「話し合いの前に、見て欲しい物があります。   日頃ためたストレスを、これですっきり発散させてください」 ギルドの使者として遣わされた私にそう言い、男は私をPvPへと招待した。 なんとなく嫌な予感がし、正直断りたかったのだが、それも非礼だと思い渋々招待に応じた。 私はそれをすぐに後悔する事になった。  「いやっ、離しなさいよ!この私をどうする気なの!?」 連れていかれた先で私が見たものは4,5人程のダンサーに囲まれた女の姿。 囲まれている女プリーストで、手足を縛られ拘束されている。 聖職者の正装が砂埃で白く汚れる気にもせず芋虫のように中央で蠢き、束縛から逃れようとしていた。 一方ダンサーの方は皆オペラ仮面で顔を多い、無表情に鞭を携えその場に直立して動かない。 ・・・ふと、気が付いた。 囲まれている女プリーストを、私は知っていたのだ。 そいつは昔、うちのギルドで様々な問題を起こし、解散寸前まで追いこんだ女だ。 挙句、知らないうちにギルドから脱走して姿を眩ました。 「・・・これはどういう事です?」 「いえ、この女があなたのギルドでやった事をたまたま知る機会がありましてね」 どこから仕入れた情報だか知らないが、影でこそこそ嗅ぎ回られるのは正直良い気分ではない。 「それが何か?」 不機嫌を隠そうともせずそう答える。 「まぁ見ていてください、見ていればわかりますよ」 対し、男は表情に薄く笑みを浮かべてそう言い 「それでは、皆さん始めてください」 地獄の開幕を告げた。  ダンサー達が鞭を構え、 そしてその鞭を一斉に女プリーストへと打ち付けた。 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!痛ぁぁぁぁぁぁぁい!!」 いくらなんでも大袈裟ではないかと思うくらい、女が壮絶な悲鳴を上げる。 耳の中でいつまでも響く。 「いやっ!や、やめっ、いぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」 鞭で叩かれ続けるうち、女の服は段々と破れていき、そこから素肌が覗かせる。 その素肌も内出血で青黒く変色し、皮が裂けた所から血が滲み出て女を彩っていく。 「ひぃっ、ひぃっ、ひぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」 滲みでた傷口を鞭が襲い、血の飛沫を散らす。 女を中心に少しずつ血溜まりが広がって行く。 「うがっ、あぁぁぁぁぁ・・・」 しばらくして、悲鳴は段々と弱弱しくなってきていた。 非力なダンサーが振るう鞭とは言え、武器として作られた鞭はそれなりの威力を持つ。 これだけの人数に長時間叩き続けられれて体力が持つはずがない、弱弱しくなるのも当然だろう。 「ひっ、ひぃ・・・ひぃぃ・・・」 それから更にしばらくして。 そろそろ限界なのか、女の声からは更に力が失われてきていた。 これ以上やれば、死ぬ。 だがダンサー達は手を止めようともしなかった。 そして 私も止められなかった。 「サンクチュアリ!」 と、ここでギルドマスターの男が動いた。 触媒を用いて聖域を展開し、聖域内の者全ての傷を癒す。 そう、聖域の中心にいる女の傷もだ。 女の瞳に生気が戻り始める。 だが傷が癒えていく最中もダンサー達の手が止まる事はない。 「ぎゃっ!もう、やめっ!ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」 癒えた先から新たに傷を付けられ、その傷が癒され、また傷付けられる。 聖域の力が失われた頃、再び男が聖域を展開する。 この行為は触媒の続く限り永遠に続く。 女の悲鳴は止まらない。 目を逸らしたかった。 逸らせなかった。 それ程までに壮絶な光景だった。 「ごめっ、ごめんなさっ、ぎゃぁぁぁぁぁ!!もう、許してぇぇぇぇ!!」 女は泣いていた。 傷付いた額から流れた血が涙を赤く染め、血の涙を流しているように見えた。 「サンクチュアリにより苦痛と癒しを同時に与え、永久に痛め付け続ける。  無限地獄・・・私のアイデアなんですが、いかがでしたかな?痛みに苦しみ続ける彼女の姿を見て、少しはすっきりなされたでしょう?」 男は相変わらず薄ら笑いを浮かべていた。 ・・・気味が悪い。 確かにこの女プリーストの顔を再び見た時、私の気分はとても良いとは言えなかった。 正直、ギルドを滅茶苦茶にされた恨みは今でも残っていた。 だがだからと言って、人が痛め付けられ苦痛に喘ぎ続ける姿を見て・・・ こんな凄惨な光景を見て、すっきりするはずがあるのだろうか? あるわけがない。 この男は、狂っている。 心の底からふつふつと怒りが込み上げてくる。 「さて、すっきりなされたところで本題に入りましょうか」 ふざけるな。 「これから攻城戦を行う上で、同盟を組む話ですが・・・」 お前のような男がマスターのギルドと同盟を組む事は出来ない。 「どうでしょう、こんな場所で話すのもなんですし」 近くではまだ女が叩かれ続けている。 「酒場辺りで改めてごゆっくり話を始めませんか?」 ・・・話す事など、何もない。 「どうしました?体調が優れないのですか?」 「いや・・・問題はない。  それから、同盟の話は破談だ」 「・・・?」 私は怒っていた。 気の狂った、この男のさせた行為に。 そんな事をしておきながら平然としているこの男に。 それを止められなかった自分に。 怒りは炎となり私の心を、体を熱くする。 「あのような非人道的な行為を見せつけられてだ。  すっきりしましたね、はいそれじゃあお話しましょう?貴様、ふざけているのか」 「非人道的?あれは報復であり、更正の手段です。  痛みは彼女に過去を反省させ、正しい道へと導きます」 「綺麗事を抜かすな」 「苦痛を受ける彼女の姿はあなたの気分を晴れさせますし、それを非人道的だなんて・・・」 大仰な男の動きが私の怒りを煽る。 「あれで私の気分が?ふざけてもらっては困る。  私は他人の不幸を見て気分が良くなるような人間では・・・狂人ではない!」 そう怒鳴りつけ 「話はこれで終わりだ、失礼する」 踵を返した。 「はぁ、困りましたね。  同盟の話は白紙・・・それじゃあ困るんですよ」 刹那、目の前に二人のアサシンが現れた。 「なんだ、貴様等・・・私は今虫の居所が悪い。  どかねば、痛いではすまない目にあうがどうする?」 二人のアサシンは怯まない。 そこに男の声が続く。 「仕方ないので実力行使します、私の主義には反するんですが・・・そのお嬢さんを捕らえてください。  高名なウィザードさんですので、充分に気をつけてくださいね」 男が言いきる前に、アサシンどもは私へと躍りかかってきた。 ・・・そっちがその気なら、叩き潰してやる。 私の動きを封じようと二人のアサシンが私に手を伸ばす。 だがあくまで連中の目的は『捕獲』なのだ。 必然的に傷付けそうな動きを無意識のうちに避けようとする。 即ち動きが制限されるため、素早さで劣っていても回避が容易になる。 「私を捕らえるには力が足りんな!殺すつもりで来い!」 言いながら私は古代の聖霊を召喚、アサシンのうちの片方に五体の聖霊が突進し壁へと叩きつける。 もう片方のアサシンの進路に魔力に寄る炎の壁を展開、一瞬動きが止まったところに高位雷系呪文を詠唱、雷球を放つ。 高電圧の雷をモロにくらい肉の焦げた臭いをさせながらそいつは倒れこんだ。 先ほど壁に叩きつけた方のアサシンもまだしばらく動けそうにはない・・・残るは。 「さて、後は貴様の趣味の悪い拷問専用の踊り子どもと、貴様だけになったわけだが・・・どうする?」 「どうするも何も・・・私が捕まえるしかないじゃないですか」 「やれるものなら、やってみろ!」 高速で氷系凍結呪文を詠唱、男に向けて氷柱が波を作りながら襲いかかり、直撃。 氷柱はそのまま男の体の所々を、そして足を凍結させ大地へ縫い付ける。 「貴様は、個人的に気に入らんのでな。  ・・・手加減はせん、地獄で更正されてこい!」 先ほどより魔力を強く込めた雷球を男へと叩きつけた。 強烈な雷が男の肉体を焼き、炭化させる はずだった。 「あたたたた・・・かなり魔法防御を高めていたはずなんですが、これは痛いですね」 男は平然と、そこに立っていた。 「私の魔法の直撃を食らって・・・何故だ?  そんなばかな!高レベルモンスターでさえも一撃で葬る威力の雷を・・・叩きこんだはずだ!」 「それはあくまで魔物相手の話です、人間相手ということを忘れましたね・・・それと」 私の口を手で塞ぎ「私の職業をお忘れですか?魔導師とは違う系統の魔法防御力を持つ聖職者ですよ?・・・レックスディビーナ」 じりっ、と嫌な音がした。 聖職者の唱えた束縛の呪文が私の全ての魔法を封印したのだ。 魔法の使えない魔導師は無力だ。 「さて、これで無力化ですね・・・抵抗できなくなった所で捕らえさせていただきますよ」 男が女プリーストと同じように、四肢を縛っていく。 「ふん、私を捕らえてどうするつもりだ?」 こいつが私を人質として交渉を進めるというなら、それが一番良いパターンだ。 私を監禁し、監視をつけて見張り、人質として扱うとする。 ならば見張り以外の全員を、攻城戦中に私のギルドメンバーが壊滅させてしまえばいいだけだ。 だがそれはわかっているだろう。 ・・・もしもあれをされたら 「人質にしたって無駄ですし、ここは」 指をダンサー達の方へ向け「あなたから良い返事が聞けるまで、ね?」 私は良い返答をするしかなくなるじゃないか。 ダンサー達が私を中心に立ち、鞭を構える。 「大丈夫、遅くなった言い訳は一緒に考えてあげますから。  ・・・それではもう一度やりますよ、皆さん始めてください」 私は、地獄を見せられてまで我慢できるほど強い女ではない。 「待て!わかった!マスターには同盟を組むように進言しよう!だから・・・!!」 ならばこの場だけでも。 なんとかして地獄から逃げなければ。 なんとかして なんとかして 「私が聞きたい良い返事と言うのは上辺だけの返事ではないのです。  苦痛は、あなたの心の底からの返答を引き出してくれるでしょう」 鞭が身を打つ音が開幕の合図となった。 第二幕の幕開けだ。