「やだぁ・・・もう、やめてよぉ・・・」 名も知らないアコライトの少女が弱弱しい声をあげる。 それを無視し、私は『喋る方の口』で少女の二の腕の肉に噛みつき、そのまま食い千切った。 「ひぎっ!」 クチャクチャと音を立て咀嚼する。 最近気付いた事だが『食べる方の口』よりこちらの方が味がよくわかるようだ。 この少女は太股、尻の辺りもそうだったが全体的に筋肉が少なめで柔かく食べやすい。 少し口の中にまだ残っているが気にせず、今度は脇腹に口を当てる。 「いやっ、いやぁぁぁ・・・」 やはり柔かい。 余り歩いたり武器を振るって戦ったりはしていないのだろう、冒険者というには貧弱な肉付きだ。 美味しいけど、少し物足りない。 まぁ、メインディッシュの内臓は誰だって大したサイズの差がないから良しとする。 齧った部分から食べていき、腹部に大きな穴が空く。 「もうやだ・・・誰か・・・」 その穴に顔を突っ込んで気の向くままに貪る。 「ぎ・・・っ!!ひぎゃぁぁぁぁぁ!!!」 少女の絶叫が私の食欲を更に煽る。 食いつき 噛み千切り 咀嚼し 飲みこみ また食いつき そうして貪っていると、警戒のために張り巡らせておいた『根』が人の気配を察知。 そこそこの人数が少しずつ近付いている・・・最近よく巡回している治安維持部隊の連中だろう。 まだ距離はあるが時間をかけていて見られても面倒だ。 もう少し味わいたかったけど、仕方ない。 まだ腸は半分も食べていないし、子宮に至っては一口二口齧った程度だというのに。 だが少女の方を見て私はちょうど良かったかも知れないと思いなおした。 限界が近いらしく、顔色は血の気が引いて真っ白になり、目から生気がほとんど感じられない。 口元だけは血の泡で鮮やかな朱に彩られている。 死ぬ直前。 でもまだ確かに生きている。 生きている人間と死んでいる人間ではやはり味が違う。 魚と同じで、新鮮な方が美味なのだ。 まだ新鮮だろうし、時間もないからさっさとデザートを食べてしまおう。 そう思い少女の頭を叩き割る。 頭蓋の割れ目からまだ綺麗な桃色をした脳が見えた、生きている証、新鮮な証。 死んだ人間はもっとくすんだ茶色になるものだ。 割れ目に指をいれて骨を剥がし穴を広げ、その柔らかい脳に口を当てる。 少女は一齧り毎に軽く痙攣していたが、やがて全く動かなくなった。 口の中で潰し、口内全体で味わい、満足した所で飲みこむ。 それにしても随分と力が強くなっているようだ、人を食べると魔物としての力が強くなるらしい。 「さて、後これだけ貰っておくね」 そう言って私は生気を完全に失った眼球の片方を取って口の中にいれた。 残った部分は『食べる方の口』に放りこみ栄養になってもらった。 「ご馳走様」 いつも通り、手を合わせそう言ってから私は『食卓』を離れた。  「君には、数日間ある人物を尾行し、素行の調査を頼みたい」 珍しく、プロンテラ騎士団の治安維持部隊から仕事が入った。 仕事の内容は尾行、まぁ騎士の連中よりアサシンの私に適した仕事ではある。 が、精鋭揃いの連中が、わざわざ私に依頼するとは表立って動けない理由があるのだろうか? この世界では詮索屋は長生き出来ないとわかっているので、聞いたりはしないのだが。 魔力を秘めた石が光を発し、壁面に映像を映す。 映っていたのはどこにでもいそうなアコライトの娘だった。 こんな娘を尾行して何がわかるのだろう。 「説明が欲しそうな顔だな。  ・・・先月起きた、大手ギルド員集団失踪事件は知っているか?」 その話は知っている、表でも裏でもかなり有名な話だ。 砦を持てるほどの大手ギルドのメンバー全員が、一晩のうちに消え去ったという。 血痕も多少見つかったが、殺害が行われたと思える程の痕はなかったらしい。 世間では神隠しだとか、新種の魔物が全員丸呑みにしてしまっただとか色々な噂がされている。 「そのギルドのメンバーとして、最後に役所に登録申請がされたのが・・・その娘だ」 なるほど、ギルドのメンバーで唯一残った人間、というわけか。 だがそんな事情なら騎士団が動いても問題はないはず・・・何故私に? 「事情聴取はしたが、有益な情報は何一つ手に入らなかった・・・いや、黙秘に近い。  知らない、何もわからない、気付いたらいなかった、だそうだ。   本当に何も知らないのかも知れないが・・・その娘にはもう一つ疑わしい点があってな。  最近プロンテラの街中でも行方不明者が増えている。   そいつがその中の数人と接触していたって目撃証言がある、それも行方不明になる前日に―――」 話を聞いてわかった事は大体次の通りだ。 街外れへ二人が向かったという証言が多いこと。 調べた結果、街外れの廃屋数カ所で少量の血痕が見つかっている事。 そのため、街外れへの巡回をかなり増やしているが決定的瞬間を抑える事はまだ出来ていない事。 それどころか、一度も姿を捉えられていない事。 全員死体が見つからず、行方不明である事。 その事から調査が難しい事・・・。 怪しい人間ではあるが、証拠が無い以上余り深い調査は表立って出来ない。 要するに、自分たちの変わりに何か証拠を掴んできて欲しい―――と言う事か。 簡単な仕事ではなさそうだ。 「難易度が高い仕事だが・・・ギャラは弾んでくれるのかな?」 「結果さえ出してくれれば、言い値でも構わんそうだ」 ふん、言い値・・・か。 連中の言い値というのは余り当てにならないが、結果さえ出せばかなりの額を貰えるのは確かか。 やれやれ・・・面倒な仕事だが、はりきってやるとしよう。  「僅かな間の付き合いとは言え、名乗らないと失礼よね。   ルージュよ、よろしくね」 ルージュと名乗った長身の女騎士が私に手を差し出す。 「メルです。  こちらこそ、よろしくお願いします」 そう言ってその手を握る。 別にパーティーを組んだわけではない、ちょっとした手伝いをしてもらう約束をしただけだ。 握手していた手を離した時、私のお腹が大きな音を立てた。 ぷっ、とルージュが吹き出して笑う。 「ごめんね、そんなに可愛らしい顔をしてるのに音があんまりにも・・・ね?」 ・・・まぁ、自分でもかなり大きい音がしたとは思ったけど笑う事はないと思う。 それに、大きな音が鳴ったのはルージュのせいだ。 ルージュは綺麗だ。 今まで食べた人間の中で一番・・・だと思う。 無論お姉ちゃんも含めて、だ。 鍛えられてはいるが、女性特有のしなやかさを失っていない体、肉付きの良い胸元。 整った顔立ちからは中性的な魅力を感じる。 どこを見ても綺麗で、どこを見ても美味しそうで。 こんなにも美味しそうなルージュを見て食欲をそそられないわけが無い。 食卓に到着次第齧りつきたいが、今は別の目的がある。 食べられるのはその目的を果たした後、ルージュがいればの話だ。 あぁ、食べたい、食べたい・・・でも我慢。 「それじゃ、行きましょうか。  ついてきてください、いい場所があるんですよ」 そう言って、ルージュを誘導する。 「えぇ、お姉さんに任せておきなさい」 あぁ、私我慢出来るかな。  観察対象の娘が女騎士と二人で街外れの廃屋へ入っていく。 しかし妙だ。 何故あの騎士は何の警戒もせず、あんな場所へ一緒に入ったのだろうか? 普通で考えるとありえない事だが、もし娘が犯人だとする。 犯行の方法が何らかの特殊な力によるものだとして・・・その力であの場所へ連れこんだのなら危険だな。 どちらにしろ、踏みこまねば情報は得られない。 意を決して廃屋の中へと入る。 薄暗く、壊れた家屋の破片を踏み砕いたりしないように。 音をたてないように。 ばれないように・・・慎重に奥へ進む。 少し開けた空間が見え、そこに人の気配―――さっきの二人だ。 まだ距離があって何を言っているか聞こえない、クローキング状態で近付く。 あくまで慎重に。 「・・・ろそろ・・・かね?」 「えぇ・・・うすぐ・・・と思・・・わ」 微妙に聞こえない、後少しいけるか? 後少しだけ。 じりじりと距離を詰める。 だが、これが間違いだった。 「・・・そこっ!サイトっ!!」 突然、女騎士が動いた。 特殊な力を秘めたクリップで魔法の光を放ち、隠れていた私の姿を曝け出させる。 見付かった、いや、最初から見付かっていた!? それともここまで近付いたから気付かれた!? 何にせよ、今はこの場から離れるのが最優先事項だ。 だが廃屋の床には穴が空いたり、誰かが投棄したゴミがあって上手く動けない。 「はぁっ!!」 往生しているうちに距離を詰めていた女騎士のツルギを叩きこまれた。 刃のついてない逆側で思いきり腹部を殴られた私はそのまま吹き飛ばされ、後頭部を強かに打ちつけた。 痛みと衝撃で、まだ上手く動けない私に刃が向けられる。 「なんの目的があってかは知らないけど、女の子を尾行してどうするつもり?」 ・・・どうやら最初から見付かっていたらしい、状況は最悪だ。 全てを話すか? だが、ここで正直に話せば私はこの稼業の引退まで追い込まれる。 しかも私が原因で犯人が捕まらなければ、騎士団の連中に何をされるかわからない。 要するに黙秘しか出来ない、情けない事に。 見たところ、殺すつもりはないようだし流れに身を任せるとする。 「話せない理由もあるでしょうけど、だからって黙ってるとあなたの身にならないわよ」 話しても身にはならない。 「私は・・・別にあなたに危害を加えたいわけじゃない」 そうだろうな、だから黙っている。 このまま黙っていれば、まだチャンスはあるかも知れない―――。 微かな望みかも知れないが、それに縋らなければ私はお終いだ。 沈黙が場を支配する。 「プロンテラの騎士団の・・・関連の方ですか?」 それを破ったのは観察対象であるアコライトの娘だった。 どういう事だ。 何故この娘の口からプロンテラ騎士団の名がでてくる。 確かに私はこの娘を尾行し、観察していた・・・それがばれるのはわかる。 だが何故騎士団の命で動いていると予想できたのか。 心当たりがあるからだ。 この娘は何かを知っている。 私が、騎士団が、誰もが知らない何かを。 「え・・・何、心当たりがあるの?メルちゃん。  騎士団なんかに尾行されるような・・・」 女騎士の方は困惑しているようでおろおろと私と、メルと呼ばれたその娘を見比べている。 「表情にでてましたよ、何故わかったのかわからないって・・・やっぱり、そうなんですね。  ちょっと残念・・・。   あっ、ルージュさん、口では上手く説明出来ないんですけど見てればわかりますから」 そう言った直後、場の空気が一変した。 寒気がする、もう動けるはずの体が動かない。 言い知れない恐怖、何かが迫ってくる感覚・・・。 なんだ、何が来るんだ? 張り詰めた空気が緩んだ。 同時に、私の四肢から何本もの植物の蔦が生えていた。 「つまり、こういう事なんですよ」  「ぐっ・・・うあっ・・・!」 アサシンの女がくぐもった悲鳴をあげる。 しかし・・・連中もついに動き出したらしい、裏の人間を使ってまで私を追ってくるようになった。 そろそろ食事もやりにくくなった事だし・・・『あれ』を実行に移すか。 「何、何なのよ・・・あれはっ!?」 ルージュは恐怖と困惑の入り混じった表情を浮かべている。 その視線の先には私の蔦が女の四肢を廃屋の壁に縫い付けている光景。 突然こんな場面に出くわしたなら、どんな熟練した冒険者でも冷静ではいられないだろう。 ・・・さて、そろそろ始めようか。 「ごめんね、ルージュ。  私実は普通の人間じゃないの・・・この姿を見てもらえる?」 そう言って私は擬態していた下半身を元の姿に戻す。 服の下半身の部分が破れ、醜悪なマンドラゴラのような半身が姿を表す。 「メル、あなた・・・っ!化け物め・・・私を騙したのね!?」 「騙してなんてないわ?私が協力を頼んだのは『尾行してくる怪しい人物を捕まえて欲しい』って事。  別に私の正体が人間だなんて、最初から一言も言ってないし、そもそも関係のない事でしょ?」 「くっ・・・」 ルージュが悔しそうに口元を歪め、私を睨みつける。 「でも、あなたもお姉ちゃんみたいに私の事化け物って言うのね。  ・・・もっとも、そう言ったお姉ちゃんは他のギルドメンバーと一緒に私に食べられちゃったんだけど」 「なっ!?・・・まさかっ、あの事件!!」 「えぇ、あれは行方不明になったんじゃない、『私が全員食べた』の。  最近急増している行方不明者・・・あの人達も私がみーんな食べた、美味しかったわよ?   さぁ・・・あなたは、どんな味かしら?」 しばらく目を見開いて私を睨み続けていたルージュだが、ふと視線を落とし低い声でこう言った。 「―――そう、そんなに凶悪なモンスターだったとは、ね。  あなたは危険過ぎるわ、放ってはおけない・・・私が、ここで斬る」 ルージュが剣の切っ先を私に向ける、その表情は静かな怒りに満ちていた。 あぁ、溜まらない・・・その顔、その腕、その脚、怒りに満ちた表情。 その全てが私の食欲を刺激する。 「抵抗するなら、ズタズタの穴だらけにして殺してから丸呑みにしてあげる・・・  さぁ、きなさいよ!ルージュ!!」  貫かれ、そのまま壁に縫い付けられた四肢が酷く痛む。 出血も激しく、軽い貧血状態になっているのか意識が少しぼんやりしている。 そんな中でも二人のやり取りはしっかりと聞き取れた。 わかったのは、一連の行方不明事件の犯人はメルという少女で、彼女は人間ではなかった事。 あの口で被害者達を皆丸呑みにしていたのだろう。 やれやれ、騎士団の調査じゃ証拠が見付からないはずだ。 しかし、この事実をどう報告すればいいのかさっぱりわからない。 作り話にしか聞こえないかも・・・何を証拠として持っていけばいいのやら。 しかし・・・まさか噂通りとはおかしな話だ。 私は別に、余裕があるからこんな事を考えているのではない。 正直言って一刻も早くプリーストの治癒を受けたいが、それが出来る状況ではない。 私に出来るのは二人の戦いの行く末を見守るだけだ。 もっとも、ルージュと呼ばれた女騎士の優勢だからこんな事を考えられるのだが。 メルは蔦や根を巧みに操り、また自身の腕も使って攻撃を繰り出す。 力だけで言えば、あの細腕のどこにあるのかわからない強大な力を持ってはいるが、戦闘経験が少ないのだろう。 どれも比較的単調で、攻撃の大半は当たっていない。 私も奇襲でなければまず食らわなかっただろう。 一方ルージュは巧みな剣術で蔦や根を斬り接近し、確実にメルを追い詰めていっている。 かなりの腕なのはさっき吹っ飛ばされた時にわかっていたが、想像以上の使い手だ。 正直、彼女からは場所が良くても逃げる事は出来ないだろう。 ・・・ふと気付いたが、なんだか今日は私は何も出来ていない。 本当に情けないものだ、そろそろ引退を考えた方が良いのだろうか? 「たぁぁぁぁぁぁっ!!」 などと考えていると、ルージュのツルギがメルの片腕を斬り落とした。 そのまま続けて斬撃を繰り出す。 同時にメルの腹部から伸びた蔦がルージュの額を狙い突き出された。 二人が一瞬交差し――― ルージュががっくりと膝をつく。 駄目かと思った直後、メルの上半身と下半身が両断され、地面に転がった。 力が失われたのか、私の四肢を縫い付けていた蔦が枯れ、解放される。 「終わった・・・のか?」 私は女騎士ルージュにそう声をかけた。 反応はなく、頭を垂れたままぴくりとも動かない。 まさか、最後の一撃で額を貫かれた? 「おい、大丈夫か?」 下から顔を覗き込む。 見ると目の焦点は定まっておらず、額から少し出血している・・・だが致命傷には到底見えない。 他にいくつか傷は負っているが、重症と言うほどでもないし。 緊迫した戦いの後で、緊張の糸が切れてしまったのだろうか? しばらく様子を見ていると、ぴくりと体が動いた。 「・・・えぇ、大丈夫」 ゆっくりと頭を上げる。 だがまだ何やらぼんやりとした様子で、目の焦点は相変わらず定まっていない。 「そうか、私がなんのためにあの娘・・・メルを見張っていたかはわかってくれたと思うが」 「とても、よくわかったわ・・・」 ・・・反応が悪い、上の空と言おうか、何を言っても返事がどこか適当な感じだ。 「なぁ、本当に大丈夫か?」 「・・・えぇ、大丈夫。  全て終わったわ、人食いのメルは死んだ」 突然、口調がはっきりしたものに変わる。 事実を改めて確認するかの様に。 ―――そう、全ては終わったのだ。 「そして始まるの、今・・・ここからね」 そう、ルージュは続けた。 始まり? そんな疑問が浮かんだ次の瞬間には私の視界は真っ暗になっていた。  振るった刃は額から上を綺麗に切断。 切断された頭蓋の上半分は、脳というゼリーを収めた器に早変わりした。 その中身を新しい体で美味しく頂く。 私はあのような体になってから少しずつ、色々な事を理解し、学んでいった。 出来る事、出来ない事、食べる事、戦う事。 普通の人だった時の姿に擬態する術、蔦や根の様々な使い方。 人を食べ、その血肉が魔物としての力を強くする事や、人間の口の方が味がよくわかる事。 男も慣れると美味しい事。 そして、他者の肉体と融合し、そのまま奪う術がある事だ。 己の力と人格、記憶を魔力で凝縮し、一つの種子にして相手に植え付ける事でそれは可能となる。 もっとも、全てを凝縮し植え付けるのでそれまでの体はただの抜け殻になってしまうのだが。 ちなみにメルがこのような体になったのもこれが原因だ。 相手がただの、知能を持たないマンドラゴラだったために主人格はメルの物のままだったが。 また、脊髄や脳と言った命令系統に近ければ近い程、乗っ取りはスムーズに行われる。 時間はかからない方が何かと都合が良いので出来るだけ頭に近い部分を狙いたかった。 無論こっそり植え付けられれば良かったのだが、力を全て凝縮するため種子を作る時に擬態は使えない。 近くで一瞬でも擬態を解除すれば、この体の気配・危険察知の能力も高さからして植え付けは不可能だっただろう。 そのまま逃げられでもすれば誰かに植え付ける前に騎士団に追われて殺される。 そのためわざわざ戦い、向こうが消耗した隙をついて額に植え付けたというわけだ。 まぁ、最大の理由はまた別にあるのだが。 結果、乗っ取りは僅かな時間で完了。 私を『今までのルージュ』と思っていた女アサシンは私にお祝いのお菓子を献上し、息絶えた。 器の中のそのお菓子がなくなったので、先日のアコライトと同じように眼球を一つ貰って口の中にいれて転がした。 「・・・それにしても、前の貧弱な体とは基本の能力が全然違うわね。  戦い方も頭と体両方に叩きこまれていていいわ、馴染めば今まで以上の力を発揮出来そう。   さて、予定通りいくといいんだけど―――」 私は溶解液がまだ入っているマンドラゴラの下半身に空っぽになったゼリーの容器と、 額から上のなくなったアサシンを頭から放りこんだ。 「それにしても・・・この体、本当に美味しそうだったのに。  惜しいわねぇ、双子がいないのが残念だわ」 一人そう呟いて、その場に座りこみ時が過ぎるのを待った。  「あの子、こんな恐ろしい化け物だったんだな・・・」 残された『メル』の亡骸を見て、治安維持部隊の隊員の一人がぽつりとそうこぼした。 あの少し後、巡回の連中がここに到着し、傷を負った私を保護。 事情聴取を受けた私の解答はこうだ。 メルに「誰かにつけられている、なんとかして欲しい」と頼まれ承諾した。 つけてきていたアサシンを捕まえようとして交戦状態に入った。 その後、正体を現したメルに襲われ、アサシンの方は食べられた。 苦戦の末倒した。 こんなところだ。 実際、メルはこの体の前の持ち主が両断しているのだし、私は全く嘘は言っていない。 少し言葉が足りないだけ。 状況的にも、私が言った事は本当だと騎士団は判断。 私は『私』を倒した功労者として恩賞を貰い、騎士団へ入らないかと誘われた。 断る理由などあるものか。 元より、私はそのつもりで今回の計画を実行に移したのだから。 最大の理由とは、『私が騎士団に正当な理由で入る』ためだったのだ。 騎士団員になれば私は 食卓の場所選びにも 餌となる人間の下見にも 何にも困る事はない 敵だった騎士団が ただの餌の群れに成り下がるのだ そう 本当の始まりはこれから 惨劇は私の食欲が尽きるその日まで 全ての人間を食い尽くすその日まで いつかくるRAGNAROK《終末》まで 決して終わる事はない ―――いただきます―――