〜策謀の手のひら4〜 「やはり、件の誅殺はやりすぎだったのではあるまいか……。」 モロクの何処かにあると言われる暗殺教団の拠点。内部は松明があるものの薄暗い。 その中の一室で、教団の長老による査問が行われいた。3日前に行われた復讐の事である。 憂いを浮かべるのは最長老のアサシンクロスである。黎明期から教団を支えた凄腕だが 加齢には勝てず、今では一線を退き、教団の指導にあたっている。 「これは……、アサシン共同を潔しとしない貴族共を片端から手に掛けた方のお言葉とは思えないですね。」 これに真っ向からぶつかるのが先日行動した部隊の長である。プリーストに手を掛けた男アサシンだ。 強い語調でくってかかり、もはやどちらが尋問されているのか解らない状態である。 作戦前の合意では「プリーストに対する厳重な警告」が目的とされていた。 それが、現場の判断でプリースト誅殺、さらには騎士団員にも死者が及んだのである。行き過ぎは明らかだ。 特に暗黙とは言え、協力関係にある騎士団員の殺害は極めて重大な問題だ。 だが、それを律する力すら、長老には残っていなかった。 長老の「慎重さ」は弱腰と見られるようになり、幹部内でも若手強行派の肩を持つ者も出てきたのだ。 それでも諫めるように静かに語り出すが、その言葉も遮られてしまう。 「時代は変わったのだ……。それが見えぬようだと」 「そんな悠長なことをおっしゃっているから!このような計画を許されるのですよ!」 そう言って叩きつけられたのは報告資料である。長老のお付が顔をしかめながら拾って手渡す。 「何々、密偵16号…あの研究所を内偵している者か。それがなんと……」 読み進める内に長老の顔は険しくなってゆく。ここ1年くらいの間に極めて潤沢な予算を与えられるようになったこと。 以前の3倍とは尋常ではない。さらに人型モンスターを使った実験が増加していること。 ソヒー、ムナック果てはペクソジンまで大枚はたいて買い取り、研究に使用したと報告している。 そして、誘拐されたアサシンとおぼしき袋が運び込まれたこと。毒、病に関する基礎研究が進んでいること……。 「特に、『悪魔の跋扈』と呼ばれた200年前の疫病の蔓延を調査に力点が置かれています。  そして全ての裏にあの警護府長の影が見え隠れすることも。」 「しかし、たった一人の報告から、何を妄想するのかね……」 そういう長老自身、答えは分かっているようだ。この流れを自分に変えさせる力が無いと言うことも。 それでも、かなりの間、激論が戦わされた。最後の最後まで『この賭け』には反対していた。しかし、 「もう少し証拠を固めるべきではないのか。それはお前の推測に依るところが大きい。そのような断片的な証拠から  直ちに行動を起こすには早計というものだ。」 「やるなら本隊がここで演習を行っている今しかないんです。千載一遇のチャンスが今なんですよ!  我々の正義が証明されれば彼らには何も出来ませんしね。」 「…………」 激論を交わされた長老の間だが、今は静寂が支配している。 彼が去って行く。残されたのはかつて「死神」と恐れられた暗殺者ではなく、力を失った老人であった。 大聖堂内の身廊。通常は一般の信者や巡礼者の為に解放されているが、今夜は締め切ってとある講習会が開かれていた。 信者席には修道騎士や騎士団付魔術師、それにモンクなどが座り、全員が真剣な面持ちで説明を聞いている。 別に修道騎士団がアサシン対策するのは勝手だ。だがそのプレゼンテーターが他でもない、俺とはどういう事だろう。 「……と言うことになる。まとめるとアサシンは我々があり得ないと考える所にいる。極端な話、ここは無いだろう  と思ったところから探すのも手かもしれないな。それと行動は常にペアを組んで行い死角を消す、これがセオリーだ。」 何故俺かって?俺の右後ろ三歩の所にいる奴を見れば納得するはずだ。あの女アサシンは俺にしか心を開いてないからなぁ……。 アサシンの行動についてなら、俺だけで説明できないこともない。だが実演となると話は別だ。 さっきコイツは腕の立つクルセイダー5人の警備を軽々と突破した。これは連中に少なからぬ衝撃を与えたようだ。 そりゃあそうだろう、俺の後ろでどことなく落ち着かない女が自慢の警備を突破したんだからな。 「続いて発見した後、追撃に移行する手順についてだが。あー……」 ガードナーの雑用は慣れたが今度は先生の真似事かよ。勘弁して欲しいね……。 「それじゃ、最後にこれを配布して終わる。アサシンは一対多数の状況を覆すために様々な手段を使う。  たとえば複数人の目を潰しつつ、気管に作用して激しい咳を引き起こす。まあ強力な胡椒みたいなもんだな。  そーいうのを防ぐのがこのガスマスクだ。各人はケースに入れて持ち歩くようにとのお達しだ。以上。」 ふう、やっと終わった。馴れないことをすると全くもって疲れる。だがあとは講演料を貰うだけだ。 そう言えば、今日は会ってないな。アイツはどこだ。口々に良い講演だったと言ってくる騎士の一人を捕まえて ガードナーの居場所を聞き出す。すると、 「警護府長ですか?確か……今日はバードの叙事詩を聴きに行ってますよ。なんでも年に一度、プロンテラに  各地の有名な吟遊詩人が集うそうで。府長も良いご趣味ですねぇ。」 「そ、そうか……、わかった。じゃあここで待たせてもらうよ」 どうも計画に漏洩のおそれ有りとのことで、聖堂警備に傭兵まで入れたかと思えば、自分は道楽かよ。 肝が据わっているというか。なんというか……。しゃーねぇ、待たせてもらうかな。どーせ帰ってもすることねぇし。 「あ、みーつけた。こんな所にいたんだ。」 「えっ……?」 広い大聖堂には静かな森が広がっており、所々に王族や聖者のお墓がある。既に夜は更けており、 月が照らす裏庭で僕は独り、空を見上げていた。そこにいつの間にか現れたセレステさんは優しい笑みを浮かべて歩み寄ってくる。 教会が閉鎖され、生存者が大聖堂に保護されてから一度も会っていない。心配をかけたかな。 「どうして、こんな所に……?」 「聖堂外周の巡回だよ。ほら、最近は何かと物騒でしょ。」 「そう、ですね…。」 そして、会話が途切れた。お互い気まずくなって二の句が紡げない。 セレステさんは慰めに来てくれているんだ。それは嬉しいけど、今は一人にして欲しい。 「悲しいのは、私も凄くよくわかる。多分私なんかよりもずっと、ずっと辛いよね。」 「……」 「だけど、みんながこのままっていうの、ネリーは望んでいない筈だよ。シスターなら  みんなが元気でいて欲しいと思うんじゃないかな。だから……」 そんなのは……わかっているんです。 「……ぅ、ですよ……」 自分でもびっくりするほど、掠れて小さな声が口から零れた。 「そんなの、卑怯ですよ……。シスターの気持ちを出されたら……。僕はセレステさんみたいに、強くないんです……」 シスターは確かに僕たちがこんな状態であることを快く思わないだろう。 でも、そうは言っても出来ることと出来ないことはある。ほんの数日前まで、僕たちに怒ったり笑ったりしていた コルネリアさんが、一緒に貧乏だけど一生懸命生きていた9人の掛け替えのない仲間達が、一瞬のうちに奪い去られたのだ。 その気持ちが伝わったのか、ごめん、と小さくつぶやいて、それから僕と同じように月を眺めながら話題を変えた。 「私が警備を志願している理由、わかる?」 「え…っ?」 何の話だろう。それが、何か関係のあるのかな。後ろで手を組んで、軽く伸びをしながら彼女は自分のことを話し始めた。 自分がいかに弱く、情けないかを。 「寝るのが……怖いからだよ。目を瞑ると浮かんでくるんだ。あの……光景が、ね。目を背けることは出来ない。  手で顔を覆っても、やめて、もう許して、ってどんなに叫んでも、謝っても私の目に入り込んでくる――」 そうだ。僕は知っている。部下の人に支えられて教会から担ぎ出されるセレステさんの姿を。 決して入ってはいけないと僕には言った教会に、彼女は入って、「見た」んだ……。 「セレステ、さん……」 「それで、朝はいつも吐いている。食べ物が喉を通らないから、あんまり入ってないはずなのにね。  それでも私には部下がいるから、普通に振る舞わないといけない……。心はボロボロでも。」 優しく微笑んでいるように見えるが、その目は灰色で、虚ろだった。教会でみせた屈託のない笑顔とはほど遠い。 月に照らされる白い甲冑姿は、一陣の風が吹けば、その場から消えてしまいそうですらある。 「ね?ヴィンセントは司祭なんでしょ?今は見習いかもしれないけど……  私みたいに弱くて、どうしようもない人を、導いてほしいんだ。」 「あ、あの…。僕は。」 自分は一番苦しいと思っていた。ここに来たのも普通に過ごしている人の中にいるのが苦しくなったから。 でも、それはとんでもない間違いでした。ここに、もっと思い悩み、藻掻いている人が、こんな近くにいたんだ。 「あははは……、どっちが慰められてるんだろ……。ごめんね、こんなで…。でもこんなだから、  君からは少しだけ、元気を分けてほしいんだ。私も頑張らなくっちゃって思えるように。  こんな事お願いする方がもっと卑怯だって……分かってるんだけど。」 とても、哀しい笑顔を浮かべているセレステさん。今すぐ立ち直るのは無理かもしれない。 でも、このまま悲嘆にくれていてはいけない、そのことだけは解った。辛くても、いつか克服しなくてはいけないんだ。 「ここは寒いし…。それに3人も心細いと思うから、戻ってあげてもらえるかな。」 断る理由は無い。あの3人組も同じ目に遇ったんだ。それなのに今まで僕はどうしていたんだろう。 しっかりしなくちゃ。少しずつ、出来ることから……。 ガードナーが聖堂に帰ってくるまでにたっぷり2時間は待たされた。話すところではアイツは護衛を一人も連れずに行ったらしい。 もたらされる情報が極めてきな臭くなる中なのに、何をやっているのだか。まぁ、俺の知ったことではない。 「……っと。確かに代金は貰った。だが……こういうのは性に合わない。今度からはご免被りたいね。」 「とても解りやすかったと評判でしたよ。」 いつも通りシニカルな笑みを浮かべるガードナー。いや、少し高揚しているのか?いつもの堅さが今日はあまり感じられない。 だが、極めて慎重で、極力危ういことは避けるこの男をして只ならぬ殺意を燃やすその原因とは、なんなのだろうか。 今日だってお忍びのつもりかもしれないが、一歩間違えば明日首無しで発見されてもおかしくないのだ。 「お前の……連中への執念の理由、聞いてもいいか?」 全く驚くようなそぶりを見せず、さも当然のようにガードナーは了承して彼の、苦渋と理不尽に満ちた前半生を話し始めた。 「まぁ、貴方には当然聞く権利があるでしょう。どこから話しましょうか……3年くらい前、王国が傾いた事件をご存じですか?」 3年前。プロンテラ騎士団長とその幕僚、さらに彼の息が掛かった修道騎士団の一部が枝テロに携わった事件。 公に一切公表されることはなかったが、その道では有名な話である。騎士団では触れること自体がタブーだ。 その影響でプロンテラ騎士団は権威を失墜、それに代わって台頭したのが暗殺教団って訳だ。 「私はあの時、騎士団本部所属の世俗騎士でした。これでも少しは名の知れた家系の出でして、  その自負と、誇りを胸にどんなに退屈な任務もこなしていましたよ。あの忌々しい雨の日まではね。」 雨の日。それは即ち、騎士団長とそれに連なるマジシャンらが殺害された日だ。その日、ガードナーの身に何が? 「本部に詰めていたら、あの黒ずくめのアサシン達が乱入してきました。訳の分からないまま、指示を仰いだ。  そうしたらなんと言われたと思いますか?」 「さぁ?」 「投降しろ、刃向かうな、と。私は信じられなかった。令状も何も無いんですよ?  だから私の部下には本部に襲撃があった場合の規則に従って防戦を命令しました。  多勢に無勢、私もこの通り武闘派ではありませんからすぐに取り押さえられましたがね。」 淡々と当時の様子を話す。いつもより熱っぽい。言葉の端々から怒りがにじみ出ている。 やはり様子が違うな。確かにこんな話は同僚に出来るものではないし、もしかしたら俺が初めてかもしれないんだが……。 「その後はおきまりの拷問。私は何も知らないし、事件に何の関わりもなかった。ただ、騎士団長直轄の部隊だったというだけで  来る日も来る日も想像を絶する拷問を受けました。何度死にたいと思った事でしょう。それでも終わりはあった。  そのまま捨てられるように釈放。やっとの事で自分の館に戻れば一族郎党は忽然とどこかへ消えていたんです。  一言付け加えるなら父上はアサシンの活動黙認に猛反対を唱える元老の一人だった、という点ですが。  私の尊敬する父上も、年老いた祖父も優しく見守ってくれた母上も、そして仲の良かった妹も……。みんないなくなっていた。」 暗にそれが理由で暗殺された、と言いたいのだろう。当時の廷臣はみなアサシンの暗殺をおそれ、 言いたいことが言えない時代だった。親アサシン派と呼ばれるグループが出来て、取り締まられる側だった暗殺教団が一転、 貴族と結託して様々な場面で暗躍するようになったのもあのころからである。 話が終わり、一息ついたところで最後に質問を投げかけてきた。 「短くまとめるとこんな話です。最後に。貴方は、正義とはなんだと思いますか?」 唐突だな。「正義」、ねぇ……。神とか王国とか、そういう答えは期待してないだろうな。 俺とは全く縁がないから見当もつかない。黙って考えていると、ガードナーは言葉を繋いだ。 「正義とは、"法による統治"ですよ。あの時、そして今も法は無かった。どんなに教団の行為の不当を唱え、  王国に裁判を要求しても無視された。一族の失踪については調査すら行われませんでしたよ。」 「そういうお前が、俺を使って悪巧みをしてもいいのか?」 そういうと、彼は眼鏡をおさえて笑った。自嘲した、というのがより正確だろう。 「法の無いところに法を打ち立てるには暴力が必要なんです。私はそのためなら手段を選びません。  暗殺教団を根絶する手段を。奴らは法廷で争わず、全てを闇に葬り去ろうとする――  今回のように。」 「今回って……」 バタンッ! 執務室の扉が乱暴に開かれた。一人のクルセイダーが息を切らせて入ってくる。 「府長っ!正門より武装した40名以上の集団が突入、現在ベルナルド軍旗騎士率いる一隊が迎撃に出ましたっ!  聖堂裏にも不審な一団を見たとの報告もあります!ご指示を!」 「ふむ…大聖堂の鐘で警報を出せ。総員起こし、全プリーストには護身用のチェインを配布。幕僚はここへ集めろ。」 来るのが解っていたかのように、ガードナーは矢継ぎ早に的確な指示を出す。報告に飛び込んだクルセイダーも あまりの落ち着きぶりに驚きを隠せない。だが、すぐに命令の内容を確認して 「は……はっ!了解しましたっ!大聖堂の鐘楼は何者かが侵入した模様で、応答がありません!それでは失礼します!」 ガードナーは椅子から立ち上がって大聖堂の見取り図と、駒を出し始めた。ここから防戦の指揮をとる腹づもりだろう。 あまりにも冷静。いや、この状況を楽しんでいるようにも見える。総員起こしの早鐘がなった。とたんに騒がしくなる。 「おい……。これはどういう事だ。」 「どうもこうも……連中も、『あんな物』を使われたら堪らないでしょう。なりふり構ってられなくなったと、  そういう事です。ふふふっ……ついに、この日が……」 ガードナーは最早俺などいないかのように振る舞っている。そこへ慌ただしく幕僚クラスの修道騎士と傭兵隊長が入ってきた。 するとすぐにいつもの冷静なあいつに戻って指示を出し始める。まずは戦闘部隊の指揮官らしい騎士が見取り図を見ながら 駒を動かしてゆく。 「中央の身廊には手厚く3隊、即ち15騎を程度を置き、そして左右の側廊及びそれに付随する騎士団の施設には1隊づつ。  魔術師は分散してここと、ここに、プリーストは……」 ギルド戦とやらとは無縁だが、堅実な配置のように見える。それを黙ってみていたガードナーだが、突然指揮棒を動かして 左翼の駒を全て中央と右翼に振り分けた。 「警護府長、どういうおつもりか。左翼からは敵が来ないとでも?」 こんな時にふざけている場合か、と指揮官はいらだちを隠さない。それに対してガードナーは俺を指さして、 「彼が一人で防いでくれます。」 「なっ!」「おい!ちょっと待て!」 冗談はよせ。俺一人で何が出来る。気でも狂ったのか?だが、ガードナーはいつもの調子で、異常な作戦を指示してきた。 「貴君は大聖堂の地下の左奥の角にある鍵の掛かった部屋から薪のように積まれている古木の枝を全て持って、  ここ、この扉の前で全てへし折って下さい。あれだけあれば強力なものもいくつか召還されるでしょう。」 指示棒が叩くのは、狭い回廊の部分だ。確かにここにモンスターが充満すれば突破は困難になるが……。 幕僚は驚きととまどいを隠せない。聖戦に向けて準備する修道騎士団がモンスターの力を借りられはしないと言うことだろう。 「ガードナー府長……これは、しかし……」 「背に腹はかえられません。本隊が出払っている時に貴重な戦力を分散させるべきではない。  その上でここに後詰めを1隊置けば十分。これで中央、右翼をより充実させます。鐘楼からの侵入者は……」 次々と要所要所に極めて無駄なく駒が配置されてゆく。幕僚も感心というか、畏敬の念で見取り図を見入っている。 既に考えていたって可能性もあるな。それにさっきの講演で気がついた事だが、残っているのはベテランだ。 ひよっこがモロクにいるのは逆にやりやすいとさえ思われる。どこまで計画の内なんだ……? 俺は指示された地下礼拝堂に続く階段へ走りながら、改めてガードナーの深慮遠謀に舌を巻かずにはいられなかった。 ========================================================== さてさて、だいぶ更新が遅れた上に、グロくないです…。次回はまぁ、見ての通りの展開ですので。 今しばらくお待ち下さい。