心地よい気候のプロンテラ周辺と異なり、南方に位置するコモドは気温が高く、またモロクとも異なり湿度が高いので不快さはモロクよりも上である。 そのためこの地に新地開発のため派遣されていたウィルは始終苦い顔だった。 ゲフェン出身の彼にとってはモロクさえも倒れそうになるほど暑いのである。ましてやそれに湿度という大敵が加わったのだ。 それで、新地開発というやりがいのある仕事にも関わらず彼の機嫌は良くなかった。 「暑いなぁ・・・。」 「暑い暑い言っても暑さが無くなるワケでもないんだから我慢してよねぇ・・・。」 ウィルと同じようにうんざりという顔をしているヤンが言う。彼女の場合は騎士の第一級の戦闘装備をしているため、 比較的軽装なウィルよりも暑さがこたえるようだった。 「仕方ないだろう・・・。何が悲しくてこんなトコに行く羽目になっちまったんだろ・・・。」 「それはアンタが金に目がくらんで志願したからじゃないの・・・。」 もともと自由業の冒険者である二人はコモド周辺の開発を目的とした遠征に際して、その報酬が大きかったので志願したのだ。 冒険者とはいえ暑さの苦手な二人はモロクで狩りをするのがせいぜいのことだったので、コモドには行ったことがなく、 その不快な気候を知らなかったのだ。 「うるせぇなぁ・・・。まぁとっとと終わらせて向こうでウマいビールでも飲もうや・・・。」 「それもそうね・・・。」 二人が命じられたのは、コモドの北にある密林の偵察だった。 この地へは誰も入ったことがなく、最初は誰も志願しなかったのだが、 この偵察に対して高額の報酬を約束した隊長の案に釣られて二人が志願したのだった。 未知の場所であり恐怖はもちろんあったが、己の技量に自信を持つ二人は存外気楽にこの偵察行をこなしていた。 途中出あったのが見慣れたステムワームであったため、この区域にはそれしか居ないと思っていた二人は安心してこの場所の地形や、 そこに生息する物を観察していた。 見慣れない者達をみたウータン族の戦士達は最初彼らをやり過ごそうとしたが、彼らがなかなか去らないので 彼らを実力で追い払う決心をした。 気づかれないように遠巻きに彼らを包囲し、そして一人のシューターがひ弱そうなウィルに対して石弾を放った。 妙な気配に気づいたウィルはすぐさま身を伏せた。 そのため石弾は彼に当たることなく空しく飛んでいっただけだった。 異変に気づいたウィルが、石弾の飛んできた方角らしきところにファイアーボルトを放つ。 火炎が彼を狙っていたシューターに直撃し、それは全身を炎に包まれながらもんどりうって木々の間から出て来、 そしてそのまましばらく火炎の熱に苦しみもだえていたが、やがて絶命した。 「何なんだコイツは・・・?」 その遺体を確認するウィル。そばには抜き身の剣を持つヤンが周りを警戒している。 「んー・・・。見たところ大型のサルだが・・・。ヨーヨーとも全く似てないし・・・。 一体どういう連中なんだろうか・・・?」 のんきに自分の考えを巡らせていた彼とは対照的に、戦士の勘か周りを取り巻く気配に気づいたヤンは鋭く身構える。 そして一体のファイターがヤンへと襲い掛かった。 彼女はその攻撃を華麗に流し、そしてファイターの無防備なうなじに対して突きを入れた。 その一撃でファイターは絶命した。 侵入者の意外な実力に驚いたウータン達はすぐに戦略を改めた。 彼らを各個に撃破しようというのである。 それはすぐさま実行された。 死体から剣を抜いたヤンと、ウィルの間には少しの距離があったが、その付近にシューター達の石弾が一斉に放たれる。 それを思わず避けた彼らは自分達の距離がだんだんと開いていくことに気がついた。 が気がついただけで、合流をしようともできない状況に彼らは陥っていた。 石弾の一斉発射とともにファイター達が自分に近い方の人間に攻撃を仕掛けてきたのだ。 ヤンはそれをひらりひらりとかわし、的確に一撃を叩き込み、ファイター達の遺体を重ねていった。 ウィルの方も飛び掛ったファイターが彼に達する前に炎の壁を張り、それが彼に達する前にファイター達を焼き殺していた。 ファイター達の犠牲がどんどんと増えていく中、しかし流石に一人でこの数と戦うのは無理があったのか、まずウィルがファイターの強烈な一撃を食らい、 森の中へと吹っ飛ばされた。 が彼に追撃を与える前に、ファイター達は彼の姿を見失った。 ガードマフラーの魔力によりクローキングをウィルが使ったからである。 姿を現しては合流できないと踏んだウィルが密林を回りこんでヤンと合流しようとしたのである。 がファイター達の方が一枚上手だった。 どうしても気配すらしないウィルを放っておいて姿の見える敵ヤンをまずは始末しようと考え、 ウィルに取り付いていたファイターがヤンの方へと流れ込む。 彼女も流石に数が多くなったファイター達を相手しかねたが、もう周りを完全に囲まれてどうしようもない。 またシューターの放つ石弾も確実に彼女の体力を削っていた。 石弾は鎧を貫通せず、その形を少しゆがませるだけだったが、それでも衝撃はヤンの体に直に伝わる。 その衝撃で一瞬身を崩したヤンを見逃さなかったファイター達は一斉に彼女に攻撃を加えた。 渾身をこめたナックルが彼女の体幹部にまともに入り、流石のヤンも膝をついた。 そのヤンに大勢の拳が襲い掛かる。 彼女の鎧は最早原型を留めなくなるまでに凹み、それに応じて彼女の体中の骨も折れてしまっていた。 が鎧を外して早く殺すという考えにファイター達が至らなかったためか、なおも鎧の上から恐ろしいほどの拳の雨が注ぐ。 鎧が前衛芸術のように異様に形を変え、それにより体の形があり得ないような歪み方をしていても、彼女はまだ生きていた。 圧迫する鎧が彼女にまともな呼吸さえも許さなかったが、それでも意識だけははっきりしていた。 が彼女は体を動かすことができなかった。 すでに本来の1/2の直径になった円筒状の鎧の、腕や足を包んでいる部分が示すように彼女の四肢は全く機能を失っていた。 動けないままにファイター達の放つ攻撃を甘んじて受けてはいたが、それはもう痛みすら伴わなかった。 最早彼女は自分の死を早く望むだけだった。 一人のファイターが鎧の継ぎ目がはがれていることに気がつき、そこを破り、鎧着に覆われた彼女の血まみれの胸部が晒された。 そこに容赦なく拳が注がれ、一撃が加えられる毎に彼女の体は大きく痙攣した。 鎧着はすでに最早布の形すら留めていなく、乳房は元の形を失って単なる黄色い肉塊と化し、 皮膚は最早その役目を果たせないまでに破られ、皮膚と引き締まった筋肉と骨に守られていた中身も まるでムースのように原型を留めないまでにかき潰されたところになってようやく彼女が絶命したことに気づいたウータン達の攻撃が止んだ。 まだ彼女の死を知らないウィルは森の中を戦闘の気配がするところまで近づいていた。 そしてヤンに合流しようと焦る余りにクローキングの発動条件である壁際にいることをすっかり忘れていた。 森の中にウィルの姿を認めたウータン達が襲いかかろうとしたが、それを一人のファイターが咎める。 そのファイターも戦士の勘で今下手に襲い掛かればまた逃げられると思ったのだ。 そいつはファイター達が近接武器しか持たず、またシューターの石弾も囲んでいなければ避けられるということを察し、罠を仕掛けようと思い立った。 密かに彼の後を付ける。 最初そいつは、木々に絡まる蔦を折って彼を捕獲しようとしたが、蔦には葉が付いており剥がそうとすると音を立ててしまう。 そこでそいつはあるものを使用して彼を罠にかけた。 ウィルはふと首に生暖かい気配を感じた。 そして急にそれは首に周り、彼は木に吊るされた形になった。 薄れいく意識の中で彼が最後に目にしたのは不自然にも仰向けで空中に浮かぶヤンの姿だった。 彼女の腹には一本のピンクの奇妙な太い縄が繋がっているように見えた。 それを見た彼は彼女が天へと召されていると思い。安心したところで彼の意識も途絶えた。