「雨の日」&「裏切り者の子守唄」コラボレーション企画作品 『青空に響く鎮魂歌』 第五章 裏切り ビビりまくったヴィンセントはさておき、残弾を確認すると……もう一発も入ってねぇな。 予備の弾もたった二発だけ……ハンター仕留める時に使いすぎたな。 とりあえず、ないよりマシ、という事で二発の弾を銃に込める、が足りない事に変わりはない。 スティレットだけじゃ心許ないな、仕方ない、弾薬庫に行くしかねぇか。 まだオレを掴んでるヴィンセントを手を払いのけると、オレはすぐさま歩き出した。 「ど、どこ行くんですか?大将……」 「弾取りに行くんだよ」 「ま、待って……ください…よ」 今度は手こそ繋ごうとしないが、オレから全く離れようとしない。 それだけなら別に珍しい事でもないんだが、今のコイツはオレを頼りにしている。 ま、他に頼るモンがないから、ないよりはマシ、程度のモンだろう。 しかし、こうもしおらしいと、あながち女に見えなくもないな……まぁ、今はそんな時じゃねぇんだが。 「…………ん?………」 「ど、どうしたんですか、大将?」 弾薬庫の近くまで来たんだが、何か聞こえたような気がした。 どうも嫌な予感がするな。 「お前はここで待ってろ」 あからさまに不服そうな顔、と言うよりも不安そうだな。 ダメだな、どうもさっきから弱気すぎる。 「ここの方が安全だ。向こうはかならずしも敵がいるともかぎらねぇし、テメーはそこで待ってろ」 「で、でも……」 仕方ない、いつも通りちょっと脅しておくか。 「さっき出会ったブラックスミスみたいなヤツがいてもいいんだな?」 この一言で大人しくなる、いや、ちょっと大人しくなりすぎかもしれねぇな。 「早く戻ってきてくださいよ……」 そう一言だけ呟いて、ヴィンセントはオレに付いてこなくなった。 さてと、さっきヴィンセントに言ったように、あんな感じのキレた野郎に会わない、とも限らないので オレは片手に銃を、もう片方にスティレットも握る。出来れば危ない事はしたくないんだが………。 時間は少し遡る…………。 「ねぇ、本当に行っちゃうの?」 火薬の臭いのする暗い密室の中、女の声が聞こえる。 「ああ、少なくとも、ヤツはどうも信用できない」 今度は男の声だ、少し癖のある濁った声。 「どうして? 昔からの知り合いなんでしょ?」 「だからだよ……アイツ、大将なんて呼ばれてるけどな、そのアダ名は、アイツの知り合いのアダ名だ」 「それって、どういう事?……」 おそらくは、女もだいたいの事情は分かっているはず、それでも敢えて聞き出した、といったところか……。 「多分、アイツは本物の大将を殺してる。噂じゃ、元々『銃』を手に入れたのは本物の大将って話だ」 二人は押し黙り、静寂が室内に響く。窓から差し込む月明かりで浮かびあがる二人の影、アルケミストの女とローグの男。 どこか濡れ場を連想させるが、こんな時にそのような情事にふけるはずがない。 「正直、このギルドは、もうアイツに乗っ取られたも同然だ。  ひょっとすると、目障りだからとかいってオレを消そうとするかもしれねぇ」 己の失態を晒すローグの口調は悲観的ではない。 「だから……この騒ぎに乗じてどこかへ行くの?」 「ああ、だから、お前も来て欲しいんだ」 再び部屋に沈黙が訪れ、それをうち破ったのは女だった。 「……一度掴んだ金蔓は離さないってワケ?  ま、それならOKよ。なんか急に旗色が悪くなってきたみたいだし、万が一の事を考えたら、ここにいるのが良策とも言えないし」 「違いねぇ」 ローグのくもぐった笑いが部屋に響き、それがおさまると、男は出口のドアへと向かった。 「それじゃ、設計図と一通りの銃と弾薬の用意が出来たら2番の脱出口に来てくれ」 「OK、それじゃ期待してるから」 会話はそこで終了し、ローグは部屋を出ていった。 残ったアルケミストの女は何かを探し始める、おそらく先程提示された物だろう。 そして、女は近づいてくる。もう少しで手が届く距離だ。 「えっと……この辺りに確か……」 伸ばした手が目の前に来る。そして私はその手を掴んだ。 「え? きゃぁっ!!」 アルケミストの体は大きく体勢を崩し、その際にサングラスが床に落ちる。 そして、その時には、女は私によって羽交い締めにされ、口を塞がれていた。 それを理解するなり、女は暴れだす。女のアルケミストなら、アサシンである私より体力的に劣る。 とはいえ体力を無駄に消耗したくはない……。 「大人しくしてちょうだい」 カタールの刃をのど元に突きつけると、女は抵抗を止めた。 女は横目でこちらを見張る。やや強張ってはいるものの、思ったよりも取り乱してはない。 「あなたね、最近行方不明になったアルケミストって言うのは?」 女の首が縦に揺れる。 「ここで銃、及び銃弾の作成をしていたのもあなた達ね?」 先程と同じように女は首を縦に振る。 「ここのギルドのマスターはどんな人間?」 しかし、今度の質問にはなんの反応も示さなかった。 「そう、喋りたくないなら喋りたくなるようにするしかないわね」 のど元の刃を少し食い込ませる。 皮膚を切り裂く感触、そして僅かに喉から血がこぼれ、女もそれを察する。 「どれだけの人間が関わっていたのか喋って貰おうかしら」 私は女の口を塞いでいた手をどける。 「言って置くけど、叫ぼうとしたら、その前にあなたが死ぬわよ」 「…ぁ……ぃ……」 女は躊躇いつつも、口を開き、何かを呟くが、よく聞こえない。 「出来ればもう少し大きな声で喋って」 「は、はい……私達は……このギルドで………」 私が女の話に耳を傾けようとした時、女の肩が少し動いた。 咄嗟に女の右手を捕らえると、そこにはナイフが握られていた。 小さなナイフだ、およそ殺傷用に作られているようには見えない。 おそらく毒薬あたりを塗ったものだろう。 「…………」 固まった女を後目に、再び女の口に手を添えて、掴んだ女の右手首の関節を外した。 奇妙に曲がった手からナイフが落ち、女の目が見開き、黒目が小さくなる。 「ふ!…ぐむ!……むぉ!……ぉぁぁ……」 ふさがれた口からは届かない悲鳴が上がり、その目から涙が滲み出る。 痛みで女が暴れるので、私はもう一度カタールの刃を女の目に見えるようした。 「今度そういう事をしようとしたら、指を一本ずつ切り落とすから、そのつもりで」 大人しくなったかわりに、今度は震えが伝わってくる。 必死に痛みに耐えているのか、或いは恐怖に打ち勝とうとしているのか。 もう一度、私は女の口から手を離した。 今度もしあんな事をするのなら……。 「こ、ここのギルドマスターは………」 一応は女の口からそれらしき言葉が出るが、どれも少しもやがかかったように、肝心な所が抜けている。 「何か隠してるわね」 そこで、女は急に口を開いた。 「は、はい……実際の、ところ、このギルドの頭は……別の人間です。  た、大将って呼ばれてる、あの、最近指名手配になってるあの男です。  ガスマスクを被った男で………」 先程とは打って変わって具体的で雄弁な口調だ。 とはいえ、私を騙そうという感じではない。奇妙な感じだが、嘘を言っているようには見えない。 「それで、その大将が銃に関するあらゆる実権を握っていて………」 勢いよく喋っていた女はいきなり、後方へと下がってきた。 急な動作に、私は女の進む方向から、体を離し、足を引っかけると、女は床に倒れた。 そんな動きで私をどうにか出来ると思ったのだろうか、確かに予想外の動きだったが……。 いや、違った。女の胸部に小さな穴が空き、そこから血が溢れていた。 何時の間にか、ドアの付近にガスマスクのアサシンが立っている。 失敗した。 この距離だとやっぱイマイチだな。 ま、どっちに当たってもよかったから当たっただけマシか。 オレの事を売り飛ばそうとしやがってあの女………。 で、残ったのは、アサシンか……少なくとも見たことない顔だな。 アサシン暗殺教団の人間には見えない。少なくともオレの知る限りでは知らない人間だ。 かといってフリーのアサシン……とも思えないな。 「ガスマスク……首謀者ね」 そう呟くと女はカタールを構える。 だが、オレも女も動けなかった。 残弾一発、必ずしも当たるとは限らない。加えて、女の側には弾薬と火薬の詰まった箱なんかが置いてある。 外せばオレにも被害が及びかねない。 向こうは向こうで、この距離だと銃の方が有利な事を知っているのか、無闇に近づいてこない。 どうすりゃいいんだ………。 そんな事を考えていると、女はカタールを構え、急に接近してきやがった。こっちに弾がないことを悟られたか? オレは狙いを定めて、距離が詰まるのを待ち、そして……オレが引き金を引く直前に女は急に軌道を変えた。 銃を再び撃つ暇なんてくれるはずがないので、オレはスティレットを構え、女を迎え撃った。 いざ女と刃を交えたが、急所ばかりを狙ってくるかと思いきや、案外そうでもねぇ。オレのスティレットをかなり警戒してやがる。 蛇の道は蛇、同業者にはバレバレか? 少しでも傷を付けられれば、動けなくなったところをヒィヒィ言わせてやるのに。 オレもなんとか反撃しようと左のスティレットを振るい、右手の銃で牽制するが……ダメだ、やっぱり銃は接近戦に向いてねぇ。 照準をあわせる時間が全くといっていいほどない。それを知ってか、女はむしろ、銃を気にせず、左のから攻めてくる。 と、そこで向こうは右のカタールを一閃させる。 なんとかスティレットで跳ね返したが、今度は左のカタールでスティレットを弾かれた。 オレの手からスティレットは離れ、空しい音を立てて遠いところへいっちまった。 そして、両手を振り切った状態ながらも、勢いで女はオレに迫ってくる。 銃を構える間もなく、オレは女に押し倒されちまった。オレの上では、女がオレに止めを刺すべく、再びカタールを振り上げようとしている。 女に押し倒されるのも悪かねぇが、腹上死はゴメンだ。 室内にとどろく轟音で、女が退き、オレはその隙に一気に。 あぶねぇあぶねぇ。 女は血まみれの左腕を押さえている。 そう、オレの放った銃弾は、女の左腕を撃ち抜いた。一発で仕留められなかったのはイタイと言えばイタイ。 まぁ、狙いをつける余裕もなかったから、ここまで出来れば上出来か? 苦しそうに、左腕を押さえる女は、なかなか色っぽい。クールな女が見せる焦りは、結構そそるもんだ。 オレの銃は女に狙いをつけるが、弾は入ってねぇ。スティレットは結構遠くにいっちまったし ここでバレちゃあ、いくら負傷してると言っても、向こうのほうが俄然有利になっちまう。 お得意のハッタリで通すしかないな。 「さぁて、形勢逆て……」 が、そこでガラスの割れる音が部屋に響く。女はオレが全部言い終わる前に、窓をぶち破って逃げ出した。 撃たれるのを承知で逃げたか。 取り逃がしたと考えるべきか、助かったと考えるべきか……。 いずれにしろ、女に見られたんだ、オレが狙われる事に変わりない。 となると増援を呼ばれるかもしれねぇな。このままここにいるのは危険だ。 とは言え、弾丸の補充が先だ。 静かになった部屋で、オレはとりあえず、弾丸を漁り、銃に込める。あと、念のために銃をもう一丁拝借した。 しかし、そんな事をしていると、聞こえないはずのものが聞こえた。 「う……う………」 もう二度と聞くことはないと思っていた声がする。 声のする方向には確か……驚いた事に、アルケミストの女は生きていた。 必死になって、自分の体を持ち上げようとし、近くに落ちてる薬か何かを探してる。 「よーう、生きてたか」 血の気の無くなった青ざめた顔は、オレを恐れている。さっきの発言もそうだろうけど、オレが銃を構えてるって事も原因だろうけどな。 「あ……ち、違うんです、大…しょ、う…、さっきのは……むり…やり……」 「はいはい、分かってるって」 銃口を女から離し、オレも少し探してやることにした。 「す、すいません……大将………」 おっと、見つけた見つけた。 「死にかけの相手に、わざわざ弾使うのも勿体ないだろ?」 「……ぇ?………」 落ちていたスティレットを拾うと、喉をかっさばいてやった。 っとと、血がかからないように下がらないとな。 女はしばらく無表情だった。血が結構噴き出してから、ようやく自分の喉が切り裂かれた事に気付いたらしい。 途端に目が見開き、吸うことはできないのに、口をぱくぱくさせる。 アルケミストの女はもう、なにを言いたいのか何も分からない。 誰かの名前を呼んでいるようにも見えるんだが……ヒューヒューという風の音にしか聞こえないな。 「裏切り者を助けるほど、オレは情に厚くないんだ、悪いな」 オレの言葉は、もう女には届いていなかった。 目に光はなく、動くこともない。ただ大量の血で体を濡らし、横たえている。 助けようと思えば、助ける事もできたんだろうが……裏切りはバレちゃいけないんだよ。 「た、大将〜、まだですか〜」 と、ここであのアホの気の抜けた声が聞こえる 「今行くから待ってろ」 さてと、内通者がいたのかどうか分からないが、ここまで侵入されてるんだ。 一旦、作戦を立て直すべきかもしれねぇな。とりあえず、ギルマス様にでも会いに行くか。 オレは弾薬庫を後にした。