ずる。 ずる。ずる。 ずる。ずる。ずる。 根を張れ、養分を吸え。 蔦を伸ばせ、食事の時間だ。 ずる。 ずる。ずる。 ずる。ずる。ずる。 さぁ、次の人間はどんな味かな。  「あのね、お姉ちゃん・・・警戒し過ぎだよ、マンドラゴラに気をつければ危ない事ないんだから」 「何言ってるの、メル。  そのマンドラゴラが危ないの!アコライトの転職試験で何人犠牲が出てるかわかってるの!?」 アコライトの転職試験で私は今プロンテラ北東、聖カピトリーナ修道院にいる神父に会うために森の中を歩いている。 隣にはギルドのマスターをやっているハンターの姉が弓を片手に周囲に気を張り巡らせている。 ここまで警戒心を剥き出しにされると隣にいる私の居心地が悪いと言うものだ。 私達姉妹は両親と早くに死別している。 そのため唯一の肉親である私を姉が心配する気持ちはわからないでもないが、少々度が過ぎる。 私が試験でこの森を通ると知った時なんてギルドメンバー全員に召集をかけようとした程だ。 ・・・訂正、物凄く度が過ぎる。 恥ずかしいのでギルドメンバーを集めるのはやめてくれと言ったが自分だけでも行くと言って聞かなかった。 本当は自分だけで試験をやり遂げたかったのだけど・・・許可しなくても絶対着いてくるので仕方なく許可した。 後ろからこっそり着いてこられても嫌だったし。 だが、やっぱり隣に姉がいると思うと安心感はある。 この薄暗く、じめじめとした不気味な森を一人で歩くのは正直怖い。 それにこの辺りで危険なのはマンドラゴラだけではない。 極稀に、エクリプスという大型のルナティックが徘徊していると聞く。 実際に見た事はないが大きさで言えば・・・そう、すぐそこに見えている青みがかったルナティックぐらいなのだろう。 ・・・まさか会うとは思わなかった。  「アローシャワー!」 姉の放った無数の矢が雨の様にルナティックの群れに降り注ぐ。 短い鳴き声をあげて地面に転がるルナティックの屍の間を抜けてエクリプスが突進してくる。 私から見ればかなりの勢いなのだが姉から見ればスローモーションなのだろう。 軽く回避し、狙いをつけ、正確に矢を撃ちこんでいく。 流れるようにスムーズな射撃の動作は見ていてとても美しい。 姉ほどのハンターはそうはいないだろう、自慢の姉と言える・・・過保護な点を除けばの話。 「きゃっ!」 「メルっ!?」 そんな姉に見惚れていて気が抜けていたようだ。 するりと私の足に蔦が絡み、強い力で引っ張られ体勢を崩す。 倒れたところにさらに多くの蔦が絡み全身が軽く締められる。 マンドラゴラの大きな口が見えた、エクリプスと同時にマンドラゴラなんて最悪だ。 諦めかけたその時、姉の矢がマンドラゴラを貫いた、助かった。 体を締めつけていた蔦から解放される。 「痛っ!」 ぷつりという音と同時に腹部に小さな痛み。 棘でも刺さったのだろうか? 痛みを感じた辺りを探っていると――― 「ねっ?お姉ちゃんがいて助かったでしょぉ〜?」 妙に嬉しそうな姉のニヤケ面を見ているとなんとなく素直に認めたくなくなる。 が、実際危なかった。 姉がいなければ今私は間違いなくマンドラゴラに食べられていた。 いや、その前にエクリプスに襲われて命を落としていただろう。 今日この日だけは、姉の過保護っぷりに感謝だ。 「ありがと、お姉ちゃん」  無事神父の元へ戻った私は姉のギルドメンバーに総出で迎えられ盛大なお祝いを受けた。 さっきのお礼を取り消したくなるくらいの過保護ぶりに溜息が出る。 「これでメルも一人前の冒険者になれたわけだし、私のギルドの仲間入りね!」 ・・・ちょっと待て。 私いつ入るって言ったかな。 「あのね、お姉ちゃん。私はお姉ちゃんのギルド入るなんて一言も・・・」 「そうだ、砦の空いてる部屋ってどこだっけ?」 「話聞いてる?私はお姉ちゃんの・・・」 「あ、役職何がいい?特に希望ないなら私の独断と偏見で勝手に決めちゃうけど」 駄目だ、聞いちゃいない、もうギルドに入れた気でいる。 もう一度溜息・・・。 ―――まぁ、いいか。 転職できたのはお姉ちゃんのお陰だし、この過保護っぷりにも慣れてきたしね。  異変に気付いたのは、自室に案内され服を着替えた時だった。 マンドラゴラの蔦に絡められた時、痛みを感じた辺りが赤くぷっくりと腫れている。 心なし気分も悪い・・・毒だろうか?マンドラゴラの毒なんて聞いた事もないが。 「メルーっ、どう、ギルドには慣れたー?」 勢いよくドアを開けて姉が入ってくる、ノックくらいしてほしい。 大体慣れるも何も、ギルドに入って初日で慣れるも何もないだろうに。 「あのね、お姉ちゃん。姉妹とは言え部屋に入る時はノックくらい―――」 ―――食いたい――― 「え・・・?」 なんだ、今のは。 腹部に違和感。 ―――食いたい――― 違う、別に何も食べたくない。 これは『私』じゃない。 じゃあ、なんだ? 違和感が強くなる。 「ん?・・・どうしたの?メル」 頭がぐらぐらするし吐き気もする。 体の芯が熱い。 熱い。熱い。熱い。 「ちょっと、大丈夫?ポーション・・・じゃ駄目そうね、セイレン呼ぼうか?」 ―――食いたい――― 意識が混乱している。 落ちつけ、私。 何故こんなにも喉が乾いているのか。 何故こんなにも空腹を感じているのか。 何故自分は、目の前の姉を見て食欲をそそられているのか。 食べたい。 おねえちゃんが食べたい。 落ちつけ。 食べよう。 落ちつけ。 どんな味かな。 落ちつけ。 きっと美味しい。 落ちつくんだ。 私は。 マンドラゴラじゃない――― 「呼んだ方が良さそうねぇ・・・セーイレーン!  ちょっと妹の体調が―――」 刹那、腹が裂け大きな口となり、足や脇腹等全身から無数の蔦が生える。 「なっ・・・!」 蔦が姉の四肢に絡みつき自由を奪う。 寄生された? 種を植え付けられた? わからない、だが今の問題はそんな事ではない。 姉をどうやって逃がすか、だ。 このままでは間違いなく私は姉を『食べてしまう』 弓使いの姉は短剣等持ち歩くはずもなく、この状況を一人で脱する事は出来ない。 そして蔦は私の意思に関係なく動けない姉をずるずると引きずり、口へと運ぼうとする。 まだ自分の意思で動かせる手で必死に蔦の動きを抑えるが余り効果はなさそうだ。 「メルっ!大丈夫、大丈夫だから落ちついて!」 こんな時でも姉は私の心配をする。 本当に私の事ばっかり考えるんだから。 本当に美味しそう。 違う。 意識がマンドラゴラの物と混ざってきている。 落ちついて考えるんだ。 このまま放っておけ完璧にマンドラゴラと一体化してしまうだろう。 こんな話は聞いた事がない、現時点で治療方法は不明と見ていい。 例え治療方法があるとしても、見つかった頃には間違いなく一体化した後だ。 一体化した後も治療可能とは思えない。 なら、いっそ――― 「お姉ちゃん、人を呼んで。  私を―――殺すのよ!」 姉は泣いていた。 下を向いてぽろぽろと涙をこぼしている。 気持ちはわかる。 だが命がかかっている、一刻の猶予もない。 「お姉ちゃん、早くしないとお姉ちゃんが!」 「出来るわけないじゃない!!」 あの明るい姉がこんな顔をする所は見た事がなかった。 「出来ないよ・・・たった一人の家族を、妹を見殺しにするなんて・・・」 この期に及んでまだそんな事を言う。 でもそんな姉を私は好きだった。 優しい姉が大好きだった。 素直じゃない私は、好きだって言えなくて。 照れくさくて、突き放すような事も何度も言った。 でも、ここでお別れだ。 私はここで死ぬんだ。 死ぬ前に、ずっと言いたかった事を。 最後に、ずっと言いたかった事を。 「いただきます♪」  「くぅっ!」 苦痛を表すうめき声、食事を美味しくするスパイス。 きつく締めるとより大きくなる。 「げほっ・・・メル・・・メル・・・」 お姉ちゃんが死んじゃう。 この蔦をなんとかしなきゃ、きつく締め上げているこの蔦を。 やめろ。やめろ。やめろ。 もっと強く。 「メル―――いぎぃっ!」 ぺきっ、と小気味のいい音が聞こえた。 この音は好き。 鳴った時にいい声を出すからだ。 そろそろ食べてもいいんだけど、これは凄く美味しそうだからもうちょっと取っておく。 縛って拘束し、しばらく残しておく。 お楽しみは後で。 「マスター、呼びまし―――っ!これは一体・・・っ」 プリーストのセイレンさんだ、お姉ちゃんが呼んでたんだった。 飲み物がやってきた。 早く皆を呼んで。 穴を空ければジュースが出て来る、真っ赤な真っ赤な美味しいジュース。 お姉ちゃんを助けて。 根を突きたてて、穴を空けて口の上へ。 「ぎゃっ!・・・あっ・・・けほっ・・・こぽっ」 ぼたぼたと血液がふってくる。 粘っこく喉に絡みつく。 食事の前に飲むような物じゃなかったかも知れないけど美味しいからいいや。 突き刺した感じ柔かかったからお肉も美味しそう。 お願い、逃げて、テレポートでこの呪縛から。 誰か助けを。 テレポートされると危ない、喉を潰そう。 いけない、喉だけはいけない。 ・・・待て、なんで喉を潰そうとマンドラゴラは思った? 思考が繋がっている。 『私』と『食人植物』の思考が。 いけない、いけない。 危険だ。 知性のあるモンスターは危険過ぎる。 繋がるな、繋げるな、それだけは防がなければ。 もう、遅いか。 喉にも穴を空けるとセイレンさんから声がでなくなってしまった。 ひゅーひゅーと喉の穴を空気が通る音しかしない。 苦痛の声を聞いてから食べるのがいいのに、これじゃつまらない。 いいや、さっさと食べちゃおう、丸飲みにする。 「セイ・・・レン・・・」 喉の奥でばたばた動いてる、この感触も好き。 さぁ、次はどうしよ――― 食べてしまった。 ついに人を食べてしまった。 お姉ちゃんの目の前で。 もう戻れない。 元には戻る事が出来ない。 一人じゃ治まらない。 食欲が治まらない。 あああああああ。 ―――あ。  砦を持つほどのギルドのメンバー相手でも、ちょろかったなぁ。 助けを呼ぶ前にお姉ちゃんを盾にして時間稼いで根を張れば、もうこっちの物だものね。 知能があるから、ちゃんと潰しておくべきところもわかってる。 ・・・と、今締めてる女のウィザードと、最初からずっと連れてるお姉ちゃんでこの砦の人間は全員か。 「かはっ・・・嫌っ、助けて・・・」 ウィザードの子が何か言ってる、あんまり抵抗してくれないと面白くない。 仕方ないから首を締めて短く悲鳴を上げさせた後、丸飲み。 「きひっ・・・!」 ごくん、と喉を鳴らして飲み込む。 沢山食べたけど、やっぱり男より女の子の方が美味しい。 今度から女の子だけ狙おう。 柔かい肉の感触を楽しみながら消化する。 さぁ後はお姉ちゃんだけ、やっと食べれる。 「待たせてごめんねお姉ちゃん、今食べてあげるからね」 私はお姉ちゃんに最高の笑顔を向けた――― 「化け・・・物・・・」 ・・・って言うのに、化け物だなんて妹に向かって失礼な。 姉とは言え流石に許せない、むかついたから食べる前に嬲ってやる事にする。 この体なら色々出来るもんね。  四肢に絡ませた蔦を根元から締める、要するにお姉ちゃんの体の先端の部分からだ。 「つっ、あがっ!」 まず指。 こんな風に順順に骨を砕いていけばいい悲鳴を聞かせてくれるに違いない。 ぱきっ、ひぎぃ。 ぼきっ、ぎゃぁ。 べきべきっ、あがぁぁぁぁ。 存分に悲鳴を堪能した、次の段階に移ろう。 今度のはちょっと趣向を変えて―――。 「えっ・・・嘘・・・やだ、嫌っ、嫌ぁぁぁぁ!!」 ただの蔦や根ではなく、繁殖用の触手を伸ばす。 器用に蔦を操りお姉ちゃんのスパッツを破り、下着を剥いで繁殖用の触手を女性器へと挿入する。 「やめっ、ひぅっ」 ここはここで美味しいかもしれない。 一旦引きぬいて舐めてみる・・・うーん、イマイチ。 美味しくなかったので当初の目的を果たすべくもう一度。 「もう、嫌ぁ・・・やめっ、あんっ!  え・・・そ、それ以上は入らなっ―――ひぎぃぃぃぃぃぃっ!!」 途中でちょっとひっかかったけど、力を入れて無理矢理ねじ込んだ。 奥までちゃんと入った事を確認してから種を植え付ける。 寄生するのではなく『ただのマンドラゴラの種』で『私』の様にはなれない。 「嘘・・・何これ、熱い熱い熱い熱いっ、裂けっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 めりめり音がしている、お姉ちゃんのお腹は今にも裂けそうなくらい膨れ上がって妊婦のようだ。 実際、身篭ってるのと同じ状態なんだけど。 「いぎゃぁぁぁぁぁああああぁぁぁ!!!!」 お姉ちゃんの派手な悲鳴と同時にお腹を裂いてマンドラゴラが生えてきた。 私の楽しみを邪魔される前に穴だらけにして始末しておく。 産ませたかっただけで種を増やしたかったわけではないし。 「あ・・・あ・・・」 お腹が裂けて内臓がはみ出してるお姉ちゃん、口を金魚みたいにぱくぱくさせている。 「もしもーし、お姉ちゃん無事ー?」 ぶつぶつと根の先端で突き刺す。 「あが・・・あ・・・」 どうやらもうまともに喋る力も残ってないみたい。 となるとやる事は一つ―――だよね。  ふと思い出した。 そういえば、脳はまだちゃんと味わってない。 折角残しておいた取っておきのご飯なんだし、ちゃんと脳も味わう事にする。 先端の尖った根で頭部を刺す。 「あひっ」 小さく声を上げてピクンと反応する。 これはちょっと面白いかも。 もう一度突く。 「あっ」 突く。 「あっ」 突く。 「・・・」 突く。 「・・・」 突く。 ピクン。 突く。 ピクン。 突く。 ピクン――― 声を上げなくなっても、ピクピクと反応するからついやり続けてしまった。 全く反応が返ってこなくなるまでやったが・・・少々やり過ぎたようだ。 おかげで沢山こぼしてしまっている。 ずるずるとそれを啜るととても美味だった、次からうまい食べ方を考えよう。 最後に腹が裂け、頭部は穴だらけ、四肢があり得ない方向に曲がってボロ雑巾のようになったお姉ちゃんの体を口の中に放りこんだ。 今までで一番美味しかった、取っておいて良かったなと思う。         「ご馳走様でした」