『新薬』 主な登場人物  ミルフィ・・♀アルケミスト。薬学の知識と腕はかなりのものだが極度のSでありMの危険人物。  アルヴァ・・♂アルケミスト。まだ見習で、ミルフィの元で製薬の修行中。一応まともな人間。  カナン・・・♀プリースト。教会を孤児院として開放して身寄りの無い子供たちを引き取り面倒を見ている。 「う・・・くぅ・・・」 銀色に輝くナイフが、女の柔肌を切り裂いた。やや遅れて紅い雫がぽつりぽつりと浮かび上がる。 金の燭台に灯された蝋燭が、薬瓶や分厚い書物が散乱した室内を薄暗く照らし出している。 石の壁に映し出された影が、またナイフを振り下ろした。 ざく・・・ 今度はナイフの切っ先が、3センチ程綺麗な腿に突き刺さった。 「くっ・・・あ、あははは・・・」 一瞬苦痛に顔を歪めながらも次に漏れたのは乾いた笑い声。 そしてそのナイフを握っているのは・・・他ならぬ彼女自身であった。 彼女はそれを引き抜くと、うっとりとした表情で自らの血に濡れた刃をぺろりと舐めた。 「痛い・・・」 そう言いながらも、顔は嬉しそうに微笑んでいた。 ちらりと時計を見やり、残念そうに溜息をつく。 「さてと・・・そろそろ彼が来る頃かしらね。後始末しておかないと・・・」 手近にあった薬包紙でナイフについた血を拭い、鞘に収めて机の上に放り投げた。 代わりに机の引き出しから薬瓶を取り出すと、自らつけた傷に彼女特製の傷薬を塗り込んだ。 その時部屋の扉がノックされた。 「どうぞぉ〜」 「失礼します〜」 やや間延びした口調で返事を返すと、扉を開け・・・ 「って・・・ミルフィ先生パンツパンツ」 「え? ああ・・・まあ今更気にするほどのものでもないでしょう」 ミニスカートを穿いているにも関わらず、椅子に腰掛けそのまま膝を折って腿の傷に薬を塗りこんでいるところであった。 「もう〜先生は僕のこと何だと思ってるんですか。これでも年頃の青年なんですよ」 「何って・・・アルヴァ君はアルヴァ君でしょう?」 「先生ももうちょっと恥と言うものを・・・って・・・まあいいです」 はぁ、と大きく溜息をつくと、散らかった部屋の中に踏み入った。 「それにしてもまたやってたんですか。痛くないんですか?それ」 それ、とは勿論、彼女についた傷のことを言っている。 「ん〜、痛いことは痛いんだけど、そこがまたゾクゾクしていいのよね〜。アルヴァ君もやればいいのに」 「僕は遠慮させてもらいますよ、先生みたいに変態じゃないですから〜」 「残念。楽しいのに」 彼は会話しながら机の上のかろうじて空いているスペース見つけて鞄を置くと、部屋のカーテンを開け放った。 薄暗かった室内に眩い昼の光が充満する。 「あ〜・・・、まぶし・・・」 「先生はヴァンパイアですか・・・」 「あはは、案外そうだったりしてね?」 そう言いながらミルフィは立ち上がると、蝋燭を吹き消し、椅子の背に無造作に掛けられた白衣を取った。 そして手早く袖を通すと、白衣の胸ポケットからミニグラスを取り出した。 彼女のいつもの研究スタイルである。 「さてさて、じゃあ今日も始めましょうか〜」 「はい、先生よろしくお願いします〜」 「ええと、昨日の続きで・・・」 「はい、あそこは・・・」 「例の傷薬は・・・」 そしてアルヴァへの講義兼彼女の実験が始まった。 その頃には、先程つけた傷は、既に殆ど塞がっていた・・・。  彼女はミルフィ=R=ストラフォン。既知の通り危ない趣味の持ち主ではあるが、アルケミストとしての腕は超一流で、 その仕事には定評がある。主に傷薬の研究を行っていて、その成果は冒険者たちにも大いに役立てられている。 性格はかなりマイペース。  そして彼女の元にやってきた青年。彼はアルヴァ=レニキス。 新米のアルケミストで、彼女の助手をしながら、自らも勉強の真っ最中である。 こちらもまた性格がおっとり気味である。 「ふぅ・・・今日のところはこのくらいにしておきましょうかぁ」 「はい、先生」 二人が一息ついたのは・・・もう陽も傾いた頃だった。 「今日は大分捗ったわね〜、アルヴァ君のおかげよ。こんなに手伝ってもらっちゃってもいいのかしら」 「いえいえ、そんな。僕は先生のお手伝いさせてもらっているだけでも物凄く勉強になっていますから〜」 「今度の薬ももうそろそろ完成しそうね」 そう言って、ミルフィは今日の成果の液体が入ったフラスコをさも嬉しそうにかき回す。 「そうですね、完成が楽しみです」 アルヴァも満足そうに微笑んだ。 「さて、それじゃまた明日ね〜」 「はい、先生。今日もありがとうございました〜」 「こちらこそ、ありがとうね〜」 アルヴァを見送ってから、彼女も研究室を後にした。 仕事を追え家路に着く者、夕飯の買い物をして歩く主婦、宿を探し歩く冒険者。 様々な人々が行き交う夕暮れの街並みを、彼女もまた進んでいく。そして賑やかな道を反れ、人気の無い路地へと足を運んで行った。ガラの悪い連中がたむろする路地をどんどん進んでいく。開放的な服装の彼女を、いやらしい目つきで眺める者も大勢いるが、 彼女はまるで気に・・・いや、気付いていなかった。 そして薄暗い路地の先のボロ小屋の前に座り込む男を見つけると、おもむろに話しかけた。 「はぁ〜い」 「やぁ、またアンタか。今度もまたアレかい?」 いかにもガラの悪い男だ。 「ええ、前みたいに実験に協力してくれる人探してきてくれる?」 「ああ、いいぜ」 「よろしくね〜、じゃあはい、お金」 彼女は数万Zenyは入ってるであろう皮袋を手渡した。 「まいどあり。それじゃあ後でな」 手短に交渉を済ませると、男は路地を後にした。 そして彼女もまた、元来た道を戻っていった。  ・・・男は所謂、闇の世界の「何でも屋」だった。金さえ払えば盗みだろうが殺しだろうが何でも請け負う。 そういった稼業の男だ。もちろん、彼女はこの男がそういった危険な人種であることには気付いていないのだが・・・。 ――街外れの教会 もうすっかり陽も沈み、教会を訪れる人もいなくなっていた。 「はいはい皆〜、晩御飯の時間ですよ〜」 そんな中、教会の周辺に凛とした女性の声が響き渡った。 この声の主はこの教会に仕えるカナン=ブライトネス――通称シスター・カナン。 モンスターに親を奪われ、孤児となってしまった子供たちに教会を開放し、身寄りの無い子供たちを引き取っている。 「はぁ〜〜い!」 それに呼応して大勢の子供の声がする。 「ほらほらミューちゃん、バート君、ご飯の前にはちゃんと手を洗わないとダメでしょ」 「は〜い」 「こらこら、ニンジンもちゃんと食べないと大きくなれませんよ?」 「え〜〜〜〜」 いつもと同じ、和気藹々とした風景。 しかしその時、一人の男が教会の扉を叩いた。 「あら、皆はちゃんと食べているんですよ」 「は〜〜い!」 子供たちにそう念を押すと、彼女は入り口へと向かった。 「あらあら、こんな夜更けによくいらっしゃいました。お祈りしにいらっしゃったのでしょうか?」 そこに立っていたのはいかにも、といった悪党面の男であったが、彼女は気にすることもなく普段どおりの応対をする。 「いや、違う。シスター・カナンあんたに用がある」 「私に? どのようなご用件でしょうか?」 怪訝そうな顔で首を傾げて聞き返す。 「俺と一緒に来てもらおう」 「あの、ご用件は一体何でしょうか・・・?」 「人体実験の実験台だ」 「え・・・ご冗談を」 「俺はマジだぜ。仕事で実験台を連れて行かないといけないんでな」 「すみませんが、それはお受け出来ませんね」 「受ける受けないの問題じゃない。断ったら・・・お前が世話してるガキどもがどうなっても知らないぜ」 「な・・・あの子たちには関係ないでしょう!」 「だったら・・・大人しく来てもらおう」 「く・・・分かりました。あの子達には手を出さないと・・・約束してもらえますか?」 「ああ、いいぜ」 男は、ミルフィの研究室の近くの路地までカナンを連れて行った。 「一体どこまで連れて行くつもりなんですか!」 「自分で歩いてもらったほうが、こっちとしては運ぶ手間が省けて楽なんでな」 そして不意に男は足を止める。 「さて、じゃあここらでおねんねしてもらおうかね」 「え・・・な・・・がふっ!」 振り返り様に、カナンの鳩尾に拳を放つと、彼女はあっさりと気を失った。 そしてそのまま彼女を担ぎ上げると、人に見られないように気を配りながらミルフィの研究室へと歩みを進めた。 「ん・・・んん・・・」 カナンが目を覚ますと、そこは薄暗い石造りの室内だった。 「ここは・・・」 自分の体に視線を落とすと、椅子に座らされ縛り上げられていた。 衣服は全て剥ぎ取られ、ご丁寧にも横にある台の上に綺麗にたたまれていた。 「はぁ〜い、おはよ〜」 不意に声を掛けられ、彼女は声の主に目をやった。 ミルフィその人である。 「実験台になってくれるんだってね、わざわざありがとぉ〜」 ミルフィは彼女が誘拐されてきた等とは微塵も思っていないのである。 「あ、あなたが黒幕ですか?!」 「傷薬のテストだから、ちょっと怪我してもらうけど命は保障するから安心してね〜」 「こんなことが許されるとでも思っているのですか?!」 「もし我慢できなかったら言ってくれれば麻酔で眠らせてあげるから」 「ちょっと、聞いてるんですか!」 ・・・もはやカナンの話など聞いてはいない。 せっせと薬の準備や、銀のナイフの消毒をこなしている。 「さて・・・じゃあ始めますね〜」 滅菌消毒した銀のナイフを片手に、カナンに歩み寄った。 「い、嫌ちょっと待って・・・」 さっきの言動とこの状況からいって何をされるかは日を見るより明らかである。 「もしかしたら傷痕残っちゃうかもしれませんけど、勘弁してくださいね〜」 「い、いや〜〜〜〜!」 カナンの悲鳴をよそに、彼女の豊満な乳房にナイフを走らせた。 「う、ぎぎゃぁぁーーー!!」 ざくざくと何度も何度も彼女の乳房を切り裂く。 「う〜ん、この感触がたまらないんですよね〜」 そう言いながら、ミルフィは一際深く乳房を切り裂いた。 「ぐ・・・ぎぁ・・・ぁぁ・・・」 カナンは声にならない悲鳴をあげ、白眼を剥いて気絶した。 ぱっくり割れた傷からは黄色い脂肪が覗き、乳房から溢れ出る血で腹のあたりは真っ赤に染まっていた。 「さて、とりあえずこの辺りで薬でも・・・」 ミルフィはナイフを置くと、代わりにポーション瓶を取り出し、中の黄色い薬を今つけた傷口に塗っていった。 傷口に触れるたびにカナンが呻き声を上げるがそんなことは気にもせず・・・。 「よし・・・じゃあ次は・・・」 再びナイフを手に取ると、今度はおもむろに太腿に突き立てた。 「ぎゃあぁああぁーーー!」 また別の痛みで、目を覚ましたようだ。 「あ、おはよ〜」 血まみれで悲鳴を上げる彼女に対し、ミルフィは能天気な挨拶を送る。 「ど、どうしてこんなことする・・・んですか・・・」 カナンが必死に声を振り絞る。 「どうしてって・・・実際に実験してみないと薬が効くか分からないでしょぉ?」 「く、薬の実験にここまでする必要があるんですか?!」 カナンが物凄い剣幕で迫る。 「ん〜、そういう『深手の傷を綺麗に治せる薬』っていうのが、今回の新薬の目標なんですよ〜。 だから酷い傷じゃないとダメなんです」 カナンは、ミルフィのこのぽけぽけした雰囲気と行動の差に、恐怖すら覚えるようになっていた。 「だ、だったらご自分で試せば・・・」 「ん〜、いずれは試しますけどね〜」 そう言いながら再びナイフを振り下ろした。 「ぐがっ・・・」 「そもそも、この薬は本当は自分用なんですよ〜。自分のこと傷つけるのは楽しいですけど、やっぱり痕が残るのは嫌なので」 さらにナイフを振り下ろす。 「ぐぎぎぃ・・・」 カナンの悲鳴をよそに、ミルフィは続ける。 「そうなると、どうしても思い切って傷つけられないんですよね〜。だから、酷い傷でも綺麗に治せる薬でも作ろうと思って。 なので、薬が完成する前に実験して、痕が残っちゃったら意味が無いんですよ〜」 「あ、あな・・・たって・・・」 それだけのためにこんな目に合わされているかと思うと、虚しくなってくるカナンであった。 「さて、じゃあ最後にここを・・・」 カナンの秘所にナイフをあてがうと、一気に臍の辺りまでナイフを走らせた。 「あ、ぐぎゃぁああああぁあああ・・?!!」 カナンは再び気を失った。 「さてと・・・」 ミルフィは先程と同じように、薬を傷口に丁寧に塗りこんでいった。 そしてカナンを解放して、ある程度止血をしてから部屋の隅のベッドに横たえると、部屋を後にした。 「今度のは自信あるんだけど・・・ちゃんと効くといいなぁ。それにしても・・・ちょっと我慢できなくなっちゃった・・・」 ミルフィは自分の研究室に戻ると、また自らの体にナイフを走らせた。 翌日―― 「おはようございます〜」 「おはよ〜、アルヴァ君」 「って、先生またやってたんですか」 「だって楽しいじゃない〜うふふふ」 「血が無くなって干からびちゃっても知りませんよ〜?」 「人間、このくらいじゃ干からびないから大丈夫よ〜」 「はぁ・・・それならいいんですが」 「アルヴァ君も一回やってみましょうよ〜。きっと病みつきにな・・・」 「なりませんって」 「あ、そうそう前の薬、実験してみたわよ〜。今週中にはたぶん結果出るわ」 「おお〜、それは楽しみですね」 「それで今回の薬なんだけど・・・」 「ふむふむ・・・」 「新しいハーブを・・・」 「白いやつとか・・・」 「ふむふむ・・・」 こうしてまた、一日が過ぎていくのであった。 数日間行方不明になっていたシスター・カナンだが、噂によるとある日ひょっこり戻ってきて、 以前と変わらぬ生活に戻ったらしい。 その間のことを聞かれても、覚えていないのだということだ。 また、ミルフィの新薬も公開され、冒険者に愛用されることとなった。                                     ――The End