「雨の日」&「裏切り者の子守唄」コラボレーション企画作品 『青空に響く鎮魂歌』 第一章 二人と二人 まずは左で牽制し、それから懐に飛び込む。 が、向こうはオレが攻撃範囲に到達する前に剣で薙ぎ払う。 そこで一旦後ろに下がるが、ただでは下がらない。 指弾で足を撃ち抜いて、相手が怯んだ隙に一気に連打を叩き込む。 そうだ、打ちのめせ、打って打って打って打って原型をとどめないほどに殴り倒せ。 あの野郎を生かすな殺……… 「隙だらけよ」 いつの間にか、側にあいつが佇んでいた。 途端にオレは現実に戻される。ここは戦場ではない、オレとアイツが暮らす狭い部屋だ。 「脅かすなよ」 体から流れ出る汗は、途端に冷たい物となり、気温が下がった気さえする。 「イメージトレーニングはいいけど、殺気を出し過ぎ。  それに周りが見えなくなるのは悪い癖よ」 確かに、言われてみればその通りだ。 イメージトレーニングをすると、いつの間にかあの騎士の顔が浮かぶ。 どうやってあの騎士を殺すか、それだけしか考えられなくなり………。 こんな調子じゃまだまだ……だな。 「落ち着いた? それじゃ、次の任務の話、してもいいかしら?」 オレが頭を冷やした所を見計らってあいつは話を再開する。 「で、どうなったんだ?」 「今のところ、特に変わった様子は見られないそうよ。それより、命令が変わったわ」 そう言って、机の上に広げられた紙は、なにかの設計図のようだった。 「……なんだこれは?」 「知らないでしょうけど、最近出回ってる武器よ」 「……確か……じゅう、とか言ったか、アレは……」 「知ってるの?」 意外そうな顔であいつはオレに訊ねる。 「ああ、この前の下部組織潰しの時、一人がそれを持っていた……オレ、何も言わなかったか?」 ほんの僅かだが、あいつの顔が引きつったのが分かった。 「言ってないわよ、それで、撃たれたの?」 「あ、ああ、そうだが……」 オレの答えが気に入らなかったのか、あいつは頭を抑えながら溜息をついた。 「全く……どうせあなたの事だから、ヒールで治して、はい大丈夫、だったんでしょ。  あなたはそれでいいかもしれないけど、今度からは気をつけてね」 無表情だが怒気を孕んだ空気に飲み込まれ、オレはつい弱腰になってしまった。 「わ、悪い……」 そんなオレの態度を見て、あいつの怒りはおさまったのか、再び空気は静かなものとなった。 「まぁ、今となってはどうでもいいわ。それよりも、その銃の流出先よ、今回の問題は。  どうもある組織が独自に製造、販売、そして武装しているところまでは分かったわ。  今はまだ殺人事件の増加や小規模テロでおさまっているけど……このまま行くと、下手すればミッドガルド全土を巻き込んだ  戦争に発展しかねない代物よ」 「確かに……その可能性を秘めてはいるな、あれは」 あの時、追いつめたあの男は特に訓練されたわけでも、修羅場を何度もくぐっていたようにも見えなかった。 だが、あの鉄塊を構えられた時、あの男がただ人差し指に力をいれただけでオレの体は抉られた。 もっとも、撃った本人は反動でひっくり返っていたから、そのまま殴り倒したのだが。 「明日にはここを出るわ。私は本部に顔を出してから行くことになってるから  あなたは現地の様子でも先に見てきて。もしかしたら、そこで闘うこと可能性もあるから」 「ああ、分かった……」 しかし……本来ならあの件以外、関係のないオレまで作戦に加えると言う事は……。 思った以上に厄介な事になっているのかもしれない。 いつも通り、グチャグチャのバケモンが赤い目でこっちを見てやがる。 しかし、こう毎晩出てこられると、もう怖くもなんともねぇ。 昔みたいに酒でも飲みながら、猥談の一つでも交わせそうだ。 「お前は死ぬ」 ああ、そうだな、人間生きてりゃ何時かは死ぬわ。 んな当たり前なこと、わざわざ話す必要もねぇだろ。 「お前もそろそろこっちへと来い」 なんだ、一人で寂しいっていうのか? アンタらしくもねぇな。あの世でもオトモダチは少ねぇのか? 「お前のような人間が、そう何時までも生きてられると思うなよ」 目が覚めれば、そこは薄ギタネェ部屋だ。 ったく、あの野郎はいつまでオレにまとわりつくつもりだ。 いつものように目覚めの悪い朝を迎えたオレの耳に、部屋の扉をノックする音が聞こえた。 「大将、起きてますか、頼まれた物が出来上がったんですが」 何時までも寝てるわけにもいかないんで、オレはベッドの上に転がっていたガスマスクを被る。 やれやれ、上の人間ってのも疲れるぜ。 「ほう、随分と使いやすくなったじゃねぇか」 オレの手に握られている鉄の塊は、今までのと比べてだいぶ使いやすくなっていた。 「昔の物なんで、随分と痛んでましたからね。使いやすくなったでしょう」 煙草を吹かしながらブラックスミスは自慢げに話す。 もう一度引き金を引くと、離れた位置にあった空瓶は粉々に砕け散った。オレも少しは上手くなったか? 「で、流すヤツはどれくらい出来たんだ?」 「今週は100、と言ったところですかね」 そんなオレ達の会話に、今度はグラサンをかけたアルケミストが口を挟んできた。 「大将、出来れば火薬の方をもう少しいただきたいんですけど、よろしいですか?」 目の前の二人は、あの時と比べると、随分と銃を作るのに抵抗がなくなっていた。 他の職人が作れない物を自分だけが作っているっていう、チンケな優越感がコイツ等をここまで変えてしまったらしい。 もっとも、オレにとってはありがたいことだが。 「分かった、そんじゃ、明日にでも届けさせる」 「ありがとうございます大将」 そうそう、オレは今でも、他の連中にオレのことを大将と呼ばせている。 何故かって? 今、オレは盗賊時代の知り合いが率いているギルドにいる。 そいつとオレとで古代の究極兵器、ようするに銃を量産して儲けようって腹だったんだが……オレが主導権を握ってるわけだ。 まぁ、アイツにしてみれば、金さえ手に入れば後はどうでもよかったんだろう。 オレにしては珍しく、銃の生産、管理運営などの面倒な事やゴタゴタを引き受けてるんだが……。 まぁ、これは単に銃に関してオレが主導権を握るためだったんだが、自分の知られざる一面を見た気がしたぜ。 案外、中間管理職に向いてるのかもしれねぇな。 ともかく、そんなわけで、銃に関する実権を握ってるオレが、このギルドの事実上の頭というわけになってる。 あの野郎もあんまり慕われてなかったみてぇだし、その辺は仕方ねぇといや仕方ねぇ。 まぁ、だからと言って、オレを、まさかマスターなんて呼ぶわけにもいかねぇから大将と呼ばせているってわけだ。 「それじゃ、後は任せた」 そう言って、オレは射撃場から出たのだが……そこには案の定、あのアホライト、ヴィンセントがいた。 「大将、もうこんなことやめましょうよ。  いまならまだ、間に合うかもしれないじゃないですか!」 そう、このアホはまだオレにまとわりついてる。鬱陶しいとしか言いようがない。 それにしても、コイツの神経には驚かされる。 はじめはそれこそビクビクしてたんだが ロクでもねぇ連中がたむろするこのギルドでなんでこうも堂々としていられるのか。 まぁ、コイツがしょっちゅうオレにつきまとっているから、周りが迂闊に手を出さないだけかもしれねぇがな。 しかし、コイツがこんなんだから、このアホライトがオレの愛人だとかいう噂まで立つのは勘弁してほしい。 勿論、コイツが男だって気付いてるヤツなんてごく一部だから、オレが男色家だとかいう話になってやがる。 最も、そんなことオレの目の前で言うヤツは、銃で脅してボコボコにしてやったが。 そんなわけで、アホライトは今もオレの目の前でなにやらワケのわからんカミサマの話なんかをしてやがる。 いつも言ってるだろう、いや言ってないか? まぁなんにしろ 神様はいるよ、神様は偉大だ、慈悲深く、そんでもって大金持ちでサディストだ。 だから……。 「あー、ともかく、お前はもう少し考え方を変えろ、つーかもうオレにつきまとうな」 「大将! 僕の話はまだ終わってな……」 無論最期まで聞くつもりなんかさらさらないので、オレはそのまま聞き流した 後ろではまだ何かぎゃーぎゃー言ってやがるが無視だ、無視。 ったく……あのアホ、これからもずっとこんな風に付きまとうんじゃねぇだろうな。 一人残されたアコライトの少女は口を閉じる。 どんどん遠くなっていくアサシンの背中を見つめながら、追いかけることもせず、ぽつりと呟いた。 「大将…こんなことしてたら……本当に、地獄に落ちちゃいますよ………」 現地に到着したものの、集合時間まで暇があったオレは、準備と詮索がてらその辺りを歩いていた。 この辺りは治安の悪さが目につく。ついさっきもオレのポケットからすろうとしたシーフがいたが 腕を掴んで、一睨みするとそのまま何も取らずに逃げていった。 そんな折、ふと教会が目についた。この辺りじゃ、決して信者は多いと思えないが プロンテラ方面の宗教はこの辺りまで勢力を伸ばしているということか。 アコライトだった時を振り返ると……ひょっとすると、信心深くなかったのがヒールが下手だった理由と繋がるのだろうか…… などと考えていると、少し懐かしくなり、オレは教会に足を運んだ。 教会は閑散としており誰もいなかった、こんなものだろうと思って外に出てみると 信者こそいないが、やたらと急造の墓が目に付いた。 銃が流出している為か、ここでは強盗や殺人事件が増えたと聞いてはいたが……。 そんな粗雑な墓場を見渡すと、少し離れた所に一人のアコライトがいた。 そのアコライトは歌っていた。寂しげで、それでいて荘厳な歌詞。歌っているのは鎮魂歌だった。 涼やかな声は、決して大きくはない。しかし、周囲の雑音をものともせずにオレの耳まで届いてくる。 オレはしばらく、そのアコライトの歌を聴いていた。オレも一応、歌詞は知っている。 あの子が生きていた頃、二人で各地を回っていれば、当然、助けることが出来なかった人は……何人もいた。 泣き出しそうなあの子と一緒に、鎮魂歌を歌った記憶は……今でもよく覚えている。 アコライトはまだ歌っていた。 オレは、懐かしい思い出に触発されて、アコライトに近づくと、その歌に合わせて歌い始めた。 後ろからの決して上手くない歌声に反応し、アコライトは一旦歌を止めて、こちらを振り向く。 短めの綺麗な金髪、そして少女のようにか細いアコライトだ。 互いの視線が交差する。 オレがかまわずに歌い続けていると、アコライトもまた歌い始めた。 アコライトの少し高い声と、オレのやや低い声が混ざり合う。 思い出すのは、あの日のこと。 鎮魂歌を歌うということなど頭になかった。 あの子を失った悲しみと、自分の不甲斐なさと、あの男に対する怒り、それだけしか頭になかった。 あの子は多分、復讐なんて考えるより、歌を歌ってくれる方がいい、なんて言うかもしれないな……。 オレのやってることは……ただあの子を悲しませるだけなんだろうか……。 そして、歌は終わり、アコライトが改めてこちらを振り向き、丁寧に頭を下げた。 「ありがとうございます」 「なに、礼には及ばない」 しかし、頭を上げたアコライトの表情は急に曇った。 「あの、もしかして……ここのどなたかの、関係者ですか……」 そう言ったアコライトの声は何かに怯えているようだった。 「いや、ただの通りすがりだ」 「あ、そうですか……」 そう言って、アコライトは再び、墓場に目を移す。 勝手に歌って怒られると考えたのだろうか、それにしては苦しそうな目をしていた。 「……なにか、悩んでるのか?」 「え?」 アコライトが振り返る、そして、また少し、暗い表情を見せた。 「……そうですね……ちょっと、最近……」 久しぶりに歌った鎮魂歌のせいか、オレは少し、このアコライトに興味を持った。 あの頃、色々な人に出会って、やったことを思い出し、そして、それをここでやってみようかと思った。 「そうか、聞くだけなら、聞いてもいいが、どうする?  もっとも、オレは懺悔室のプリーストではないがな」 そう言って、数歩後ろに下がり、オレは近くの半分壊れたベンチの右端に腰を掛けた。 オレの隣の空席を見て、アコライトはオレとは反対の左端に座った。 開いた距離……聖職者……もしかすると……。 少し考え事をしていると、アコライトは、先程よりも暗い顔で話し始めた。 「……ちょっと最近、自分のやってることが、正しいのか、って分からなくなってきたんです」 「………」 「最近知り合った異性の知り合いがいるんですけど……はじめは、その人の考え方は間違ってる、って思ってたんですよ。  それで、色々言ってるんですけど………。   でも全然こっちの言うことを聞いてくれなくて、最近は、僕の考えが間違ってるんじゃないかって思う時があるんです……」 よくあること、と言えばそれまでだが、この年頃になると、そういった考えは多くなる。 もっとも、オレもそんなに歳が違うわけでもないのだが……。 「オジサンも、若い頃はこんな風に悩んだりしたんですか?」 「お、おじ……」 ごく普通に放たれた悪意のない言葉に、少しばかり傷つきそうになった。 確かに、髪の毛には幾らか白いものが混ざりはじめ、顔も以前と比べると、若干老けたとも言えなくはないが……。 オジサンか……まだ若いつもりなんだが………。 しかしながら、今までそんなことを言われる機会はなかった。 そうか、こんな年頃の人間と話すなんて、随分と久しぶりだったな。 「オレは……そうだな……迷いはしなかった。  間違ってるとしても……自分の意志で、自分のやりたいようにやってきた、かな」 「……自分の意志……ですか……」 それがたとえ間違った道だとしても、オレは今まで走ってきた。そして、これからもおそらく………。 「まぁ、月並みだが……自分のやりたいようにやってみたらどうだ?」 「……そうですね……」 返ってきた無難な言葉に、アコライトはただ顔を俯けていた。 期待はしてなかったのだろうが、それでもありきたりな言葉では少し満足できなかったらしい。 「君が頑張れば、いいようになるんじゃないか?  ……まぁ、でも……君が女の子なら、あんまり無理するなよ」 「えっ!?」 よほど驚いたのか、アコライトは一瞬飛び上がったように見えた。 固まった表情と大袈裟とも言えるリアクション、随分と正直な性格だ。 固まった顔をゆっくりとこちらに向けると、アコライトの少女はこちらを凝視する。 「あ、いや、えっと……気付いてたんですか……」 「もしかして、と思っただけなんだが……」 「そっか……分かる人には分かるんだ……」 ぶつぶつとアコライトは何かを呟いている。 確かに男には見えるが………それでも動作や仕草の合間から、見え隠れするものはある。 それに、アコライトの方からは、嗅ぎ慣れた香りがした。 いつも、泣きわめくオレの隣からする香り………。 確かにオジサンだな、オレは……いや下手すると変態か……。 少女との他愛ない会話は、思いの外時を早く感じさせた。 気付けば、集合時間は近くなっていた。 「さてと、それじゃ、オレはそろそろ行こうかな」 立ち上がるオレを見上げて、少女も同じく立ち上がり、またしても、深々と頭を下げた。 「あ、話、聞いてくれてありがとうございました。おかげでちょっと楽になりました」 「なぁに、こんなことでよければ縁があったらまた聞くさ。  それじゃ、元気でな」 オレは、随分と久しぶりに微笑んで、手を振りその場を後にした。 時々振り返ると、少女はずっと、手を大きく振っていた。 なんだか、久しぶりに人間らしい時間を過ごした気がするな……。