「雨の日」&「裏切り者の子守唄」コラボレーション企画作品 『青空に響く鎮魂歌』 最終章 鎮魂歌 あいつがモンクに殺されてから、オレはギルドを駆け回った。 ギルドは最早、ギルドとして機能していなかった。 なにがどうなってるのか分からないが、ひでぇ有様だ。 指揮系統はボロボロでロクに命令が伝わらない。 殺られてるヤツも妙に多い。 そこら中に死体が転がっているが、妙に間の抜けた死に方をしているのが目に付く。 雑談でもしていたかのような状態で首を切られていたり 戦っていたんだろうが、受けた傷と視線の方向がまるで違ったり 戦闘中に死んだ、と言うよりも、気付かないうちに殺されたような面をしてやがる。 脱出口も一応は見て回ったが、そのほとんどにヤツらがいた。 パッと見、誰もいないようにみえるが、よく見れば同業者が潜んでいる。 気付かずに逃げ出そうとすればバッサリ殺られるって寸法だ。 オレもやらされた事があるから分かったんだが 分かっただけじゃダメだ。逃げる方法を考える必要がある。 それにしても妙だな、なにかがおかしいぞ。 こりゃ、ヴィンセントと逃げた方がマシだったか? ひとまず、頭を冷やそうと、呼吸を整えていると。 「……ょ〜………ぃしょ〜………」 妙に間延びした声が聞こえる。 声の反響具合からすると、結構遠い所で、大声で叫んでいる。 しかも、悲鳴や何かの類じゃない。連続して何度も何度も聞こえてくる。 どこに敵がいるか分からないような時に、こんなバカみたいな事をするヤツは一人しか思い浮かばない。 声のする方向へと足を進めると、案の定、あのアホが大声で叫んでいる。 「たいしょ〜! どこにいるんですか〜! たい、むぐっ!」 後ろから口を押さえると、ヴィンセントはいきなり暴れ出した。 「まだ逃げてなかったのか?」 口を押さえたのがオレだと分かると、ヴィンセントは暴れるのを止めた。 「ぷはっ、た、大将! 無事だったんですね!」 お前が言うセリフじゃねぇだろ、と言いたいところだが オレもそろそろ危ねぇな。 「なにバカな事やってんだ、敵に見つかるだろ」 「え……あ!!」 今更自分の口を自分の手で塞ぐという、全く意味のない行動を取る。やっぱりお前はアホライトがお似合いだ。 それはさておき。 「なんでまだ残ってるんだ?」 「そ、それは……もう、こんな風になってると……大将が、逃げるのに困ってるんじゃないかなって……」 確かにオレはどうやって逃げるか、に悩んでいた。 「大将……まだ……残るんですか……」 言葉こそ弱いが、目はこっちを真っ直ぐ見ている。 残るなら無理矢理連れて行きます、なんて言いそうだ。 分かったから、そんな目をするな。 「分かった分かった、オレも逃げる、ポータルさっさと開け」 「は、はい!」 さっきも感じた事だったが、やはり妙だ。 突撃班のオレが一番先頭にいるはずなのに、何故か既に殺されている人間が多い。 少なくとも、今回の作戦。傭兵だけで攻略しよう、というわけではなさそうだ。 少し壁に背をかけて考え込んでいると、声が聞こえた。 妙に間延びした大きな声。こんな所でそんな声を出すとは…… よほどこういった状況に慣れていない人間が居るのだろうか。 だが……どこかで聞いた事のある声のような気がするな……。 ともかく、その声の出所を探ってみると、急に、その声は止まった。 もしかすると、誰かに殺されたのかもしれない。 そう考えながらも、耳を澄まして、もう一度、今度は先程より注意して探ってみる。 どこからだ……右の、壁の向こうか。 壁に耳を当てると、話し声が聞こえる。声は二つ、どうやら向こうに二人ほどいるらしい。 一人は、離れた場所にいるせいか、よく分からない。 だが、もう一人の方は、なんとか聞き取れる。 壁の近くにいるのは……あのガスマスクだ。 オレの聞き違いでなければ『ポータル』『開け』という単語が出たはず。 仲間にアコライト、或いはプリーストがいるとは意外だ。 いや、そんな事はどうでもいい。このままだと、逃げられる。 ここまで追い込んで逃げられる。 向こう側に行くのは、急げばまだ間に合うかも知れないが 逃げられる可能性が高い。 今まであの男と立ち回ってきたが、どれもうまい具合にはぐらかされていた。 戦略も策も、遠距離戦でも、向こうの方が一枚も二枚も上手だ。 壁がもう少し厚ければ、相手の銃の腕がもう少し上だったら……。 オレは運が良かったから助かったに過ぎない。 正面から挑んでも……逃げられるのが目に見えている。 だから、力づくで力比べに持ち込む、それ以外にあの男を始末する術はない。 それが出来るのは方法は……一つしか思い浮かばない。 オレは静かに気を集中させる。 「ちょっと待って下さいね」 ヴィンセントがジェムストーンを取り出してポータルを開こうとしている。 残念だが、今回は逃げなくちゃならねぇ。 そう、今回の所は、オレの読み違いだ。だが、今度はこんな失敗はしねぇ。 しばらく、ほとぼりが冷めるまでなにもしないってのもアリだろう。 なんならヴィンセントとどこかで………。 途端に背筋に悪寒が走った。このブッ刺すような気配、あの野郎だ。 咄嗟に後ろを振り返ってみる。そうだ、向こうにいる。 しかも……回り込もうと感じられない。 そうか、さっきみたいに壁をブチ壊してこっちに攻め込んでこようって事かよ。 でもなぁ、今からそっちへ行きますよ、って感じの殺気じゃねぇか。 奇襲をかけようって算段だろうが、さっきだって僅かだが壁を壊すのに時間はかかった。 そうだ、たとえ今度もそうしてきたとしたら、出てくるところをねらい打ちにしてやればいい。 「どうしたんですか?」 「下がってろ」 銃を構え、ヴィンセントを引かせる だが……何かが引っかかる。アイツはモンクだ。 そういえば……ヤツはまだ出していない。 モンクの最終奥義……。 ッ!! まさか!! 「阿修羅ッ!覇凰拳!!」 予想通りのかけ声と共に、壁に亀裂が入ったと思ったら、飛んできたのは石つぶてだった。 粉塵が舞い上がり、石片が辺りにぶちまけられる。 体中のあちこちにつぶてが被弾し、銃もスティレットもまともに構える事が出来ねぇ。 そして、ヤツはやってきた。 かすかにぼやけた視界から突き進んでくる人影。 石礫から身を護るために丸くまったオレに突っ込んでくるのは間違いなくあのモンクだ。 拳を引いてこちらに迫り、引いた右を一気にオレの方に突きだしてきた。 とっさにガードしようとこちらに掲げられたアサシンの左腕にオレの右拳が食い込んだ。 その手に掴んでいたスティレットは離れ、堅い物が軋む音が聞こえ、それが崩壊寸前である事を知らせる。 だが、それだけで済ますつもりはない。 更に右拳に力を込めると、それはあらぬ方向へと曲がり、赤く染まった白が腕から突き出す。 アサシンの左腕を完全に『破壊』した。 何が起こったかよく分からない。 ただオレの左腕がえらい事になってる、くらいしか分からない。 まだ空中には壁の破片が漂っている。妙に時間の流れが遅く感じるな。 モンクの野郎が、今度は左で顔面を狙ってやがる。 屈んだ格好から打ち上げられるそれが見える、けど、体が動かねぇ。 顔面、いや、顎を狙ってそいつがこっちに迫ってくる。 動け、動け動け、動けよ、ちょと後ろに引くだけでかわせ……。 下から突き上げた左がアサシンの顎に命中する。 だが、手応えは僅かに軽い。 直撃の瞬間にポイントを僅かにずらされた。 反応で出来ると思っていなかった。 意外、それは確かに意外だったが、それだけでは無事で済むわけはない。 殴った衝撃でガスマスクが弾け飛び、右手に持っていた銃もこぼれる。 男の体はのけぞりながら後方へと吹き飛ぶ。 壁に衝突し、ややめり込んだ状態で何秒か佇むが、そこからずれ落ち、ようやく男の動きが止まる。 俯いたその顔にはガスマスクがない、よく見えないが違和感を感じる。 人の顔ではないような気がする。 ポイントをずらしたおかげか、向こうは意識は失っていないらしく、ゆっくりと顔をあげる。 一瞬、ゾッとした。 男の顔は、鼻は根本からなく、頬が抉れ、歯が見えているのだ。 おまけにオレが殴った事によるダメージが一層、男の顔を奇妙なものにしている。 もし、向こうが反撃できる状態でガスマスクが取れたなら、或いは危なかったかも知れない。 ガスマスクをかぶっていたのはそういう事か。 クソッタレ…… 左腕は……ダメだ、全然うごかねぇ。 もう痛みなんざ通り越して、腕がなくなったんじゃないかって思うくらいだ。 左だけじゃねぇ、体も言うこときかねぇぞ。 壁をブチ壊すようなモン喰らって無事で済むわけがねぇ…よな……。 それに世界が回ってる……回ってるだけじゃなく、なにもかもポリンみてぇにぐにゃぐにゃだ。脳を掻き回されてるみてぇだ。 動かねぇ体に鞭打って、ポイントはずらしたつもりなんだが……ああ、あと少し時間を稼げれば なんとかなるかもしれねぇんだけど……。 あのムカつく野郎が近づいてる。 バケモンかテメーは。 オレの人生もここで終わりか?……野郎の手にかかって死ぬなんてなぁ、こんな事ならあの時女に殺された方がマシ……。 「た、たいしょ……ぅ……」 そういや、まだあいつがいたな。 ぼんやりと、ヴィンセントの方に視線を向けると あいつ、固まってやがる。なにオレの顔見て固まってるんだ。 顔? そういや顔がスースーするな。 ああ、あの時ガスマスクが取れたのか、素顔は初めてか。 初めまして、さようなら。さっさと帰れ。 お前まで怖いモンクに殴り殺されるぞ。 ほら見ろ、モンクの野郎もお前に気付いたじゃねぇか。 顔覚えられる前に逃げろ。 『!!』 ……何二人で固まってんだよ。 何故、君がこんな所にいるんだ。 「……君は……あの時の……」 「え? あ、あれ? なんで? なんであなたがここに……いるんですか?」 こんな所に似つかわしくないアコライト。 一見、少年に見えなくもない金髪の小柄なアコライト。 「う、嘘……じゃぁ、この騒ぎを起こした人って………」 目の前にいるのは、あの時、墓地で出会ったアコライトの少女だった。 何故こんな所にいるのかなんて分からない。 それに……どうやら、この男と知り合い……のようだな。 だが、そんな事は……どうでも、いい。 「た、大将を……大将をどうするつもりなんですか!」 「その男は……殺す」 少女の瞳が驚愕に歪み、こちらを見上げる。 「なんで……なんで大将を殺さなくちゃいけないんですか……」 「この男は銃を造り、それをばらまいた、それが原因で何人も死んでるのは君だって知っているだろう」 「それは……それ、は…………」 内容は確かに彼女も理解している。それでも、下がろうとはしない。 彼女がこの男と近しい間柄であろう事は分かる。だが、ここで情を……かける……わけには……。 この男に殺された仲間はいる……それになにより……。 ここで、この男を始末しないと、あの騎士団の、オレの仇の情報が入ってこないんだ。 もういい、なんと言われようと、後はあの男を始末するだけだ。 オレは背を向けて、改めてアサシンを始末しようと歩み寄ろうとした。 だが、誰かが背後からオレの腰にしがみつく。 オレの歩みを止めるにはあまりにもか細い腕がオレにしがみつく。 しかし、少女の外見から予想される以上の力がオレを、あの男から引き離そうとする。 「大将! 逃げてください! 逃げて!!」 少女の切実な声が、耳孔を貫く。更に、その小さな体から、オレの体をも通してビリビリと伝わってくる。 男はなんとか動こうとするも、まだ立ち上がることも出来ない。 だが、それはあくまで今のうち、だ。 あと一分もあれば、あの男は動けるようになる、そうなる前に、息の根を止めなければ。 オレが少女の小さな手を掴むと、一瞬、動きは止まった。しかし、それは一瞬だけだった。 少女はそれでも男を逃がそうと、尚もオレの体を引っ張り続ける。 腕に力を込めて持ち上げると、絶対的な腕力差で少女の手を引きはがされた。 脆い戒めを解くと、オレは彼女に向き直った。怯えてはいるが、その瞳に迷いはない。 今にも泣き出しそうなほど、涙を溜めているが、決してオレから目を逸らさない。 あの男を助けようという想いが、恐怖をうち消そうとしている。 オレは、そんな目を見続けることが出来なかった。 「あの男の最期は見ない方がいい」 オレは少女の目から視線を逸らし、うなじに手刀を打ち込んだ。 「あ……」 まるで眠りにつくかのように、少女の全身から力が抜け、崩れ落ちる。 気絶しているはずだ。今度彼女が目を覚ますときには、もうあの男は存在しない。 またこっちを向いてる、オレをあの世に連れて行こうとする死神がな。 ヴィンセント、オレを助けようという行動はありがたいが、どうやら無駄だったようだな。 なんか、お前とバッタ海岸に行った事を思い出すな。 あん時、お前、オレが殺そうとしていた大バッタを助けようと、オレにしがみついてきたな。 その後はオレに殴られて鼻血出して……。 となると、今のオレは殺されそうな大バッタか。 結局あのバッタ、違うヤツに殺されたよな、確か。 笑えねぇや。 まぁ、あのバッタよりは、抵抗してみたいんだが……。 銃はもう一丁持ってるが、腕も体もろくに動かないんじゃ無理がある。 オレが必死に抵抗しようとしている間にも、モンクの野郎は、それはそれは力強い歩みでこっちへ近づいてくる。 「………」 が、また止まった。焦らそうなんざ、趣味の悪い野郎だ。 なに止まってるんだよ。 なんでオレを見てねぇんだよ。 なにテメェの足下なんか見てるんだ………。 へぇ、まだ動けるのか。 「た……たい……しょう……に、げ……」 オレの足を掴むのは、先程オレの腰を掴んでいた手と同じだった。 後ろを向くと、そこには、朦朧とした目でオレの足を掴んでいるのは……。 意識を断ったと思ったのだが、所詮オレの小手先の技では、少女一人、気絶させる事も出来ないのか? 確かに……オレは昔から拳法を学んでいたわけじゃない。 あの日、復讐を誓ってからはじめて歩んだこの道で、オレは人を殺す術だけを徹底して鍛えてきた。 気絶させるだけ、といった技術が甘いのは分かる。 しかし、だからこそ逆に……何故この少女はオレの行く手を阻むんだ。 幾ら手加減したとは言え、拙い技術で打ち込まれた手刀は痛くないわけではない。 今、こうしている間にも少女はふらつく体を持ち上げて、俺の前に立とうとする。 そんなに……そんなにこの男が大事なのか? なら、立てなくするしかないか……。 拳を少女の腹に突き立てた。 「うっ!………」 柔らかく、抵抗がほとんどない。 体がくの字の折れ、少女は再び土を舐める姿勢になる。 「あっ!……が、がはっ!……うぁ……」 前と違う事といえば、涙を流し、腹を押さえ、苦しそうな呻き声を上げているところだろう。 今度は先程とは違い、明らかに痛みを与えるために放った打撃だ。 今度こそ、あの男にとどめを刺す。 君はもう立ち上がるな。 痛い! いたいイタイ痛いぃぃっ!! お腹が爆発するように痛い! 気持ち悪い 痛い 吐きそう イタイ 涙で前が見えない、いたい ヒール 痛い ヒールを……。 はぁ、はぁ……うぅ、ヒールをかけたのにまだズキズキする……。 さっきのは気が遠くなるような痛みだったけど、今度は意識がはっきりするような痛みだった……。 違う、そうじゃない! 大将が……大将が、殺されちゃう……。 どうしよう、どうしよう、どうにかして大将を助けないと……。 でも……僕じゃ……僕の力だけじゃ無理。 何か、どうにかできそうな何か……ない……。 目に付いたのは、僕のすぐ近くに落ちている黒光りする物。大将が持っていた「銃」だ。 手に持ってみると、ずっしりと重い。 撃ち方は、多分知っている。 いつも、大将が使っている所は見ていたから。 多分、あとは、この引き金を引くだけで……なんとか出来る……。 なんとか出来る、って? 誰が? 僕が? 人を、傷つける? 人を、殺す? そんな事したくない、したくないけど…… でも……こうでもしないと……大将を、助けられない。 もう撃てるようになってる。でも……やっぱりダメだよ。 こ、こんなの使うの、はじめてだし、それに、震えて、撃てない。 外れる、そしたら、今度は……。 大将を殴ったみたいに、骨が突き出るほど殴られるかもしれない……。 壁を壊したように、バラバラにされるかもしれない……。 今度こそ……殺され……。 震えが止まらない。 僕が、あんな人に勝てるわけない……。 違う、勝つとかそんなんじゃなくて、 い、今、う、撃つしかないんだ。 殺すんじゃなくて……ちょっと……怪我をしてもらうだけで……。 殺すんじゃない……大将を助けるんだ。 震えは、ちょっとだけ止まった。 僕は、引き金を引けた。 死神の歩みはまたも止まった。 いきなり膝をつくが、向こうも、何故そうなったのか分かってねぇって顔してる。 自分の左足から血が噴き出しているのを少しの間じいっと見た後、後ろを向いた。 向こうには、銃を持ってひっくり返っているヴィンセント。 いたた、なんて言いながら、立ち上がろうとすると、案の定、モンクと目があって固まる。 二人とも、オレのことなんか眼中無しだ。 釈然としないものがあるが、今はありがたい。 体がそろそろ動きそうだ。 「……そうか、ヒールをかけたのか……」 オレは無事な右手が動くか確かめる。 「……いしょうを……」 もう一丁の銃が入ったポーチの手を伸ばす。 「大将を殺さないでください!!」 グリップの感触を確かめ、モンクに気付かれないように、銃を取り出す。 「…………」 背中の後ろで、撃鉄を上げる。 「こ、これ以上……た、大将に、何かするって言うなら、ま、また、う、撃ちます……よ……」 モンクの注意は、完全にヴィンセントの方に向いている。 「二度目はない、そんなに震えているんじゃ、当たらない」 撃てる状態になった銃をモンクに向ける。 「そ、そんな、そんなこと………」 引き金に指をかける。 「ありがとよ、ヴィンセント」 二人がこちらを向いた。 そして同時に銃声が響いた。 「がっ!………つっ!………」 オレが撃った弾はモンクの右足を貫いた。 両方の足を撃ち抜かれて、ヤツは完全に突っ伏した。 両足を撃ち抜かれ、気力も尽きて、最早打つ手なんてねぇだろ。 ざまあみやがれ。 ふらつく体を起こしながら、オレは立ち上がる。 そして、反対に立つことの出来ない野郎を見下ろす。 「いいざまだねぇ、モンクさんよ」 オレの目の前で、四つんばいになっていたモンクの野郎は顔を上げた。 憎々しげに、歯を食いしばって、こちらを睨んでいる。 視線だけで人を殺せるなら、オレを殺そうって感じだな。 はは、なにも出来ないって事はあれだな、さぞ悔しいだろうな。 しかも、あそこまで追いつめておきながら、だからなぁ。 「お前は確かに強いよ。でもなぁ、なんでこうなってるか分かってるよな」 モンクは答えない。 「例え、血が繋がっていようが、赤ん坊だろうが、棺桶に片足つっこんでるようなジジィやババァだろうが  長年連れ添った相棒だろうが、容赦なく殺せないようじゃ、死ぬのはテメェだって事だよ」 いいようにやられたせいか、どうもムカついてるな。いつになく喋くってしまう。 「ちょっと知り合いだった程度で、ヴィンセントに手加減したのが運の尽きだ。  お前、この世界にゃ向いてねぇよ」 ふぅ、一気に捲し立てて、ひと息つく。 モンクは、さっきより心なしか怒気がなくなっている気がする。 ちょっとすっきりした。 が、こんな事言ってる場合じゃないな。 「ヴィンセント、今度こそ逃げるぞ。この野郎を殺してからな」 「た、大将! 待ってください!  そこまでしなくてもいいじゃないですか!  もう何もしなくていいから逃げましょうよ!」 オレは、悪い芽は摘まないと気が済まないんだよ。 この手の野郎は、生かしておくとロクなことにならない。オレのカンがそう言ってる。 だからこそ、ここで、始末しなきゃいけないんだよ ヴィンセントにゃ悪いが、騒がれる前にこいつは殺しておこう。 銃口は確実に、まだ諦めてねぇモンクの眉間を狙う。 この距離なら外さない。 「あばよ、半端なお人好し」 「そんな人間一人を送らないわ」 モンクの額に狙いをつけていた銃が落ちた。 銃だけじゃない、手首ごと、だ。 すっぱりと、キレイに断ち切られている。 隣を見れば……徐々に女の形が浮かび上がってきた。 数秒後には、弾薬庫で逃げられた女がそこにいた。 冷たい目でこちらを見ている。 蔑んでいるわけでも、睨んでいるわけでもなく、ただ見ている。 同業者の目だ。 オレを殺すのに感情なんて必要ない。ただそう言われたから殺す。そんな目だ。 痛みが今更になってやってくる。 右腕を押さえようにも、左ももう使えねぇ。 お手上げしようにも手を挙げられないとはなぁ。 「は、は……どうもアンタが絡んでくると、なんか話が狂ってくるんだよなぁ。  何者だよ、アンタらは」 眉一つ動かさず、女はたんたんと言葉を紡ぐ。 「アサシン暗殺教団だけがアサシンギルドだと思わないことね。  元々あなた達の所は、東方の支配された側だから、政府も完全に信用はしていない。  だから、向こう側に染まっていない、別働隊がある事ぐらい不思議じゃないでしょ。  もっとも、結成されたのは数年前で、半分民間みたいな所だけど」 成る程、今回投入されたのはアンタを含むそいつらかい。 ご親切にどうも、そいつはいい冥土の土産だなぁ、おい。 ったく、希望持たせせといて、こんな結果かよ。 神様ってのは、真性のサディストだな。 「で、オレを生きたまま捕まえてこいと?」 「今回の任務は殲滅、皆殺しよ」 延々といたぶられるわけじゃあないらしい。 それだけは救いといえば救いだ。 「じゃ、ひと思いにやってくれ」 「分かったわ」 オレもここで終わりか。 思えば悪運が強かったな……。 顔に弾をぶち込まれても死ななかったし 矢を撃ち込まれて、腹掻き回されても生き残った。 危ない橋を渡りまくったけど、死ななかったな。 さぁて、大将、オレもそっちにいくよ。 空気を裂く音がよく聞こえる。 カタールの刃がオレの首に食い込むのが分かる。 多分、首を落とされた。 視界が下がり、回転している。 こっちを見てるヴィンセントの姿が視界に入った。 そういやアイツは……どうなるんだろうな。 急に、女の人が現れた。 そして、大将の左手がなくなって、それから何か話して 大将が倒れて、首が落ちた。 「大将?」 なんでそんな所に首があるんですか。 はやく元に戻してくださいよ、僕じゃ治せませんよ。 僕どころか、プリーストの人だって、首を落とされたんじゃちょっと無理があるし。 早く元に戻さないと死………。 死? 「う、うあぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!」 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ! 首が取れたなんてなにかの冗談でしょ? 大将は何時だって、死にそうになったって生きていたじゃないですか! 今度だって、なにかあるんでしょう? だって、だって………。 「大将、生きてるんでしょ!?  返事してくださいよ!!」 大将は動かない。 声も聞こえない。 本当に、大将、死んじゃった、の? そうだよね、首を切られて、生きてられる人間なんて、いないよね。 ごめんなさい。 僕、なにも、出来なかった。 もっと、銃を造る事に反対してれば、止められたかもしれない。 銃を、どこかに、さっさと捨てれば、大将も、諦めたかもしれない。 ごめんなさい。 もう、怪我を治すことも、出来ないん、ですね。 それに、もう、僕を、助けてくれることも、ないんです、ね。 そうだ、僕、今、とっても、危険な、状況に、いるんだ。 僕、殺されちゃうのかな? ブラックスミスに殺されたお姉さんみたいに、手足を切られて、お腹を裂かれて、あそこに、入れられたり……。 それとも、殴られるのかな? 大将みたいに、骨が折れて、飛び出るまで 壁を壊したような勢いで、顔とか、お腹とか、他の所も……。 嫌だ、怖い、助けて、神様………。 違う、助けてくれたのは、いつも、大将だった。 でも、もう、大将は、助けてくれない。 そっか、もう、誰も、いないんだ……。 大将も殺されたし……。 急に、手に持った銃が、凄く、重く感じる。 そっか、殺さないと、僕、もう助からないんだ……。 重いけど、銃を、上げてみた。 女の人が驚いた顔をした。 モンクのオジサンも、急にこっちを振り返って、怖い顔をしている。 パパ、ママ、親不孝者な娘ですいませんでした。 神様、命を奪うことをお許し下さい。 大将………。 あれ? なんか、大将の顔、よく見えないや。 でも、そこにいるんでしょ? 大将……なにもできなくて……ごめんなさい……。 そのかわり、大将を一人にはしません。 違う、そうじゃない……。 「大将、僕も一緒に、連れて行ってください」 涙を流しながら、自分のこめかみに銃口を押しつけ、少女は、男の亡骸を見つめる。 そして、少女は引き金を引いた。 妙に銃声が軽く聞こえ、細い体が傾いた。 力を失った小さな手から、その手に似合わない無骨な鉄塊が離れて、落ちた。 少女は、自ら命を絶った。 重なった。 あの日、オレに助けを求めて、死んでいったあの子の姿と 男の亡骸を見つめながら自殺した、目の前のアコライトの少女の姿が。 「……なんで、死ぬんだよ……」 オレが、あの男を殺そうとしたからか? オレが、君を殴ったからか? 足が痛む。オレは、進んでいた。少女に向かって。 あまりにも突然すぎて、まるで、嘘のようだ。 本当に、君は死んだのか? 確認せずにはいられなかった。 ヴィンセントと呼ばれた少女のこめかみには、確かに穴が空いていた。 本当に死んで……。 いや、彼女はまだ生きていた。 僅かに体は痙攣している。 咄嗟に脈を取り、口に手をかざしてみると、呼吸も心臓も止まっていない。 自殺方法が正しくなかったのか? 確かに重傷ではあるが、まだ生きている。 まだ、生きている。 作戦前に支給された青ポーションを取り出し、一気に喉に流し込む。 枯渇した気力、法力が一時的に沸き上がってくる。 「何をしようとしているの?」 「今なら、もしかしたら、まだ間に合うかもしれない!」 だが、返ってきた言葉は冷たい。 「止めた方がいいわ。  あなた、自分が何をしようとしているか分かってるの?」 「当たり前だ!」 だが、こういう時、大抵の場合、あいつの言ってる事の方が正しい。 「……止めを刺したのは私だけど、でも、実質この男を殺したのはあなたよ。  それは分かってるわよね」 「……だから、だからなんだ!」 それ以上言うな、言わないでくれ。 「そうね……あのテロの時、あの騎士団長が、あの子だけを殺して、あなただけを助けたら  あなたはどんな気持ちか、そう言ったら分かりやすい?」 「………」 オレが……あの男と同じ? 「あなたが、奪ったのよ」 「………」 分かってる、そんなの分かってる。 「命を助けたのに、憎まれて、いつ背中を刺されるかどうかも分からない。  それに、この子があなたみたいに、裏の道を辿らないと言い切れる?」 「!……!……!」 「あなたは、この子を、生き地獄しか待っていない現実に呼び戻そうなんて考えてるの?」 ………オレは……オレは…………。 呆然と空を見上げると、青い空が広がっていた。 そう言えば、あの作戦の日、と言っても作戦前の昼の事だが、あの日もこんな空だったな。 手に持った、剣とロザリオが太陽の光を反射する。 あのブラックスミスは、生き残っていたらしい。 だが、彼と連絡を取ることは出来ないし、するつもりもない。 これは、オレが個人的にやっている、ただの自己満足に過ぎないから。 今、オレがいる場所は、とある教会の墓場。 オレは、三つの簡素な墓の前に、一つにロザリオを。もう一つに剣を置いた。 もし、オレが死んだら、誰か、同じような事をしてくれるだろうか。 ふと、そんな事が頭に浮かぶ。 そして、三つ目の墓には……。 「わあっ!!」 声の主、その少女は転んでいた。 いたた、と言いながら、起きあがろうとしている少女と目があった。 こちらを見た時、僅かに震えたものの オレがずっと見ていると、すぐに少女は近づいてきた。 「お墓参りですか?」 オレの目の前にいる少女は、あの時のアコライトだ。 違う所は、あの時より、少し伸びた髪と、男装ではなく女の子の格好をしている事と……。 ヴィンセントという名前ではない事だ。 あの日、オレはあれだけ釘を刺されたにも関わらずヒールをかけた。 確かに、彼女は助かった。 だが、今まで生きてきた記憶を、全て失った。 自ら命を絶とうとした事による後遺症だ。 何故あそこにいたのかを覚えていないどころか 自分の名前すら思い出すことが出来なくなっていた。 それどころか、オレが側にいた間は、オレの顔を覚える事もできないかったし 誰かの手を借りなければ生きていけない状態だった。 その手の専門家の所にも行ってみたが、以前の記憶を思い出すことは、まず100%無理との事だった。 オレは、安堵した反面、ひどく罪悪感も感じた。 あいつが言ったように、オレは、あの子にとって仇であるはずなのに 向こうはそれを覚えていない。 オレを殺そうと考えてもいいはずなのに、そんな事を考える事も出来ない。 そして、少女の身を、とある教会へと寄越した。いや押しつけた。 記憶を失っている所を保護した。だが、こちらにも事情があるので預かって欲しい。 そう言えば断れないような所に、だ。 そして、彼女は目の前にいる。 既に、日常生活に支障がない程に回復し、新しい名をつけられている。 もう、ヴィンセントと呼ばれることはない。 「あ、ああ、知り合いの墓参りでね。  なかなか時間がなかったんだが、ようやく、来れたんだ」 「そうですか。  忙しい中、来てくれたんですもの、きっと喜んでくれますよ」 少女がこちらに笑顔を向ける。 本来なら、オレなんかにそんな顔をするはずがないのに……。 左足が、彼女に撃たれた傷が僅かに痛んだ。 「できれば、一緒に、祈りを捧げてくれないか?」 「はい! いいですよ」 「それと……これを、そっちの墓に置いてくれないか」 「……これ、ですか?  ガスマスクですよね、コレ?」 少女に渡した物は、ひしゃげたガスマスク。 オレが、無断で持ち出した物だ。 「ああ、出来れば、その持ち主が、天国にいけるように祈ってくれ」 「……はい!」 芯の通った声で、少女はオレの要求を快く受け入れる。 オレと少女は祈りの言葉を捧げる。 なんとも不思議な光景だ。 仇敵であるはずのオレと一緒に墓場で祈りを捧げるなんて……。 祈りの言葉が終わると、オレは背を伸ばしながら、少女に話しかけた。 「今回もそうだったんだが、なかなか墓参りに来ることができないんだ。  もしよければ、オレの代わりに、時々でいいから、ここを見て欲しいんだが……」 「いいですよ。  もうオジサンは知り合いですから、暇があったらいつでもお祈りします」 前と同じ事を言われて、オレは、少し黙ってしまった。 彼女も、あっ、という顔をして、黙ってしまう。 僅かに気まずい沈黙を破るように、オレは歌を口ずさんでみた。 少女はこちらを見ている。 じっと見た後に、墓の方に向き直り、一緒に歌い出した。 あの日、あの青空の下で、彼女と歌った鎮魂歌。 あの日、逝ってしまった多くの魂を鎮める事が出来るのは、この少女だけのような気がした。 あの中にいながら、誰一人殺す事も、誰かに殺される事もなかった、この少女なら……。 あの騎士は何故、死んでまでハンターを助けようとしたのだろう。 あのハンターは、仇を取ることなく死んでしまって、どんな気持ちだったんだろう。 あの日、死んでしまった者達は、何を考えて死んでいったのだろう。 そして、あのガスマスクの男も………。 鎮魂歌を歌う中、彼女を見ると、集中して歌っている姿が見える。 オレは少しずつ、声を弱める…… 「あ、あれ? どこにいったんですか?」 鎮魂歌が終わった後、いつの間にか一人になっている事に気付き 少女は、いなくなったオレの姿をきょろきょろと探す。 だが、もう、そこには誰もいない。 「それで気は済んだ?」 木陰から少女の様子を見ていると、後ろから声がかかってきた。 「……ああ」 あいつも、付いてきた。 そう、さっき歌っている最中も、ずっと見ていた。 「よかったわね、都合にいい結果になって」 「……そう、だな」 そうとしか、言えなかった。 それ以外に、言える言葉なんてなかった。 「もし、あの子が記憶をしっかり持っていて、あなたを殺そうとしたら、あなたはどうする気だったの?」 「…………」 大人しく殺されたのだろうか それとも、一生逃げ回っていたのだろうか それとも………。 「殺した、かもな……」 「そう、復讐を止めるつもりは、ないのね」 「ああ」 勝手な話だ。 オレは、今でも、あの男の事を考えると殺す事以外、なにも考えられなくなる。 もしかしたら、彼女も、オレと同じ人間になったかもしれないんだな。 だが、少なくとも、彼女が、オレの歩んだ道を通ることはない。 それだけは、よかったとオレは思っている。 もう一度、彼女の方を見ると、その背中はどんどん小さくなっていく。 おそらく、もう会うこともないだろう。 あのガスマスクのアサシンは、今の彼女を見たら、なんと言うのだろうか。 ふと、そんな事を考えると、今度は右足の、あの男に撃たれた傷が痛んだ。 そんな事、オレに、分かるはずも、ないのにな………。 ---------青空に響く鎮魂歌--END-----------