求めたのは絶望  気高き山を通り越した一陣の風が雄叫びをあげながら野を駆け、あの砦へと突撃していく。  先陣を疾走する鳥、それに跨った騎士が三人。それぞれが持つ剣によって砦を守衛するために出てきた兵士達は散り散りにされていく。  散らばり、連携の取れなくなった相手に対して残りの風が遅いかかかる。出身や年齢、信仰を問わず彼らに共通するのはたったひとつ。ギルドだけだった。  敵が立て籠もる砦に対して、攻める側には多くの選択があった。しかし、戦場で戦う彼らにはその決定権がない。あるのはギルドの長に値する男の手中だ。  クラインは蹂躙された草や花を見て、落胆した。戦闘は――一時的にだが――終わった。クラインが所属するギルドの勝利である。  なぜこのような争いが起こるのだろうか? ふとそう思ってしまう。不毛だとわかっていてもクラインにはその答えを明確にはできなかった。 「人と人が争い、そこには勝利と敗者しかない。ならばわたしはなぜここにいるのだ?」  争いは何も生み出さない。生み出すとすればそれは復讐や怒り、小さな火種。だが、それをみんなわかっている。わかっているからこそ、不毛なのだ。クラインは自分の思考が堂々巡りしているのに嫌気がさして、眼を瞑った。  穏やかな風が耳を撫で、クラインは草や木が生い茂る森を空想する。しかし、そこには若葉が薫るあの青臭い匂いはなく。血と糞がまじりあった匂いしか漂わなかった。  死臭が鼻にこびりついている、とクラインは思い、無意識に鼻を啜った。 「あまり悩まないことはないぜ、プリースト」  騎士の男がクラインに声を掛けた。彼の名はアゼル。騎士の鎧を纏っていても、その鎧の上からでも、分厚い焼けた岩のようは肌が見えた。  プリーストという職だからか、クラインの肌は死人のように白かった。アゼルとクラインが並ぶとその違いがよくわかる。 「その……プリーストと呼ぶのはやめてくれ」 「別にいいじゃないか、この隊にはプリーストはひとりしかいないんだ。――よっと」  アゼルが肩に担いでいた荷物を地面に落とした。クラインはその荷物を見て、相変わらずだと言った。  荷物とは人であり、まだ幼い少女だった。少女の手足は荒縄で縛られ、まるで家畜のような扱いだ。 「そこに隠れていて、おれを襲いやがったんだ」  頭に巻かれたバンダナ。砂が入らないようにと厚底にされたブーツ。薄いシャツに羽織った動きやすそうなジャンパー。短いズボン。それら身につけている物が軽装な装備であることからシーフであろうと推測される。  なるほどこの大男のアゼルに対して奇襲を仕掛けたのだろうが失敗したのだろう。  ぱっと見て、大男で脳みそのしわが足りなさそうな男だが、そう見えてもアゼルは百戦錬磨の兵士なのだ。そう易々とやられる男ではない。 「くぅーっ! ふぁふぇへぇーっ!」  シーフは布で作られた猿ぐつわを噛まされているためかうまく喋れず、頭が動くたびにポニーテールに結った髪が左右に揺れる。 「彼女は離せと言っているぞ、アゼル」 「けどよー、あんまり騒がれると面倒だぞ――とっとと、サクッて殺しちまったほうがいい」 「むぅーっ! むむっーっ!」 「……それは、そうだが」  クラインの心中は穏やかではなかった。まだ15、6歳にもなっていない少女の処刑を目の前で見なくてはならないからだ。  それが戦場における掟だ。  敵は誰であろうと殺す。捕虜は捕らない。もはやギルド同士の対立はそこまで来ているのだ。  そしてプリーストは死んでいく者たちの魂を導くことが目的なのだ。ただの自己満足と思われるかも知れないが、戦場での数少ない安らぎと言っていい。 「じゃ、そーいうわけで頼むぞプリースト」  クラインはゆっくりと頷いた。 「そーれっ」とアゼルが一声で腰にある鞘から剣を抜き、大きく振るった。その太刀はシーフのシャツとズボンを切り裂き、シーフの女を露わにした。  意外と大きな乳にしっかりとした女性器。  アゼルの剣が地面へと刺さる。 「わーお」アゼルはそう言いながら、ガントレットを填めた手でシーフの乳を揉む。 「ふーっ! ふーぅ」 「――くっ! 何しているアゼル!」  思わずアゼルの肩に手を置くクライン。 「何怒ってるんだよ、プリースト。殺しちまうんだろ? だったら、犯っても、問題はない」  違う! と誰も大声では言えなかった。言えるはずがない。いつかは殺されるのだ、このシーフもアゼルもクラインも……。戦場とはそういう場なのだ。  アゼルが股間を防護するプレートを外し、ズボンから赤黒く腫れたペニスを外へ出した。ひぃっと悲鳴が聞こえる。  しっかりと両手でシーフの足を押さえてアゼルの腰がシーフの女性器へと近づき、ずずっと埋め込んだ。 「ぐぅ、ぐっ……うぐぐ……」  シーフの悲鳴、クラインは眼を瞑るしかなかった。きっとシーフは助けを求めていたに違いない。好きでもない男に犯されるのが嬉しい女なだおこの世にはいない。  アゼルは獣のような性行為はしない、どこか能動的に腰を振っていた。 「んくっ――くっ」  けど、アゼルが休めば。 「――ふぅ、ふぅ」とシーフは息を吸った。  アゼルがまた動けば。 「うくっ、うぅぅ……ぐっ!」  それは。クラインには見えなかった。シーフが何をしたのか。 「――? おぉっっと!」  シーフの少女はズボンに隠していた小さなナイフで腕の拘束を切ると、刃がアゼルの首もとへと走った。  アゼルは上半身を反らせた、地面に後頭部を打ち付けると、女性器から長いペニスが抜け、ぬめりで輝き、だらしなく垂れていた。 「て、てめぇ――っ!」とアゼルが言う。  シーフは足の拘束を切り、猿ぐつわも外した。 「糞野郎っ! 絶対殺してやるっ! 殺してやるっ! 今すぐに!」  手元でくるっと一回転させると、ナイフをアゼルに向け、襲いかかる。  ドゴッと重たい音が戦場に響いた。 「ふんっ」  鋼鉄で覆われた掌底がシーフの腹にめりこんでいた。そのまま一回転、二回転と宙を踊り、地面へと落ちた。  シーフの口から空気とともに胃液が吐き出される。胃液には血が混じっていた。シーフの股からも血が流れている。  痛いだろう苦しいだろう。クラインは思わずにはいられなかった。もう死にたいと思っているのだろうか?  アゼルが地面に刺していた自分の剣を抜くと、倒れているシーフの元へと歩いていった。 「殺せっ! これ以上苦しむなら殺せぇぇ!」  アゼルが剣をシーフの腹へと向け、そして剣をもちあげた。それはギロチンのようにも見えた。少女の行く道はもうひとつしかない。 「あぁ――――ぐすっ、お母さん、お母さん、ごめんなさい。お母さん、ごめんなさい。お母さん、お母さーんっ!」 「命を捨てる覚悟がないやつが、戦場に来るんじゃねぇよ」とアゼルはゆっくりと少女に聞かせ、剣を下ろした。 「あっ!」少女の腹に剣が突き刺さるしかし、まだ貫かない。「ひひゃぁぁぁぁぁぁぁつ!」剣は少女の腹を貫き「あぁっ、あぁぁ……?」少女の瞳から光が消えた。  アゼルがゆっくりと剣を抜き、血を拭った。しかしアゼルの瞳にもまた暗い虚があった。  クラインはアゼルの一連の行為に疑問を感じていた。  少女を犯し殺すことにアゼルは喜んでいたかも知れない。だが実際に彼女を殺したアゼルはどうだ? 悲しんでいるじゃないか。  違うな。彼は悲しんでいるのではない、安堵しているのだ。彼自身の魂がやすらいでいる。  おかしいのは、狂っているのはクラインなのだ。何も感じず、誰も救わず。魂のやすらぎしか求めない偽善者が悪なのだ。  だけれどクラインにはそれしかない。ないんだ。  クラインは少女の手を胸の上で重ね、 「あなたの魂にやすらぎあれ」と言った。  祈りを捧げると少女の瞼を下ろしてやる。  ギルド同士の争いは今だ続いている。様々な人間が己を信じた者に従い、守り、求めるために。  その戦場にひとりのプリーストがいたのは間違いない。彼は未だに祈りしかしていないらしい。  しかし彼は何のために戦場にいるのだろうか?  魂の安らぎ? いや、違う。  ――もしかすると、彼が求めているのは。