「この、一体何匹いるのよ!?」 8匹目のアルギオペを倒したところへ、別のアルギオペとマンティスが現れる。 スピアスタブで数引きまとめて吹き飛ばしても、同等の蟲が寄って来る。 「このままじゃ──SPが持たない!?」 一匹ずつ相手していたら、とてもじゃないが身が持たない。 ここは一度インデュアで距離をとって……って、嘘? 更にアルギオペが4匹、マンティスが3匹、アルゴスが4匹、視界に入る。 絶望的な数。 視界に入った余計なもののために一瞬、隙が出来る。 もっとも多少の隙なんかどうにでも出来るけど、今回は勝手が違った。 ボンという音と共に、視界が赤味を帯びる。 体から力が抜け、頭がフラフラとしてくる。 「な、なに!?」 それは大きな隙だった。 体に何かがぶつかるような感覚。さらにはブチリといった感覚。 四方八方からぶつかる何かのせいで、体がぐらぐらと揺れるような感覚。 どの感覚もゆっくりとしていて、鈍い感覚でしかない。 だから身構えようとも避けようともする気が起きず、鈍い感覚は更に程度を増し── 『クエーーーーー………』 あ、相棒の声? 尻すぼみに消えていくような、力ない声………? そうだ、今は戦闘中。状況を把握──よりも一度周囲を薙ぎ払う! 「マグナムブレイク!! スピアスタブ!! ……え、スキルが使えない?」 不意に視界が晴れると、まず理解したのは世界が横に──いや、私がうつ伏せに倒れていること。 そして焦点が合った先に見えたのは……槍? 私の愛用の槍。手放した感覚なんて無かったのに? 何であんな遠くへ…? それに蟲が槍に群がるなんて聞いた覚えも無い。……でも確かに、アルギオペとアルゴスがそこに群がっている。……なぜ? 寒気がした。視線をそっと下げる。と、そこに本来あったはずの──ブチリ 「ぎゃあああーーーッ!!!?」 左肩に激痛が走る。そうだ、戦闘中だった。黙って寝ていたら、殺られる! 地面を転がるようにして相棒の下へと転がりながら、体に張り付いているだろう蟲を剥がす。 肌を引っかくような痛みが無数に走るが、そんなものさっきの左肩に比べればどうってこと無い! 立ち上がれさえすればあとは逃げ切れる。 こんな数相手にしようってがそもそもの間違いだったんだ。逃げることに専念すれば──って、え? 私は立ち上がろうとして、顔から地面に突っ伏した。……立てない? なんで? 激痛が走り左腕は使えない。 右手は恐らく……嫌、見たくない。 尺取虫のように体を縮めて、左膝を立てる。左足は大丈夫? 右足か…。 恐怖を押しつぶしつつ思い切って右足を地面に立てる。……え? そこにあった右足は虫の毒でところどころがただれ、引っかき傷はそれこそ無数に見えるが、動かせないほどでは無かった。 ……なら、なんで………? 恐る恐る視線を向けたのは、左足。 その場所を見るに当たってどうしても左肩が目に付き、顔をしかめてしまう。 食いちぎられた部分からはとめどなく血があふれ出し、恐らく関節の浅いところもやられている。 だらりとした左腕を見ないようにして目を細めながらあるはずの左足を見る。 まず目を引いたのは細い桃色の繊維のようなもの。 それがやはり桃色の液体に濡れながら、白く尖ったものに絡んでいた。 桃色ってことは……なに? 血は赤いはずだし、精々黒だし。 そう言えば左足── ヒダリアシ? 視線の先にあるのは、 「あ………」 視線の先にあるのは、白く尖った左足の骨。 「うあ………」 絡みついた桃色の繊維は、潰された筋繊維。 「う、ぁぁぁあああ………」 桃色の液体は、血液と脂肪が混じったもの。 カサカサカサカサカサ 引きつった顔で正面を見る。 その瞬間、まさにアルゴスが私をめがけて飛び掛ってきた。 「うわあああ!!」 反射が、これほど虚しく感じたことはなかった。 「あ………」 止ったようなときの中で、激痛が思考を蝕む中で、動かない左腕。 ──思った以上に無い。肘すらない右腕。 反射的に発動させたオートカウンターが、正面から苦もなく潰される。 「ぐふゥッ」 アルゴスに押し倒される圧迫感に呻く。が、そんなものはどうでも良くなった。 ズチブチブチ 脳天と耳の上辺りを外顎で挟み、頭蓋を食い千切ろうとしたアルゴスの企みは、その硬い頭蓋によって阻まれ…… ガリガリと骨を削りながらも、その近辺の肉をごっそりと持っていくだけにとどまる。 「ぎゃあああ!!!」 半ばで千切られ半端に捲りあがった表情筋が右目を覆い、視界の半分を奪う。 「痛い! 痛い! イタイいたいイタイッ!!」 千切った肉を内口へと運ぶアルゴスの内顎。 垂れてくる自分の血が、まるで別物のようにおぞましい。 「嫌、嫌だあああ!!!」 泣き叫びながらも動く右……上腕で必死にアルゴスを剥がそうとする。が、せめて肘から先がなければ押し返せない。 カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ プチリ 絶望を湧き起こす音の中で、私の中の何かが切れて、音もしないどこかへと落ちていった。 砕けた左肩を構わずに支点にして、筋肉を無理やり動かしてアルゴスの足を掴む。 その足を引っ張るようにして体をずらし、右上腕についている武器で腹を貫き押し上げる。 体を入れ替えると、恍惚とした。 私に恐怖と苦痛を叩き込んでくれたこの蟲ケラに復讐が出来る。 それだけで私は絶望の中から天国へと飛び出した。 ワサワサと煩く動く足が邪魔だったがこの際どうでもいい。マズハ 殺シテヤル。マズハ ソレカラダ。 左で殴りつけようとしたが、そっちは完全に動かなくなっていた。まあ、この状況に持ち込めただけでも上出来だろう。 私は今、至上の幸福の中にいるのだから。 全体重を乗せて上腕を蟲ケラの頭へと押し込む。 初めはバキリと音がした。 次にメリメリという音。私の体重分で上腕が押し込まれる。 その音はどこか破瓜のそれに似ていて、私がそれを迎えたときのことを思い出させ、下半身が疼いた。レイプだったのはもういいや。 「あ…?」 ふと視線を落とした下腹部へこの蟲ケラの足が一本突き立っている。 本来痛いはずのこれも、少しだけ気持ちよかったから許す。でも、 「……蟲ケラが何してんのさああああ!!!」 痛み自体は許せても、その行為は許せない。 「蟲ケラが! 蟲ケラが!! 蟲ケラがあああ!!!」 一度、二度、三度目で止めとばかりに深く打ち込む。 外骨格には私の繊維が、モップか何かのように華を咲かせる。 「あ…」 桃色のそれは酷く美しく私の陶酔を深める。 体を引くとその華は、繊毛だらけのその頭にサワサワと刺激され、言いようの無い快感が押し寄せる。 私の頭には既に復讐と言った単語はなく、快感を得るためだけに行為を繰り返す。 狂ったような行為は狂ったような快感を呼び起こし、星の海の中の砂粒くらいの正常な部分が“狂っている”と認識すると、 更なる陶酔と狂った快感が押し寄せる、私の中に巨大な衝動の球体を作り上げる。 その球体は、しゃにむに蠢く足に傷つけられれば傷つけられるほど、頭に腹に上腕を押し込めば押し込むほど、更に大きく 弾けんばかりになる。 「これできっとイける」 その確信の基に大きく仰け反るとボキリという凄まじい快感と共に、不意打ちでそれが弾けた。 期待していたそれが暴発のタイミングで全身を駆け巡り、最後の取るに足りない理性を押し溶かしていく。 衝撃から冷めると、正面に見えるのは青一色の空。雲ひとつ無い晴れた日に死んだら、天国を歩けないから……地獄に落ちるのかな? 視線を腹の方へ向けると千切れかかった腹の辺りからミミズのようなものが流れ出していく様が見えた。 奥に見える足は最後の衝撃に振るえ、噛り付こうとする蟲たちを焦らしているかのようだ 腰の辺りから覗く赤い芋虫は拳くらいの大きさの、花瓶のようなヒクヒクと蠢く塊を美味しそうに食べている。 「なーにい、それ? おーしーの?」 反応は無い。私が声をかけても気付かないほど美味しいのだろうか? 「ちょおっとー、なにか──」 不意に視界がかげり何かが降ってくる。 マンティスならいいアルギオペでもいい。デモ、オマエラハ── 「ジャマ」 振り上げた上腕がゆっくりと、狙い違わずアルゴスを貫いていく。 視界に広がるかげりの部分。その中で苦痛を訴えるアルゴスの様が異様に可笑しくて、そんな私が可笑しくて、 「あー、まだちょ       ──っとはまともなところ残っていたんだ) 完全にかげる視界の中でその原因にゆっくりと口を塞がれ、ミシミシと呻き続ける頭の中で、ジュル、グチャと血肉を貪る艶かしい 音を別れの歌に、最期の最後に、自分だけのために涙し──