暗い通路を歩く人影が一つ 人影は明かりの無い通路だというのに迷うことなく進んでいる 足音が止った、暗くて見えないがどうやら扉があるらしい 人影は静かに扉を開ける 軋んだ音を立てて扉は開いた 中はある程度広く、明かりも小さいとは言えあった 「・・・起きてましたか」 人影は言った、それほど大人びているというような声ではない その人影は奥の牢屋に入っている男に向って言っていた 「何の真似だ」 男は人影を睨むように問いただす 「・・・ここは貴方のために用意した部屋」 明かりのあるほうへ人影が近づいてくる 明かりの下に出るとそれが何かがわかった 「お久しぶりです・・といっても覚えていませんよね」 それは女のプリーストだった 「ここはドコだ」 男の方は怒りの表情で女を見つめる・・否、睨んでいる 「さっきも言いました、ここは貴方のために用意した部屋です」 女は怯むことなく言った 「お前は誰だ」 「覚えてないならそれでもいいです。私は覚えてますがね」 女はそれから右手を前にだして 「ようこそ、この素晴らしき惨殺空間へ・・・ゆっくりとお楽しみください」 優雅に礼をしながら言った 「何のつもりだ!!」 女は邪悪な笑みを浮かべたまま答えない 「この・・・っ」 男は立ち上がろうとしたが、それはできなかった 「な・・・なんだ・・・」 女の笑い声が聞こえる 「無駄です、それは少なくとも12時間は効果を発揮します。」 男の目の前に女が歩いてきて 「4時間ほどで目を覚ましたのは褒めてあげますが、体は動かせないでしょう」 くっくっくっ・・・と小さく笑って 「その方が楽しめますがね、意識の無い人に復讐しても楽しくありませんから」 男は女の言葉の意味が分かっていない 「復讐・・・?何のことだ・・・」 「忘れて頂いていて結構です。これから思い出させてあげますので」 女は男を引きずって、何かの道具へと括り付ける 「き・・・貴様・・・何を・・・」 男は少し恐怖を覚えたのか声が震えていた 女は答えず、『道具』と思える物を取り出した 「指の先って神経集まってるから痛いらしいですよ。楽しそうですよね?」 その笑顔と言葉はもう狂ってるとしかいえないような顔だった 女は『道具』を構えた 「痛かったら痛いって言ってくださいね。やめませんけど」 女は『道具』を振るった チェインを改良し、チェインの先に刃を取り付けた物 『刃物を使えない』という戒律はどうなっているのか 最初は右手の小指の第一関節、次に薬指、中指と狙いは寸分違わず切り落としていく そのたびに男は悲鳴を上げたが女はそれを楽しんでいるようだった 右手を終えた、男の右手の指は全て無い 「どうです?楽しいでしょう?それと・・・少しは思い出せましたか?」 「ぐ・・・お・・・まえ・・・・、何故・・・こん・・な」 女は少しがっがりした様子で、しかしすぐ笑顔になり 「はぁ・・仕方ありませんね」 溜息を吐いて、そして続けた 「同じ日にしたんですがね・・・」 男はまだわからない 「今日は、姉の誕生日でした」 それは遠い過去を懐かしむような顔だった 「いつもいつも、誰かの誕生日には家族全員でお祝いしてました」 顔は男の方を向いているが目は男を見ていない 「7年前の今日、私は姉の誕生祝を買いに町まで出かけていました」 「・・・まさか・・・・お前・・」 男は思い出したように声を上げた 「家までの道、貴方は私にぶつかって逃げるように走り去りましたね。本当に逃げてたんでしょうが」 「家についてから見たのは動くことの無い肉の塊でした。」 「父も、母も、姉も・・・・。皆・・・全て・・・」 女はうつむいて呪うように言葉を紡ぐ 男の顔は青ざめていく 「後から聞きました。あの時ぶつかった貴方が犯人だったこと。」 「お金目当てだったこと、偶然見つけた家を襲ったらいいと言うこと・・・」 ひとしきり話し終えたのか女が顔を上げた 笑顔だった―――――涙が出ている事をのぞけば・・・だが 「アレから私が、どんな人生を歩んできたか・・・貴方にわかりますか?」 「事件から3年後くらいまでは憎かった・・・。頭がおかしくなりそうなほど」 「4年目からはそれも薄れていきました。最近になってもう忘れてしまおうとさえ思ってました」 「もう捕まって、罰せられていると思ったから 「だ・・だったら・・・なんで旧に・・・」 男は苦しげに聞いた 「1週間前、貴方を見かけた。街で、誰かと楽しそうに話しているのを見て」 「何事も無かったかのように・・・平然と街を歩いて消えかけていた憎しみが溢れました」 「アレだけの事をしておきながら何故平気で街を歩けるのか・・・」 女はまた武器を構えた 「だから許しません。神の教えに背こうとも、貴方だけは・・・」 左手の指に狙いを定めていく 女が腕を一回振るうたびに男の悲鳴が上がる その度に血が舞い、男の指の欠片が飛ぶ 「もう・・・やめ・・・たすけて・・・・」 男は懇願した・・・ 「あなたは、過去そう言って命乞いをした人々を・・・一人でも助けましたか?」 女の言葉は冷たい、助けるつもりなど無いと目で語っている 「人の幸せは奪う、でも自分が奪われるのは嫌だ。随分と良い考えですね」 女はさらに腕を振り上げ 「そんなの・・・私が認めないっ!!!!」 男の肩から腹部にかけて長く、深い傷が走る 「痛い?苦しい?もっと泣き叫んで欲しいな・・・」 女の言葉は今まで違う言葉だった 「貴方の苦痛も悲鳴も、全部、皆に報告するんだから」 幼い子供のような言葉 「だからもっと泣き叫んでよ。命乞いして見せてよ。苦しむ姿を・・・見せてよ」 「・・・・」 男は何も言わない もう何も言えない 喉は既に潰れている 女はソレでも男を殺し続けた 二日後 女は墓の前にいた 墓は3つ彼女の父と母と姉の墓 「お父さん・・お母さん・・お姉ちゃん・・・」 小さくか細く話しかけた 「私、人殺しちゃった。でもね、後悔はしてないんだ・・・。」 「私も・・・もうすぐ・・・そっちに行くから・・・」 少し黙ってから 「人を殺した私が行けるとも思わないけど・・・・それでも」 ここで一人で生きるよりは良い・・・と呟いた後 「ドコで・・・間違ったのかな・・・・」 遠くを見つめて溜息を吐いて 「私は・・・ただ・・・・」 ―皆の笑った顔が見たかっただけなのに・・・・・― 数日後、彼女の存在はこの世界から消えた