しんしんと雪の降る街ルティエ。 年中クリスマスという一見ふざけたコンセプトの元に設置された観光地であるが、年中クリスマスというサンタクロースが聞けば過労死を予想し青ざめるようなシチュエーションでも、 世の恋人達はそれに胸をときめかすことには変わりない。クリスマスは恋心の持ち主には最高のシチュエーションなのだ。 白い雪は純潔を表し、サンタクロースの運んでくるプレゼントは二人への良き予兆を示す。そして相手の暖かさをいやおう無く引き立てる外の冷たさ。 そして何よりも常にクリスマスだがやはりそこにたどり着くにはある程度の労力と危険(外を凶暴な白熊がうろつく極限状態)を伴うため、 一見日常に埋没してしまうと思われるクリスマスのありがたみが別のスパイスを効かせて存在している場所である。 またメルヘンチックで到底血で血を洗う戦いが繰り広げられているとは考えられないおもちゃ工場も、プレゼントがあることには変わりなく、ある程度の人を集めている。 要するにカップルだろうが冒険者だろうが何かしらの人々が集まる街である。 おもちゃ工場の裏手のあまり人の来ない一角に冒険者としてはまだ日の浅そうな二人がじっと座ってお互いを見つめていた。 二人は寒さのせいだけではない顔の赤らめようで、一見して深い関係にあると分かる男女だった。 おそろいのサンタクロース帽子をかぶり、白い息を座っているだけの状態にしてはあまりに多い量で吐き出している。 「今日も、がんばったね・・・。」 剣士の女の子は帽子を目深に被り、相手の顔を正視できないくらいうつむいている。 「だねぇ・・・。ちょっと疲れたかな・・・。」 アコライトの男の子は自分をまっすぐ見れない相手に少し残念と思いつつも暖かい感情を抱いている。 「でも、一杯お菓子取れたね・・・。」 剣士の後ろには荷物でぱんぱんに膨れた袋がある。 「うん・・・。みんなのおみやげには丁度いいね・・・。」 男の子は自分達を待つ子達の笑顔を思い浮かべつつ微笑む。 「でもさ・・・、ちょっとおなか空かない?」 おみやげが減ることに罪悪感を感じつつも生理的欲求には逆らえない様子の剣士。 「・・・少しならいいかな・・・?」 相手が言い出してくれたことで表情がさらに明るくなったアコライト。 「クッキー一枚くらいならいいんじゃない?」 相手の表情で同意してくれることを確信し提案する女の子。 「だね・・・。じゃいただこうか。」 心の片隅にみんなへの取り分が減ってしまうことを思いつつもやはり食べたいという本心に負ける男の子。 「うん!」 二人は袋に詰まったお菓子を取り出し、モサモサと食べ始める。 「あぁ〜。甘くておいし・・・。」 女の子がクッキーを一口で半分ほどかじりがらつぶやく。 「疲れた時に甘いものは最高〜・・・。」 アコライトはクッキーをごちそうのようにゆっくり味わって食べている。 どちらの顔も幸せで一杯そうに見える。 結局二人はクッキーを一枚ずつ食べたところで空腹を我慢し、帰り支度を始める。 帰るとはいっても白熊の徘徊するルティエ正面から帰るのではなく、工場裏手からしばらく歩けば彼らの「家」にたどり着くことができる。 ルティエでは現場で盛り上がった雰囲気の余波で出生率もとい妊娠率が高く、経済的事情やその他の事情で捨てられる子が多く、そのような子達を引き取って育てる 孤児院がいくつかあり、彼らもその住人のうちであった。 孤児院とはいえ観光産業で栄えるルティエという強力なスポンサーが存在するため経営に問題は無く、そこで育った子供達の殆どは無事に社会へと飛び立っていった。 ちなみにルティエの街が孤児院に対し協力的なのは「尻拭い」という意味もあるが、ルティエ自体が大規模な仕掛けをする必要のある街であり、 労働力があるに越したことは無く、単純労働を担当する者達も居れば、一番の舞台装置でもある雪を毎日降らせるウィザード部隊、それにつもりに積もった雪を毎日地道に マグナムブレイクやファイアウォールで処理していく職員も多く存在した。 先ほどのアコライトと剣士もいずれはそのような職に就くと考えて暮らしていた。アコライトはもっといろんなことを知りたいと思っていたが、 ウィザード部隊の補助員として進路が決定しており、剣士もまた積雪処理員としての就職を待つばかりであった。 だからこそ二人はわずかながら残った自由時間を二人で過ごしているのだろう。ただアコライトの場合はもっと切実ではあった。 (毎日毎日毎日毎日部屋にこもってあの人達の手伝いなんて・・・。) 降雪担当のウィザード達はどれも個性派の一癖ある連中ばかりでまっとうなアコライトとしては顔を合わせるのも怖いのであった。 「雪雪雪雪雪雪雪雪雪雪雪雪雪ぃ!!!!!!!!」 「ブライト!貴方のストームガスト強すぎです!街の人が凍死しますよ!」 「やかましい!!こら!街東部積雪弱いよ何やってんの!!」 「俺だって・・・!!俺だってぇぇぇぇぇぇ!!」 「!!無茶しないで街が凍るわよ!!」 「ねぇ寒いですここから出して下さいよ・・・。」 「カミュは正気に戻ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」 (あの人たちと一緒に働くなんて頭が・・・。) 以前研修で手伝った際の悪夢のような光景が蘇る。 「どうしたの?」 アコライトの暗い表情を心配げに女の子が見つめる。 「いや・・・。ちょっと、ね・・・。」 苦笑いしつつ剣士に心配をかけないように答える男の子。 「あんまり心配ばっかりしてるとシスターみたいに老けちゃうよ〜。」 「それはちょっと怖いなぁ。」 二人は自分達の世話をしてくれるシスターキシリーの20台前半とはとても思えない老け顔を思い出し笑っていた。 雪の街ルティエに似つかわしくない巨大な影三つ。 その体は寒さを湛えたような光沢のある青色をしているハイオークたち三人。 だが彼らの立派な体格も目に見える位衰えていた。 彼らは脱走兵なのだ。日々血で血を洗う時計塔からの脱出を図り、冒険者や追跡者から逃れここルティエ郊外まで辿り着いていた。 彼らの体色が雪に馴染んで吹雪いている時などは一メートル先からも視認できないことも彼らの逃亡を有利にしていた。 だがこの寒さである。いくら頑強なハイオークでも限界に到達しつつあった。 最早三人とも目の前が霞んで見える位に衰えていた。今は気力のみで足を前に出している状態に過ぎなかったのだ。 「ねぇ、何か変な気配がしない・・・?」 突然剣士が緊張した声でアコライトに告げる。 「?僕は全然分からないけど・・・。」 アコライトは何も感じていなかったが、剣士のこわばった表情から何かを察し、周囲を見渡す。 「何かいる・・・。」 そういった矢先、前方から三つの大きな影が現れた。 「は、ハイオーク!?」 とっさに身構える剣士、アコライトも自分のチェインを取り出し、身構える。 「どどうする?」 「と、とにかく逃げないと・・・!」 二人では到底かなわない相手がいるのだ、逃げるのが賢明な選択である。 ハイオークたちは怯える二人を前にしても意にせずに歩き続けた。 むしろ歩き続けることしかできなかったのだが。 体重を完全に前方に委ねているハイオークたちの歩みは速く、二人が立ちすくんでいる間にもどんどん距離を縮めていく。 「は、早く逃げないと!!」 剣士の必死な声に足がすくんで動けなかったアコライトも勇気を振り絞り、走り去ろうとした。 がその時ハイオークの一人が倒れ込んだ。 そしてその勢いで握っていた斧が飛びアコライトを転倒させる。 「わっ!」 倒れた勢いで運悪く足に対して直角になっていた刃が彼の足に突き刺さる。 「ひぃ!」 「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」 その光景をみた剣士は急いでアコライトに駆け寄るが、その刹那、衝撃が腹を襲う。 「ぐぇっ・・・。」 歩いてきたハイオークとまともにぶつかった剣士は当たり所が悪かったのかかなりの距離を飛んでいき、そのまま動かなかった。 そして歩み寄ってきた二人のハイオークは血の臭いにある欲求が首をもたげてきた。 その欲求に従い、彼らは足元の臭いの元へと食らいつく。 「ひ、ひぎゃっ!」 足を動かしてアコライトは逃れようとするが、無常にも死にかけのハイオークの方がまだ力は強かった。 そして食欲という三大欲求に火が点いた彼らを止めることはできなかった。 ガリガリガリガリガリ・・・。 「うわっぁぁぁあぁぁ!!!!」 細身のアコライトの足は見る見るうちにかじられていった。 そしてそんな細い足でも少しかじれば体力も回復するのか、オーク達はさらに美味しい部位があることに気付く。 そして斧を振り上げ、叩きつける。 「ぐへっ!!」 アコライトの腹にさび付いた斧が突き刺さり、その部分から血があふれる。 そしてそこに顔を突っ込むハイオーク達。 ガツガツガツ・・・。 「あぁぁ・・・フーヒーヒーフー」 最早声も出なくなったアコライトだがまだ意識は鮮明で、それゆえに白目を剥き、体はビクビクと痙攣している。 錆びた斧と弱った腕力では腹筋を破れなかったことが彼の不運だった。 それに体力の無さがオーク達の一口一口を少量しかかじり取れなくしており、そのせいで苦痛の時間は長引いていた。 皮膚とそこについた脂身を食べつくしたハイオークは筋張った腹筋にかじりつき始める。 メリメリメリメリ・・・。 「ぁ、ぁ、ぁ、・・・。」 流血とは別にあまりの苦痛のため彼の股からは大小便が漏れ出ていた。 その温かみが蒸気になり、一筋の煙が立っているようであった。 クチャペチャクチュベチュ・・・。 薄い腹筋を破って腹膜、そして内臓へと到達する。 その頃にはアコライトも意識を失い、口からだらしなく舌とよだれをたらして動かなくなっていた。 ただ時折からだをビクっと震わせるだけであった。 肝臓、大腸小腸、腎臓脾臓膵臓胃袋、そして横隔膜を破り心臓、肺を食べつくしたところでハイオーク達は満足したのか顔を上げ、そのまま仰向けに倒れた。 そして大きくゲップをし、満足げに大きな寝息を立てて深い眠りへとついた。 数分後、剣士が意識を取り戻した。 「ミゲル、ミゲル・・・。」 辺りを見回すとすぐに横たわるハイオークの巨体と、変わり果てたミゲルの姿があった。 「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 そしてもつれる足で彼であった肉塊に駆け寄っていく。 「ミゲル!!しっかりして!」 揺さぶるも彼の答えは当然無い。 「ねぇミゲルったら返事をしてよ!家に帰るんでしょ!」 応える声は無い。 「ねぇったら!・・・。」 辺りに聞こえる音は風の音と、だんだん弱くなっていくハイオークの寝息だけである。 その息遣いに気がついた剣士は剣を抜き、安らかに眠っているハイオークの一人に突き立てる。 「うるさい!!ミゲルの声が聞こえないのよ!!」 そして何度も何度も剣を突き立てる。 ドスドスドスドス・・・。 程よく胴体辺りをミンチ状態にした時、もう一人のハイオークの息遣いを耳にする。 「いい加減だまってよ!」 そしてそのハイオークにも剣を繰り返し繰り返し突き立てる。 ドスギュシュグシュゲシュドス・・・。 大きな血管か心臓を直撃したのだろう、盛大な返り血を彼女は浴びる。 それに驚いて彼女が剣を抜くとハイオークの体から血が噴水のようにほとばしった。 「ねぇ見てミゲル。綺麗よ・・・。」 すでに息の無い彼氏の顔をやさしく抱き、噴水がよく見えるように彼の顔を動かす。 「まるでお花みたいでしょ?」 真っ白な雪の中に吹き出る血潮は確かに真っ赤な花のようだった。 「何だか動いたらおなかすいちゃった。丁度いいケーキもあるし食べちゃおっと〜。でも皆には内緒にしてよねミゲル〜。」 そう言うと彼女は手にしていた彼の顔に食らい付き、一心に貪る。 「あ、ケーキも真っ赤なお花さんになった〜。」