『闇の闘技場』 Challenger.01 フェリア=クランドール 「ハッ!!」 襲い来るデザートウルフをひらりと身を翻してかわすと、私は気合い一閃愛用のツルギを振り下ろす。 しっかりとした手応えと共に、目の前のデザートウルフは断末魔の叫びを辺りに響かせながら崩れ落ちた。 切り裂いた脇腹から臓物と鮮血を撒き散らし、ひくひくと痙攣していたがやがて動かなくなる。 私は左手を高らかに振り上げると、声を張り上げる。 「まずは一勝っ!」 会場からは歓声が湧き上がり、それを遮るようにアナウンスが私の勝利を告げる。 「フェリア選手、鮮やかな勝利ですッ! まずは賞金10000z獲得! 100Mz(=1億z)まで残り4勝となりましたーー!!」 100Mzまで後4勝・・・この調子ならいけるかしら・・・。 勝利の余韻を味わいながら、空気を胸いっぱいに吸い込む。 天空都市崑崙の空気は、地上よりも澄んでいて冷たくて、気持ちよかった。  ――ここは崑崙の闘技場。普段なら冒険者たちが腕試しの為・・・或いは名声の為などに、モンスターとの戦いを楽しむ場所である。 今日は貸切でどこかの大富豪が主催する大会が行われている。モンスターに5回勝てば、なんと100Mzもの賞金が得られるというのだ。 1勝〜4勝までは申し訳程度のファイトマネーだが、5勝したときの額は余りにも大きい・・・。 但し、この大会には陰険なルールがいくつか設定されている。 まずは参加できるのは女性だけであること。なんとも主催者のいやらしい趣味が伺える。 そして次に、モンスターに負けると、10分間のペナルティタイムが設けられるという。 これは、身包み剥がれ、モンスターにいいように弄ばれなければならないらしい。 10分間耐える事が出来れば引き続き試合を続行できるが、殺されることも覚悟しておかなければならない。 そして最後に、途中で次の試合を降りることもできるらしいのだが、この場合も身包み剥がれペナルティタイムが与えられるそうだ。 ・・・こちらはヒドラの群れに放り込まれるとのことだが、用意周到なことに会場のすぐ脇には特設の水槽に、 ヒドラが山ほど飼育されていた。 途中で試合を降りるような臆病者は観客や主催者の前で晒し者にされるわけだ。 そして5勝目を飾った時点で、賞金100Mzが与えられる。100Mzといえば、一般人がまともに稼ぐのはほぼ不可能な金額だ。 ・・・あまりにも露骨な主催者の趣味丸出しの大会だが、破格の賞金に釣られて参加した挑戦者は多いようだ。 まあ、もちろん私もその一人なのだが。 私はフェリア=クランドール。レベル95で剣士としては腕に自信は・・・ある。 「鮮やかな青髪がこの崑崙の空に良く似合う! 一回戦を軽々突破したフェリア選手、続けて二回戦ですーー!」 私はツルギを構えなおし、戦闘体勢をを取った。次の相手はどの程度のものだろうか。 今より強くなることは確かだろうが・・・。 会場の脇に控える召喚士が正面で印を結び呪文を唱える。 空中に複雑な紋様の光の魔方陣が描かれると、そこから何者かが迫り出してきた。 相手を確認するなり、ツルギを高らかと振り上げる。 「おおーっと?! フェリア選手勝利宣言か! それではフェリア選手対マーター、開始です!」 漆黒の犬、マーター。素早い動きで相手を翻弄し、鋭い牙で抉るように相手を襲う恐ろしいモンスターだ。 しかし、もはや私の敵ではなかった。 開始の合図と共にマーターよりも早く接近すると、まず一撃を加え、返す剣で首を切り落とした。 「バッシュ !!」 渾身の力を込めた一撃で私は一瞬で勝負を決めた。 観客もアナウンサーもしばし呆気に取られているようだ。 再び私がツルギを振り上げると、はっと我に帰ったアナウンサーは私の勝利を告げる。 賞金は50000z。マーターを倒してこれならおいしいことは間違いないが、100Mzに比べれば・・・はした金だ。 続く三回戦。現れたモンスターはサイドワインダーだった。 強力な毒を持つ漆黒の蛇で、的確な狙いで鋭い牙で襲い掛かってくる。 先ほどまでに比べると数段強力なモンスターではあるものの、私の敵ではない。 「三回戦開始です!!」 先ほどと同じように、私は開始と同時に飛び掛った。 見かけによらず耐久力もかなりのものなので、まずは慎重に相手の体力を削る。 一撃を加えては一度相手の射程範囲から離脱する。ヒット&アウェイ戦法だ。 サイドワインダーは私を捕らえきれずに、右往左往しながらも徐々に傷は増えていく。 私は頃合を見計らって、一気に飛び込むと渾身のバッシュを叩き込んだ。 その際、苦し紛れに噛み付いてきたサイドワインダーの牙が私の足をかすめたが、そのままサイドワインダーは力尽きて動かなくなった。 「フェリア選手勝利です! 圧倒的な強さ! 剣士の身にしてサイドワインダーをものともしませんっ!!」 これで賞金は10万z。今までとあわせて16万zになる。楽なものだ。 この先負けるかもしれないリスクを考えれば、ここで降りるのも悪くは無いが・・・ しかし、たかが16万zのためにヒドラの刑で晒し者にされる訳にはいかない。 「それでは続いて4回戦です! このまま破竹の勢いで100Mzを手にするのでしょうか?!」 続いての相手はゾンビプリズナーであった。 かなり強力なアンデッドの類ではあるものの、その動きは遅く先ほどのサイドワインダーに比べれば容易く攻撃を回避することが出来る。 今度も私は勝利を確信した。 一気にゾンビプリズナーの懐に飛び込むと、私はゾンビプリズナーの腹部を一気に切り裂く。 痛みなど感じない様子でどす黒い体液と腐肉を撒き散らしながらも、足枷の巨大な鉄球を振り回してきた。 私は後ろに跳んで避ける・・・いや、避けようとした。 しかし、私の脚は鉛のように重く、その場を踏みしめたまま一向に動く気配が無かった。 その間にも巨大な鉄球はみるみる私の腹部目掛けて弧を描きながら襲い来る。 ・・・やばい。 次の瞬間全ての時の流れが遅くなった。 焦る私。 襲い来る鋼鉄の塊。 焦点の定まらない半ば腐りかけた目で私を睨むゾンビプリズナー 動かない私の脚。 やばい、やばい、やばい・・・やばい・・・やばい! 焦りだけがどんどん加速し、私の額には脂汗が滲み出る。 鉄球がどんどん私の腹部目掛けて吸い寄せられてくる。 そして時の流れが正常になると同時に私の左腹を強烈な衝撃が遅い、次の瞬間には闘技場の観客席がある壁に思い切り叩きつけられていた。 「がっ・・・は・・・」 息が出来ない。 全身が言うことを利かない。 左腹にはもはや痛みとさえ認識できない感覚のみが残っている。 やっと感覚が戻ってきた手で脇腹をさすってみる・・・どうもあばらを何本か持っていかれたようだ。 その時不意に、足首に小さな痛みが走った。 なんとか目をこじ開けて見れば、小さな裂傷があり、その傷口は紫色に膿んでいた。 私はようやく理解した。 あの時かすったのサイドワインダーの牙が・・・私の体を毒に冒していたのだった。 余りにも少量だったためすぐには気がつかず、ゆっくりと着実に私の体を蝕んでいた。 そして最悪のタイミングで私の体の自由を奪った。 傷口の周辺が異様な熱を持っているのが分かる。 「お〜っと! フェリア選手ここに来て初めて攻撃を受けました! しかもかなり応えている様子です!」 遠くからアナウンサーの声が聞こえてくる。 ここでまでの思考はほんの一瞬の出来事・・・だったのだろうか。 「ゾンビプリズナー、そんなフェリア選手にさらに追い討ちをかけるッ!!」 なっ・・・! 私はかっと目を見開いた。 既に眼前には鉄球を大きく振りかぶったゾンビプリズナーが迫っている。 避けきれない・・・! 次の瞬間私の頭部を鈍く重い衝撃が襲い、アナウンサーの声を夢見心地に聞きながら私の意識は闇の底へと落ちていった・・・。 「これは決定的かッ! フェリア選・・・頭部を・・・が・・・し・・・た・・・」 ・・・。 頭が重い。 いや、体全体が重い。 「・・・。」 だるい。 もっと・・・寝ていたい。 「・・・選手」 うるさいな・・・もう。 「フェリア選手!」 ・・・私の名を呼ぶ声がし、私はうっすらと目をあけた。 傍らにはアナウンサーが立ち、私の頬を軽く叩いている。 私は・・・生きている・・・? ふと視線を横に逸らすと、いびつに歪んだ私のヘルムが転がっていた。 ・・・ヘルムのおかげで致命傷だけは免れたようだ。 「フェリア選手は生存していました!」 高らかにアナウンサーが宣言すると会場がどっと沸いた。 世界が揺らいでいる。真上に見上げる空は蜃気楼のようにぐにゃりと歪む。 腹部には激しい痛みが。 「フェリア選手、惜しくも4回戦でゾンビプリズナーに敗退です! これよりルールに従いペナルティを受けて頂きます!」 ペナルティ・・・そうか。 私は負けた。 ペナルティ・・・ ・・・?! こんな状態にまでなって尚、あのペナルティを受けろというのか・・・。 そのとき会場に先ほどよりも一際大きな歓声が沸く。 そのとき私ははじめて理解した。 ここに集まっている連中は――主催者も含め――端から武道大会を"観戦"するつもりなどなかったのだと。 敗者のいたぶられる様を"見物"に来たただの下劣な人種なのだと。 しかし私は・・・その大会の規約に同意した上で参加し、そして負けた。 破格の賞金に釣られるままに。 今更喚いたところでどうにかなるものでもないし、逃げようにも体は言うことを利かない。 大人しく例のペナルティを受け入れるという選択肢しか私には残されてはいない。 「ペナルティとは、敗者には10分間のペナルティタイムが与えられ、その間敗者は一方的にモンスターにいたぶられなければならないという過酷なものであります! もちろん殺されてしまうかもしれません! しかし、生き残ることが出来れば引き続き試合への挑戦権を獲得できますッ!」 ・・・無茶苦茶だ。例え10分間耐え抜き、生き残れたとしても更に闘えるはずも無い。 アナウンサーがペナルティについて解説している間、数人のローグが私に近づいてくると、手際よく私の装備や衣服を引き剥がしていった。 ・・・どうやって横たわるままの私から剥ぎ取ったのかは永遠の謎であるが。 観客の前で一糸纏わぬ姿にされた私は、両脇を抱えられ立たされた。 頭と脇腹が酷く痛んだ。 いやらしい視線と野次が浴びせられ、私は羞恥に頬を赤く染めるが身を隠すこともままならない。 「ペナルティ中は一切の抵抗は禁じられていますのでご注意ください。 ペナルティの性格上若干は止む無しと判断されますが, 余りにも目に余る場合は手足を拘束させていただいた上でさらに10分の追加ペナルティとなるのでご注意ください。」 声を絞り出す気力もない私は軽く頭と垂れた。 アナウンサーはそう告げると、闘技場袖のアナウンス席に戻っていった。 「それではペナルティタイムスタートです!」 アナウンサーの合図とともに、空中に淡い光の数字が浮かんだ。残り時間のカウントだ。 ローグたちはそっと私から離れ、袖に消えていく。 私はなんとか自分の足で踏みとどまると、じりじりとにじり寄る先ほどのゾンビプリズナーをきっと睨みつける。 私に近づくなり、右腕を私目掛けて振り下ろす。 「う・・・ぐっ・・・!」 その鋭い爪で左肩から右の腿までを引き裂かれ、数本の赤い筋が走った。 その衝撃に耐えられるはずも無く、私はそのまま後ろに倒れこむ。 「ゾンビプリズナーの鋭い一撃! フェリア選手の柔肌にその爪痕がはっきりと刻まれています!」 観客からは歓声が巻き起こるが、もはやそれを気にしている余裕も無い。 ゾンビプリズナーは倒れた私を追って覆い被さるように倒れこんできた。 その時の勢いで若干跳ね上がった鉄球が私の右の足首を押しつぶす。 「あ・・・・ぎゃぁぁああ!」 絶叫を上げるがそれに気を止める様子も無く、私に覆い被さりながら私の肩口に噛み付いた。 がじがじと何度か齧りつくと、首を大きく振り一気に噛み千切った。 「ひぎゃぁあああぁぁ!」 私は思わず自分のものとは思えない絶叫を上げた。 ゾンビプリズナーは何度か、くっちゃくっちゃと汚らしく咀嚼すると私の肉を飲み込む。 そして舌なめずりをすると今度は私の左腕に噛み付いた。 「おおーっと! ゾンビプリズナー、フェリア選手の体を食べ始めました!」 ・・・間もなくして私の左腕は、その二の腕の部分の肉を全て食われ、骨とわずかな筋が剥き出しになっていた。 辺りには赤い血溜まりができ、私はあまりの出血量に意識が朦朧とし始めていた。 半ば夢見心地でふと空を見上げると、光の数字は残り7分を示していた。 後・・・7分・・・。やけに時の流れが遅く感じられる。 「・・・今度はフェリア選手の乳房に目をつけたようです!」 アナウンサーの言葉にはっと我にかえる。 既に眼前には、口を大きく開き、腐った唾液を垂れ流しながら今正に私の乳房に噛み付こうとするゾンビプリズナーの姿があった。 「や、やめてーーーー!!」 言い終わるが早いか、ゾンビプリズナーの歯が右の乳房に打ち立てられた。 そして頭を大きく振り乱し、引きちぎろうとしている。 ぶちぶち そして鈍い音と共に半分から先ほどが噛み千切られた。 「あ・・・ぎゃああああーーー!」 余程気に入ったのか、まだそれを飲み込みきらないうちから残った乳房の肉に貪りついてくる。 「や・・・・め・・・」 くっちゃくっちゃ。 会場内にはゾンビプリズナーの汚らしい咀嚼音と、私の声にならない絶叫がが響いていた。 そしてそれをさも楽しげに眺める観客たち。 右の乳房をすっかり食べ終わると、同様に左の乳房も食い尽くされた。 もはや私の胸には殆ど肉は残っておらず、ところどころ肋骨が見え隠れしている有り様だった。 続いてゾンビプリズナーは肉にはもう満足したようで、鋭い爪で私の腹を裂いた。 そしておもむろに手を突っ込むと、子宮をつかみ出し・・・ ・・・。 ふと気がつくと、そこにはゾンビプリズナーの姿は無く、古びた木の梁が見えた。 屋内のようだが・・・。 「あら、気がつかれましたか」 傍には3,4名ほどの女性のプリーストが控えていた。 「懸命な処置を施しましたが・・・」 そのうちの一人が顔を曇らせながらに言う。 左腕を見ると、肩から先が・・・無い。 胸にも幾重にも包帯が巻かれているが、胸から腹にかけて柔らかな膨らみは・・・ない。 どうやらここは医務室・・・のようだった。 彼女らの懸命な処置によって私は一命をとりとめたが、左腕と、女としての大切な部分は失われてしまった。 プリーストの強力な回復魔法とはいえども、失われた体の部分を再生することは出来ないのである。 いっそあのまま死ねていたほうが・・・幸せだったのかもしれない。 傍らには賞金の16万zが置かれていた。残虐なショーの出演料にしては・・・安いものだ。 金に目がくらんだ者の愚かな末路。やはりおいしい話などそうごろごろ転がっているものではないようだ。 私はその賞金を見つめると、深く溜息をついた。 不思議と、涙は出てこなかった。 Challenger.01 フェリア=クランドール - 終 -