それは他愛もない噂話。 曰く、首都プロンテラに毎晩殺人鬼が出没している。 曰く、そいつは巨剣を軽々振り回す大男である。 曰く、そいつは多彩な魔法を操る長い髪の女である。 曰く、そいつは人外の体を持った人を食らう食人鬼である。  「あぁっ、憧れのルージュさんとペアだなんて・・・光栄だなぁ」 隣を歩く女騎士が恍惚とした表情で言う。 さっきから何度同じ台詞を聞いただろう? 少なくとも、指で数えられない程度には聞いた記憶がある。 「あのさ、何度も言ってるけどペアじゃなくてトリオ。  それからずっと考えてたんだが、俺の事シカトしてるだろお前」 5回目くらいで気付け、と心の中でツッコミをいれる。 ツッコミの対象は隣にいる男騎士だ。 ちなみに、私は二人の相手が面倒で全面的にスルーを決めこんでいる。 そんな凸凹トリオが結成されたのは、つい数時間前の事だ。  「必ず三人一組で行動、妖しい人物がいないかいつも以上にチェックしろ」 解散、という部隊長の声と同時に整列していた部隊員達が散り散りになっていく。 ある者は日頃から仲の良い者と、ある者は適当に近くにいた者と、三人の組を作っていく。 誰と組もうか、なんて考えるのが面倒な私は、いつも余った者達と組む事にしているのだが。 治安維持部隊の仕事に、夜間パトロールがある。 そのパトロールの人員が先日増強された、私もその一人だ。 増強の理由は最近流れている殺人鬼の噂・・・いや、『実際に起こっている連続殺人』の犯人捕縛のため。 噂は噂の域を越え、ついに犠牲者は十数人に昇った。 そのうち二名がなんと治安維持部隊のパトロール部隊という物だから大騒ぎ。 治安維持部隊は二人一組だった制度を三人一組に。 一度の出動人数も大幅に増やし、犯人逮捕に向けて動き出した。 私としても今回の犯人は早く捕まってほしいと考えていた。 何しろ非番の日しか出来なかった『食事』が出来なくなるのだ。 殺人鬼は、私一人でいい。 辺りをちらりと見まわすと、粗方組み終えたらしく、残った者達同士がのろのろと集まり始めている。 ぼんやりとその光景を見ていた私に一人の男騎士が話しかけてきた。 「いつまで見てんすかルージュさん・・・あなたなら、誰だって喜んで組んでくれると思いますけど」 「誰と組もうか考えるなんて、栄養の無駄遣い。  いつもお腹空いてる私には、そんな事に使う栄養が勿体無いのよ」 冗談っぽく言ったが割と本気、この頃食事をしていないから尚更だ。 人の食物は少な過ぎて、栄養が足りない。 「ルージュさん・・・見た目も性格も、剣の腕も一級品だけどジョークは三級品っすね」 大きなお世話だ、そもそもジョークでなく本気である。 こいつは訓練の時によく面倒を見てやっている、アゼルという男。 剣の腕はいいのだが、思ったことをそのまま口に出すのでよく顰蹙を買っている。 そのため、こういう時も結構最後まで残っている奴だ。 「まぁいいや、ルージュさんとなら殺人鬼さんに殺される心配もないし・・・後一人ちゃっちゃと」 見つけましょう、と言いかけたアゼルが視界から消えた。 変わりに目の前に現れたのは目を輝かせ、私を凝視する女騎士・・・まだ少女と言っても差し支えない年齢だ。 「やっと見つけたぁ!ルージュさんですよねっ、私カトレアって言います!  カ・ト・レ・ア、ですよー!!今日は最後に残った二人って事で、よろしくおねがいします!!」 ・・・何やら面倒な奴に捕まったらしい。 「訓練でご一緒した事はないんですけどー、なんか凄いらしいって噂聞いて一度訓練覗きに行ったんですよー。  そしたらめっちゃくちゃかっこいいじゃないですかー!もー、一発でファンになっちゃいましたよ!と言うわけでチャンスを―――」 ぎゃんぎゃんと喋り続けるカトレア、かなりの速度で喋り続けるために正直何を言ってるのかわからない。 少し静かにしてくれという主張も言葉の波に飲みこまれて届かなかった。 これで私のファンだと言う、悪気がないのだから尚更性質が悪い。 今晩パトロールの間ずっとこいつと一緒か・・・そう思うと、気が滅入る。 がっくりと視線を落とすと、轢かれて踏まれたらしいアゼルが視界に映って更に気が滅入る。 次からは先に相手を選んでしまおう・・・栄養を使いたくはないが、こいつ相手の方が消耗する、そう決意した。 「とりあえず出発するわよ・・・アゼル、起きなさい」 カトレアをどけて、踏まれっぱなしだったアゼルを起こし、私は夜のプロンテラを巡回し始めた。  そして今に至る・・・のだが、こんなに疲れるとは思わなかった。 カトレアはしばらく黙っていたのだが、ふと思い出したかのように「憧れの〜」と言い出し、そう言ってはまたしばらく黙る。 それに対しアゼルが「俺もいるんだけど」とツッコミをいれる。 さっきからこれを何度繰り返しているのか数えるのもうんざりだ。 そのやり取りも今のアゼルの一言で少しは変化があるように思えた。 「・・・あぁー、憧れのルージュさん」 「いや、おい、こらちょっと待てって!」 構わず、さっきまでと同じ台詞を言おうとしたカトレアにアゼルが我慢ならんとばかりに掴みかかる。 それに対しカトレアは 「・・・あんた誰?」 これである。 いくらなんでもそれは酷過ぎるだろう、と思ったがカトレアの表情は真剣そのもの。 シカトどころか、最初からいなかったかのような顔をしている。 まさか本気で気付いてなかったのか。 そもそも三人一組という話を聞いていなかったのか。 改めて思う、面倒な奴に捕まったと。 「あのな、俺最初からずっといたんだけどよ」 アゼルがゆるゆると歩きながらカトレアに事情説明する。 が、ちらっと見た時のカトレアの視線が私に向いていたので、多分聞いてない。 こういう時几帳面な性格なのか、割りと真面目に説明してるアゼルが少しだけ可哀相だった。 後で労いの言葉でもかけてやろう。 と、ふと思う。 元人間で、人を食い栄養とする私でも、人間らしい感情がしっかり残っているのだな、と。 今思えば部隊の訓練の時や、仲間と食事したり、集まって騒いだ時はそれなりに楽しかった。 そして考える。 私は、人を食わずとも生きていけるのではないか。 今も空腹だが、動けない程でもないし、ある程度は人の食事だけで紛らわす事が出来る。 ここ数日、植物の力を使ってないせいかもしれないが、急速に腹が減る事もなかった。 私は人に戻れるのではないか。 否、人になれるのではないか。 ただの魔物だった私が・・・人に・・・ 「聞いてんのかっ!おい!」 アゼルの大声で、私の意識は思考の世界から一気に現実に引き戻された。 ぼーっとしていた自分に対する言葉かと一瞬思ったが、冷静に考えると話を聞いていないカトレアに向けた物なのはすぐわかった。 「ん?あぁ、ルージュさん綺麗よね」 案の定全く聞いていない。 アゼルは頭を抱えて「わかった、もういい・・・」と言い溜息、それからとぼとぼと歩き始めた。 お疲れ様、と小声で話し掛けようと思ったその時――― 「犯人発見!出動中の部隊員は全員現地へ急行、逃すな!」 通信用の魔石から、部隊長の号令が響いた。 もう一人の殺人鬼と対面である。  プロンテラ公共図書館裏。 部隊長の指示で到着した私達三人を歓迎したのはいつもと違うその場の景色だった。 赤。 一面の赤。 真っ赤な血が壁や地面に付着し、鮮やかな赤に染め上げている。 「おい・・・なんだよ、これ・・・パトロールの連中は全滅かよ?」 辺りに転がっている死体は10や20ではない。 少なく見ても、部隊の半分は死んでいるであろう凄惨な光景に、アゼルとカトレアは思わず息を呑む。 だが、私だけは違っていた。 新鮮さを失ったとは言え、目の前には食料の山、山、山。 ここ数日食していなかった人の肉が大量にあるのだ。 食いたい。 飢えを、渇きを満たしたい。 食いたい。 食いたい。 食いたい。 ―――やっぱり、人にはなれないな―――  悪夢のようなその光景の中心に立っていたのは、細面の男の騎士だった。 表情に気味の悪い笑みを貼りつけて、品定めするかのような目付きでこちらを見ている。 そして、右手に持っていた剣を振り上げ・・・ 刹那、カトレアの左手が落ちた。 「・・・あっ?」 間の抜けた声を出して、カトレアは失った左手をしばらく見ていた。 しばしの間を置いて、絶叫があがった。 「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!!!」 「なんだっ、何が起こった!?・・・えぇい、くそったれ!!」 アゼルが両手で握った剣を下向きに構え、姿勢を低くし、突進。 だがそんなアゼルを正面に捕らえながら、男は余裕そうにゆるゆると剣を構える。 距離を詰め、間合いに入ったアゼルが剣を握った腕目掛け思いきり振るう。 決まったか。 そう思った私の目に映ったのは、淡く光る魔力の壁に阻まれたアゼルの剣だった。 「なっ・・・!ちっ、セーフティーウォールかよ、二人いるってのか!?」 悔しげに吐き捨ててアゼルが私の近くまで下がる。 その鎧には無数の傷痕、さっきまで一つとしてついていなかったはずなのに―――。 「・・・ルージュさん、これは治安維持部隊の騎士だけじゃ無理っす。  俺が少しでも時間を稼ぐんで、教会と騎士団本体、それから魔術師協会にも連絡を」 アゼルが苦々しげにそう言う。 全く、これだけ実力さを見せ付けられて時間を稼ぐだなんてよく言えるものだ。 男はかっこつけだ、と思う。 まぁ、それがいい所なのかもしれない。 だが、久々の食事のチャンス、逃す気はゼロだ。 「アゼル、あなたがカトレアを連れて引きなさい。  こいつは私が相手する・・・本気なら、私一人で充分よ?」 「・・・やっぱジョークは三級品っす、ここは俺が」 「いいから引きなさい、それとも無駄死にしたいの?」 「・・・わかりましたよ、俺よりルージュさんの方が強いっすからね」 アゼルが背を向け、カトレアに近寄る。 その手がカトレアに届く前に、アゼルの首は落ちていたが。  「治安維持部隊・・・思ってたより、大した事ないのねぇ。これだけ殺してもまだまだ余裕よ?」 細面の男が気持ち悪い女口調で喋った。 なんと言うか、生理的に受けつけない・・・正直、こいつを食うのは嫌だ。 「そうでしょうね、でもその方が私には都合がいいのよ」 「ふぅん・・・まぁ、よくわからないけど、あなたの都合なんてどうでもいいわ。  私が知りたいのは『自分の力』だけよ、殺して殺して殺しまくって、どのくらいか確かめたいの」 「じゃあ、私も殺してみなさい」 流石に人並みの力では殺されるだろう、久しぶりに人以上の力を使う。 高速で男の背後まで移動、肩から男を袈裟斬り。 両断するつもりで振るった私の剣を、男の周りを覆う淡い光の壁が拒む。 近距離でのんびりしてはいられない、バックステップで距離を取る。 だが遠くで振るわれた男の剣が、原理不明だが私の頬を掠めた、薄らと血が滲む。 もしや私は多数に囲まれているのではないか、敵の人数は何人だ? 一瞬で根を張り、周囲を探知。 だが近くにプリーストやウィザードの気配はない。 敵は間違いなくこの男一人だ。 そのはずなのに、男は確かにセーフティーウォールで守られている。 ならば答えは一つ。 この男は騎士なのに魔法を使え、遠距離にいる相手を斬ることが出来る。 「・・・あなた、化け物?トリックはわからないけど、なにか色々出来るみたいね」 「それはこっちの台詞よ、目で追うことが出来なかったわ・・・化け物みたいなスピードね」 「ま・・・そうでしょうね、だって私は」 正真正銘、化け物だもの。 次の瞬間、男の周りに生えた数十、数百の根が男を襲った。 一瞬で光の壁は突き破られ男を鎧の上から突き破ろうと責める。 だが、ふっと男の感触が消えた。 地中に根を引き戻すが、男の姿はそこにはない。 逃げた?どうやってかはわからないが、まだ近くにいるはず。 再び周囲を探知。 空腹の余り力が弱ってるのか、上手く探知出来ない。 探知にひっかかるのはカトレアくらい・・・あぁ、そうだ。 「カトレア、生きてるわよね?」 「んぐっ・・・は、はい・・・」 「力でなくってね、食べちゃっていい?」 「は、はい・・・え?」 どういう事、そうカトレアが言う前に、その小さな乳房を噛み千切っていた。 「い、いやっ、やぁぁぁぁぁぁぁっ!いたぃいいぃいいいい!!」 骨ごとバリバリと音を立てて貪る、鍛えられて程よく締まった肉は噛み応えがあって美味い。 「あっ!がっ、うがぁっ!」 久しぶりに聞く女の短い悲鳴が食欲を掻き立てられ、無心に食べる。 口の周りにべたべたと血が付着しているのもお構いなしだ。 声が聞こえなくなった頃、死んだかと思いカトレアの顔を見る。 と、目が合った。 「あ・・・やっぱり、綺麗・・・」 そう言ってカトレアは絶命した、お土産変わりに眼球を貰っていくのはいつも通りだ。 口を手頃な死体の服の裾で拭い、捜索再開とする。  食事に少し時間をかけてしまった、だがその分力は十二分に戻っている。 町全体に一瞬で根を張るくらいお手の物。 先ほどの気配と近い人間を探すと、意外と近くにいた。 逃れるために疲労したのか、傷を負ったのか・・・そこの建物の影から動こうとしない。 力が戻ったからと言って油断はせず、警戒した上で飛びかかる。 「きゃっ!・・・な、なんでしょう?」 奴だと思った相手は、女の騎士だった。 「―――と言うわけ、ところであなたなんでこんな時間にそんなとこにいたの?」 「あ・・・手紙貰って、今晩ここで待ってろって書いてあって・・・」 そう女騎士が答える。 マジシャンと言われた方がしっくりくる華奢な体に、白い肌。 綺麗だと言えば綺麗だが、どことなく不健康な印象から美人とは言えない感じだ。 女からおずおずと差し出された手紙を受け取る。 見ると、確かに女の言ったような内容が書いてある。 だが噂を知らないわけでもないだろうに、こんな手紙を出すだろうか? 馬鹿としか思えない。 「危ないから、来るまで私が護衛しててもいいかしら?」 「あっ、あのっ、もうすぐ来ると思うんで結構ですっ」 「そうとも限らないわ、パトロールのメンバーもほとんど死んじゃったのよ?  あなたがなんて言おうと、私はここから離れないわよ?」 「えっと、でも彼が来た時に他の人がいたら、その・・・」 「何?よく知ってる仲?それとも・・・まさか、恋人とか?」 「いえ!決してそんなこと・・・は・・・」 「ふーん・・・どんな関係なの?教えてくれる?」 「いえ、えっと、その・・・」 それっきり女は喋らなくなった、つまらない。 言い訳するなら、最初から上手い言い訳くらい考えてくればいいのに。 飽きた、お遊びはお終い、とっとと決着をつけてやる。 「―――ところで、どっちが本当のあんた?  さっきの男?それとも、今私に腕を千切られたあなた?」 女が、叫んだ。  「なんでっ・・・私はっ、悪魔の力で・・・完璧に姿を・・・」 恨めし気な目で女がこっちを見ている、どうやらこちらが本当の姿らしい。 「そうね、私がモンスターだからかな?わかるのよ、気配とか臭いとか、そういうの全部で判断すればね?」 「私は・・・私は誰にも負けるはずがないのに、何故なの!?」 「そうね、遠距離からとんでくる剣閃、騎士なのに魔法の結界を展開できる・・・  性別や見た目も変えられる―――今みたいにね。どれも全部、確かに凄かったわよ?」 だが、致命的な欠点がある。 「でもね、あんたの基礎の部分は人間という部分から抜け出せてない。  遠距離で剣を振っても、その速度は人並み。魔法を詠唱しても、詠唱の時間は人並み・・・   だから遠距離で振られた剣先が見切れたり、詠唱前に高速で攻撃出来る、化け物相手には通じないのよ?私みたいなね」 女はがっくりとうな垂れる。 その瞳には色濃い絶望が浮かんでいる。 「・・・何者なの・・・あなたは」 そうぽつりと漏らした。 「秘密、まぁ人食い殺人鬼ってあたりにしといてくれる?  ・・・食べる前に、あなたの言った悪魔の力とやらについて、聞かせてくれない?」 「私の・・・力は・・・」 その先を語る前に、女の胸から剣が生えていた。  「あっ、うぎぃぃっ!あぐぎゃぁぁっ!」 女が口から血の泡を噴きながら・・・いや、女の身体中の血液が沸騰し、血管を破り溢れている。 「あ・・・づぃっ!・・・いぎっ!!」 口だけでなく、全身から血の泡を噴き出し、血生臭い湯気を立ち上らせている。 しばらくして、女はぼろぼろになった全身を仰け反らせ、びくんびくんと痙攣して果てた。 その醜い死体はあっという間に白い砂となり、風に舞った。 何が起こったのかわからない。 混乱する私の前―――女が立っていた場所には純白の服を着た、秀麗な顔立ちの一人の男が立っている。 絶対的な存在感、逆らうことは出来ない。 そんな、どこか人間離れした雰囲気を男は醸し出していた。 男は口元を微かに動かし 「世界に、安定を」 とだけ言った。 なんだこいつは。 見てはいけない何かを見た気がした。 とてつもなく危険な男と出会ってしまった気がした。 今すぐ逃げなければならない気がした。 本能が警鐘を鳴らし頭の中で五月蝿く鳴り響いている。 だが、動く事は出来なかった。 蛇に睨まれた蛙のように、その場に縫い付けられ、指一本動かす事が出来なかった。 男の視線が、私に向けられる。 「君も、調律を乱す者か・・・?」 殺される、そう思った。 心の中で誰かが叫んだ。 イヤダイヤダイヤダイヤダ、コロサレルノハイヤダ ニンゲンニナリタカッタダケナノニ、マダノゾミハカナッテナイノニ イヤダイヤダイヤダ・・・ ―――お姉ちゃん――― 「・・・そうか」 男は全てを悟ったかのようにそう言い、目を細め天を仰いだ。 「暫し時を遡り、やり直さねばならん・・・」 そう言って、私に剣を突き立てた。 「眠れ、あるべき姿へ戻るのを待つがいい」 そのまま、私は意識を失った。  「もー、お姉ちゃん心配し過ぎ!アクティブモンスターもいないのに弓構えて歩かないでよ!」 「だーめーよ!メルみたいな可愛い子はモンスター以外にも狙われるのよ!」 モンスター以外ってあのね・・・というか私がナンパされたら撃つのか、お姉ちゃん。 それは人としてどうかと思う。 私の姉は砦持ちの大手Gvギルドのマスターなのだが、妹の私に対して過保護なまでに気を使う、というか過保護。 アコライトの転職試験で、現在プロンテラの北西へ来ているのだが、道中にアクティブモンスターもいないのに 「護衛する!ギルドメンバー集合!」 だなんて馬鹿な事を言い出すくらい過保護だ。 流石にそんな大名行列みたいな転職試験は勘弁、という事でそれだけはやめさせた。 それと引き換えにお姉ちゃんが着いて来る事だけを認めたのだが・・・ 「はっ!プパがいるわ!安全確保のため待ってて、メル!」 「おーねーえーちゃーん!!」 やっぱり断固として認めないべきだったかも、溜息一つ。 ・・・ま、そんなお姉ちゃんが嫌いではないのも事実なんだけど。 「メルっ、転職おめでとー!!」 「お姉ちゃん、ギルドメンバー全員呼んで祝わないで、人多過ぎだから・・・」 「そんな事ない、ほんとなら同盟のギルドメンバーも呼びたかったのよ?」 そんなに呼んだら神父の周りが大混雑で歩けなくなる、壮大過ぎる姉の計画にまた溜息一つ。 何気なく、近くにいたプリーストさんにそっと話しかける。 「あの・・・」 「セイレンよ、よろしくね」 「あ、はい。セイレンさんもこんなマスターで大変ですね・・・」 するとセイレンさんはクスっと笑ってこう言った。 「あら、メルさんの方が大変でしょ?」 全くその通りである。 まぁでも、おめでたい転職の日。 派手にお祝いしてくれた姉に対して、今日ばっかりは素直になってもいいかな。 「ね、お姉ちゃん」 「何?」 「素直になれなくて・・・今までずっと言えなかったんだけどさ」  ―――お姉ちゃんの事、大好きだよ―――