-生体研究所- そこはリヒタルゼンにある研究施設。 神の奇跡の残り火。 聖遺物、ユミルの心臓。 その高エネルギー体を人工的に複製、強大なエネルギーを内包するこの物質を使用しシュヴァルツヴァルト共和国は繁栄を遂げてきた。 科学はユミルの心臓の構成の一部を明らかにした。 蒸気機関、飛行船、幾多の古代文明の復興に成功し慢心した人々は…… 遂に禁断の実験へと移る。 ユミルの心臓の人体への移植。 その結果は無残な物であった。 研究所は実験体の反乱で閉鎖され厳重な警備が引かれ、研究に関わった者の全てが口封じに文字通り消された。 薬物漬けの身体、虚ろな瞳。 私を突き動かすのは……無残で惨たらしい過去の記憶 そして、侵入者への殺意と身体の奥底から湧き上がる言い様の無い欲求…… 力強く生命力に溢れた彼等、冒険者。 この地に彼等が足を踏み入れるまで私達は殺し合い、文字通り仲間の血肉を糧に生き延びてきた。 でも……もう、暗い日々は終わりを告げた。 私は知らぬ間に薄い笑みを口元に浮かべていた。 セシルの手に握られた弓から放たれた矢は正確に侵入者の脳髄を砕いた。 矢が風切り音を残して飛び、まだ幼い印象を残した踊り子の衣装を身にまとう少女の肢体がフラフラと死のダンスを舞って床の上に倒れこむ。 ハワードの斧が真っ二つに硬い金属の鎧ごと胴を薙ぎ払い、怨嗟の呻きを残して騎士の男は臓腑をぶち撒けた。 一人また一人と屠られていく。 朱に染まる冷たい金属の床の上、積み重なる生暖かい死体の山。 (ごめんなさい……) 心の中で私は……あの日から何度繰り返したか解らない自戒の言葉を反芻し…… 仲間達に回復の祈りを捧げ傷を癒し……死体の山に貪りつく。 柔らかな肉を噛み千切り、喉を鮮血で潤す。 醜くおぞましい行為だと知りながら、私達は生きる為に糧を得る。 私の臓腑は既に腐り果てているのだろう…… 嘔吐感と共に胃液が逆流し、咄嗟に手で口元を覆う口腔から口にしたばかりの肉片が零れ落ちる。 「大丈夫?、マーガレッタ」 そんな言葉を私に優しくかけて背を撫でてくれる仲間、カトリーヌ。 けれども彼女の瞳も暗く濁り、そこには新たな餌への期待がありありと伺えた 私も息絶えれば彼女達の餌になり血となり肉となるのだろう…… 「ええ…大丈夫、大丈夫……」 死体の腹を切り裂いて柔らかな臓腑を捻り出し、引きずり出されたそれを口にしながら僅かに微笑み返す。 仲間達と共有する時間。 娯楽と言える物が何も無い、この地下牢獄において食事は唯一許された娯楽であった。 肉を喰らう咀嚼音と血を啜る耳障りな音。 千切れた四肢を奪い合うように貪り、柔らかな臓腑に舌鼓を打つ。 私達は狂っている。 生きる為に他人を犠牲にする。 それは利己的でありながら尤も原始的な人間の……否、動物の本能によるものなのかもしれない。