>>773氏 気付いてくれてありがとう、泣いて喜びますよ。 三話完結を目指しますが、もうちっと長くなるかもしれません。 あと…最初なんでグロ無いですごめんなさい。             砂に埋もれた鈍色 ソグラド砂地獄… 砂漠に住む者達は愛着を込め、広大な砂の海をそう呼んだ。 曰く…砂漠の砂はそこに住まう者らが流す血を吸い、赤く染まる。 曰く…砂漠の砂のそこには、彼らの欲望を満たし得るだけの財宝が埋もれている。 曰く…砂漠の砂の粒は、人々の抱く欲望や悪意の数だけ存在し、これからも増え続ける。 昼夜の温度差は百℃を超え、乾燥した空気は容赦無く水筒の中身を奪い去る。 この地を訪れる人間は、十分な装備無しでは半日とその生を存える事は適わない。 しかし、そんな生きる物の営みを否定する地獄に、あえて足を踏み入れる者達はいつの時も常に存在し、また人知れず消えていった。 「本当にこっちであってんのかよ大将、昨日の砂嵐で方向失ったんじゃねえのか?」 脂ぎって黒光りする長い髪をたらし、不誠実と嘘を絵に描いて額に入れ、大理石の壁に飾ったような、そんな嫌らしい顔をした男が不真面目に洩らす。 砂色の服と、足跡と音を消す為に砂ウサギの毛を裏に敷き詰めた靴を履いた、典型的な砂漠のクズ…盗賊の男は、ヨレヨレになった汚い帽子の淵から、濁った瞳を前を行く者の背中に向けた。 「まかせろ」 その帽子を被った男の前を行く、同じく盗賊の“大将”とだけ呼ばれている男は、帽子を被った後の男とは対照的に好感の持てる好青年で 彼の声に裏表はなく、その胸に秘めた真っ直ぐな精神と同様、信頼のおける澄み通った声色だったが、そんな大将の答えに対しても、後に続く帽子を被った男は 「頼むぜ」 等と痰の切れぬ、薄汚い声で応え返した。 主義も性格も、手段さえ正反対の二人ではあるが、彼らは長年お互いの背中を預け合って過酷な砂漠を渡り歩いてきた仲だ。 大将は、帽子の男の捻じ曲がった精神から組み上げられる、卑劣でありながら合理的な戦術から、何かを学ぼうとし 帽子の男は、大将の持つ類稀な戦闘センスを利用して、困難な状況を何度も打開してきた。 この砂漠では腕の立つ頭の切れる者のみが生き残れる。 彼らが互いの主義主張を巡ってぶつかったのは一度や二度ではないが、それでも二人はズルズルと腐れ縁を続け、今に至っていた。 今回彼らが求めているのは、モロクの大富豪が隠し持つ資産でも、ミッドガルド国営カプラ銀行の金庫でも、名家の一人娘を誘拐してせしめる身代金でもなく 遥かな昔栄華を極め、今に至るも砂漠の砂の下に埋もれ果てた古代遺跡の財宝であった。 彼らが噂に過ぎぬその存在を知ったのは、先月忍びこんだゲフェンの国立図書館で、ある文献を発見した時の事だった。 数百年前の考古学者が記したその資料には、太古の昔にソグラド砂漠のあちこちに存在した、大帝国の存在を示す、遺跡の研究結果が詳細に記され 今現在発見され、盗掘され尽くした遺跡以外に、未だ誰の手にも触れられていない遺跡の所在を示していた。 砂漠のあちこちに存在する遺跡は、太古にここが砂の海ではなく、緑に覆われた肥えた大地であった事を伺わせる。 そして遺跡の中には、古代の王が残したとされる金銀財宝等が埋まっており、それらを求めた冒険家(盗掘家とも言う)は我先にと、そういった手付かずの遺跡に足を踏み入れる。 しかしそんな彼らの多くが五体満足で生きて戻ってくる保証はなく、ある者は遺跡を守る魔物の爪にかかり、ある者は王が財宝を守るために仕掛けた罠にかかり… そしてある者は、人知れず砂漠に暗躍する組織の手で、やはり人知れずに葬られ、砂漠の砂の下は、そういった者らの屍でさぞ窮屈なはずだ。 「あった!見付けたあれだ!」 「大将、最高だぜ手前は!」 歓喜する二人の眼前に広がる、風化した石造りの建築物。砂嵐に削られ、元の形も判らぬ彫像。 それらは紛う事無く、数千年ぶりに人の目に晒される古代遺跡。 二人以外にその場に居るのは、厳しい砂漠の環境に適応した少数の甲虫類や爬虫類のみ…のはずだった。 「ん?」 妙な気配に気付いた帽子の男は立ち止まり、少し離れた所にある巨大な石像の足元の台座に目をやる。 何やら人影が見えた気がしたのだが、やはりそこには誰もいないようだった。 「……気のせいか…っておい待て大将!」 視線を戻せば、前を行く大将は帽子の男を置いて一人、遺跡の入り口から一足先に地下へと潜って行く所だった。 帽子の男もやや慌てたようにその後を追い、黴臭い地下遺跡へと向かった。 二人が遺跡の入り口をくぐった後、例の石像の足元の台座、先ほど帽子の男が人影を目にした辺りの景色が歪み、その歪みは人の形となって、やがてそれは黒服を着た女の姿を浮かび上がらせた。 その黒髪の女は口を「へ」の字に曲げ、虫けらを踏み潰すかのような冷たい視線を彼らの足跡へ向けると 「ふん…」 と一つ鼻でもらした。 遺跡の中は、天井にぽっかり開いた穴か窓の跡から日の光がさしこみ、松明が無くとも灯りには事欠かなかった。 壁面には様々な古代文字とも絵ともつかぬ難解な模様が施され、それを裂くように走るひび割れからは、時折サラサラと砂がこぼれ落ちた。 ぱっと見渡す限り、他の盗掘家に荒らされた形跡は無く、そこを進む帽子の男の期待は膨らむ一方だったが、突然遺跡の奥から響く金属音と大将の咆哮を聞いた彼は 「待てと言ったろうに」 と顔を顰めて小さく唸り、その方へと向かってまた駆け出した。 修羅場に辿りついた帽子の男が見たのは、古代の王が遺跡を守るために、呪詛をかけてこの世に留まらせた、未だ安息を知らぬ四体の骸骨兵に囲まれ それらの繰り出す攻撃をすべて辛うじて避わす大将の姿だった。 「忙しそうだな」 「見てないで手伝え!俺がニ体お前がニ体だ」 「違うぜ大将…お前が三体、俺が一体だ」 そう言って帽子の男は、砂上に落ちている手ごろな石ころを拾うと、大将を取り囲む四体の骸骨兵の内、一体の背中にそれを投げつけた。 それに気付いた骸骨兵は向きを変え、両手の錆びた短刀を構えて新たな侵入者に向かっていった。 帽子の男はそれに対し、素早く方からぶら下げていたクロスボウを構え、鉄の矢をその肩口に打ちこんだ。 左肩から腕を弾き飛ばされ、骸骨兵はバランスを崩す。その隙に帽子の男は一気に間合いを詰めると、残る右腕を掴んで、その剥き出しの肋骨を蹴り付ける。 両腕をもがれて砂の上に倒れこんだ骸骨兵は、尚もカタカタと顎を鳴らして立ちあがろうとするが、その隙を与える事無く、帽子の男は大きな岩を両腕高く持ち上げ 「成仏しな!」 もがく骸骨兵の頭蓋骨に振り下ろした。 骨の砕ける音と共に、骸骨兵はようやっと呪詛の束縛から開放され、砂の一部となって朽ち果てた。 残り三体に未だ囲まれた大将は、しかし相棒の作った突破口を見事打破し、三対一という不利な状況にも関わらず、防戦から反撃へと転じた。 骸骨兵の繰り出す斬撃を尽く退け、逆にその腕を手に持つナイフの柄で(肉体を持たない骸骨兵に対しては、刃物による斬撃は効果的ではない)叩き折ると、その勢いのまま体当たりで体を粉砕する。 へし折った腕を、後から迫る別の一体に向かって投げつけ、怯んだそれの隙を見て顎に一撃を加えると、首の関節ごと頭蓋骨を砕かれたニ対目も先ほどのそれと同じ運命を辿った。 残り一体となった骸骨兵は尚も恐れを抱かずに襲いかかってくるが、見事な身のこなしで一撃を避した大将は、その時の回転運動を利用して背後に回り、まるで舞う様に振り向き様に反撃を加えて、遂に最後の骸骨兵も沈黙させてしまった。 「あぁあ、本当に三対殺っちまいやがった。相変わらずスゲェ腕だな」 全てを終え、肩で荒く息をする大将に、帽子の男は相変わらずの態度でそう言う。 「冗談で言ったのかよ!」 「けけけっ」 帽子の男の汚らわしい笑い声を、嫌な顔で聞き流した大将は、両手を開いて頭を振りながら遺跡の奥へと再び向かった。 遺跡の奥の奥、一見それと判らぬ壁面に施された仕掛けを作動させ、開かれた隠し扉の先に、それはあった。 「何だいこりゃぁ、財宝なんざどこにもねぇし、俺達が最初ってわけでもなさそうだな」 その隠し部屋の砂の上に横たわる、白骨化した冒険家の亡骸を発見した防止の男は、落胆の声をあげた。 「でも変だな、これ」 しかし大将がつま先で蹴った亡骸は白骨化していたものの、その様子は太古の遺跡には見合わぬ程最近の… そう、丁度ゲフェンの図書館で盗み出した文献が記されたのと同じ頃、数百年程度しか経っていない事がわかる。 「これは、まだ望みは捨てた物じゃないかもしれないな」 「あん?」 「こいつはきっと、今より少し昔にこの遺跡にやってきて、結局何も盗れずに死んだ探検家だ…まだ財宝は残ってる筈だ」 大将は早速、その部屋の物色を始めた。 彼方此方に並ぶ壷をひっくり返し、金目の物がないか、壁を触って別の隠し扉がないか探しまわり始めた。 しかし帽子の男は大将の手伝いをするわけでもなく、ただ砂に半ば埋もれ、眼球の無い目で見つめる骸と対峙していた。 「何て面だ、笑ってやがんの…?」 ふと、その骸が手に持つ、奇妙な形の鉄の塊が目に入る。 帽子の男は、今までそんな道具は見た事がないし、もちろん用途もわからない。 ただ、骸がそれを必死に掴んでいる事から、それが何なのか気になり、拾い上げようとした… それを拾い上げるべく腕を伸ばすと、骸の向うに不自然に残る足跡が目に入る。 「…動くんじゃないよ」 「!?」 突然背後から腕が伸びてきて、帽子の男の目の前にジャマダハルの刃が現れ、その刃は良く磨がれているものの、今まで幾人もの骨肉を断ってきたのか、所々刃こぼれして血錆びが残っていた。 そして彼の背後で囁く女の声は、女でありながら今まで幾人者命を断ってきたのか、氷のように冷たい声色だった。 「そっちの腕の良い坊やもね、相棒の喉切られたくなきゃ、得物を捨てな…」 大将は完全に面食らった様子だった。 彼は部屋の物色をしつつも、罠や魔物に警戒して常に回りの気配を伺っていたが、しかしその黒服の女は、まるで初めからそこに居たかのように現れたのだ。。 盗賊の間では、地面と同じ柄の布を被って姿を消す「ハイディング」という技が伝わっているが、この女が使ったのはそんな子供だましの目暗ましではなく、正しく姿を見えなくする信じ難い離れ業であった。 女は帽子の男を拘束した状態でそのズボンを弄り、ベルトに刺してあった鞘からスティレットを抜き取り(鞘は肉厚で、刃には麻痺毒が塗られている)、それを部屋の隅に放り捨てて武装解除した。 股間に女の手が触れると、帽子の男はニヤリと笑い、同じくナイフを捨てる大将に言う。 「なぁ〜〜大将」 「何だこんな時に!」 「………良い女か?」 不真面目で状況を無視したその軽率な質問に、女は大将に代わり鉄拳で応じた。 右手のジャマダハルを取り外し、前に回ってそれを帽子の男の鳩尾に食い込ませる。 ヘラヘラ笑っていた男はその場に崩れ落ち、肩から下げていたクロスボウを取り上げて弦を断ち切った女は、また砂の上で咳き込む男の腹を蹴りつけた。 「アンタは一体…一体何のマネだ!」 「死人に応える義務はない」 女は左手のジャマダハルを大将に向けると冷たく言い放ち、再び右手に得物を装着して問答無用で襲いかかった。 女と大将の戦いは一方的で、丸腰の相手にも容赦無く繰り出される攻撃は、中々急所を捉えられないまでも、浅い傷を受けてだんだんと大将は追い詰められていく。 その様子を咳き込みながら見ていた帽子の男は、天井のひび割れから零れる細かな砂の粒子が、宙を漂っているのを目にし、歯軋りして唸った。 「女運ねぇな」 「ぐっ!」 横腹に強烈な蹴りを入れられた大将は、遂に膝をつき、そんな彼の喉元にジャマダハルの刃先が突き付けられた。 「悪いね…あれを見られた以上、生かしておけないんだ」 「何の事だ…まさか」 先ほどの骸に目をやると、ヨロヨロ立ち上がった帽子の男が、ポケットからライターを取り出してこちらに振っている所だった。 『何する気だあいつ』 「走れ大将!」 帽子の男は大きめの石を拾うと、それを天井のひび割れ目掛けて満身の力で投げつける。 脆くなって崩れかけた天井のヒビは、衝撃によって見る見る広がり、そこから零れ落ちる大量の砂は、あっという間に部屋に充満して視界を遮った。 「癪なマネを」 砂塵に紛れて二人が逃げ出すと、女は慌てずに首からぶら下げていたスコープを被る。 すると女の遮られていた視界は、熱源を察知する映像に切り替り、腹部を抑えて走り出す大将の背中を捕らえた。 だがその直ぐ向うでは、右手に何やら高熱を発する物体を持った帽子の男の姿が浮かび上がっていて、女はその真の目的を瞬時に察した。 帽子の男は、大将が隠し部屋から抜け出すのを見計らって、火の着いたライターを砂の舞う部屋に向かって放りこむと、脱兎の如く走り出した。 ライターの火は空気中に舞う砂粒に一気に引火し、轟音を轟かせて巨大な炎となって全てを呑みこんでいった。 粉塵爆発という現象で、粉末は空気中に充満した状態では、非常に引火しやすい性質があり、台所の小麦粉でさえ、乾燥した部屋で充満すると、爆発を起こす危険性がある。 遺跡の通路を走る二人の後ろに炎の渦が迫り、しかし炎は彼らの少し手前で衰え、それでも凄まじい熱風を浴びた二人は吹き飛ばされて最初に骸骨兵と戦った部屋に吹き飛ばされた。 「何考えてんだ!焼け死ぬとこだったぞ!」 「ふはははは!まったくだ!」 前髪が焦げてチリチリになった大将は、同じくフライになりかけた帽子の男に食って掛かるが、かえって来るのは期待通りの薄汚い笑い声だけだった。 長年組んできた彼らにとっては、見なれた光景、聴きなれた会話、馴染んだきな臭さ。 だが、二人の安堵は長くは続かなかった。 「凄いな、先生から生きて逃げてきたのは初めてだぞ」 「運の良い奴らだ」 「先生大丈夫か?凄い爆発だったぞ」 「あのくらいで死ぬたまかよ」 「それもそうだな…で、どうするんだ?」 壁面が歪み、人の形となって浮かび上がる。 それも一つや二つではなく、十名前後の小隊規模だった。 彼らは皆黒服で堅め、手にはナイフやジャマダハルを携えていた… 彼らの姿を見た帽子の男は顔を顰め、心底うんざりしたように洩らす。 「くそ、フェダーインだ」 「アサシン!?」 その名を聞いた大将の顔が強張り、声には幾分かの震えが聞き取れた。 砂漠に住む者なら誰でもその名に恐れおののき、街角で見かけようものなら直ぐにもそれを記憶の外に追い出すよう努める。 国教会の密命を受け、教敵の抹殺や権力者の抗争等、公にできぬ汚い仕事を、神からの啓示として遂行し、信仰の為に進んで魔道に堕ちた者達。 彼らに命を狙われる事は即ち、ミッドガルド国王や国教会を敵に回したという事だ。 「おいおいおいおい!俺らは御上の逆鱗に触れるようなマネは…あんまりしてないぜ?人違いじゃねぇのか?」 「たかが宝捜しでなんであんたらが出てくるんだ!」 「バカだねお前達…まだ判らないか?」 既に戦意を喪失して両手を挙げていた二人の背後から、先ほど炎に巻かれたはずの女の声がして、二人の表情はますます不景気になった。 振り返ってみれば、流石に女も無事では済まなかったらしく、彼方此方火傷や打撲を負っているものの、やはり五体満足でそこに立っていた。 「この遺跡には、表に出したくないもんが埋まってるんだよ…アンタらが単なる遺跡泥棒でも、それを持ち出されたら困るのさ…もちろん、その存在自体見られてもね」 だが女は得物を構えておらず、周辺の仲間も不思議そうな顔をしていた… 『これから殺す相手に、なぜそんな事を言って聞かせるのか?』 そして、その答えはすぐに判る事になる。 「そっちのカワイイ坊や、結構良い筋してるね…クソ野郎の方は腐ってるけど、頭は切れるみたいだ」 女は腕を組み、しばらく考え込んでから、回りの仲間を呆れさせ同時に驚愕させる一言を吐いた。 「お前ら、私と一緒に来い」 二人に選択の余地はなかった。 グロ無しでほんとごめんなさい。次回以降精神的に腐った話にしていきますので。 なんか例の如くクソ長い話になりそうです。