「雨の日」&「裏切り者の子守唄」コラボレーション企画作品 『青空に響く鎮魂歌』 第三章 叶わぬ願い 「あん?」 オレの前に、ヴィンセントが突っ立っていた。 何処かに行きやがったと思ったら、こんな時に来るとは、運がわりぃな。 「た、大将……もしかして……」 「ああそうだ、政府の連中がいよいよ攻めてきたんだよ」 アホライトの顔は血の気が引く音が聞こえそうな程、青ざめた。 「いいか、オレに付きまとうってことは、こうなる事も十分予想できるはずだろ?  あの時だってそうだったろ、色んな連中に命狙われたじゃねぇか。  もう十分、分かったと思ってたんだがなぁ」 「……」 正直、こうなるとコイツは足手まといにしかならねぇ。 とりあえず、目に付いたのはヴィンセントの後ろにいる娼婦のローグだった。 「ああ、出来れば、そのアホ連れて脱出してくれ」 女が無言で頷いたので、ヴィンセントをひとまず預ける。 あの女はコイツの事を気に入ってたから、悪いようにはしないだろう。 二人は脱出口向けてオレの目の前から姿を消した。 そこで入れ違いに、ギルドの組員がやってきた。 「現状はどうなってる?」 まぁ、表情から察するに、あんまりいい結果じゃあないらしいのは分かる。 「ヤバイですね、特に向こうが用意してきた傭兵集団がかなり手強いんですよ。  報告をまとめる限りでは、お偉方は、今回は金かけてますね。どいつもこいつも札付きのヤツばかりです。  特に前方で敵を倒してるのが4人いるんですが………」 「そうか……」 そろそろ……銃の戦い方でも見せてやろうか。 「あの場所になんとか誘導しろ、うまく行けば4人ともやれるはずだ。最低でも一人は出来るだろ」 敵の何人かは、「銃」なるものを構え、我々を仕留めようとするが その前に、ハンターの放った矢が相手の眉間を貫いた。 銃を構える女の両手はだらりと下がり、それは背後へと倒れると、もう一人、銃を持った男が、同じく眉間を撃ち抜かれる。 モンクの指弾がさらに追い打ちをかけたのだ。 銃を持った敵がいなくなれば、後は我々の出番だ。 剣を上段に構えて前進してくる男の、そのがら空きの胴に剣の一撃を与える。皮膚を破り、腸がこぼれる。 骨を断ち、上半身がずれ……男が剣を振り下ろした時には、男は二つとなった。 上半身は床に落ち、下半身は未だに立っているが、それをブラックスミスが通りざまに切り裂き、辺りに血をまき散らす。 恐怖が蔓延し、集団はパニックに陥る。 程なく勝負はつき、再び、生き残っているのは我々4人だけとなった。 流石に奥へ進めば、銃を持った人間も出てくる。 だが、この程度であれば、まだ脅威と言うほどでもない。 そこへ、またしてもハンターが軽口を叩く。 「いくら飛び道具持ってるからって、にわか仕込みなんかに負けるかっての。それじゃ、行きましょうか」 見る限りでは、場違いな程にこの娘は明るい。確かに裏の世界の人間にはそういった者も何人か居る。 だが、先程から見てるが、この娘はやはり……無理をしている。 ふざけているかのような明るい口調だが、弓を持つ手は僅かながら震えていた。いや、手だけではない。 全身が、そう、本当にほんの僅かだが、震えている。 元々このような世界と縁のない生活を送っていたのだろう。 人を殺すことなど……。 だが、あの日を境に変わってしまった。 戦闘によって、少しずれた仮面から僅かに覗くのは、あの日の傷跡。 あのモンクもそうだ。 体中に刻み込まれた傷は、今までどれほどの無茶をしてきたのかが嫌というほど分かる。 あいつも、この娘も、元々普通の冒険者だったとは考えられない程に強い。 そう……そこまで強くなったのは、やはり復讐のため……。 あの日、私達があの男に従ったりしなければ このハンターも、あのモンクも、こんな場所で無益な殺生などおこなう必要などなかっただろうに……。 ある日、私は首都に入ってくる荷物の点検をしていた。 そんな荷物の中に、なにやら怪しげな物を、数々と入れ込んだ形跡のある荷があったのだが……。 「悪いけど……これ、個人的な注文でね、見逃してくんねーかな」 あの騎士団長はそういった。 管轄が違うとは言え、一応は上官であるし、それ以上に、かなり腕が立つことに加えて、あまりいい噂を聞かない。 逆らうと後が面倒だと考えたので、私はなんの検査もせずに通してしまった。 数日後、首都は稀に見る大規模テロによる被害を受けた。 首謀者は、あの騎士団長だった。 逃げまどう人々に襲いかかるモンスターの集団。 私は人々を助けるべく剣を振るった。腕には自信があったので、ある程度の人は助ける事が出来たが 助けることが出来なかった人もいた。 ハンターの娘もその一人である。 あの日、当時はまだアーチャーだった彼女は、顔に傷を負いながら、プリーストの亡骸に縋りついて、泣き叫んでいた。 目の前のモンスターなど目に入ってなかった、あと少しでも遅れていれば、彼女もまた死んでいただろう。 だが、彼女はモンスターを倒した私に何も言わなかった。 彼女の目に、私は映ってなかった……その目に映っていたのは、動かなくなったプリーストの青年だけだったから……。 何も言わず、何も言えず、私は彼女のもとから立ち去った。 この事件を機に、私は騎士団を止め、傭兵となった。 あの騎士団長の荷を確認もせずに通した事こそ誰にも言わなかったが あの事件の真相を知った私は、とても騎士団に身を置くことなど出来なかった。 ただ、こうする事によって、罪を償えるのではないかと思って、今まで剣を振るってきた。 そして、今の私は、あの事件の被害者である二人と肩を並べ、そんな事とは何の関係もない人間を殺している。 ここでこの任務を放棄すれば、契約は取り消し、あの騎士団に対する情報は一切手に入らない。 それが……二人をここに呼び押せている。 私に出来ることは、この二人を、一刻も早く、このような場から遠ざける事。 そして、首謀者の騎士団長を、二人の手によって裁かせる事。 それが私に出来る唯一の……贖罪……。 「んー、うん、この辺には誰もいないみたい」 私は、一旦思考を切り替える。 ここは戦場だ、感傷に浸っている場合などではない。 ハンターが周囲の気配を探り終え、もう先の部屋へと進んでいった。 随分と広いフロア、吹き抜けになっており、ギルドの中心部だろうか。 我々もそこへ進もうとしたその時、今日初めて聞いた音が部屋に響いた。 「えっ?」 ハンターの体は傾き、そして、そのまま倒れる。 「え……あ……あぁ、ああぁぁぁぁっ!!」 右足の太ももに空いた穴から血があふれ出ている。 彼女が、傷口を押さえながら、うずくまっていると、さらなる銃声が鳴り響いた。 今度は命中することこそなかったが、ハンターの目の前の床がはじけ飛ぶ。 ハンターの呻き声は消える、痛み以上に恐怖が上回った。 「あ、あ……あ……」 悲鳴をあげればまた撃たれる、そう思っているのかのように、うめき声を殺し、怯えた姿を晒している。 私はハンターにめがけて駆け出した。 この娘だけは、なにがあろうと死なせるわけにはいかない。まだ私は……罪を償っていない。 私が駆け寄ると、仮面越しでも、その恐怖は伝わってきた。 今までの地獄絵図によって溜めに溜めていた恐怖が、痛みによって崩壊したようだ。 涙が頬を伝い、鼻水も出ている。ガチガチと歯を鳴らし、己の命を狙う敵に怯えている。 ハンターの体を掴もうとしたその時、銃弾はそのまま私をも貫いた。 まさかとは思ったが、鎧までも貫通し、鉛玉は私の体内へと侵入した。 「ぐっ!……おぉ……」 背中に走る予想以上の激痛、焼けた鉄の棒によって突き刺されたような感覚。 だが、私の腕は、ハンターの華奢な体を掴んでいた。こんな事で、倒れるわけにはいかない。 戻れ、なんとしてもあそこまで戻るんだ。モンクが、彼がいる。どれほど弾丸を喰らおうが、まだいけるはずだ。 背後からまたも、銃声が聞こえる。 「ぬ、ぬおぁぁぁぁあぁあぁぁ!!」 背中にまたも先程と同じような激痛を感じる。痛みを紛らわす為か、私は咆吼をあげていた。 しかし……彼らのいる場所がひどく遠く感じる。もっと速く走れ、もっと速く走るんだ。 ハンターを抱えながら、渾身の力を振り絞り、私は、彼らのいる出口を目指したが 急に何も見えなくなった、何も聞こえなくなった、何も考え…… 「お、当たったな」 どさりという重い音と共に、脳天をぶち抜かれた騎士はブッ倒れた。 駆け出した勢いもそのままに、前に倒れ込み、その上にハンターの娘がのりかかる形となった。 まぁ、さっきより出口に近いと言えば近いが、出てくる人間を殺るには十分な距離は残ってる。 計算通り、目の前で仲間がいたぶられているのを我慢できずに飛び出してきやがった。 騎士様ってのはみんな分かりやすい性格だな。 銃は弓みたいに余計な動作がいらないから、気配を消して、少し離れた所から撃てば、なんてことはない。 さすがに全弾命中とはいかないが、数を揃えりゃなんてことない。向こうのヤツらも喜んでる喜んでる。 だが、一人だけじゃまだ足りねぇな。 オレは、またしても、騎士の上のハンターに狙いを定めた。 オレの視界には倒れた騎士の姿が目に付いた。 ハンターが撃たれた次の瞬間には、もう彼は飛び出していた。 しかし…… 騎士は頭部を打ち抜かれていた。 ぴくりとも動かずに、彼の体は床に伏している。そして、その騎士の上にいるのが傷ついたハンター。 銃弾によって打ち抜かれた足は全く言うことを聞かないらしく、そのままこちらへ這おうとしていたが。 途端に騎士の頭部がはじけ飛んだ。脳漿と骨片が飛び散り、ヒールを施したところでもう間に合わないのは明白だった。 銃弾は彼女を脅し、動きを止める。 彼女だけでは、この窮地を脱する事は出来ないと判断したオレは、すぐさま、駆け寄ろうとしたが……。 「き、来ちゃだめ!!」 彼女の口から出たのは意外な言葉だった。 助けを求めるわけではなく………そう、罠を回避するように言っている。 そうだ、だからこそ彼は死んだ。だが、しかし…… 「こ、ここから離れ……それか」 彼女が全てを言い終える前に、その右手から血が噴き出していた。 「あぎゃぁぁぁぁっ!!」 オレの目下にいるハンターの女は悲鳴を上げている。ありゃあもう弓は使えねぇな。 それにしても、さっさと助けを求めりゃいいものを、この期に及んでまだ意地を張るらしい。 「あ……あ…い……」 仮面のせいでよく見えないが、あの下は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってるに違いねぇ。 だが一向に仲間に助けを求めねぇ。お人好しがあと一人くらいいそうなんだが……。 「は、早く……逃げ………」 「…………」 やはり、まだ残りの仲間はいるみてぇだ。 逃がすわけには行かない、釣られて助けに来たくなるように、オレはもう一回引き金を引いた。 「いぎぁぁぁぁっ!!」 今度は左脚から血が噴き出した。両足とも真っ赤だな。 体が小刻みに震えていやがる。もうどこを抑えていいのか分からないのか、どこかを手で押さえようとしねぇ。 正に手も足も出ねぇ状態だからな。しっかし、早く助けを呼べよ。 助けて! 殺される! くらい言えば、男の一人や二人……なぁ? 涙でよく見えないけど、まだ迷っているのは分かる。 アタシを助けるべきか、ここを去るべきか。 でも、この部屋に入ったが最後、いかに彼が強くても狙い打ちにされて終わり。 だけど………。 「は、はやく……いきな…よ………」 「行くぞ」 その声は、彼じゃなかった。 はじめて聞く声、多分ブラックスミスだ。 そう、それでいいはずなのに……アタシの体は一層震え上がった。 モンクのぼやけた姿は、俯いていた。 歯を食いしばる音と、拳を握りしめる音がここまで聞こえる。 ただ俯いて、そして……… 「すまない……」 そう一言呟いて、彼は背を向けた。 その背中がだんだんと遠くなる。 別ルートを探すのか、あるいは他の仲間と合流するのか。 いずれにせよ、アタシに構うことは止めたのだ。 アタシ自身がそうするように言ったし、ここで助けようとしても無駄なだけ。 それに……彼はまだ仇を取ってない。 こんな所でむざむざ死ぬつもりなんて、ないに決まってる。 私だって、同じ状況ならそうしたと思う。 でも………… いざ、その背中が遠くなると、絶望だけが重くのしかかってくる。 なんで……なんで助けを求めなかったんだろ……今になって後悔が沸いてくる。 こんな事なら……彼の立場に同情なんてするんじゃなかった。 そんな事しか考えられなくなっていた。 見捨てられた。 もう私は助からない。 自然と涙は増していた。 もうアイツの仇を取ることもできないし、アタシ自身もここで死んでしまう。 或いは、拷問にかけられて、死ぬよりも辛い目に遭わされるかもしれない。 「う……うっ……うぁぁ……ぁぁぅ……」 情けない声が口から出てしまう。 でも止められない。 怖い、怖いよ………こわいよぉ……。 にわか暗殺者のアタシじゃあ、耐えられるなんて思えない……。 でも……不幸中の幸いって言うのだろうか、目の前にはロザリオがある。 これを見ると、こんな時でも、少し安心できる。 唯一無事な左手でそれを握ると、十字架の上部が変形する、飛び出したのは小さな刃。 いざというときの為の、仕込んだ、即効性の劇薬を塗り込んだ毒刃。 これ、あの騎士団の連中に突き刺してやるつもりだったのに……は、はは……自分に……使うなんて。 そ、そうそう、さっさとこれを使っていれば、あのモンクにあんな想いをさせることもなかったし 私も、こんな悲しい思いをせずに済んだのに……要領悪いなぁ、アタシ。 ……せめて、アイツと同じ所に逝かせて………… そんな願いを胸に、唯一自由の利く左手で、私は喉を切り裂いた。 刃物が喉を裂き、そしてすぐさま、左腕が震えたけど、もう痛みを感じる暇もなく………。 女が妙な動きをしやがったんで、オレはすぐにブッ放した。が、女は左腕を撃たれたってのに鳴き声はおろか身動き一つとらなかった。 クソが、自分から死にやがった。 しかしながら、オレの考えだと、女のうめき声に耐えきれず、もう一人飛び出してくると踏んだんだが……事実、騎士の野郎はそうだった。 成る程、向こうにもこっち側の人間がいるってわけかい……。 「……………」 「……………」 ギルドの廊下を歩くのは、オレとブラックスミスのみ。 他には誰もいない。もうあの騎士は死んでしまったし、あのハンターもおそらくは………。 確かに、あの時はあれ以外に方法がなかったが……。 どうしても彼女は救えなかったのだろうか。 ただ自分の命が惜しくなって、その可能性を考えなかったんじゃ……。 だが、そんなことを考える暇はなかった。足音が聞こえた、何人かの人間がすぐ近くにいる。 「考える暇もなしか……」 臨戦体勢を整えようと思い、気を高めるが、そこでブラックスミスが口を開いた。 「私が向こうの相手をしよう。君は奥へ進め。さっさと首謀者を片づけろ」 「何言ってるんだ、あんた一人で」 「おそらく残りの人間は全員銃を持っている。そうなると、二人同時にやられる可能性がある。  この辺で、戦力を分散させるのも一つの方法だとは思わないか?」 意外だった、さっきはあんなにあっさりと仲間を見捨てたかと思ったら 自分が敵を抑える隙に、オレには先へ進めという。 「君はむしろ単独行動に向いているだろう。  指弾とヒールが使え、素早い上に、力もある。私は……それほど器用ではなくてね」 「だから、ここで……敵を抑えようって事か」 「そうだ」 オレは、この人の事を少し勘違いしてたのかもな。 ギルド奥への通路はまだある。オレはそちらを見た後に、少し、彼の背中を見た。 なにを考えているのかなんて分からない。そして、今度こそ、前を向いた。 彼の好意を無駄にしないためにも、オレはギルドの更に奥へと走っていった。 モンクの足音はすぐに聞こえなくなった。 このような状況下では彼、一人の方が行動しやすいだろう。 それに………… ようやく邪魔者はいなくなった。 彼のようなお人好しがいると、試し切りを堪能できないケースが多いからな。 さてと……今度はどんな連中が来るのか、女か? 男か? 子供か? 大人か? 結構な数の人間を斬ったが、まだ剣には余裕がある。 ならば、どこまで保つかも試してみたいところだ。 さぁ、早く来い……剣の為の生け贄共……。