*現実のROといろいろ違います。こういうもの、としておおらかに読んでいただければ幸いです* ピラミッドの地下の奥深く、獣の咆哮が空気を震わせ、松明の火をちらつかせた。 わたしは、血にぬれた両手剣を構え直すと、声の主、目の前にいる敵との間合いを取り直す。 今対峙しているのは、人間の体ほどもある槌を振り回す、巨大な体躯と牛の頭を持つ魔物・・・ミノタウロスだ。 だいぶ手傷を負わせたが、いまだに戦意は衰える様子もなく、牙をむいてわたしを睨みつけている。 「グオオォォ!」 魔物は再び雄たけびを上げると、その槌を大きく振りかぶった。強烈な打撃で、相手を行動不能にするハンマーフォールだ。 とっさにそれを察したわたしは、飛び退いて攻撃範囲の外に出ると、間髪入れずに今度は前にダッシュ、 床にめり込む槌の脇をすり抜けて、一気にミノタウロスとの距離を詰める。 敵は槌を構え直す余裕はないと判断したのか、丸太のように太い腕を横に振り回してきた。 わたしは体を落としてそれをかわす。頭上を、無気味な音を立てながら巨大な塊が通り過ぎた。 敵の腕が外に振り切られている。ということは体の防御ががら空きということだ。 「てやああぁぁっ!」 わたしはアイスクレイモアを突きの構えに持ち直すと、気合一声、しゃがんだ姿勢から両足に力をこめ、 ミノタウロスの懐に飛び込んだ。わたしの軌跡を追うように、自慢の蒼の髪が尾を引く。 切っ先が鋼のようなミノタウロスの胸板をとらえた。 毛布でくるんだ粘土の塊にナイフを突き刺すのに似た感触をわたしの腕に伝えながら、 冷たく光る水のクレイモアが肉の中にめり込んでいく。 確かな手ごたえ。仕留めたはずだった。 だがミノタウロスは、最後の抵抗とばかり巨大なコブシでわたしを殴りつけてきた。 バカな、敵の残り体力を読み間違えた!? とっさに受身をとるが、力を逃がしきれずに吹き飛ばされ、硬い石の床に胸をしたたか打ちつけた。 「ごほっ・・・げほっ」 痛みに息が詰まって、咳き込みながら体を起こそうとするわたしの目の前に、ミノタウロスが槌を振り上げ立ちはだかっている。 まずい。 クレイモアはミノタウロスの胸にくわえ込まれたままで、今のわたしは丸腰状態。 いくら手負いといったって、この体勢で素手じゃ立ち向かえない。 やられる。 絶望が心によぎったその刹那。 「ダブルストレイフィング!」 突然背後から水晶の矢の連激がミノタウロスの頭に命中し、その牛面を粉々に打ち砕いた。 辺りには血と骨と脳の破片がふりそそぎ、一呼吸ほどおいて顔を失った巨体がどう、と倒れこむ。 わたしは四つんばいの格好で肩で息をしながら、呆然とミノタウロスの亡骸を見つめていた。 誰かが危ないところを助けてくれたんだ。あのままだったら、わたしは殺されていたかもしれない。 一体だれが? そう思いながら、矢の飛んできた方へ視線を向けると、 「油断大敵火がボーボー、勝ってカブトのショー・コスギってね」 通路の奥、闇の向こうから、少しおどけた、聞きなれた声が飛んできた。 松明に照らし出されたその人物は、女ハンターだ。 ショートカットの癖のない金髪と青い目が印象的な、目元涼やかな少女。幼馴染の知己だ。 「ああ、アナタか。助かった、感謝」 短く謝意を口にしながら立ち上がる。けど、まだ足元がおぼつかなくてよろけてしまった。 ダメージのせいか、体もなんだか火照っている。慌てて彼女が手を貸してくれた。 「っとと、だ、大丈夫? そんなに派手にやられたようには見えないけど。もしかしてリアルのほうで調子悪い?  なんか顔色もよくないし辛そうだし・・・」 心配そうにわたしの顔を覗き込んでいる。 「う、うん、大丈夫。ツールの調子がちょっとよくないみたい」 彼女を心配させたくなかったし、額に油汗を浮かべたまま、何とか笑顔をこしらえてそう答えた。 お隣の国でブームになったオンラインゲーム、RO。 かわいいキャラとわかりやすい操作で日本でも人気だ。 わたしもこの春、第一志望の高校に受かったお祝いにパソコンを買ってもらって、すぐにはじめた。 今もかなりはまってる最中。 先日もクラスの男子に告白されたんだけど、付き合うとゲーム時間が減るからって振っちゃったし。 そこ、廃とか言わない。 ゲーム人気と、わたしのプレイ熱を支えているのが、情報サイト・ファンサイトと共に豊富なツールなんだ。 わたしもその中のいくつかは愛用してる。今日も新しいツールが出たので、早速インストールして、 様子見がてらピラ地下へ行っていたと言うわけ。 「でもさ、残りHP読み間違えるんじゃ、戦闘の支援どころか邪魔なってるじゃん。それじゃツールの意味ないよ」 プロンテラの大通り、雑踏をかきわけていつもの溜まり場へ戻る途中、わたしの話を聞いた彼女は呆れ顔だ。 「うーん、設定がまだうまくいってないのかも」 わたしは片方の手の人差し指を頬にそえて思案にふけっている。 敵情報の間違い以外にも、どこがどうとは言えないんだけど、なんとなく違和感があった。 ヘルプや掲示板で調べてみたほうがいいかも。 「あたしは一度使ってすぐ止めちゃったな。設定とか何とかってめんどくさくて、なんだか性にあわなかった」 両手を頭の後ろで組みながらそう言う彼女。 「やっぱね、シンプルイズベストよ。インストールするのはゲームとパッチの二つだけでいいのよ。二つで十分ですよ。わかってくださいよ。 ノー、ツーツーフォー、ミスターデッカード・・・」 こないだ一緒に映画のDVDを見て以来、彼女はこのフレーズがお気に入りのようで、やたらと使う。 「わたしは、この世界での自分の分身だから、死ぬ危険を少なく出来たらいいなって思って使ってるわ。倒されれば痛いし」 脇を歩き、路傍に並ぶ露店を眺めながらわたしはそう答える。 「痛いったって、たいしたことないじゃん。むしろあたしはデスペナの方がイタいわ」 現実主義の彼女らしい答えだ。 「んー、痛覚のこともあるけど、どっちかと言うとキモチの問題かな。死んじゃってる自分を見ると、 ごめんね、もっとうまく動いてやれればよかったのに、ってすごく辛くなるのよ」 それを聞いた彼女はふふっと、小さく笑って、 「アンタって意外とロマンチストだもんね。そのくせ昔っからテストは理数系の方が成績いいのはどーゆーことなのかね」 茶化すような声が飛ぶ。 「そ、そりゃ・・・」 あなたに比べれば英語とかの成績は負けてるけど・・・ そう反論しようと彼女の方へ向き直った。 が、そこには彼女の姿は無い。 いや、正確には、そこには彼女の下半分だけがあった。 軽装のハンターの、剥き出しの白い胴がおへそのあたりでちぎれ、そこから赤黒い内臓が、今まさにこぼれおちるところだった。 彼女の下半身は、そのままよろよろと数歩歩くと、がくりと膝をつき、血を撒き散らしながらゆっくりと倒れていった。 はだけたスカートの下にのぞく、黒いスパッツに覆われた形のいいおしりが、びくびくと痙攣している。 上半身と言えば、はるか向こうの石壁にたたきつけられ、血の花を咲かせてばらばらの肉隗となって散らばっている。涼やかな美少女が見る影も無い。 わたしは一瞬何が起こったのか、理性が麻痺してわからなかった。次に背筋を這い上がる戦慄に襲われる。 そのとき背後に強烈な殺気が走った。 経験をつんで研ぎ澄まされた本能に突き動かされ、わたしは反射的に横に飛びのく。 すると、今までわたしがいた場所を巨大な黒い剣が横に薙いでいった。避け損ねた不運な露店のまーちゃんが血煙をあげて二つに分かたれる。 わたしは、悲鳴をあげながら自分の下半身をたぐりよせようとして、そのまま事切れる女商人を一瞥しながら、 黒い剣の主へ向き直った。思ったとおり、深遠の騎士。 『イタタタ・・・』 死んだハンターの彼女からギルド会話が飛んでくる。 「大丈夫?」 『うん。一撃即死だったんで、まだちょっとズキズキしてるけど。でもこんな時間にいきなり枝テロ?』 「そうみたいね、しかも大物が出たわ」 辺りは深遠の騎士の出現で大混乱だった。 逃げようとしていたところに、背後からブランディッシュスピアを食らったアルケミストの女が下腹部を串刺しにされ、絶叫を上げながらもがいていた。 短いタイトスカートからのぞくしなやかな太腿が血に染まり、腹からこぼれた腸がまとわりつき、奇妙に艶かしい。 『ヤバそうね。すぐ戻るからまってて』 少し緊張した彼女の声。 「わかった」 敵の出方を見つつ剣を構え、わたしは短く答えた。 直後。 『ぎゃー』 女の子ならきゃーと言おうよ。 『あたしセーブ廃坑だった』 ・・・ 『何とか戻るから持ちこたえてて』 無茶言うな。 どうする? ハンターの火力なしで、両手剣騎士がピンで立ち向かうには、深遠は部が悪すぎる。 過疎鯖の上、時間が悪いのか、あたりにはまともに戦えそうなものはいない。 蝶もハエも持ってる。逃げるのはたやすいけど。 どうしよう・・・ ええい、仕方ない。 彼女は戻ってくるといったんだし、信じて粘ってみよう。 それに「背中の傷は騎士の恥」っていうし。 ・・・確かにわたしはロマンチストだな。 ともかくハラをきめたからには、精一杯やってやる。 バーサークポーションを手早く飲みほし、ツーハンドクイッケンの構えをして、真正面から突っ込んでいった。 ヤツはわたしを敵と認めたようだ。 首から上を飛ばされて血の噴水を上げながら、びくんびくんと胴震いしているシーフの娘の死体を投げ捨てると、わたしにその巨大な剣を振り下ろしてきた。 ガキン! 剣の軌道を見切って刃先をこちらの剣で滑らせて受け流す。 つもりだったが、あまりに重い一撃は、受け流してもなお衝撃がわたしに伝わってくる。 ぞく え? 何、この感覚? 続けてもう一撃来る。 ギキィン! ぞくぞくっ まただ。 背骨を電流が走り抜けるような、総毛立つような感覚。それでいて不快ではない感覚。 続いて一撃。さらに一撃。 深遠の攻撃を受け、ダメージが抜けてくるたびに、疑問は確信へと変わる。 先にミノタウロスと戦っていたときにも似たような感じがしていた。 今ならその感覚も説明できる。 わたしは、ダメージを受けるたびに「感じて」るんだ。 攻撃を受け、体が傷つくたびに、苦痛と共に快感がわたしに流れ込む。 なんなの、これは。昨日まではこんなことは無かった。とすれば、原因はあのツールか。 さっきの情報表示の間違いとも関係あるのかも。理由はわかんないけどとにかくアレが元凶だろう。 掲示板とかで情報が出てるのかな、後で調べなきゃ。 でも、とりあえず問題なのは。 ブンッ 深遠の騎士の漆黒の剣が振り下ろされる。 ギャイィン! 剣を絡めて受け流す。 「んうっ!」 洒落にならない気持ちいい刺激がわたしの中を走る。 鎧の下で乳首がしこり、股間がうずき始めた。 歯を食いしばって耐えるけど、衝撃が来るたびに、びくんと体が反応する。 まずい、まずいまずいまずい。 体力を消耗しているのとは別の理由で息があがってきた。体が上気し頭はボーっと霞がかかり、足元がふらついてくる。 こんなんじゃまともに戦闘なんて出来ないよ。ダメージがが大きくなればなるほどに、気持ちいいのも痛いのも増幅されてるみたいだし。 あれ。 まって。 ひとつの疑問が心に刺す。 ダメージが大きくなると気持ちいいのも痛いのも大きくなってるなら、じゃあ、もしわたしが殺されたらどうなっちゃうの? その疑問のヒントは深遠が与えてくれた。 動きの鈍くなったわたしは、ついに深遠の剣に捕らえられたのだ。 ギンッ!ザシュ! 金属のぶつかる鋭い音に続いて、鈍い衝撃がはしった。 そしてわたしの視界を、体からちぎれた左腕が、はじけ飛んだ鎧の板金やチェインメイルの破片、それに肉のかけらをまといながら、 スローモーションのようにゆっくり横切っていく。 その画を認識してから一呼吸ほどおいて。 すさまじい苦痛と、それを上回らんばかりの快楽がわたしの脳に突き刺さった。 「うあぁあぁぁぁ!!」 わたしは体をかきむしりながら倒れこんだ。腕の傷より、体の芯を貫く快感の方が耐えがたい。 ガラン 両手剣がわたしの手からこぼれ、路上に転がる。もう戦闘どころではない。 そこへ深遠の追撃が来る。わたしの体を両断しようと巨大な剣が振り下ろさるのが、涙にぼやけた視界に入った。 体を滑らせてそれをかわそうと、力を振り絞って縁石を蹴る。 が、血で滑って間に合わなかった。 漆黒の大剣が地面にめり込み、敷き詰められた石と、わたしの太腿から先が飛び散った。 衝撃でわたしの体も路上をとばされて、壁にぶつかって止まる。 右の太腿が半ばあたりから斬り潰されてなくなっている。砕かれた骨、ちぎれた筋肉がそこからのぞき、 血液がびゅるびゅると噴出して、傷口を紅く化粧していく。 そして太腿から腰、背中を通ってすさまじい衝撃が駆け上がってきた。 「き・・・きゃあああぁぁぁああぁぁ!!」 わたしは絶叫しながら路上を悶え転がる。 ちぎれた腕と脚からは、どくどくとこげ茶色の液体が流れ出し、白い砂岩の石畳に血の華を描いていった。 ガチガチと歯の根がなり、涙とよだれを垂れ流し。なんてみっともない姿だろう、と麻痺していく頭でぼんやりと思った。 すごく痛い。でもとんでもなく気持ちもいい。 相反する二つの感覚にわたしの精神は押しつぶされそうだ。 「あはぁっ・・・・あっ・・・あひっ・・・」 もはやまともに悲鳴すらあげられない。体中の神経が沸騰してるみたいに暴れ狂っている。 深遠の騎士は、悶絶するわたしを、勝者の余裕で睥睨していた。悶える様を見て楽しんでいたのかもしれない。 だが程なくしてそれにも飽きてきたようだ。奴は馬を進め、わたしのすぐ側に立つと、馬の前足を片方あたしの体の上に乗せた。 それが何を意味するか、ぼやけた頭でもすぐにわかる。 「あはぁっ・・・や・・・やめて・・・これ以上されたら・・・ひぃ・・・く、狂っちゃう・・・」 鼻にかかった甘い喘ぎ声の間から、必死に哀願する。今でさえもう意識が飛びそうなほどなのに、新たな衝撃が加わったら耐えられそうに無い。 そんなわたしの声を聞いた深遠の騎士の仮面が、にたりとわらったように思えた。 ぐぐぐ・・・ 巨大な蹄が、わたしの体を潰しにかかる。少しづつ力を加え、なるべく長く楽しもうとしているようだ。 「い、、いやああぁぁがはぁぁ・・・!」 悲鳴は途中でかき消された。 肺が圧迫され息ができない。声が出せない。 痛い。でもきもちいい。 アバラがきしみ、次いで鈍い音と共に折れていく。 痛い。きもちいい。 内蔵がつぶれ、逆流した血が口からこぼれだす。 イタイ。キモチイイ。 そして。 「が・・・がへはぎゃあああぁぁぁ!」 ブシャッ わたしの断末魔の叫びと、体がつぶれる音が重なった。 血肉と骨と内臓と鎧の破片が、あたりに飛び散る。 弛緩してばらばらに投げ出される四肢。 体はもういうことを聞かない。 でもわたしの精神には、今までで最高の苦痛と快感が流れ込んできた。 抗いようの無い、圧倒的な感覚。 脳も体も全てが真っ白になりそうな、すさまじい快感が、痛みと言う名のスパイスを絡めて、わたしの中を駆け巡る。 キモチイイ イタイ キモチイイ イタイ キモチイイ   イク いっちゃう いっちゃう 「あはああぁぁぁあぁぁっ!!」 自室のPCの前で、わたしは弓なりにのけぞると、自分で聞いても妙に色っぽい叫び声をあげていた。そしてそのままの姿で硬直する。 ブルッ ブルブルブルッ 体が何度か小刻みに痙攣した。大きく開けられた口の端からはよだれがこぼれ、涙と一緒に頬を汚している。 「・・・・・・!」 わたしはしばらくのあいだ、声も無くよがり、絶頂の余韻に浸っていた。両親が仕事から帰ってなくてよかった。 それからふいに脱力し、机に突っ伏すように倒れこんだ 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」 運動したわけでもないのに、息があがっている。体中から汗がふきだし、湿った服がべったりと張り付いてきもちわるい。 そして・・・スカートの中を手で探ってみると、下着は汗ではないもので濡れていた。 わたしはすっかり疲れ果て、しばらくの間、トロンとした目で、身じろぎ一つせず呆けたように机の前の壁を見つめていた。 荒い自分の呼吸だけがやけに大きく部屋の中に響く。 その間にいろいろなことが頭の中で渦巻いていた。 多分あの新しいツールが原因だろうけど、意図的なのかな、それとも偶然のバグなのかな。 そういえばあのアルケミストの子も、串刺しにされてもがいて悲鳴あげてたけど、同じツール使ってたのかな。 いずれにせよ、制作者に知らせれば、なにかしら反応があるはずだ。 だとすれば、まずはメールだね。文面考えなきゃ。 そんな考えをまとめるころには、もう体のほてりも引きはじめていた。 まあ、メールを書くにしろなんにしろ、とりあえず、 「・・・着替えよ」 わたしはそうひとりごちつつ、もそもそと起き上がった。 服脱いで、シャワー浴びて・・・ ふと、PCに目が止まる。 画面はまだゲームオーバーのままだった。枝テロが収まっていないのか、辻リザもされてない。ハンターの彼女もまだもどっていなかった。 わたしのキャラが、わたしの分身が、プロンテラの石畳のうえに倒れていた。 手足をちぎられ、体も破壊された悲惨な姿で死んでいる。お気に入りの凛々しい顔立ちが無事なのが、せめてもの救いだ。 さすがにこのままじゃあんまりだから、シャワーの前にゲームを落としておこうかな。 そうおもってPCに手を伸ばしたそのとき。 あの感覚が突然脳裏によみがえった。 目の前で飛び散るわたしの体の部分。 手が、脚が、体が損なわれていくたびに神経を貫く峻烈な感覚。苦痛とないまぜの猛烈な快感。 バグだわ。本来の感覚が別なものに置き換わってたんだ。 不具合メールをすれば、修正版がアップされれば、もうあんなことはおこらなくなる。 間違った感覚を受け取らなくてすむようになる。もともとのあるべき状態に戻る。 そうすれば、これまでどおりゲームを楽しめる。 「あんなことは起こらなくなる・・・ほうがいいの?」 ぽつりと口にする自問。 我知らず「セーブポイントに戻る」を選択。それが答えだった。 わたしはイズルードに戻ってきた。 ぐちゃぐちゃにされていたわたしの体は、元の傷ひとつない玉のお肌になっている。 倉庫を開けて、装備を整え直していると、ハンターの彼女から連絡があった。 やっとゲフェンにたどり着いたそうだ。イズルードで落ち合うことにする。 彼女にも教えてあげよう。きっと気に入ってくれるだろう。 さて、どこに行って見ようかな。 時計塔、グラストヘイム、ノーグロード。みんな面白そうだ。気持ちよさそうだ。 「なんにせよ」 わたしはベンチに腰掛け、暖かい日差しの降り注ぐ、雲ひとつない青空を見上げて目を細めた。 「今までよりも、ずっと楽しい冒険が出来そう」 <おわり>