『雨の日』第二章 雨の日は複雑な気分になる。 あの人がいなくなってしまった日だが、同時にあの子と出会った日でもあるからだ。 屋根をうつ雨音を聞きながら、一人あの頃を思い出す。 ノービスだったオレは、一人の騎士に出会った。強く、優しく、美しかったあの人。 何も知らなかったオレに色々な事を教えてくれた。弱かったオレを鍛えてくれた。 オレは幸せだった。 だが、あの雨の日、あの人は突如現れたモンスターの群れから人々を護るため、帰らぬ人となった。 オレはなにも出来なかった。 アコライトになったのは、おそらくあの事がきっかけなのだろうが、動機をいまいち言葉で言い表せない。 ただ剣士になる、という選択肢だけはなかった。 あの人と同じ道を進んで、越えられると思えなかったからだ。 アコライトになった以上は、やりたいようにやるつもりだった。 そう、傷ついている人々を癒そうと。 しかし、現実はそううまくはいかなかった。 あの事件のせいなのか、PTを組むことが怖かった。一人でいることが多くなる。 俗に言う殴りアコになったのはごくごく自然な流れだった。 だが、そうなるととても他人を癒すなんて言ってられない。 転職したての殴りアコのヒールなんてろくなもんじゃなかったからだ。 道行く人にヒールをかけても、礼を言われることの方が少なかった。 少し自棄になっていたのかもしれない。 そんな苛立ちを狩りにぶつけていた。無謀とも言える戦いで、危うく死にそうになった。 そんな時、オレは………… 「お、おまたせ」 突然の声に、思考が断たれる。背後からの声で振り返ると、一人のプリーストが立っていた。 まだ少女の面影を残した、昨日までアコライトだったプリースト。 「ど、どうかな……」 「え……なにが……」 「この格好だよぅ………」 聞かれて、改めてその姿を視界におさめる。 アコライトの素朴な姿と比較すると、プリーストの服装は実に扇情的だ。 体の線が強調される薄手の服、大胆なスリット、そしてガーターベルトにストッキング。 よほど恥ずかしいのか真っ赤になっている。それはそれで可愛いのだが、やっぱり……。 「……似合うようになるまで、もう少し時間が必要だな」 「………いじわる……」 そういいつつも、微笑みながらこちらを見ている。 「転職おめでとう」 「ありがとう」 そう、今、目の前にいるこの子と再び出会ったのだ。 はじめてあったのはあの雨の日。 あの人がモンスターから助けたアコライトの少女。 あの人を埋葬してくれたアコライトの少女。 あの人の葬儀が終わってからそのまま別れた。 どうしているかな、くらいには思っていたが、まさかもう一度、しかも狩りの最中に会うなんて思ってなかった。 無謀な狩りで死にそうなオレだったが この子のヒールはとても効果が高く、傷ついた体はすぐに癒された。 しかし、その次に飛んできたのは平手だった。 「こんなことして死んだりしたら、あの騎士さんになんて言うつもりなの!!」 呆然とするオレに、泣きながらそう言ったのだ。 それがきっかけとなって、一緒に旅をすることになった。 時には遺跡に、時には森に、各地を回って傷ついた人々を癒す旅を続けていた。 アコライト同士という珍しい組み合わせだが。あの子は特に気にしてなかった 何時だったか、なんで剣士やシーフと組まないのか、と聞いてみた。 答えは「放っておけなかった」だそうだ。 確かに、あの頃のオレは荒れていた。 でも、この子と出会って、オレは…………。 「で、明日なんだろ」 宿屋の窓から、雨の街を見下ろしながら、オレは言った。 「う……うん……」 「………もう、この生活も終わりなんだな………」 つい最近、いつも通り、傷ついた人にヒールをしていた彼女だったのだが、その人物が大手ギルドの幹部だった。 それも、教会や騎士団と密接に関係している聖職者ギルドの幹部。 ギルド同士の抗争は極力避け、非常事態の人民の救助や、貧民の支援を主に行っている、知らぬ人などいないほどの大規模ギルドだ。 彼女もこのギルドにいつか入りたいと言っていた。 そして、そのギルド幹部に、プリーストになったら是非、と誘われているのだ。 だが、あれほど入りたいと言っていたギルドなのに、彼女の表情はどこか浮かない。 これが別れになるからであろう事は分かる。 確かに、別れは寂しいものだが、いつまでも一緒、というわけにもいかないだろう。 「また、会えるよね?」 「ああ、勿論だ」 もうどれくらい一緒にいるのだろうか。 明日になれば、もう側にいないのだが、正直、実感が湧かない。 ふと、あの子の顔を見ると、少し笑っていた。 「でも、そうなるともう“大丈夫か〜、大丈夫だ〜”は聞けなくなっちゃうね」 笑いながらそう言われると、少し照れくさい。 「口癖だったもんね、自分のほうが血まみれなのに“大丈夫か!!”って言われたときは、ちょっと怖かったし」 「う、うるさいな、心配して悪いか?」 「ううん、全然」 即答されるとさっきよりもっと恥ずかしい。 それを分かっているのか、向こうもずっと笑っている。 「で、明日からはどうするつもりなの?」 「………そうだな、久しぶりに一人旅を満喫しようかな。それからオレもプリーストになるつもりだ」 「やっぱりプリーストなんだ。結構腕力はあるんだからモンクにでもなればいいのに」 「プリーストなら殴りをやってても、それなりに支援もできるからな」 そう、あくまでオレは……傷ついた誰かを助けたいんだ。 「ねぇ、ホントに一緒に来ないの?」 途端に声から笑いの余韻が消え、真剣なものになる。 「プリーストは二人もいらないんだろ?」 「それは……そうだけど……」 「オレなんかに遠慮する必要はないから、自分のやりたいようにやってみろよ」 「うん………」 そう言って、オレはまた、雨の降る街を見下ろす。 こんな日でも、やっぱり、雨の日は思い出してしまうな………。 はじめて会ったのは、あの雨の日。 突然現れたモンスターの群れに、私達のPTは抵抗する間もなく崩壊した。 私の目の前でみんなが次々と殺された。 とっても怖かった。 生きているのが私だけになった時、もうダメかと思った。 そんな時、私を助けてくれたのがあの騎士さんだった。 その場にいたモンスターを全部、あっという間に倒した。でも、だから怖かった。 あの時は混乱してたから、そんな力を見せられて、余計に混乱してた。 でも、あの騎士さんは私を抱きしめてくれた。 暖かかくって、いいにおいがして、すごく安心できた。 孤児院育ちの私は、お母さんの顔も知らないけど あの時のぬくもり、まるでお母さんに抱きしめられているみたいな気がした。 そうして、改めて見たあの人は、それこそ天使か女神様のようだった。 綺麗で、強くて………そして、優しくて………。 彼は相変わらず、雨の降る街を見下ろしながら、考え事をしている。 多分……あの騎士さんのことを思いだしてる、ということはなんとなく分かる。 そう、彼が雨の日になると、あの騎士さんのことを思い出すのも無理はないんだけど………。 やっぱりちょっと妬いてしまう。 雨の日だけは、彼の心をあの人にとられちゃってる気がするから………。 でも、私も………雨の日は思い出しちゃうな。 雨の中、動かない騎士さんを前に、放心状態だった彼。 騎士さんは、泥だらけで、傷だらけで、そして……辱められた跡があって………。 命の恩人だった騎士さんには、できるだけのことはしたかった。 騎士さんの体から、マンドラゴラが出てくるところなんて考えたくもなかった。 お墓がないなんてとてもイヤだった。 彼と一緒に騎士さんのお墓を作った後、やっぱり泣いちゃった。 まるでお母さんが死んじゃったみたいな気がしたから。 それから彼とはお別れをしたけど、とても気が気じゃなかった。 こっそりと彼の後をつけていた。 今考えると、ちょっとやりすぎたかな、と思ってる。 でも、放っておけなかった。 彼はアコライトになっていたけど、その………あんまりヒールは上手じゃなかったからなんだろうけど やってることはもっぱら一人での狩ばかり、それも自棄になって大群に突っ込んでいくような真似をしたり………。 一度、それこそ死にそうだった彼の前に出た時………いきおいでひっぱたいちゃった事は…… 今、思い出しても恥ずかしい。でも、それがきっかけで一緒に旅をするようになった。 はじめは、どこか影があったけど、一緒に旅をするうちに笑顔を見せてくれるようになった。 そして、いつも私の前に立って、護ってくれて、大丈夫か、大丈夫か、って心配してくれる。 いつの間にか、一緒にいてあげなくちゃ、という気持ちは、一緒にいたい、にかわっていた。 一緒に笑って、泣いて、怒って、たくさんの思い出があって。 それも、今日でおしまいなんだ。 だから、最後に………私の気持ちはうち明けたい。 それで、もし、彼が私を求めてくれたなら………。 その後のことを期待している自分がちょっと恥ずかしい。 「………何考えてるんだろう、私」 「ん? なんか言ったか?」 いつの間にか、私の目の前に彼は座っていた。 「な、なななんでもないよ」 「顔、赤いぞ」 「そ、そうかな?」 「………ま、いっか、そろそろ夕飯でも食べに行こうか」 「そ、そうだね」 そんな時、外から悲鳴が聞こえた。 街を見下ろすと、その辺りにモンスターが溢れていた。雨の中、道行く人々を次々と惨殺している。 「え、なに、なにが起こって…………」 後ろから窓の外を見下ろした彼女は絶句していた。 落ち着け、こんな時は………。 「とりあえず、他の冒険者達と一緒にいた方がいいな。ここまで数が多いと単独行動は危険だ。  身を守るにしろ、救助をするにしろオレ達だけじゃ無理だ。ロビーに行こう」 「う、うん……」 壁に立てかけていたメイスを手に持って、外に出ようとしたドアを開けると、一人のシーフの女に出会った。 青ざめた顔でこちらに近づいてくる。 「た、たたったた助け、助け……」 よほど興奮しているのかろれつが回っていない。 「落ち着け、確かに何がどうなっているのかはオレも分からんが、とにかく………」 「い、いや、違う、そうじゃないんだ……」 「……何がだ?」 シーフは少し、落ち着いたのか、こちらを見据えて、小声で話す。 「あ、アタシ、知ってるんだよ……この事件の犯人を……」 「事件?」 「ちょっと……隣の部屋に……金持ってそうな客がいて、誰もいなくなった隙に、ちょっと金目の物でもいただこうかと  思ったんだけどさ………」 どうやらこのシーフは物取りらしいが、今はそんなこと言っている場合ではない。 「そこで、部屋の中にいかにもって感じの鞄があったから……中を覗いてみたんだけどごっそりと古木の枝が入ってて………」 大量の古木の枝、それが意味するものは明かである。それと同時に、あの日の、あの男の顔を思い出す。 「………テロか………」 「そしたら、誰か戻ってくる音が聞こえたんで、クローゼットの中に隠れてたんだけど……  鞄を持っていって、部屋から出ていって、それからすぐに………外から悲鳴が聞こえて………」 「と、とりあえず、オレ達だけじゃ心許ない。他の冒険者達と一緒に騎士団に連絡を………」 「まだ人がいましたか……もう他の皆さんは別の場所に行きましたよ」 振り返ると、そこにはそれぞれ男の騎士とクルセイダーがいた。よかった。運がいい。 「あ、あの……実は」 助けを求めるように、シーフは騎士に駆け寄る。 「ええ、話は聞いてましたよ」 「な、ならアタシを保護……」 「知られたからにはどうしようもねぇな」 「え?」 宙を舞うシーフの顔は、何が起こったのか分かっていなかった。 シーフの首が床に落ち、体が崩れ落ちたところで、後ろから悲鳴が聞こえる。 「やれやれ、全く、こんなことになるとはな」 「どうするんですか団長」 後ろにいた巨漢のクルセイダーがさらりと驚くべき内容を告げる。 「な〜にオレの事バラしてんだよ」 「ああ、すいません」 と言いつつも、その顔はクルセイダーの失敗を責めてはいなかった。口封じにオレ達を殺すつもりだ。 「さてと、知られたからには……どうするかなぁ」 メイスを構えるが、向こうは剣を持った手をだらりと下げたままだ。 だが、肌に感じる殺気は明らかにこちらを狙っている。 かなり無理がある。アコライトとプリーストで、騎士とクルセイダーに勝てるとは思えない。 背中に抱きついたこの子の体から震えが伝わってくる。 「……大丈夫だ、なんとしても逃げる」 「あ、あ……う、うん……」 ……やるしかない。 (速度増加の魔法をかけてくれ、自分の分も忘れるなよ) (う、うん分かった……) 向こうは明らかにこちらをなめている。速度増加の一撃なら、隙を作って逃げ出せるかもしれない。 速度増加の魔法がかかる。体と、メイスが軽くなるのを感じる。 二人とも速度増加がかかったところで、オレはメイスを振るった、騎士の側頭部を狙って放った渾身の一撃だった。 だが、渾身の一撃は甲高い音を立てて、あっさりと剣で受け止められる。 「ほう、アコライトにしてはいい一撃だ」 そうは言っているが、向こうは余裕を感じさせる。 「クソッ!」 もう一度、メイスを振るおうと、腕を引いたその時、騎士の剣がオレの胸を貫通していた。 「力はあるらしいが……ちょっと遅いな」 「な……がっ………」 剣を抜かれると、傷口からの出血、足がふらつき、オレはそのまま床に倒れた。 「い、いや……、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 あの子の声が聞こえる…………護らなくちゃ…………。 「ねぇ……起…て!……丈……の……っかり………………」 体が揺さぶられる。耳元から……聞こえる彼女の声が、段々と………聞こえなく……なって……くる……。 くそ……ここで………終わりなのか………。 なんで、なんで彼が倒れてるの、血が、血が出てる。 ヒールを……ヒールをかけなきゃ………。 「そうはさせません」 後ろから私の手を掴んでいるのは……クルセイダーの手だった。 「離して! 早く……早くしないと彼が死んじゃう!」 「だからさせないんだってば、ったく大人しくしてろ」 いつの間にか目の前にいる騎士の拳が私のお腹にめり込んだ。 「が!……げほっ……げほっ………」 「どうやら食前だったようだな、よかったな食後じゃなくて」 視界がぼやける、痛い……ガントレットをしてるから……凄く痛い……。 目の前に騎士が……違う、こんな人、騎士なんかじゃない。悪魔だ。 「あなた……なんでこんなことするの? それでも人間なの!?」 悪魔は、ただ馬鹿にしたように鼻で笑うだけだった。 「さてと……知られたからにはどうなるか分かってるよなぁ?」 胸ぐらを捕まれ、顔が近づく。差し出された剣の腹が頬に触れる。やだ……私も……殺されるの……? そこで、悪魔がにやりと笑う。 「だが……ちょっとくらいお楽しみがあってもいいよな」 「ど、どういうこと?」 「鈍いなぁ、こういうことだよ」 胸ぐらを掴んだ男の手に、服が引き裂かれた。 「や!…………」 「ガキっぽい顔の割にはなかなかだな」 そう言って、私の胸をわしづかみにする。 「や、やめ、ひゃ!」 力加減なんてしていない、まるでねじ切ろうとしているみたい。 そんな力づくの手で悪魔は胸を揉みしだいてる。 「い、痛い!痛い!」 「そうそう、いい声で泣け」 目つきが怖い、血走ってる。 「おい、そのまま抑えてろよ」 そう言って、ガントレットを外し、自分の股間に手を伸ばすと、醜い肉棒が姿を表した。 あ、あんなのを……私の中にいれるの……。 いや いやいやいや いやいやいやいやいやいや なんで? 初めてなのに、こんな、彼を殺した相手なんかに奪われるなんて、絶対にイヤ!! 「いや……やめてよ………」 向こうは笑っているだけで、こちらの声なんか聞いていない。 「もういいぞ」 ふっと、両手を掴んでいた大きな手が離れる。 かわりに、悪魔の手が私を掴み、そのまま押し倒された。 「い!……ゴホッ、ゴホッ……」 背中をしたたか打ち、呼吸が思うように出来ない。 こちらを一瞥した後、悪魔は視線はどんどんと下がっていった、顔から、胸に、お腹に………そして………。 「前のほうが邪魔だな、おい、破れ」 そう言われて、クルセイダーが前掛けを力づくに引き裂いた。 「や、やめ………」 「ほう、随分と可愛らしい下着だな、それに新品だな。  よし、なら脱がさないでやってやろうじゃないか」 嫌らしい手が下に伸びる。下着をずらされ、風が通るのが分かった。 そして、すぐに、股間に痛みが……。 「い、痛い! いた………」 全然気持ちよくなんてない、怖い、私の中に何かが入ってくる。 「イヤァァァァァァァァァァァァァァッ!!」 大事な人に捧げたいって思ってたのに………。 なんで、なんでこんなヤツに奪われちゃうの……。 「初めてでしたか」 「いくらプリーストって言ったって、男連れなのにな」 「うっ……うっ、うぅ………」 「ひょっとして、お前、嫌われてたんじゃねぇか?」 「……そ、そんなことない!………そんなこと……ない……もん………」 「はぁ? じゃあお前は二号かなんかか?」 「団長、二号なら二号で体の関係くらい持ってるものでしょう」 「いや、お前は分かってねぇな。  男は、必ずしも二号にそれを望んでるわけじゃねえ。  金目当てだとか、利用していたとか…………」 後の声は聞こえなかった。 やっぱり、私は二番目なの? 彼の心の中の一番はやっぱりあの騎士さんなの? 私は……なんだったの? でも、もう彼から本当のことを聞くことはできない……… 「なに泣いてるんだ? あの男のことが好きだったとか? 一途だねぇ、まぁ、死んだ男のことなんて忘れなさい。  そんなことより、もっと楽しもうぜ」 「ふー、久しぶりだったからなぁ、いい感じだったぜ」 悪魔がなにか言ってる。 股間の棒をしまいながら何かを探している。 「それじゃ、最後にオレからのプレゼントだ」 何言ってるの? どこまでふざけるつもり………。 「その胸に新しい十字架をつけてやろうじゃないか、よっと」 え? 痛い………え? 胸に刺さってるの何? 剣? なんで ウソ、私、死んじゃうの? やだ、やだよ、死にたくない、死にたくないよ………… 横を向けば、血の海の中にうずくまる彼の姿が見える。 でも、段々見えなくなってくる………怖いよ………。 助けて、お願い、助けてよ………いつもみたいに大丈夫って言って、起きあがって。 あんな悪魔を倒して……大丈夫かって聞いてよ………。 もう、ギルドになんていけなくてもいい。 利用されてるだけでも、二番でもいい、嫌われたっていい、だから、起きてよ…………。 助けて……お願い……もう一度…………大丈夫って……言ってよ………。 騎士さん……お願い、あの時みたいに助けて………私と彼を助けて………… 二人とも………た………す…………け…………………………………………………。 「さぁて、それじゃそろそろ撤退するか」 少女に剣を刺したまま、男は立ち上がる。 見ると、クルセイダーの男は、息を荒くして、少女の亡骸を凝視している。 「またか、ったく、お前は死体安置所の警備をしていた時から変わんねえな」 「すぐに行きますので」 男は階段を下りる。 「っと、そうだ剣忘れてたな……いくらプレゼントと言え………ま、アイツが持ってくるか」 「騎士であるのに、剣を忘れるとはな」 騎士の眼下には一人の男が立っていた。冷たい目をしたウィザードの男。 「早いな……ま、オレはそんなお堅い騎士様なんかじゃねえよ」 「まぁ、大した理由もなく謀反を起こすような輩が騎士であると考えがたいのは確かだな」 「言ってくれるな〜」 「とにかく早く行こう。仮にもアンタはリーダーなんだからな。剣はあの男が持ってくるだろう」 そう言って、二人は並んで歩き出した。 「で、どうだった? モンスターはうまく操れたか?」 「半々ってところだな、まだまだ改良してくれないと…………」 クルセイダーは、おもむろに己の股間から肉棒を取り出す。 息は荒く、プリーストの屍を前に、それは屹立していた。 そして、その華奢な体に手をかけようとしたその時。 男は気付かなかった。 背後から迫る殺気に。 胸がズキズキと痛む。それに喉が妙に乾いている。 「ぐ………」 目を開けると、そこには誰かがいる。 「目が覚めたか?」 「……だ、誰だ…………」 「へぇ、アコライトにしては頑丈なようね」 そこにいたのは女のアサシンだった。 「それに右心臓……運が良かったわね」 そう言われて胸を見ると、治療された後がある。そう言えば、オレはなんでこんな傷を………… 床に手をつくと何か液体に触れた。 赤い液体、血だ。 向こうに何かが見える。首のないクルセイダーと、同じく首のないシーフ。 床一面が血に染まっている。 だけど変だな、クルセイダーとシーフからは、確かに膨大な量の血が出ているが、向きがまったく違う。 少なくともこちらに流れてくるはずはないのだが………誰の血だ? 「ともかく………今回のことは残念だったとしかいいようがないわ。  私が来た時にはもう………」 何を言っているのか分からなかった。 アサシンの影に足が見える。 細い、破れたストッキングから、所々白い肌が見える。 女の足だ。 そう言えば、いつも側にいたあの子は…………… !!! まさか、まさかそんな………そんなわけないよな クルセイダーは死んでいるし、あの騎士もいないんだ。 まさか………… 「だっ、大丈…………」 そこにいたのは、あの子だったものであった…………。 真新しいプリーストの法衣は股間と、胸の部分が無惨に破られている。 水色の下着には破瓜の証の紅い染み。 白い双丘の間には、鈍い色を放つ剣が突き刺さっている。 血が溢れ、濃紺の法衣の背中の部分を黒く染め、オレの所まで、床を真っ赤に染めている。 もう光を宿すことのない目には、幾筋もの涙の跡。 そこから読みとれたものは……恐怖以外に何もなかった。 そして……その手はオレに助けを求めるように、ただ、こちらに差し出されていた。 神に祈るでもなく、狂うわけでもなく………ただ、オレに助けを………。 なんで………なんで、こんな無力なオレなんかに助けを求めるんだよ………。 この日のテロ事件は大きな被害をもたらし、多くの人々が死んだ。 墓場は人が入らなくなり、自然とその辺りに死体を埋める者、ウィザードやマジシャンに燃やしてもらう者などの姿が目立った。 あの子が入りたいと言っていたギルドは忙しそうで、とても話しかけられる雰囲気じゃなかったが 一言だけ、あの子はギルドに入ることができなくなったことだけを伝えた。 気付けば、オレは……あの小高い丘にいた。 あの日たてた、剣の十字架は錆びてぼろぼろになっていた。 あの人の墓を目の前にして、オレは、情けない気持ちでいっぱいになった。 剣士になる選択肢だけはなかった…………逃げだったのか?………。 ……結局……オレが非力だから………女の子一人……護れなかったじゃないか………。 「……すいません………オレは………あなたが、救った、命を………護ることが……できませんでした………」 泣いた、人間こんなに泣けるものだとは思わなかった。 これほどの涙はどこに蓄えられていたのだろうか、と少し不思議に思ったくらいに泣いた。 「その子の隣、誰の墓?」 背後から声がする。いつから居たのだろうか。 「………昔、この子の命を救ってくれた人だ………」 「ずいぶんと自虐的なことをするのね」 「…………」 「それとも、その人が、その子の魂を導いてくれるとでも考えてるの?」 「………………」 「まぁ、いいわ………今回のテロ、解決を騎士団に期待するのは止めた方がいいわ。  犯人は騎士団の団長だから、表だって動けないし、どこに密通者がいるか分からないから、疑心暗鬼だそうよ」 「…………………」 女はとある住所を口にした。 「もし、あの子の仇を討ちたいのなら、一ヵ月後、今言った場所に来るといいわ。  ハッキリ言って、今、私たちは数が足りない、だから今は一人でも多くの人間を必要としてるわ。  もっとも、それなりに使える腕であることは最低条件だけど」 「…………………」 「一人で復讐を考えているなら何も言わないけど、一人でどうこうできる相手じゃない、とだけ言っておこうかしら。  まぁ、復讐なんて考えないのならそのまま忘れて。  多分、その子は復讐なんて望んでないでしょうから。ともかくどうするかはあなたの自由よ」 「…………」 女の気配が消える、また、この場にいるのはオレだけになった。 どうするかだって………そんなもの…………とっくに決まってる……………。 「で、どうだ、それなりに集まったか?」 「そうね、あくまで“それなり”ね。もう少し集まるかと思ったけど、思いの外、少なかったわ」 「まぁ、騎士団相手に命張ろうって考え自体、今時流行らんわな。数はそこそこいるが……使えるヤツがどれほどいるのかねぇ」 「…………」 「どうした?」 「……あの男………」 「ん? あのモンクがどうかしたのか?」 「私のパートナー、彼にしたいんだけど……いいかしら?」 「まぁ構わんが……珍しいな、お前がそんなこと言うなんて………」 「彼は……少なくとも使えそうだから………」