「キキキキキ……」  嫌らしい笑い声を残してデビルチが消えた。  私はアコライト。長い修行の末、プリーストになる資格を手に入れた。今居るのは、プリースト になるための最後の試練を与えられる場所。  今しがた消え去ったデビルチは、私を誘惑してきた。ミストレスの魔力が込められたカードを見 せてきたけど、いくらなんでも私の人生はそんな紙切れ一枚で交換できるほど安くは無い。悪魔よ 退きなさい! と一喝したらあっけなく消えた。まあ、どうせ本物のデビルチじゃあないんでしょ うけどね。物凄く精巧にできた人形か何かかな。  次は何が出てくるんだろう。慎重にゆっくりと、でも意思を強く持って前へと進む。 「待つがいい…そこの小娘」  っっ!!!  完全に不意を突かれた形で声をかけられたので少し飛び上がってしまった。 「貴様・・・このまま本当にプリーストなどになるつもりなのか」  慌ててあたりを見回すが、声の主の姿が見えない。 「…どこ!?」  呼びかけに反応して、コツ、とブーツの足音が聞こえた。暗闇の中から…いや、何も無い空間か ら一人の剣士が現れた。 「何故プリーストなどになる? 貴様は本当にそれを望んでいるのか?」 「言うまでもありません!! 私が今ここに居るのはそのためです!!」 「愚かな…何故そのような道に己の人生を捧げるのか」 「これは私が自分の意思で選んだ道…悪魔などに阻まれるような安い道ではありません!!」 「そう昂ぶるな…私は先ほどの小悪魔とは違う。何も人生を捨てろと言っているのでは無い」 「…何ですって!?」 「貴様もここにたどり着くまでに長い旅をし、修行を重ねてきたのだろう? それを無駄にするの は惜しいと言っているのだ」  その剣士…ドッペルゲンガーはそこまで言うと、一旦言葉を切って私の顔を覗き込んだ。 「どうだ…世の中にはもっと有益な職業がある。プリーストなど辞退し、もっと自分の能力を有意 義に使う気は無いか? なに、一から修行をやり直す必要は全く無い。我が魔力を持って、貴様を 特別に転生させてやろう。貴様はプリーストを辞退し、今の能力を失う事無くノービスに戻る。そ して自分の人生をより意味のあるものにする」 「……黙りなさい!!!」 「…ほう」  ドッペルゲンガーの表情がわずかに変わった。 「貴様…もう少し賢くならねば生きて行く事は出来んぞ」 「そんな事はありません!! 私は悪魔などに屈したりしません!!」 「その言葉……真実かどうか確かめてやろう……!!」  そこまで言うと、ドッペルゲンガーは暗がりへと消えていった。 「ふう…終わったのかな」  一喝であっさりと引き下がったデビルチに比べて、だいぶ長いこと押し問答をしてしまった。ま だ試験は終わりじゃない。急がないと。  そう思って一歩踏み出した瞬間、急に左足の感覚が無くなった。一瞬遅れて、左足に凄まじい激 痛が走る。 「あああああぁぁぁあぁあぁああ!!!!」  一瞬何が起こったのか分からなかった。無い。私の左足が無い。  次の瞬間、左足を押さえていた手が、手首の先から両方とも無くなった。何かに斬られた。私の 手が、宙を舞っている。 「ぎゃああああああ!!!!」 「小娘よ…先ほどの言葉が本当かどうか、確かめさせてもらうぞ」  さっきのドッペルゲンガーの声だ。姿は見えない。……いや、左足と手首の先だけ宙に浮いてい る。私の手と足だ…!!  ザシュッ!!  続けざまに右足が飛んだ。私の右足は空中で一回転した後、真っ黒な剣のようなものに突き刺さ れる。黒い剣に突き刺された私の足は急速に肉が腐り落ちて骨だけになってしまった。  ドッペルゲンガーは、次々と私の手足を刎ねていき、刎ねられた私の手足は黒い剣に突き刺され て腐っていく。私は自分の手足が無くなっていく様を見ているしか無かった。だるまのような格好 になる頃には、既に悲鳴を上げる力も無くなってしまっていた。 「小娘…悪魔には屈しないのではなかったのか?」  ドッペルゲンガーは手と足だけを露出させた透明人間のような格好で私に話しかける。もちろん それらの手足は切り取られた私のものだ。  だいじょうぶ。ここでどんなに拷問されようとも、試験が終わるまでの辛抱。自分にそう言い聞 かせて、今にも消えそうな意識を何とかつなぎ止める。これを耐え抜いて試験が終われば、私は元 通りになって、プリーストへの転職が認められて、それから…。 「小娘。この有様を幻か何かだと思っているのではあるまいな?」  ドッペルゲンガーの、私の考えている事を見透かしたかのような言葉。 「貴様はこの私に向かって悪魔には屈しないと言い切った。それは即ち、この私を退けて見せると 言うことではなかったのか?」  え…なにを言っているの? これはあくまで試験でしょ? このドッペルゲンガーもよくできた 人形なんでしょ?  ガスッ!!!  今度はお腹のあたりを斬られた。私の腰しか残っていない下半身も腐って消えた。  ちょっと待って…今までプリースト転職試験で死人が出たとか聞いたこと無いよ…何で…何で… 「安心するがいい。私は先ほども言った様にお前を殺して無に返してしまうつもりは無い」 「新たなドッペルゲンガーとして、私の一部として存在できる事を誇りに思うがいい」  ドスッ!!  私の胸に黒い剣が突き刺された。 「あ゙あ゙あ゙あ゙」  私の肺が、心臓が腐っていく。  首から下が全て腐り落ちた。  首から上も腐り始めた。  目が腐り落ちる寸前に見た最後の光景は 私に突き刺した黒い剣を持って笑っている 私だった