〜森〜  「やっばい・・・本気で迷ってるよ・・・」  ハイウィザードの装束もまだ新しい、一人の少女が居る。  年齢は17〜18歳だろうか。やや幼げな顔は不安に満ちていた。  辺境の中の辺境、ウンバラの森はあまりにも広く深く、所々にウータン族が拓いた空き地があるくらい だった。道と言えそうな道は少なく、獣や魔物達が使うそれは、人間には適していなかった。  「ニブルで集合だからって、最初からパーティも組まないなんてどうかしてるわよ。ったく・・・おま けに地図まで無くすし・・・」  少女はギルドの仲間と一緒に来たのだが、道すがらはぐれてしまったようだ。運悪く、パーティを組む 前だったようだ。さらには、地図すら無いということは、完全に孤立してしまったということなのだ。孤 独が少女の不安を募らせる。  鬱蒼と茂る木々や原始的な植物は、文化的なヒトとは相容れず、少女の行く手を阻む。時折、滴り落ち る露に驚かされつつも、何とか記憶を手繰り進む。  「魔物に遭わないだけマシね」  ここまでで一切魔物に遭遇していなかった。それは、少女にとって幸運であった。少女はハイウィザー ドではあったが、実際は転職したばかりであり、マジシャンと殆ど変わらない戦闘力しか持ち合わせてい なかった。もし、魔物に遭遇したら、一目散に逃げるしか無い。捕まったらやられてしまう。  静かだった。小動物や小さな蟲の気配はしたが、生命の危機に瀕するような状況には思えない。  天井の(最早、そう形容せざるを得ない、高々と成長した)巨木達の、僅かな隙間から光が漏れていた。 有態に言えば、神秘的。そんな情景が、少女の目に留まる。まるで、スポットライトに照らされたダンス フロアのようだ。少しだけ拓けた空き地は、ただそれだけで安らぐ。少女はここで小休止を入れることに した。  「もしもし?聞こえるかしら。今どの辺りに居るの?」  少女はギルドの仲間に連絡を取る。返信は直ぐにあり、既に死者の街であるニブルヘイムに到着したと のことだ。  「判った、もう少し歩いてみて着かなかったら、今日は諦めて帰るわ。うん、それじゃ」  カサリ、と音がした。少女は瞬間的に身体を硬直させる。音源に振り返ると、小さなネズミだった。  「・・・ふぅ、脅かさないでよ」  少女の鼓動は高くなっていた。そして緊張を解す為、ストレッチでもしようと立ち上がった時、気が付 いた。  足が動かない。別に座り過ぎて痺れている訳では無い。地面に縫い付けられたかのように動かないのだ。  少女は、ゆっくりと足元を見やる。  「ひっ・・・」  履いていたブーツが破け、白い足先が露出していた。  足指の一本一本に、スルスルと、鮮やかな緑の線が絡まっていた。  緑の線は、徐々に、少女の足を侵食するように、その範囲を広げていった。  「あっ・・・あ・・・」  少女はペタリと尻餅を突いた。思わず手で地面を受けた。  すると、掌にも足先と同じ感触が広がっていく。くすぐったいような、気色の悪い、おぞましい感触。  「やっ・・・・いやっ・・・・・」  足指や足の甲、足の裏や足首、脛や踵、手の指や手の甲、掌や手首、腕や肘をスルスルと緑の線、いや、 草が伸びていく。  「やあぁあああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!?」  少女の、甲高く響く声が木々や葉を揺らす。声は、森に呑まれた。そして、少女も草に呑まれる。  草はその侵食を加速し、太腿や腰、股、脇や肩、首を這う。まるで、無数の手で撫でられているようだ。  やがて、草は胴体を弄り始めた。  「はっ・・・やぁっ・・・やめ・・・て・・・・・」  少女の口すら覆うように草が顔面を這う。胴体まで達した草は、真新しいハイウィザードの装束を紙の ように千切る。緑の線の集合の隙間から、少女の白い裸体が見え隠れした。  草は、少女の腹や乳房、背中を愛撫するかのように弄った。少女は羞恥と恐怖と、僅かながら湧き起こ る性の衝動に翻弄した。少女の白い頬が紅潮する。  眼前を忙しなく蠢く草葉の向こうに、少女は誰か居るように見えた。  「あっ・・・いや・・・・・み・ないでっ・・・・・・」  自分のあられもない姿を人に見られる。少女にとって恥辱であった。しかし、それがまた、少女のリビ ドーを掻き立て、困惑させた。  そこに居る誰かは、草葉に視界が遮られ、またちらりと見えると増えているように思えた。ここで初め て、少女は何かがおかしいと思い至った。  「はぁっ・・・ま・・まさか」  こんな所に人が居る訳が無い。つまり、魔物なのだ。少女はまどろんだ瞳をカッと見開く。  「ド、ドリアード!!?」  一体だけでは無かった。数体のドリアードが、少女を囲うように立ち、少女の目を見ていた。鮮やかで、 光沢の無いエメラルドの瞳で。  ドリアード達の顔が少女の身体に近付く。直後、少女は両腕と両足に衝撃を感じた。締め付けられるよ うな感覚。そして、全身を駆け巡る虚脱感。  「あっあっあっ・・・・・」  ドリアード達の根が、少女の白い肌に突き刺さっていた。無数の、剣山の針のように、恐ろしい密度で 根が食い込んでいた。  少女の頭の中に音が響く。とくん、とくん、と。自分の身体から、血液が抜かれている音だ。植物が大 地から水を吸うように、ドリアード達は血液を吸い上げる。  「ぁ・・・・・・」  少女の肌は、赤みを失い、白くくすんでいく。やがて土気色になっていった。  少女は、消え行く意識の中、確かに快楽を感じていた。自分の全てを奪われる、自虐的で背徳に満ちた 快楽だった。  真っ白になる瞬間が、絶頂だった。  少女の血液は、一滴すら残らずドリアード達が吸い尽くした。  ドリアード達は根を抜いた。傷口は、血の匂いすらしないほど枯れていた。  刹那、少女の全身を覆っていた草葉が、それ自体を無数の鋸刃に変えた。  ただ一度、ぐしゃり、と音がして、肉も骨も臓物も、全てを微塵にした。  静かで、深い森の空気だけがした。