最後のタナトス  われわれの夢とは何だろうか。すべての魔物を倒し、世界を人の手によって統一することか。  このように人は誰しも夢を生きている。  だが、ひとりでは夢を成せない。支えてくれる人が必要であり、夢はひとりでに集まり始める。  そこにはパーティに決して存在しない結束とそれぞれの自己犠牲があった。  いつしか、それはギルドと呼ばれるようになった。    まず最初に矢の応酬だ。アーチャーの分隊が矢を砦に向かって放つ。むろん、砦からもアーチャーの矢が放たれる。……まぁ、これは砦を攻める時の号令みたいなものだ。  いつの世だって、攻めるのは簡単であり守るのは難しい。それはわれわれ人が魔物に対して行って来た行動と同じだ。  ナイトとクルセイダーの一列が森を切り開き、魔物を殺し続ける。奪い取った土地に人が住むのだ。反対に魔物に怯える村は滅びる。それが運命ってものだ。  籠城というのは退路もしくは援軍があって初めて機能する。砦なんて周囲を囲ってしまえばそれで終わりなのだ。  敵対ギルドは鏖殺あるのみ。その特攻部隊が砦を囲んでいる。  実行部隊の面々はナイトであり、皆、剣を手に待っている。その中ひとりの男が槍を携えている。  ジェスティは時を待っていた。槍を握る手と鎧の奥にある肌が汗を吹き出している。緊張しているのを仲間に悟られたくないために、仮面を被せるように手で顔を覆った。  太陽が真上へとやって来た。砦の背にある山を越えた風が野に吹かれる。ジェスティの髪が揺れた。 「全員、抜刀っ! 構えっ!」と女性の声が野に響く。リーダーの命令が下ろうとしていた。  この大隊のリーダーであるアルケミストが扇子を手に持ち、砦へと向けた。 「ナイトよ、突撃せよっ!」 『うおおぉぉっ!』  アーチャーの射程距離内へとナイトが突撃していく。矢の嵐を駆け抜けるジェスティは荒ぶる雄叫びで恐怖をかき消していた。  槍の先端はまるで大剣のようであり、それは斬るというよりも薙ぎ払うのを目的として創られていた。  砦の入り口である門を護衛している女性兵はジェスティを見た瞬間に砦内へと逃げようとしていた。  しかし、砦の守りを固めるためには門を閉ざすしかない。 「いやっ! やめて、入れてよ――助けてよぉぉぉっ!」  ジェスティが地を蹴って跳んだ。力は前へ前へと進んでいく。そして薙払った。 「ひっ、ゃあぁぁぁぁっ!」  女性兵の身体はふたつに別れた。 「見ないで、見ないで、見ないで……」  うっすらと意識の残るなか、女性兵は自らの体内を見られたくないことを懇願していた。  門を支えるべき門柱に亀裂が入る。門が崩れる。  ジェスティは槍を投げ捨てた。あとで回収部隊が拾ってくれるだろう。  腰の鞘から剣を抜いた。刃渡りが並の剣よりも短くて刃は厚かった。砦用の剣だ。  破壊した門を通り、砦の内部へと侵攻する。  内部は思ったとうりに狭い創りで、戦いにくそうであった。  ジェスティが眼に入る者をずべて敵と見なし、剣を構えて、奥へと突撃していった。  通路の壁面にはランプが飾られており、影が踊りながら付いてくる。  身近なドアを蹴破った。薄暗い部屋だ。ベットが並んでいる。敵の寝室だろう。ジェスティはそう思い、部屋を出ようとした。その背を誰かが押し倒した。 「この野郎、この野郎っ!」  顔を涙と鼻水で汚しながらも、眼と動きはジェスティを殺そうとしていた。若い男のソードマン。おそらく新兵だろう。暗がりに隠れていたのだ。  男が両手で持つ剣を振るった。ジェスティは倒れたままの姿勢から身を転がし、さっと立つ。 「うおぉぉ――っ!」と男が叫ぶ。  男は剣を上段に構え、振り落とそうとしていた。  ジェスティは剣を手が白くなるほどに握り、男の振り落とされる剣に向かって斬りつけた。  腕が天井からぶら下がっていた。男の剣は天井に刺さり、振り落とせなかったのだ。  腕をなくした男は、その場に崩れた。その顔面を蹴った。鉄の塊となっているブーツで。  男は顎を砕かれ、床に顔を伏せ、泣き叫ぶこともできなかった。  ジェスティがその背を踏みつけて、剣を背中に埋めた。  二度、三度と男が反り返るが、やがて動かなくなる。  ジェスティは男から剣を抜き、血を拭うこともなくまた通路を走り出す。  部屋を調べ、武器を持つ者、持たぬ者、女も男も、子供も老人も、差別なく殺した。 「ギルドはひとつで充分だ」とジェスティが言う。  やがて通路を抜けると、太陽の光が見えた。ジェスティは砦の最上部に来ていた。そこが中央司令塔に値する場所。  しかし、ジェスティはこうなっているだろうと予測していた。 「ここには主はいません」  そこに居たのは、ジェスティと同くナイト。違うのは女ということだけ。 「わたしの名前はテスレ、お見知りおきを」  テスレが屈んだ。ジェスティと違い、軽装な鎧は白い肌を見せていた。  ジェスティに知覚できたのはそこまでだ。次に知覚できたのは彼の背後。  振り下ろすというよりも、線を描くようであった。テスレの剣はジェスティの背に一本の断ちを入れた。  ……? ――速いっ!   後を振り返しながら、剣を振るった。だがジェスティは虚を感じただけ。テスレは懐に潜り込んでいた。  ジェスティの身体が押される。体勢を崩し、そこへ剣が走る。胸の痛み、斬りつけられた。  胸を背を斬られたが、重傷というわけでもない。ジェスティは出来る限りのの動きで避けていたからだ。  テスレは両手で剣を握っていた。それであの太刀筋。よく戦い慣れている証だ。敵の武器はそれだけではない。あの速さ。  ジェスティはじっとりとした汗を手の甲で拭った。グローブの鉄が冷たくて気持ちよかった。  テスレが動いた。  ジェスティが石畳の床に伏せる。避けるためではない、攻撃するためだ。  分厚い剣を床すれすれに払った。  太い枝が折れる音がした。  テスレの片足が曲がっていた。横に。 「っぎぃ!」  速い敵なら足を潰せばいい。戦場のセオリーだ。  テスレが激痛に叫ぶ暇もなく、ジェスティはその腕をも斬り落とした。 「残念……だな」 「がっ、ひぎゃぁぁっ!」  ジェスティの剣が折れていない足の腿を貫いた。 「テスレ、君の負けだ」 「……く、わたしは負けても、あの人は負けていない。まだギルドは負けていないんだぁっ!」  ぎちぎちと肉がちぎれていく。 「わたしを殺せっ!」  ジェスティがテスレの剣を奪い、胸の甲冑を切り裂いた。白い胸が露わになる。  迷うこともなく、剣が胸へ突き刺さる。 「ぐ、あぁぁがぁぁぁぐぁぁ」  ジェスティは思った。テスレに刺さった剣。  どことなく、それは彼女の墓標に見えた。  ひとつの戦いが終わっても、ふたつのギルドの争いはまだ続いていた。どちらかの頭が消えない限り、このふたつの争いは続き、そして嵐のように様々な事件を巻き込み始める。  ジェスティの口元には紙煙草がくわえられていた。戦いの後の荒ぶる魂を紫煙が押さえてくれる。  ひとりのプリーストが近づいてきた。黒き法衣の男、この大隊にたったひとりのプリースト。 「怪我しているようでけど、治しましょうか?」 「おれは何をしているのだろう」 「戦い、傷つき、魂の安らぎを求めている? 違いますか」とプリーストが言う。 「プリースト、アンタがこのギルドにいる理由は?」  プリーストはジェスティの事を祈りながら、小さく答えた。 「……ナイトの夢は?」  おれの――おれの夢は――。  おれの夢はみんなの夢を守ること。