「ダブルストレイフィングッ!!」 ほぼ同時に発射された2本の矢がキョンシーのモンスター、ムナックの身を貫く。 アンデッドに高い効果のある銀で出来た鏃はその呪われた肉体を浄化し、滅ぼす。 ムナックは貫かれた部分から灰となり、そのまま崩れ、消えた。 「・・・はぁ。わかってはいたけど、ここはモンスター多いわね」 誰にともなく、そう呟く。 今私はフェイヨンダンジョン地下3階に来ている。 ダンサーである私に、モンスターの多いここは不向きなのかもしれない。 「ちょっと休憩しなきゃ・・・あぁ、ほんと疲れた」 多くのモンスターのいるここでは、気を抜くとすぐに囲まれてしまう。 ハンターと違い鷹を連れておらず、大勢の敵を一気に倒せるだけの力がない私には囲まれる前に1体ずつ、確実に仕留めるしかない。 それを可能にするのが、同時に2本の矢を放つダブルストレイフィングという技だ。 「っと、ほんと休む暇もないわ」 背後に足音、その主に向かって振り向き様に2本同時射撃。 目を凝らすと、遠くにムナックによく似た容姿のモンスター、ボンゴンが倒れるのが見えた。 「・・・ふぅっ」 一息。 蓄積していた疲労を感じ、休息のためその場に座りこむ。 ダブルストレイフィングは一見簡単に見えるのだが、これで結構疲れるのだ。 2本を同じ方向に、それも普通以上の力で放つため、かなりの体力を使う。 連続してやるとすぐにヘロヘロになってしまうため、頻繁に休憩せねばならない。 だが休憩している間に少しずつモンスターが集まってきて、再び連射する。 そしてまた休憩・・・とまぁ、悪循環に陥っているのだが、私はここにどうしても欲しい物がある。 それを手に入れるためにも、ギリギリまで粘るのだ。 いざとなれば蝶の羽もあるし・・・大丈夫、なんとかなる。 なんとか・・・ 甘かった。 少し遠くに気配を感じた。 青い帽子が見える、ボンゴンが1体。 「疲れてるしなぁ・・・この距離なら通常の射撃でいいわよね」 矢を番え、弓を引く。 1本、2本・・・流石に遠距離では威力がない、もう1本・・・ 後ろに回した手が突然動かなくなった。 ムナックが私の手を掴んでいた。 「・・・っ!くっ、離せっ!」 うっかりしていた。 ムナックのようなアンデッドは突然地中から出現する事もあるのを失念していた。 疲労し、ぼんやりとしていた頭で遠方のボンゴンに集中する余り、背後に現れたムナックに全く気が付かなかった。 精一杯足掻いてみるが、弓の修行しかしていない非力な私ではアンデッドの少女に敵わない。 最終手段だ。 「蝶の羽を・・・!」 身を捩り、無理な体勢になりながらも腰のアイテム袋の端を噛み、封を解いて地面に中身を撒く。 その中から蝶の羽を探し、つま先で器用に摘みダンサーならではの柔軟性を活かして口元へ運ぶ。 羽を咥え、天に翳し・・・ 「うごっ・・・」 外へ出る代わりに、短い悲鳴が聞こえた。 私の悲鳴だ。 顔を上げると、矢が2本刺さったボンゴンがいた。 「そう、よね・・・倒してなかったんだから、いて当然よね」 希望が、潰えた。 「・・・ごぼっ!っはぁっ・・・っがぁっ!」 どれだけの時間が経っただろうか。 口内一杯には血やら吐瀉物やらが混ざった酷い味が広がっている。 鋭かった腹部の痛みは既に余りなく、鈍い痛みを微かに感じるだけである。 最初に殴られた際に吐いた蝶の羽は既に私の吐いた物で見えなくなっている。 口の端からだらだらと垂れる血の感触が気持ち悪い。 「・・・かはっ!」 何度も何度も殴られ続けたダメージは大きく、もう目が霞んで、前がよく見えない。 なんだか酷く眠いような、妙に頭がすっきりしているような――― そんな感覚に苛まれていた。 そんな時、ふとここに来た目的を思い出した。 「ごめん、誕生日間に合わないわ・・・」 視界が暗転した。  「ボンゴンの帽子かぁ、いいなぁ・・・」 弓手になったばかりの弟がぽつりと呟いていたのを私は聞き逃さなかった。 ボンゴンか・・・ちょっと場所は悪いけど、私でも狩れるわよね。 「そういえば、そろそろあんた誕生日よね」 「・・・?あぁ、帽子はいらないよ」 ・・・まだあげようかとも聞いていないのに。 弟は、気が利き過ぎると言うか遠慮し過ぎると言うか。 兎に角物を欲しがらない。 そりゃぁ確かに、私はどっちかって言うと貧乏な方だし、大した装備もない。 だけど、弟にボンゴン帽子プレゼントしたくらいでお金がなくなるわけでもない。 ・・・まぁ、露店で買ったらなくなっちゃうんだけど。 取りに行けばいいだけ、可愛い弟にプレゼントしたいと思うのは姉として当然の事。 レアな物ではあるけど今日からダンジョンに篭れば帽子くらい――― 「・・・っ!!うがぁぁぁぁっ!!」 力を込めたボンゴンの強打で強制的に意識を取り戻させられる。 内臓が破裂したのか、アバラが折れたのか。 耐え難い激痛が体を襲った。 「うっ、はぁっ、あがっ・・・はぁ・・・」 霞む視界、辺りを見渡すと大量のモンスターの群れに囲まれていた。 間に合う?それどころか、誕生日を祝う事も出来なさそうだ。 「・・・うあっ・・・かっ・・・げほっ、げほ・・・」 私は幾度となく気絶と覚醒を繰り返し、もう声も出ない程に弱っていた。 口から漏れるのは弱弱しい嗚咽と僅かな血のみだ。 「はや、く・・・殺して・・・」 今はただ一刻も早い死を望んでいた。 苦痛に耐えるのが嫌だった。 死にたい。 死にたい。 死にたい。 唐突に私を羽交い締めにしていたムナックの手が解かれた。 だが立つ力も残っていなく、そのまま地面一面の血と吐瀉物の中に顔を沈める。 刹那、弟の顔が脳裏に浮かんだ。 ―――まだ、死ねない。 帰らなきゃ。 蝶の羽を。 埋まっていてわからない。 ソルジャースケルトンの短剣が私の太股を引き裂いて痛い。 この吐瀉物をどけなきゃ。 痛い。 顔で、舌で、舐めて、首を振って。 果実を齧る音がする、私の肉がアンデッド達に貪られている。 見付からない見付からない。 痛い。 痛い。 この辺りじゃないんだろうか、もう少し這いずって移動して。 痛い。 左腕が、右足が、脇腹が食べられて、殴られて、斬られて、潰されて、引き千切られて。 痛い痛い痛い。 どけて、探して、探して、どけて、探して。 見付からない。 ぷっつりと痛みが消えた。 これなら捜索も楽だ。 見付からない、見付からない。 でももうちょっと、きっと見付かる。 ―――今、帰るから。  「サンクチュアリ・・・」 聖域を展開、癒しの力が不浄なアンデッド達の肉体を浄化、消滅させる。 「妙に沢山いましたね・・・何かあったのでしょうか?  ・・・おや?ボンゴンの帽子ですか、これは良い物が見付かりました」 その帽子を拾おうと近付いた時、鼻につく濃厚な死臭を感じた。 「・・・これは、酷い・・・」 女ダンサーと思しき者の死体がそこに横たわっていた。 至るところがズタズタに引き裂かれ、潰され、食い千切られボロ雑巾の用になっている。 頭部は血と吐瀉物の中に埋もれていて、その表情を見ることは出来ない。 と、口元に何かが咥えられているのに気付いた。 蝶の羽だった。 「こうまでなって・・・生き延びようという意思が強かったんでしょうね」 聖職者が手を翳し、蘇生の呪文を唱える。 「・・・助かるといいんですが」 その手に光が集まり、そして―――  「誕生日おめでと、これは私からのプレゼントよ」 「ボンゴン帽子・・・姉さん、僕はいらないって言ったと思うんだけど」 「何言ってんのよ!それに、貰った物返す方が失礼なんだから。  取ってくるの大変だったんだから大事にする事、お姉ちゃんとの約束よ?」 「子供扱いしないでよ、僕ももう立派な弓手だよ?」 「私から見たら子供よ、お子様なの」 「はぁ・・・僕をお子様と言う前に、姉さんがもう少し大人になったら?」 「ちょっと、それどういう意味!?」 「姉さんは子供っぽ過ぎるって意味、もう23でしょ?」 「子供っぽ過ぎる、ですってぇ!?ちょっとこら、待ちなさいよぉ!!こぉらぁぁぁ!!」  「・・・駄目、でしたか」 ふぅ、と息をつき、十字を切る。 「せめて安らかにお眠りください」 そう言って、彼女にボンゴン帽子をそっと被せ、私はその場を離れた。 幸せは続く。 永遠に。 例え奇跡が起こらなくとも。 彼女の夢の中で。 死した彼女の夢の中で。 そう、彼女の眠りが永遠であるように。 夢も、幸せもまた ―――永遠なのだ。