「えっと、これで倉庫と合わせて250個か?」 地面に倒れ動かなくなったロリルリの死体から拾いあげた黒猫の人形を袋に詰め込みながら、俺は一人つぶやいた。 「あと50個・・・遠いなぁ。」 たれ猫を作るのに必要な材料を思い返してため息一つ。 ここで何故俺がこんな面倒くさいことをしているかというと・・・ 3週間前 「たれ猫が欲しい。」 「はい?」 「たれ猫が欲しいんだけど。」 「・・・、へー。」 「1ヵ月後は私の誕生日です。」 「・・・うん。」 「それまでにたれ猫を作りなさい。」 「え・・・ちょ、待て。」 「作りなさい。」 「いや、その・・・。」 「作りなさい。」 「はい。」 回想終わり。 早い話が相方のプリーストに誕生日プレゼントをせがまれたというわけだ。 正直断りたかったのだが、スパイク+スマイルマスクで迫られては断れない。 一緒にいるようになってから一度もプレゼントを贈っていないことに気がついたということもあるんだが・・・。 たまにはあいつのわがままを聞いてやってもいいだろう。 そんなわけでニブルヘイムに通うようになってから早3週間。 残り期限は1週間なのにノルマは残り50個もあった。 「むぅ・・・少々ペースを上げたほうがいいか。」 ノルマと期限の厳しい現実を考えた俺は、それまで腰を据えていたポイントを捨て、移動しながら獲物を探すことにした。 少々リスクが伴うが背に腹は変えられない。 「・・・期限に遅れて脳天を割られたらたまらないからな。」 一人苦笑して足を踏み出した。 全身に死者の世界独特の冷たい空気を感じながら歩いていく。 時折現れるハイローゾイストやジベットを捌きながら進んでいくと、ふと地面に点々と血のあとが続いていることに気がついた。 血の色はどすぐろい赤だった。 俺はこの色をよく知っている。 この3週間毎日目にし続けた色だった。 「残り49個かな。」 血の跡を追っていくと古ぼけた小屋にたどり着いた。 跡は扉の中に吸い込まれているので中にアレがいるのは間違いは無い。 慎重に近づいていく。 手負いとはいえ相手はニブルヘイムにおいて最強クラスのモンスター。 油断してかかると痛い目を見ることは必須。 まして獲物がいるのは死者の世界の住人の住居だった。 中に他のモンスターがいないとも限らない。 「念には念を、石橋は叩いて渡れってな。」 ひとまず窓から中の様子を覗くことにした。 「・・・ほぉ、これはこれは。」 中にいたのはロリルリ一匹。 そしてその傷はこちらの予想をはるかに上回るひどさだった。 高レベルのナイトとでもやりあったのだろうか。 深く切り裂かれた足の傷はどすぐろい肉の断面の奥に白い骨が覗いている。 以前は巨大な鎌を振るっていたであろう両腕は、左腕の肘から先が存在していなかった。 ところどころがグズグズに焼け崩れたようになっているのは恐らくMBか。 ロリルリの象徴たる三日月は地面に横たわっていた。 すでに宙を舞う魔力すらも残っていないのだろう。 「・・・よし!」 中の状況を一通り確認した俺は、手にしたダマスカスを握りなおして一気に小屋の中に飛び込んだ。 突然の襲撃者に対してロリルリは面をくらったようだったがそこは流石というべきか、一瞬で残った右手に巨大な鎌を召喚してこちらへの振り下ろしてくる。 しかし奇襲により一瞬遅れた、その上腕一本で放たれた攻撃など脅威ではない。 「そんなモンが当たるかよ!」 鎌が振り下ろされた瞬間には俺はもうロリルリの懐に入り込んでいた。 「もらったぁ!!」 渾身の力をこめてロリルリの胸へと剣を走らせる。 刃がその心臓を貫こうとした、その瞬間・・・。 「グオォォォ!!!」 「!?」 すさまじい咆哮と共に小屋の壁をぶち破ってきた巨大な塊に、俺は反対の壁を突き抜けて小屋の外へとはじき出された。 一瞬なにが起こったのか理解できなかったが、すぐに自分の状態を確かめる。 幸い敵の狙いはこちらを倒すことではなくロリルリと俺とを引き離すことであったようで、派手に吹っ飛ばされた割にはダメージは少ない。 起き上がりつつ、壁に空いた穴の向こうにいる巨大な人型を視界に納めた。 全身を覆う分厚い筋肉の鎧にボロボロの服。 手には血のついた馬鹿でかい包丁を持ち、背の丈はゆうに3メートルはあるだろうか。 仮面に隠された見えない表情がこちらへさらなるプレッシャーを与えてくる。 ブラッディマーダー ロリルリと並ぶニブルヘイムの実力者。 圧倒的な防御力と攻撃力を持ち、その全身は常に被害者からの返り血で濡れていることからブラッディの名を冠している。 非常に好戦的な性格で、視界に入る生物全てに刃を向けてくる厄介なヤツだ。 「チッ、いいところで邪魔を・・・。」 こちらが体勢を整えた所で相手が穴から外へとその姿を現した。 ロリルリは先ほどの無理な攻撃で傷が開いたのだろうか、小屋の中でうずくまっている姿がかすかに見えた。 止めを刺したいところだったが、ブラッディマーダーがこちらからロリルリへの道を塞いでいるためそれはできなかった。 見たところブラッディマーダーは目立った傷を負っているようには見えない。 完全な状態のこいつを相手にするのは少々骨が折れるだろうが・・・。 こちらがいかにこの状況をどうしようかと考えている間にもブラッディマーダーは動かなかった。 次第に苛立ちがつのっていく。 「考えていても埒があかないか。」 覚悟を決めて短剣を構えなおす。 「お姫様を守る騎士のつもりかよ・・・魔物のくせに。」 そうそう時間もかけてられないことだし。 「ちゃっちゃと倒して次にいかせてもらうぜ!」 地面を蹴った。 こちらの動く気配を悟ったのだろうか、俺が地面を蹴ると同時にむこうもこちらに迫ってきていた。 互いの接近によって一息で二人とも互いの射程内へと踏み込む。 剣を振ろうとしたところで頭上からの圧迫感。 とっさに体を横にずらして回避する。 一瞬遅れて巨大な包丁が対象を叩き潰すかのような勢いで空を切った。 ブラッディマーダーの一撃は、下手なバッシュよりも破壊力がある。 熟練のナイトやクルセイダーなら受けたり捌くことも可能だろうが、ローグである自分では受けた剣ごと叩き潰されるのがオチだろう。 「この、馬鹿力が!」 2撃目の横なぎの包丁を低姿勢でかわした後、そのまま地をすべるように前進。 すれ違いざまに相手の足に切りつける。 ふくらはぎに吸い込まれた刃は大した抵抗も感じさせずにそのまま反対側へと抜けていった。 「グォォォ!?」 苦悶の声があがると同時に相手のふくらはぎから鮮血が噴出した。 怒り狂ったブラッディマーダーが再び包丁を振り下ろしてくる。 最小限の動作でかわして懐へ。 精神力を変換して毒を生成。 刃にのせたソレを相手の腹部に叩き込む。 「とろい、とろい!インベナム!!」 一撃を加えたらすぐにバックステップで距離をとる。 あんな馬鹿力相手はヒットアンドアウェイに限るだろう。 腹部の傷は紫色に変色し、早くもグズグズに化膿し始めていた。 ブラッディマーダーの一撃は確かに驚異的な破壊力を持つが、力任せに振るわれる太刀筋はいたって単純だった。 振り下ろすか、横に薙ぐか。 実質この二通りしかないためかわすのは至極容易。 戦い始めて数分、もはや勝敗は明らかだった。 ブラッディマーダーは力任せに包丁を振るい、こちらはそれをかわしてその隙に攻撃を叩き込む。 分厚い筋肉のせいで決定的なダメージは与えられてはいないものの、幾度に渡る斬撃と傷口から侵食していく毒は確実に相手の体力を奪っていった。 常に相手の返り血で濡れた殺人鬼は、いまや自らの血でどす黒い赤に染まっている。 すでに振るわれる包丁からも当初の勢いは感じられない。 目の前を包丁が通り過ぎた。 内から外へと払う斬撃は、その後完全に無防備な体をこちらに晒すことになる。 「終わりだな。」 がら空きの胸に刃を突き立てる。 渾身の力で押し込まれたソレは分厚い胸板を突き破り、その内部にまで達しただろう。 あふれ出る鮮血と崩れ落ちる巨体。 ズズゥン、と。 地響きにも似た音と衝撃と共にブラッディマーダーの体は地面に吸い寄せられていった。 しかしまだ終わってはいない。 地に伏せた巨体は動き出す気配はなかったものの、わずかな呼吸により体が上下していることに気がついた。 「あきれたタフさだな・・・。その体力の1割でもいいからもらいたいもんだ。」 剣を振り上げ止めを刺そうとした瞬間、ふと壁の穴からボロボロのロリルリがこちらに歩いてくるのが目に入った。 体中傷の無いところなど無い状態なのに、なくなった腕の断面からはボタボタと血が流れているのに、切り裂かれた足は立つことすら苦痛のはずなのに、それでも懸命にこちらへ歩もうとしていた。 非常にゆっくりと、おぼつかない足取りで、しかし一歩一歩確実にこちらへ近づいてくる。 その時、俺はロリルリの目元が何か光っていることに気がついた。 その何かが何なのかを理解した瞬間、俺は愕然とした。 ロリルリの目に浮かんだものは涙だった。 その瞳に映るのは死への恐怖でも傷の苦痛でもなかった。 そこに見られるものはただ一つ。 血塗れの殺人鬼が自分のために戦い倒れたということへの深い悲しみだけだった。 そのとき、俺の意識は足元の殺人鬼から完全にロリルリに向いていた。 それは一秒か、一分か、それともそれ以上か。 どのみち相手がこちらへの反撃をするには十分すぎる時間だった。 何時の間に立ち上がったのだろうか。 背後からすさまじい殺気。 ブラッディマーダーの必殺の一撃が繰り出されていた。 必死に体を捻って避けようとするが、なにもかもがもう遅い。 その瞬間はやけに世界がスローに感じられた。 まず衝撃がきたのは左腕だった。 皮が裂かれ、肉が断たれ、骨を砕かれる激痛が脳を焼いた。 吹き飛んでいく左腕がはっきりと見て取れた。 次に訪れたのは腹部からの激痛。 柔らかな内臓を分厚い刃がかき回していくのがわかる。 今度は突然右目が見えなくなった。 どうやら顔の半分を持っていかれたようだ。 さらに右肩から真っ直ぐ下に切り下ろされた。 断面から体の中身があふれ出てくるのが感じられる。 その後も右大腿部、右手首、胸部、左大腿部へと衝撃が襲った。 8つの斬撃は俺に致命的な傷といまだかって味わったことの無い激痛を残していった。 アサシンが得意とする殺人術。 ソニックブローだ。 斬撃の衝撃で俺は宙に放り出されていた。 地面に叩きつけられた瞬間にスローだった世界が現実の時間を取り戻す。 なんとか首を動かし、左目だけで自分の体をみるとひどい有様だった。 左腕は存在せず、右半身は腰の辺りまで切り下ろされてだらしない断面を晒し、ところどころから臓器が零れ落ちていた。 腹部の傷からも同様にピンク色の内臓がはみ出しており、下半身は太ももの付け根しか残っていなかった。 さらにあまり鋭くない刃で切り裂かれた傷は切り口がグズグズになっており、その生々しさはわれながら目を背けたくなるほどだった。 まだ意識があるのが不思議なくらいだ。 徐々に意識が朦朧としてくる中、ふと目の前が暗くなるのが感じられた。 残った左目を開いてみると、ブラッディマーダーがこちらを見下ろしているのがわかった。 その体は先ほどまでのどす黒い色とは違い、俺の新しい返り血で鮮やかな赤に染まっていた。 血濡れの殺人鬼の面目躍如といったところだろうか。 もう何も考えることができなくなってきた。 振り上げられた包丁だけがやけにはっきりと見て取れる。 ブラッディマーダーの後ろには顔をクシャクシャにしたロリルリの姿。 「・・・うちのお姫様は・・・俺が死んだら泣いてくれるのかねぇ・・・。」