「雨の日」&「裏切り者の子守唄」コラボレーション企画作品 『青空に響く鎮魂歌』 第六章 衝突 「な、なんですかコレは……」 若いくせにもうボケが始まってんのかお前は。 ヴィンセントの手に握られているのは、オレが弾薬庫からついでに取ってきたジェムストーン。 一応は聖職者の端くれであるこいつなら、この地獄から抜け出せる蜘蛛の糸。 お前はそろそろ神様でも仏様なんでもいいから、そのあたりにでも助けて貰え。 もうここは、お前がうろちょろするには危ない場所になってるんだからよ。 これ以上付きまとわれるとコイツが死にかねないし、なにより足手まといになる可能性もある。 今回の襲撃は、縁を切るにはいい機会だ。 「分かるだろ? もうここはお前がいるような場所じゃねぇんだよ。  ここから出たら、後は好きにしろ」 しばらく、ジェムストーンを握りしめた手とオレの顔を交互に見ていたが そこで出た言葉が。 「大将も一緒に逃げましょうよ」 これだ。 まだオレと関係を持とうとしているのかよお前は。 「悪いが、オレは諦めが悪いんだよ」 「これ以上こんな事したって、なんにもなりませんよ!」 やっぱり分かってない。 時間こそ短かったが、オレがどういうヤツかって事なんざ分かってると思っていたのにな。 「何処でもいいから早く行け」 おそらくこれが最後となるはずの言葉をかけて オレはいつものようにヴィンセントを無視して歩き出す。 いつものようにつきまとってこない。聞こえるのはオレの足音だけだ。 あいつも、身をもって思い知っているからな、そろそろ考えているんだろう。 これ以上、不毛な事につきあう事になんの意味があるのかをな。 「おい、こっちに来てないか?」 「いや、誰も来てないな……」 「ならこっちへ来てくれ、どうも向こうが手薄だ」 ギルドの人間が何人かが通路を行き交い、何処かへと消えてゆく。 いずれもその顔には焦りが浮かんでいた。 ここまで突き進んできたが、たまにこうやってやり過ごすくらいで 後は、そのまま歩いていても誰とも出会わない程だ。 中枢部に近いはずなのだが、思いの外、人は少ない。 後続の突撃班のおかげか? それともそもそもこのギルドはこんなものなのか? なんにしても、少し妙な気分だ。 誰もいなくなった事を確認して、通路脇から体を引き出すと、オレは再びギルド中枢部を目指す。 今回の事はあまり気分が乗るものではなかった。 オレの戦う理由なんてここにはない。 だが、今は少しだけ違う。 出会ったときはただの騎士崩れと思っていたが、誰かも救おうとして死んでいった騎士。 オレ達に迷惑をかけまいと、己の仇を取る事も出来ず、一人になったハンター。 そして、得体こそ知れなかったがオレをここまで進めてくれたブラックスミス。 彼らの事が頭に浮かぶ。 そう、今は……彼らの犠牲を無駄にしないために、ここを……潰そう。 もうそろそろ、ギルドマスターでもいそうなものか……。 とりあえずそこの角を曲がって……。 意外なところにあいつがいた。 脱出口の一つの付近たぁ、妙な所で出会ったもんだな。 妙にそわそわして、周りを気にしちゃいるが、今はこっちに背を向けて、オレに気付いていない。 「よう」 オレの一声に、その背中は動きを止め、こちらを振り向いた。 一応知り合いで、ここの名目上のギルドマスター殿……なんだが、妙に驚いたツラしてやがる。 なんでこんな所に居るんだ? もしかして逃げようなんて考えてるんじゃねぇだろうな。 「あ、ああ、なんだ?」 ようやく返事が返ってきたその時には、いつも通りの表情に戻っている。 「今の状況、あんまりよくねぇみたいだから、オレとお前で指揮をとろうと思ってな。  人手が足りないらしいし、いざという時の手駒も欲しいからな」 「……そう、だな、それがいいかもしれんな」 「いや、さっきも弾薬庫で政府のヤツと鉢合わせてな……」 オレがそう言った時、ヤツの顔色が変わった。 「お、おい、それで何かあったわけじゃなかったんだろ?  政府のヤツらをぶっ殺して終わったのか!?」 怪しい、アホライトのヴィンセントでも分かりそうなくらいに態度がおかしい。 どうも……今後のことを考え直す必要がありそうだな。 「政府のヤツと一緒にアルケミストの女がいたんだけどな  あいつ、敵にオレ達を売ろうとしていた」 「嘘だろ?」 「いーや、本当だ。ちょっと聞いただけでもオレのことをもう、ペラペラ喋ってたんだぞ。  ここの事や、お前の事だって話されたと思うぞ。  ま、敵にゃ逃げられたが、あの女は勿論、殺した。」 「…………そうか……」 ようやく振り絞った、といった感じの一言。 動揺を隠しているふりをしているが……なんだ? もしかしてあの女とできてたとか言うんじゃないだろうな? 「ともかく、さっさと他の連中を集めて一旦立て直そうか。  場合によっちゃ逃げるかもしれねぇし、さっきも言ったが手駒は多い方がいいだろ」 「…………」 オレの言葉が聞こえてるかどうか怪しいもんだが、ともかく オレ達二人は現状をどうにかするために、少し歩みを早め、角を曲がろうとすると………。 ガスマスク……指名手配犯! そうか、こいつか………。 うちにモンクなんざいねぇな。ってこたぁ……。 オレ達二人の前に、今にも飛びかかってきそうなモンクがそこにいた。 明らかにオレ達に向けられている敵意。傭兵連中の一人だ、間違いねぇ。 見た目は若いが、構えが妙に板に付いている。拳も服も血まみれだが、その割には元気そうじゃねえか。 いつでも撃てるように銃を構え、スティレットをその脇に添える。 二対一か……無闇に近づかなけりゃ……。 「政府のヤツらか………」 いつもと何かが違うその声にオレは横目でヤツを見る。 戦いたがってる。 金にしか興味がねぇし、それ以外だとなんにも積極的じゃねぇはずのあいつがだ。 短剣を握った手には血管が浮かび出てるし、その上、自棄になったような顔なんかしやがって。 「あんまり力むなよ!」 オレのアドバイスは……全然聞いてねぇな。 それどころか、自分から攻撃を仕掛ける始末だ。 異常な気迫もろとも、モンクの心臓めがけて突き出された切っ先が、僅かに野郎の衣服を掠める。 横にかわしたモンクの後ろを取ろうとするが、それは突き出された拳によって阻まれる。 が、あいつはそこで引き下がらなかった。 モンクの拳に怯むことなく、接近戦を挑みやがった。 確かに、以外にもアイツの短剣捌きは並じゃない。 そこらのハンターやローグとはワケが違う。 だが、相手が悪いな。接近戦の専門家とじゃあ分がワリィ。 互いに至近距離から拳と刃を重ねるがアイツの方が劣勢だ。 腕力も体力もおそらく向こうの方が上。 合間を縫って攻撃しようにも、手数が圧倒的に違う。一矢報いる前に、十発は喰らいかねない程の差がある。 だが、アイツは似合わない事に、果敢に短剣を振り回し、モンクに刃を振り下ろす。 が、それは途中でピタリと止まった。 刃は頭部に届く寸前に、モンクの手で押さえられている。 間近で見るのは初めてだ、白刃取りなんて本当に出来るんだな。 腕力差がここで出た。 モンクは両手に挟んだ短剣を引っ張ると、アイツの体勢は大きく崩された。 無防備、がら空き、どうぞ打ち込んでくださいといわんばかりに状態に、モンクの野郎は渾身の右を喰らわせようとしてる。 困るな、まだアイツには死んでもらっちゃ困るんだ、よっと! 白刃取りによって無防備になったローグに、一撃浴びせようとしたが、咄嗟に殺気を感じた。 攻撃動作に入っていた姿勢を無理矢理崩すと、顔のすぐ横を何かが通り過ぎた。 痛みと共に、液体が垂れ落ちる感触を頬に感じる。 ローグはもう体勢を立て直し、距離を取っている。機会を逃したか。 「おい! もう少し早く援護しろ!」 「無茶言うなよ、お前に当たってもいいのか?」 そうは言っているものの、今のフォローは悪くなかった。 あれほど距離を詰めている状況で的確に弾丸を撃ち込める事が出来るなら、それはそれで非常に驚異的だ。 再び、距離を詰めようと思ったが、先程まで足があった場所が弾け飛んだ。 「接近戦じゃ分が悪い、銃持ってんだろ?」 ガスマスクは、まだ煙の立ち昇る銃口を、再びこちらに向ける。 こうも距離が空いてると、詰め寄ることも出来ない。 アサシンの射撃は決して正確ではないが、攻撃のタイミングを確実に潰し、こちらの出鼻をくじいている。 その上、ローグまでもが銃を取り出す。 ……ここは、一旦退くしかないか。 モンクは背中を向けて逃げ出しやがった。 バカが、ギルド内でオレから逃げられるとでも思ってるのか? オレ達は銃を撃ちながらすぐに追いかける。 走りながらな上に、相手も動くもんだから当たるわけがねぇ、が 相手を誘導する分には決して使えない事はない。 逃げようとする方向へ撃ち込んで、都合のいい場所へと誘導する。 オレは巧みに誘導し、ある部屋にまでモンクを追い込んだ。 なかなか広い部屋。 適当に色々とぶち込んだ倉庫みたいな場所だが、姿を隠して奇襲をかけるには荷物は少ない。 相手の居る位置はおおまかに分かるものの、近づくのに時間がかかる場所。 銃で仕留めるには打ってつけの場所だ。 出口は一つ、テメェが入ってきた所だけだと言うのに もう一つ出口がないものかと奥までまんまと行きやがった野郎が奥で突っ立ってる。 苛立ち、焦燥、そして怒り。それらを織り交ぜてこちらを睨みつけてくるが、痛くも痒くもねぇな。 やべぇ、ここまでうまくいくと、思わず笑いがこみ上げてくる。 が、にやついてる暇はねぇ。オレ達二人は銃を構えて撃つ。 床と壁が弾け飛ぶ前に、モンクはすぐさま近くに転がっていたテーブルあたりに身を隠す。 後はじわじわと距離を詰め、角度を変え、野郎の姿が見えれば撃つ。 それを繰り返すだけだ。 「こうなっちまうと、モンクなんざなにも出来ねぇな!」 と、そこで急にヤツが顔を出した。 わざわざ狙って欲しいってわけかい。 「なら、自分の目で確かめるんだな」 そう言ったと思ったら、向こうから何かが飛んできた。 嫌な記憶がふと蘇る、記憶を失ってあちこち駆けずり回っていたあの時、そういや狙撃されたなぁ、なんて事が。 飛んできた"それ"はあの時のように、オレの間近にあった物を貫通、粉砕していく。 そして、またオレにそれを放とうとするのが見え……オレは頭を引っ込めた。 オレの頭上を光弾が飛んでゆき、標的にぶつかることなく壁の一部を破壊する。 指弾かよ。 魔法とは違う、モンクのヤツらが使う遠距離攻撃手段。 接近戦であれだけやって、ここまでやられると……反則だろ、あんなの。 これじゃあこの部屋に追い込んだ意味がなくなっちまったな。 条件は同じ、数はこっちが多い。 向こうの気力が切れるのが先か、オレ達の弾が無くなるのが先か。 だが、指弾を撃ってきながらこっちに近づいてくる可能性もあるかもな。 持久戦に持ち込むのも手の一つだが……いや、そもそもコイツ一人に構ってる暇はないんだ。 手っ取り早く、こっちから仕掛け……。 …………いや、待て待て、そんなオレらしくもないな、正攻法で挑む事はないだろう。 一通り弾を撃ち尽くした銃を片手に、オレは弾を探さず別の物を探す。 多分持ってるはずだ、オレの性格を考えた上で、持ってないはずが……あったあった。 下手に顔を出すような真似をせず、オレはそれを背後に放り投げた。 落下音のすぐ後に、気体が漏れる音が聞こえる。 オレの投げつけたのは、なんの変哲もない催涙ガスだ。 そうだ、なにも向こうに会わせて戦うことはない。卑怯な手段を取る方がオレらしい。 「ばっ、バカヤロウ!! オレがまだ、ぐあぁっ!!」 ああ、ちゃんと確認してなかったみたいだが、落下地点のすぐ側にいたのか。 もろにガスを喰らったかもしれねぇが、まぁ仕方ねぇだろ。 大事の前の小事だ、我慢しろ。 勿論、オレが今つけているガスマスクは、前のポンコツと違ってちゃんとしたヤツだ。 催涙ガスが充満した頃には、アイツの泣きっ面に鉛玉喰らわせてそれで終わりだ。 部屋にガスが充満するまでに、オレは銃に弾を込めようとしたが、何故か入らない。 カチカチと銃と弾が互いに音を立てて、弾の一つが落っこちた。 手振れか、そう思ったが、震えてるのはオレだけじゃない。部屋全体が僅かに震えている。 こんな時に地震かよ、とも思ったがそれも違う。振動とともに、何かをひたすらぶっ叩く音が聞こえる。 嫌な予感がして、おそるおそる、頭を出すと、モンクの野郎、なにをトチ狂ったのか壁をひたすら叩いていやがった。 追いつめられて自棄になったか? オラオラとでも言い出しそうな連打だが、そんなもん無駄無……駄でも、ないってか? 壁には、見る見るうちに亀裂が走り、今にもブチ破られそうだ。 安普請とは言え、拳で壁を壊すって……バカかあの野郎。 無防備な背中をこちらに向けてはいるが、オレの銃には、まだ弾が入ってねぇ。 急いで詰めるものの、ガスが充満する方が早いなこれじゃあ。 そして、部屋にガスが充満する一歩手前、時間にすれば僅か数秒で、壁は遂に派手な音を立てて崩壊した。 野郎はすぐに、開けた穴から出ていこうとしたが、一瞬こちらを振り返った。 その視線の先には、目を押さえて床の上で転がっているアイツ。 モンクはすぐに出ていったが、同時にアイツの体が跳ね上がった。 さっきも見せてくれた指弾だ。 催涙ガスで視界をふさがれたアイツは、モンクの指弾を避ける事なんてできなかった。 頭部を撃ち抜かれ即死。後頭部が無くなってる。辺りにミソと頭蓋骨の欠片が散らばっている。 顔はこっからは見えねぇが、多分グズグズだろう。 もうモンクの姿は見えねぇ、ただ誰かを目を潰そうとするガスだけが部屋を埋め尽くし 得物を求めて、穴から抜け出ていくだけだ。