「雨の日」&「裏切り者の子守唄」コラボレーション企画作品 『青空に響く鎮魂歌』 第二章 知り合い 作戦決行を前に、オレは某所にいた。 少し薄暗い広い部屋、何人かの人間がただ何も話さずにそこにいる。 その中の何人かの顔は知っていた。 テーブルに座っている騎士は、あの騎士団に自分の上官を殺されたらしい。 時折こちらに視線を向けるが、けっして話しかけてはこない。 鉄仮面(溶接マスク)をかぶった、着込んでいるブラックスミスは、あの事件以前からここと関係があるらしく 噂では、己の作った対人用の武器の性能を試すためにこの世界に身を置いたと聞いている。 ここにいるのは、皆、政府と契約している傭兵だ。 あの事件をきっかけに入った者もいれば、それ以前からこの世界にいる者もいる。 この場にいる人間は、いわばオレと同種の人間だ。 だが、ここにいる連中に、知り合いはいない。 皆、なれ合うようなことはしないからだ。オレもそんな一人だが……。 「お、まだ生きてたか」 稀に、声をかけてくる者もいる。後ろを向くと、そこにいたのはやはりオペラ仮面をかけた女のハンターだった。 「まだ死ぬつもりはない」 「そりゃそうだろうけど、でも、最近アンタ、派手に暴れ回ってるって言うじゃん。裏の世界で有名ってヤバイよ」 およそこの場の空気にふさわしくないおどけた口調で彼女はオレに話しかけてくる。 そんな人間など、普通は相手にしないのだが……。 「でもさぁ、迷惑な話だよねぇ。私達って、あのクソ騎士団討伐の為の傭兵でしょ?  なんで関係のない組織潰しなんかにかり出されるのかなぁ」 溜息をつきながら、彼女は視線を胸元に落とし、そっと右手を添えた。 そこにあるのは、銀色の十字架だった。 「まったく……こんなんじゃ、アイツの仇をとれるのも何時のことやら……」 首にかけたロザリオを握りしめる彼女の表情は、仮面によって察することはできない。 ただ、仮面から覗く口は、僅かに下唇を噛んでいた。 そう、オレが……彼女とたまに話すのは、同じように失った人がいるからかもしれない。 ロザリオから目線を上げ、彼女は再びオレの目をみる。そして、口元を笑わせる。 「ま、お互い仇が取れるまでは、生き残ろうってことよ」 「そうだな」 だが、両端をつり上げたハンターの口元は途端に真一文字になった。ああ、そろそろか…… 後ろを振り向くと、そこにいたのは、あいつだった。 「時間か?」 「そう、作戦決行ね」 ここで、オレは違和感を感じた。 何故か……アイツがいつもより少しだけ冷たいように感じた。 「オイ、どうするんだ? 前に言ってたアレ、今夜だって言うらしいじゃねぇか!」 苛立っただみ声の主は、一人のローグ。オレの盗賊時代の知り合いで、一応ここのギルドマスターだ。 さっきから、狭い廊下を言ったり来たりして妙に落ち着いてねぇ。 「そうらしいな」 機嫌の悪そうなアイツを後目に、オレは紙切れに目を通す。 アサシン暗殺教団の知り合いからの文書だ。政府の今後の動きをアサシンギルドから伺ってもらったわけだが…… まぁ、あの組織に嫌気が指してるのは、なにもオレだけじゃないという事だ。 「なにのんびり構えてるんだ! ヤツらすぐそこまで来てるんだろ!」 「落ち着け、もう他の連中に命令は下してるし、配置もだいたい完了済だ」 確かに急な話だ。場所が分かった途端か……とはいえ、コイツは少し取り乱しすぎだな。 これじゃあ、どっちがギルマスか傍目にゃ分かんねぇや。 とりあえずオレは紙切れを手渡してやった。 そいつもそれを一通り読むと、びびった顔は少しはマシになった。 「それが、今回政府の連中が用意した戦力だ。とりあえず、向こうはこっちをなめてるな。  適当に騎士団の部隊を幾らか派遣してくるみたいが、どうにかなりそうだろ?」 書かれている内容通りだとすると、今晩、ヤツらはここに攻めてくるらしい。 が、そこに書かれてる戦力は、テロを企む中小ギルドを叩く程度のモンでしかねぇ。 政府のヤツらもまだ本格的には手出し出来ねぇわけだ。 たかがギルド一個を潰すのに、騎士団総員なんてやっちまった日にゃあ、国民や他の国にコケにされるだろう。 かといって、いまアサシン暗殺教団を使おうにも、オレが起こしたゴタゴタでそれどころじゃねぇ。 第一、向こうからの報告じゃ、今回の件には関わってないらしいしな。 そう、まだお偉方はメンツにこだわれるだけの余裕がある。 そこが狙い目だ。 本格的に手をつけられなくなった頃には、こんなギルド、世の中に蔓延してる……はずだ。 そしたら、また適当な所に乗り移りゃいいだけの話だ。 「問題は、突撃班用に雇われた傭兵共くらいだ……いい実験台だと思わねぇか?  それに、宣伝にもなるじゃねぇか」 そう言ってやると、アイツは途端に目の色を変えやがった。 昔と変わらず、金の話となるとすぐこれだ。まぁ、扱いやすいからよしとしよう。 確かに、この辺りで、集団戦でどれだけ銃が使えるのか試しておくのも一興かもしれねぇな。 さて、そろそろ向こうも動く頃だな……。 「あら、ヴィンセントちゃんじゃない。どうしたのそんなに急いで?」 そう言って、僕を引き留めたのは、眼帯をかけたローグのお姉さんだった。 このギルドの人達はみんな怖いけど……不思議と、話しかけてくる、或いは絡んでくる人がいない。 でも、このお姉さんは割と僕に喋りかけてくる。 僕は、妙に艶っぽいこの人の前にいると、ついドギマギしてしまう。 この人は、そう、いわゆる……色んな男の人の相手をしてる人なわけで……。 でも、話してみると意外といい人で、時々話し相手になったりしてる。 まぁでも、この人の話は、その、アレでい、いや、そういう気持ちで聞いてるんじゃなくて、そう後学のために聞いてるわけで 人生経験豊富な先輩から話を聞くことは決してそんなやましい気持ちなんかじゃ、ええええと、なんだっけ。 あ、そうだ思い出した。 「あ、すいません、大将、今どこにいるか知ってますか?」 「そうねぇ、向こうでマスターと話をしていたみたいだけど」 お姉さんが指を指した方に僕が向かおうとすると、いきなり後ろから捕まれた。 い、息が耳にかかってる……そう、お姉さんは僕に耳打ちをしている……。 「そんなに大将が気がかり? また私とお喋りしない?  この前、ちょっと変わったお客さんに会ったんだけど、その話なんか聞きたくない?」 ちょ、ちょっと聞いてみたい気もするけど………やっぱり、今、聞いちゃうと……。 「い、いえ、結構です!」 ああ、でもちょっと聞きたかったなぁ。 い、いや、今はこの熱意があるうちに大将と話がしたいんだ。 そうだ、僕は何が何でも大将を改心させるんだ。 あのモンクのオジサンが言ってみたいに、自分の事を信じない人間の言うことなんか、誰も聞くわけないんだ。 今の僕は、僕を信じてるから、たとえ今は無駄に見えても、何時かきっと……。 大将はすぐ近くにいた。 確かに誰かと話をしているけど、すぐに別れてこっちへ歩いてくる。 とにかく今の熱意の分だけでも伝えなくちゃ……。 「大将、ちょっと話が……」 僕がそこで黙ってしまった。 聞き慣れた音、銃声が外から鳴り響いたから。 「はじまったか……」 前に一度だけ聞いた音が、外から幾つも聞こえてくる。オレ達は既にギルドに潜入していた。 今、聞こえた銃声は騎士団とギルドが交戦をはじめた合図だ。 外部からギルド攻めている騎士団は、あくまでこのギルドが単なるならず者の集まりだという情報しか与えられていない。 あの「銃」が使われているとなると、早めに決着をつけないことには向こうへの被害も尋常な物になるだろう。 「来るぞ!」 騎士の言葉通り、前方からは武装した何人ものギルド構成員が迫ってくる。 銃は持っていないようだが、結構な数だ。対するこちらは、先行部隊の4人だけ。数の上では不利ではある。 「とりあえず、先手必勝かな」 仮面のハンターは既に弓を構えていた。 矢継ぎ早に打ち込まれる矢は、恐ろしく速く、そしてその全てが心臓、あるいは頭部に刺さっていた。 正確に命を狙ってくる相手を前に、敵は混乱している。 オレは一気に駆け出した。 時折、向こうからもナイフや矢が飛んでくるが、狙いが甘く、どれも掠る事なくオレの接近を許している。 オレは、一番手前にいるローグに目をつける。ローグは短剣を振るおうとしたが、その前にオレの拳がローグの腹にめり込んだ。 前に倒れこもうとする、その体を踏み台にして、オレはそのまま跳躍した。 眼下には、オレを見上げるギルドの人間。そして、オレは集団の最後尾に降り立つ。 クロスボウを持ったまま、呆然とするシーフの米神にオレの拳が突き刺さった。 首はほぼ90度に曲がり、シーフは力無く倒れる。 途端に絶叫が周囲からあがる。 後ろにいるということは、接近戦に長けていないということに他ならない。 さして屈強そうに見えない連中が多い。そんな相手に、オレはひたすら拳を振るった。 短剣を構える少年の骨が砕け、矢をつがえようとした女の血が飛び散る。 背後の惨劇に見かねてか、前衛の男達が、こちらに向かおうとするが、彼らは二つの剣によって貫かれ、切断されていた。 ブラックスミスの剣は確実に心臓を貫いている。凍り付いた表情で、刺された男はその鉄の面に顔を向けるが そんな事など何の抵抗にもならない。剣に捻りが加えられ、男は絶命する。 騎士の剣は、相手の体を真っ二つにしていた。斬られた男は、己の体を見つめている、その体には、頭部と右肩がなかった。 袈裟懸けに両断された己の姿を見て、そこでようやく悲鳴をあげ、そのまま動かなくなった。 こうなると、もはや勝負は決したも同然だった。 廊下はたちまち血の海と化し、人間だった物があたりに散らばっている。 蒸せ返すような血臭が辺りに漂う。何度嗅いでも慣れることが出来ない臭いだ。 「三人とも凄いねぇ〜、あっという間じゃん」 生きている者がオレ達しか居なくなって、ようやくハンターは近づいてきた。 出来るだけ、靴を血で濡らさぬよう、飛び跳ねながら歩いてくる。 その様はまるで、水たまりの上をわざと飛び跳ねる子供のようだった。 騎士はハンターを一目見ると、すぐさま背を向け。 「先へ進むぞ」 そう一言だけ告げて、奥へと進んでいった。 ブラックスミスは、何も言わずにただ剣についた血糊をぬぐっている。 誰の表情も分からない。そして、オレは、自分がどんな表情をしているのかも分からない。 三人は進んでいく、人を殺すためにギルドの奥へと。 そして、オレもまた彼らに続く、人を殺すために………。