムストーンが弾け、私には癒しを、悪魔には浄化をもたらす聖域が展開される。 皮一枚でぶら下がっていた右腕も、歯型だらけで原形をとどめていなかった乳房も、刀に掻き回された内臓も、少しずつ元のカタチを取り戻していく。  それとは対照的に、彷徨う者は聖域の光によってその体を少しずつ浄化と言う名の破壊を施され、やがて火のついた紙のように跡形もなく消えていった。 それが私を無限の生き地獄に陥れ、そしてその生き地獄から救い出した悪魔の最期だった。  代えの服を着た私は、先ほど深淵の騎士と戦闘した場所にたどり着く。  一体のレイドリックアーチャーを倒すとそこに深淵の騎士の姿はなく、血にまみれた床と、グリムトゥースに貫かれた足と、 大小様々の赤色の破片と化したハンターが"在る"のみだった。 噎せ返るような血の匂いと罪悪感に気が遠くなりそうになりながら、彼女の存在がもっとも強く残っている場所に手をかざし、呪文を詠唱する。 「…リザレクション!!」  神の奇跡。辺りが光に包まれ、その場所にかすかに残った"存在"からやがて一人の少女の姿を蘇らせる。 その光は、先ほど私が体験した無限地獄の光と本質的には変わらない。  その光を見て、私は物思いに沈む。またあの時と同じような状況に陥った時、私はまた生きることができるのだろうか。 それとも、陰惨な生に耐え切れずヒールを止めてしまうのだろうか…。 「けほっ」  覚醒するなり、ハンターが軽く咳き込んだ。添えられた手には多少の血が滲んでいる。 「大丈夫…じゃないよね…ごめんなさい」 「ううん、ありがと」  私が死なせてしまった事を謝罪しながらヒールをかけると、ハンターは弱弱しくも微笑んだ。  初心者修練場で祈りを捧げられた冒険者ならば、寿命でない限りどんな状態からでも元に戻すことができる神の奇跡ではあるが、 さすがに一度落とした命を拾い上げるにはノーリスクと言う訳には行かない。 身体的な後遺症はもちろん、記憶障害や、逆に殺された時の記憶による心的外傷(トラウマ)などが見受けられることもしばしばだった。 特に体は蘇生出来たとしても、心が死んでしまえばどうにもならない。ある意味それが、冒険者としての死であると言える。 「少し休んだら、さっきの深淵に仕返ししてやるんだから!」 「うん、そうだね…マグニフィカート!!」  タイルの地面にへたり込みながらも、深淵の騎士への復讐に拳を握るハンター。彼女の心は強く、どんな目にあっても諦めたりしない。 だが、その姿がどこか儚げに見えるのは私だけではないだろう。  私もまだまだへこたれてはいられない。まだ私の心も折れてはいないし、何よりこんなに放っておけない相方がいるのだから。 あとがき 話を描く上でのコンセプトとしては、 「いっそ死んでしまいたいほどに繰り返される苦痛の中、それでも生存を選ばざるを得ない壁プリ」 と、 「生き延びるために苦痛を伴う行動に出る、それまでの葛藤と強い意思」 ひとまずこれまで描かれた事の少なそうなものを選んでみました。 もっともこれまで選ばれていない、と言う事はそれを好む人が少ない、と言う事かもしれませんが…。 これを最初に書き始めてからどのくらい経ったでしょうか。 PC変えたので判らないですが、転生実装前だからもう1年近く前なのかな? 「ダンジョンとしては最上級の難度と収益を誇るここ古城2階」と言うフレーズに時の流れを感じてしまいました、修正しましたが。 いくつかの理由により登場人物は未転生のままとしました。ほら、アスムって痛み軽減しそうだし…。 これを読んで少しでも楽しんでいただけたら幸い。後次があるかは判りませんが感想・助言・苦情等頂けると小躍りします。 ではこれにて失礼。 >>152