ミッドガッツ王国首都プロンテラ。 そこでは今日も平和な一日が始まり、何事も無く過ぎていく・・・はずだった。 正午も過ぎ、気温も下がってきたため人通りも多くなってきた大通り。 それぞれの人が思い思いの時間を過ごしていた。 冒険者になって間もないだろうノービスは、新品のナイフを腰に差し、好奇心いっぱいの目で周りをみている。 街の詰所では騎士団員が平和な光景をあくびをかみ殺しながら見ていた。 通りでは商人たちが多くの露天をだし、広場の木陰では冒険者達が他愛も無い世間話に花を咲かせていた。 そんな街を、裏通りからじっと見つめる一人の男。 手には大量の古木の枝が握られていた。 男はアルケミストだった。 昼夜にかかわらず研究室にこもり、既存の道具に改良を加え、さらに優れた道具を作り出す研究をしていた。 より軽く、そして多くの回復量を持つ薬。 一度では消えないハエの羽。 持続時間の長いアンティペインメント。 人々の役に立つさまざまな道具を作り続けた。 しかし、次第に男の作り出す道具は狂気を孕み始める。 必要以上に殺傷力を高めた矢。 作り出した狂気のポーションは、名前どおり対象者の正気を失わせた。 王国で禁止されている返魂の札も使用可能な状態にした。 男は王国に危険視され、アルケミストギルドからも追放処分を下されることになる。 しかし、男の狂気が止まることはなかった。 自分を認めない世間、そして自らを追放した王国とギルドに復讐するため、男はひそかに研究をすすめた。 そして、その恨みの結晶とも言える道具が完成する。 外見はただの古木の枝。 しかし、男が改良したこの枝は普通のものとは決定的な違いがある。 それは、この世界に存在するものなら全て呼び出せる。 普通の古木の枝では呼び出せないようなものでも呼び出せるのだ。 さらにこの枝は折ってから召喚までに任意の時間を設定できる。 使用者は巻き込まれること無くモンスターを呼び出すことができる。 男は一通り街中を歩き回り、宿屋へ行った。 大量にあった古木の枝は一つ残らずなくなっている。 宿屋の2階に上がり、そこから屋根裏を通り屋根の上へ。 もっとも見晴らしのいい場所で、これから始まるであろう地獄をみようというのだ。 「ククク・・・開演まで・・・あと2分・・・。」 そのノービスの少女は大通りから少し離れた小道に置かれた木箱に腰をかけていた。 物珍しさで歩き回っていたものの、流石に疲れ、先ほど露天で買ったリンゴジュースを飲んで休むことにしたのだ。 「う〜ん疲れた〜。全く何だってこんなに面白そうなものばっかなのよ。ちょっと見るだけのつもりだったのに。」 晴れた空を見上げながら、一人つぶやく。 「それにしても、さっきのポリン人形可愛かったな〜。触るとこうポヨンってして、ちょっと癖になるわよね。  900zか・・・手持ちじゃちょっと足りないか。お母さんにもっともらってくればよかったな〜。」 先ほど街で何か気に入るものでもあったのだろう、しきりに財布の中身を見ながらため息をついていた。 「さて、そろそろ行こうかな・・・って、何かしらコレ?」 立ち上がった少女の目に、足元に落ちている何かが見えた。 「?木の枝?」 「定刻だな。ふ、ははは・・・ははははは・・・はははははははははははははは!さぁ、始まりだ!演目は、地獄。踊り狂え!はははははははは!!!!!」 それはあまりに突然の出来事だった。 大通りで、民家で、裏路地で、ありとあらゆる場所で爆発音。 そして悲鳴。 使用された古木の枝が、一斉にモンスターを召喚し始めたのだ。 「え?」 手にした枝が突然光を発したことに、少女は間の抜けた声を上げた。 呆気にとられ、気づいた時には既に枝は跡形も無く消失していたようだ。 心底驚いたようにキョトンとしている少女の耳に、大通りから何やら騒がしい音が聞こえてきた。 「なんだろう・・・大通りで何かあったのかな?」 踵を返し大通りへ向かおうとする少女。 しかし、枝から召喚されたモノはそれを許さなかった。 「あぐ!?」 少女の背中に強烈な蔓の一撃が加えられる。 痛みに涙を流し、倒れながらも振り返った少女の目に入ったものは・・・ マンドラゴラ。 プロンテラ近郊の森林部に生息する肉食性の植物。 多少なりとも戦闘に慣れた冒険者にとっては全く脅威ではないこのモンスターも、駆け出しのノービスにとっては絶対的な死を運ぶ恐るべき存在である。 「あ・・・ぁ・・・。」 突然自分の背後に現れた脅威を目の前にして、少女は必死に後ずさるしかできない。 しかしマンドラゴラはそんな少女をあざ笑うかのように、蔓を使い一瞬で彼女を捕獲した。 「嫌!離して!離してよ!!」 両の手足に巻きつかれ、少女はそのまま空中へと運ばれた。 それでもなんとか戒めから逃れようとしていた彼女だったが、次の瞬間。 ボキィ! 「キャアアアアァァァァ!」 左手に巻きついていた蔓に力がこめられ、同時に少女の腕から鈍い破砕音が聞こえてきた。 「う・・・痛い痛いイタイ!がっ!?」 再び破砕音。 今度は右の足から。 「ひぐぅ!」 右手。 「ギィ!」 左足。 「ぅ・・・あ・・ぅ・・・」 少女は糸の切れた操り人形のようにぐったりとして宙につらされていた。 両手両足の蔓が巻きついている部分はどすぐろい紫に変色し、もはや高位のプリーストの治療でも元通りにするのは不可能に思われるほどに破壊されている。 そんな彼女に、マンドラゴラは容赦無く追撃を加える。 ドッ! 「!?」 先端を尖らせ、槍のように変形した一本の蔓が少女の柔らかな腹部を貫いた。 「うあああああぁぁぁぁぁ!」 腹腔内に侵入した蔓は内部で幾重にも分かれ、少女の臓腑をかき回す。 「!!!!!?」 内臓を直接愛撫される激痛に、もはや声にならない叫びを上げた。 「グッ!ギッ、ガボッ!」 開かれた口からは声の代わりに鮮血があふれ出す。 少し経って引き抜かれた蔓には内臓の一部が付着しており、少女の腹からはズタズタになった中身が零れ落ちそうに垂れていた。 これからの冒険に思いを馳せ輝いていた瞳は完全に濁り、体はピクリとも動かない。 少女はもはや停止していた。 その光景に満足したのだろうか。 マンドラゴラは少女をいっそう高く持ち上げ・・・ 自らの捕食口へと放り込んだ。 爆発音、破砕音、悲鳴、怒号。 それらが入り乱れる大通りに向かって走る、一人の女騎士がいた。 プロンテラ騎士団第4歩兵部隊隊長。 それが彼女に与えられた称号だった。 「くっ・・・こんな大規模なテロが起こるなんて!」 愛用のクレイモアを手にひたすら走る。 後ろを走っていた3名の騎士は、全員はるか後方で血の海に沈んでいた。 「私の判断ミスよ・・・戦力を分散させるんじゃなかった!!!」 騎士団本部にテロ発生の報告がされたのはつい先ほどのこと。 街の見張りの団員から緊急の魔術回線を通してwisが来たのだ。 「報告!プロンテラにて大規模テロ発生、街のあちこちにモンスターが!大通りを中心に被害はなおも増大中!!  現存戦力では抑えきれません!!至急応援を・・・ヒッ、こ、こんな所にまで!?あ、あ、アアあああぁぁぁぁぁぁ!!!???」 あまり穏やかなことではないが、このプロンテラでは年に何度かテロが起こる。 騎士団もなんとか防止しようとしているが、古木の枝というアイテムが存在し、それを持つ者の特定が難しいのであまり効果が無いのが現状である。 しかし、テロといってもそう大きな被害はめったに出ない。 というのも、プロンテラは多くの冒険者が集まる。 当然中にはかなりの力量を誇るものの少なくない。 テロが起こったとしても、大抵は騎士団到着の前に方が着いてしまうのだ。 そんなことが続いていたからであろうか、今回の件への騎士団の対応は遅かった。 発生してからwisまで、数分のタイムラグがあったのだ。 さらに悪いことは連続するものである。 ちょうどこの時、GHにてモンスターの掃討作戦が行われていた。 GHはこの世界でも最高レベルの難易度を誇る危険なダンジョン。 そのため騎士団の主力、第一から第三までの騎兵部隊及び第一、第二歩兵部隊はそちらに参加していた。 この時点で残っているのは第三、第四歩兵部隊と城を守る近衛部隊のみである。 だが、第三部隊は北のダンジョンの警戒任務にいっており、近衛部隊は城を離れるわけにはいかない。 結局動けるのは第四部隊だけだった。 wisがきた直後に第四部隊隊長は判断を下した。 「・・・よし。格隊員に命令、wisによると街中の広範囲に渡ってモンスターが出現しているらしいわ。固まっていたのでは被害は増大するばかりよ。  4人一組で制圧に当たって!一班は北、二班は東、三・四班はそれぞれ西と南の方角を!!必要とあらば冒険者の助けを借りなさい、今は体面を気にしている時ではないわ!!  なお戦闘不能と判断した場合、速やかに撤退して!!」 今までのことを思い出す。 私のこの判断が誤りだったのだ。 今回のテロは今までと違い、冒険者だけでは制圧できなかった。 つまり、それだけモンスターの戦力が大きいと言うこと。 戦力を四分するのは得策ではなかった。 「誰か!聞こえる!?各班は中央噴水に集合、態勢を整えるわ!!」 「・・・」 「ちょっと・・・なんで誰も応答しないのよ・・・。」 各所で戦っているはずの団員に飛ばしたwisに返事は無かった。 冷たい汗が自分の背中を伝っていくのがわかる。 「各班、聞こえる!?聞こえていたら応答を!!誰か!!?」 嫌な予感。 とりあえず早く噴水へ向かおうとして速度を速めた、瞬間。 「きゃっ!?」 突然足場が変わり転びそうになる。 「これは・・・・」 石で舗装されていたはずの路地が一面砂で覆われていた。 疑問に思う間もなく、砂の中から現れる異形。 とっさに体をひねり相手の攻撃を回避、同時に体ごと旋回させて剣を一閃! なにか柔らかいものを切り裂くような手ごたえと共に、あたりに紫色の体液が撒き散らされる。 地面に横たわっているモンスターを確認。 砂漠に生息する巨大ミミズ、ホードだった。 ここで少し疑問が浮かんだ。 「・・・ホードって・・・確か大人しくてこちらから仕掛けない限りは砂の中でじっとしているはずじゃあ・・・。」 しかし枝で呼び出されたモンスターは凶暴になることを思い出した。 「ふむ、そうね・・・」 一人納得して再び駆け出そうとする。 そこで再び気になる点が。 砂地の部分が広すぎる。 どうみても一匹のホードがやれる範囲じゃない。 ということは・・・ 「しまった!?」 考えている間に再び砂が盛り上がってきた。 しかも今度は3つ、いや4つ! 反応が遅れた私の腹部に、ホードの巨体が叩き込まれた。 「ぐ!?あ、ガハァ・・・」 完全に無防備な状態に叩き込まれた衝撃は思いのほか大きく、私の動きを鈍らせるには十分だった。 そこへもう一撃。 「うっ!ガボッ、ゲェェェ!ゲホっゲホっ」 続けざまの腹部への攻撃。 嫌な感覚と共に胃の中のものが吐き出された。 「ふっ・・ふっ・・・ガホッ・・・」 口の中が酸っぱい液体で満たされ、昼食で食べたサンドイッチなど、消化されきっていないものがあたりに飛び散る。 嘔吐感により動きが止まった私に、ホードが巻きついてきた。 ホードはあまり強いモンスターとはいえないが、その力は侮れない。 こう巻きつかれては私の力では引き剥がすことは無理なように思える。 そうこうしている間に、完全に動きを封じられた。 しかし何故? ホードは肉食ではない。 砂漠で冒険者を襲い、動けなくしてもそのまま放置するだけである。 動けないうちに他のモンスターに襲われ死亡することもあるが、ホードによる死亡例は珍しい。 それも当たり所が悪かった程度のもので、倒した相手を捕獲した例なんて聞いたことがなかった。 この行動の理由は? 私の疑問は最悪の形で氷解した。 ゲッ ゲッ ゲッ ゲッ どこからか奇妙な音・・・いや、声が聞こえる。 そして、ひときわ大きく盛り上がった砂の中から現れたのは・・・。 フリオニ。 砂漠の生態系でもトップを争う凶悪な化け物。 大きな口から伸びる舌は異常なまでに発達していて、その動きは現在最速を誇るアサシンでさえ回避が難しいという。 まさかこんなやつまで召喚されていたなんて・・・!? ホードに巻きつかれ、身動きすらままならない状態ではこいつの攻撃をかわすのは不可能。 襲ってくる舌からの衝撃に備えて目をつぶり、体をこわばらせた。 ・ ・ ・ 「・・・?」 おかしい。 いつまで経っても衝撃がこない。 そっと目を開けてみる。 そこには・・・ 「・・・え?」 大きく口を開け近づいてくるフリオニの姿。 「・・・え?え?」 一体なんだろう。 こいつは一体何をするつもりだろう。 フリオニの行動が理解できない。 違う・・・。 できないんじゃなくて、したくないんだ。 だってこいつは・・・多分私を・・・。 「嘘・・・」 あと2メートル 「ウソ・・・」 あと1メートル 「うそよ・・・。ウソ・・!嘘!!」 目の前に来た。 そして・・・。 「嘘よーーーーーーー!!?」 ゾブン!! 女騎士の叫び声の後、辺りには嘘のような静寂。 聞こえるのは・・・。 グチャ、グチャ・・・プチュ、ガリ、クチャクチャ・・・バキ・・・グチャ・・・ フリオニの口から聞こえる何かを咀嚼する音。 柔らかな内臓を、少し噛み切りにくい筋肉を、硬い骨を、元は騎士であったモノを捕食する音。 同時にどこからか・・・ 「・・・ア、ヤメ・・・。ヒグゥ!イタッ、ギッ!・・・タスケ・オネガ・・ヤメ・・・・・・。」 女性の声らしきものが聞こえていたが、すぐに止んでしまった。 ゴクン フリオニの口が止まる。 ゲッゲッゲッゲッ♪ 嬉しそうに一声鳴き、ソイツはホードを引き連れ移動していった。 あらたな食事を求めて・・・。 フリオニが去った後、彼女がいた場所には、彼女の脚だけが残されていた。 恐らく一口に入りきらなかったのだろう。 二本の脚。 無駄な肉が無く、引き締められた筋肉に包まれた脚。 以前は何度と無く男性の注目を集めてきた。 彼女が存在した・・・最後の・・・あまりに無惨な証・・・・。 「ダブルストレイフィング!!」 放たれた二本の矢は、寸分違わず迫っていたデザートウルフの眉間に吸い込まれていった。 ギャウン! 悲鳴を上げて跳ね飛ぶ目標。 間髪いれずにもう一度。 「ダブルストレイフィング!!」 後ろ続いていたもう一匹を射抜く。 「ふぅ・・・。まったく、ひどい目にあうわ。」 ハンターへの転職を終え、多少の経験も積んで故郷に戻ってきたら、初日にコレである。 突然爆発が起こったかと思うと、モンスターの群れ。 どこへ行っても悲鳴、怒号、戦闘の音。 「どこの馬鹿よ、もう!」 姿の見えない首謀者に悪態をつくが、それで事態が好転するとも思えない。 「さて、ここにいたらまずいわね。少し裏路地に行ったほうがよさそう。」 周りの状況を確認し、少し離れたわき道へともぐりこんだ。 「敵は・・・いない?」 一通り見回して敵がいないことを確認。 一歩踏み出したところで間違いに気づく。 少し前方の木箱。 陰で何かがうごめいている。 袋状の体に数本の蔓。 マンドラゴラね。 自分にとっては大した脅威ではないし、あれを倒すのは矢の無駄のように思い迂回しようとしたところで再び立ち止まる。 マンドラゴラの捕食口からなにかがはみ出ていた。 あれは・・・。 「・・・人の手!?」 アーチャー、ハンターと転職してきた私は視力には自身がある。 あれは確かに人の手だ。 つけている手袋から恐らくノービス。 「くっ、なんてこと!」 急いで矢をつがえ、放つ! ピキ! 矢はまっすぐにマンドラゴラに直撃し、奇妙な鳴き声のあと目標は動かなくなる。 敵の死亡を確認し、急いでマンドラゴラに駆け寄った。 捕食口からはみ出した手は、ピクッピクン、と痙攣していた。 「大丈夫!?今助けるわ!!」 慌ててその手をつかみ、引っ張った。 ズルリ マンドラゴラの中から引きずり出される。 でもおかしい。 軽い、あまりに軽かった。 どう考えても人一人の重さではない。 この子は極端にやせている? それともすごく背の小さい子? さまざまな可能性を考えるが、それでもまだ軽すぎる。 まるで、腕しかないような・・・。 恐る恐る自分が握っている手をたどっていってみる。 まず、私が握っている手、そして腕、肩・・・。 そこで腕は途絶えていた。 その先にあるはずの、おそらく幼く可愛らしいであろう、顔や体は無い。 あるのは、異臭と煙を放つ骨だけだった。 「ヒッ!?」 予期していなかった光景に悲鳴を上げ、持っていた腕を放り投げてしまった。 ゴトリ、と地面に落ちた腕からは相変わらず煙が立ち上り、残っていた肩甲骨もほとんど無くなりつつあった。 「そんな・・・こんなことって・・・」 思わず後ろに後ずさってしまう。 後ろに迫る影には全く気づかなかった。 ケーーーン!! 「!?」 突如背後から聞こえた獣の鳴き声に私は慌てて振り返る。 が、遅い。 振り向いた時には既に影は私とすれ違っていた。 襲ってきたのは九尾狐。 フェイヨンに生息するが、そこで修行を積んだ私でも今まで一度も見たことが無かった。 強力なモンスターだって聞いていたけど、聞きしに勝るわね。 幸い相手はこちらをじっと見て動かない。 心の中で一人つぶやき、弓に矢をつがえようとして・・・。 真っ赤に染まった矢が目に入った。 「何・・・?」 何か返り血でも浴びることをしただろうか? 考えているうちに、首筋のあたりの服が何かでびっしょりと濡れているのに気づいた。 「これは?」 首筋に手をやる。 首筋に到達する前に、手に何かの液体があたった。 手を見る。 真っ赤に染まっていた。 ほんの一瞬手をやっただけなのに、そこからは地面に滴るほどの血がついている。 「何よ・・・これ・・・」 足元をみると、そこは赤い水溜りができていた。 その正体を理解する前に、体が平衡感覚を失い横倒しになってしまった。 地面の赤い水溜りは先ほどより大きくなっている。 「は・・ははは。そっか、これって・・・あたしの血か・・・」 何かが無くなっていく感覚に液体の正体に気がついた。 九尾狐はじっとこちらをみている。 「そうね・・・放っておいても死ぬ相手に、労力な・・んて・かけた・く・・ないわよね・・・」 血はさらに流れ続ける。 死、という言葉が思い出された。 いざとなってみるとあっけないものね。 苦しまないで死ねるのがせめてもの救いかしら・・・。 そう思っていると、 突然体に衝撃が走る。 見ると一匹のデザートウルフが私の体に食らいついている。 多分最初に倒したやつの仲間だろう。 しかし痛みは無かった。 デザートウルフの数は段々と増えていき、最終的に4匹が私の体をむさぼっている。 腹部を破り、内臓を引きずり出し、それを奪い合う二匹。 一匹は太ももに食いついている。 歯が骨にあたるたびに、ゴリゴリ、という音がやけにはっきりと聞こえた気がした。 もう一匹は私の胸へ。 形、大きさといいちょうどいい、と密かに自信があった私の胸は食いちぎられ、真っ赤な断面をさらしている。 あぁ、なくなっていく。 私はただ、ぼやける視界で徐々に少なくなっていく自分の体を見続けていた。 街はまさに地獄だった。 必死に回復魔法を唱えているプリーストの背後に、彷徨うものが迫る。 突然止んだ回復魔法に疑問を抱き、仲間が振り返ったその先。 プリーストの首には一筋の赤い線。 その線が突然にじみ始めたかと思うと、あふれ出す鮮血。 自分自身何が起こったかわからないという表情のまま、プリーストの首は体から分離した。 駆けつけた4人の騎士団員の前に、深淵の騎士が立ちふさがる。 無機質な瞳で4人を睥睨した黒騎士は、残念そうにかぶりを振り、 「つまらん・・・消えろ。」 振るわれた槍はあまりに無慈悲。 4人の騎士団員は、一瞬で4つの肉塊と化した。 騒ぎに乗じて民家を漁っていたシーフ。 箱に向かって伸ばした手は、肘から先が消失した。 噴出する血。 叫び声をあげる前に、彼の頭は宝箱の中へと消えていった。 「はははははは・・・。すばらしい、素晴らしいぞこれは!!」 大通りから少し離れた宿の屋根。 一人のアルケミストが笑っていた。 奇妙なことに、ここにだけは魔物がいない。 「複数の場所で同時に召喚を開始することによって騎士団をかく乱。おまけに召喚されるのは凶悪なものばかり!」 男は一人笑い続ける。 「はははははは。見ろ!これが・・・コレが私の力!愚民どもよ後悔しろ!王家のものは許しを請え!!貴様らは偉大なる天才の怒りをかったのだ!あはははははははははは!!!!」 ドシュ 「はははは・・・?」 突然男の哄笑が止む。 男の胸から圧倒的な存在感を持った剣が突きでていた。 「こ・・・これは・・・?」 「・・・あなたは少々やりすぎました。」 背後から凛とした声。 「基本的にこの世界、あなた達は自由に行動できます。」 男は状況を理解できない、といった表情でいる。 「しかし物事には限度があります。今回のことは、人間と魔族、その勢力バランスを崩しかねません。」 男の困惑を無視し、声は続ける。 「世界の維持。それが私達の仕事です。私達はあなたを危険人物と判断します。」 「お・・・お前、は・・・」 「さようなら。もう二度と、たとえ生まれ変わっても、貴方がこの世界に存在することはありません。」 剣が光を発し、男の体が光の粒子となって消え始める。 首だけで背後の存在を確認し、男は驚愕に目を見開いた。 「調律者・・・実在・・・しただと?」 「・・・。」 「こんな・・・こんなものが私の劇の終幕だと!?そんなことは無い!!まだだ!まだやることがある!!こんな結末・・・私は認めないぃぃぃ!!!!」 男の体が完全に消滅する。 終始うつむき加減でいた調律者は、すっと顔を上げた。 整った顔立ちの美しい女性。 その異常なまでの魔力がなければ、普通の女性にも見える。 いや、少女、といってもいいかもしれない。 「・・・ふぅ・・・。いつまで経っても、慣れないわね。」 表情は少しかげっていた。 「とりあえずは時を遡りましょう・・・。コレはあまりにひどすぎるわ。」 もはや廃墟といっていいほどに荒れているプロンテラの町並みを見る。 「世界が狂い始めている・・・。今回のこと、繰り返されるかもしれないわね。」 ・ ・ ・ 「このままじゃ・・・いけない・・・」 一人たたずむ少女のつぶやきは、誰にも聞かれること無く、風にさらわれ消えていった。