ここは時計塔地下三階。 機械のモンスターが多く登場する地上とは異なり地下はオーク族を初めとした生身のモンスターが多数生息している。 このフロアにはファミリアーの変種であるドレインリアー、タロウの突然変異体で凶暴さを増したクランプ、 そしてヒドラとは同じ種に属するが凶暴さも強さも桁違いのペノメナが生息している。 ここは特にペノメナを目当てとした手練れの冒険者が多く訪れる。 ハンターのセイラとプリーストのミギィもそんな冒険者と同じくペノメナ狩りを目的としてここを訪れていた。 彼らの所属するギルドは砦を持っており、強敵と当たりたいならば砦からつながっている異世界のダンジョンへと入ればいいのだが、セイラが、 「ハートのヘアピン欲しいなぁ。」 ということでペノメナ狩りを提案したのがココへ来た理由だった。 当然ハンター一人では心細いのでプリーストのミギィも同行することとなった。 ペノメナの触手の攻撃は生身だとフルプレートを装備していてもそう簡単には防げるものではないのだが、 プリーストの行使する「フーニューマ」を使えば全くその攻撃は届かなくなるため、この狩りも気楽なものであった。 気をつければいいのはクランプが大量に襲ってくるような事態であるが、ここはそれほどクランプの生息数もそれほど多くないので、 安心してペノメナ狩りに専念できるのだ。 ハートのヘアピン作成に必要なサンゴも集めきり、流石に長時間の狩りに疲れたが、セイラは狩りの間中口にしたのはハイスピードポーションだけだったので 空腹を覚えた。 が手元に手ごろな肉や、我慢すれば食べられる化け物の餌はなかった。 とはいえミギィの持参してきたミルクやらポーションを飲む気にはなれなかった。味気ない気がしたのでどうしても肉系のものが食べたかったのだ。 「食事まで待っとけばいいと思うがねぇ。」 肉を食べたいという彼女に対してミギィは苦笑しつつ答えた。 「我慢してきたけどもうダメ。お腹空いたよぅ。」 「まぁもう少し我慢しとけよ。」 「我慢できなーい!」 「なこと言われてもなぁ・・・。俺は何も持ってないぞ。」 とは言いつつもペノメナが近づく気配があったので彼はフーニューマを張る。 触手が襲い掛かる前に張られた空気の壁は人間の腕ほどの太さもある触手の攻撃を受け流し、術者には毛ほどの衝撃も与えない。 ペノメナがミギィに気を取られている隙にセイラが矢を放ち、すぐにペノメナの動きは止まった。 「そーいえば、この触手の肉もおいしいらしいよね?」 空腹で目が妙に輝いているセイラが言う。口からは少しよだれが出ている。 「おいおい本気か・・・?」 「おいしいんだし化け餌よりはマシだと思うのよ、うん。」 そう言うと彼女は手ごろな太さの触手を切り取り、あまつさえそれを丸呑みにした。 適度の湿り気と滑り気があり喉越しは非常によく、アマツの風習で白魚という小さな魚を丸呑みにする話を知っていた彼女は こんな感じなのだろうかとふと思った。 「当たっても知らないぞ・・・。」 心配そうな顔をする彼に対して彼女は真顔でこう答える。 「大丈夫よ。今日はあんまり鷹が飛ばなかったからもし毒が入ってても運で何とかなるわよ。」 「そーいうモンかねぇ・・・。」 ミギィは全く釈然としないという顔をしている。 「そーいうモンよ。最近ジュノーで「運資源論」って本が出たのよ。アンタも是非読んどきなさい。 頭の固いプリースト様には理解できないかもしれないけ・ど・ね。」 自分の持つ信条を否定された気分になって意地悪な返事を返す。 「どーせ俺はお堅い聖職者ですよーだ。」 「あら図星だったのね。ま、結構面白い本だし読んどいて損はないわよ。」 「俺には理解できないんじゃなかったか?」 「冗談だって。そんなに根に持っちゃイイ男になれないわよ。」 「へーいへい。ま、数も集まったしそろそろ帰るかね。」 「そうしますか。」 ポータルが開かれ、二人はダンジョンを去った。 (あいたたた・・・。) 砦に帰ってからというものセイラは腹部に鋭い痛みを感じていた。 原因は分かりきっている。丸呑みにしたあのペノメナの触手であろう。 最初はペノメナの毒が当たったのかと思い苦い緑ハーブを涙目で食べたが一向に腹痛はおさまらない。 腹痛があまりにひどいので今度は下剤を飲んで何とかしようと思ったが全然快方に向かわず、 彼女は部屋でベッドにうずくまっていた。 (あんまりいやしい真似するもんじゃないわねぇ・・・。痛たたたた。) 鋭い痛みに彼女の顔は蒼白になっている。 不意に下腹部の辺りに不自然な膨張感を覚えた彼女は慌てて下腹部をさすった。 (え・・・。) 下腹部からは何かが蠢く感触がした。 (一体何・・・?) だがその感触もすぐにおさまった。それどころか今まで感じていた腹痛も嘘のように引いて、 代わりに強烈にトイレに行きたくなった。 慌ててトイレへとかけこみ、用を済ませると全く爽快な気分になった。 実は彼女ここ二日ほどお通じがなく、出すものを出す快感が待ち遠しかったのだ。 (ふーすっきり。多分下剤が効いたんだわ。) 気分がすっかり良くなった彼女は、食事を告げる声に思わずトイレから元気に返事した。 食堂にはセイラとミギィの他に、ギルドマスターの騎士ポーラとブラックスミスのジョニーが居た。 他のメンバーは狩りに出ていて食事は現地で取るとの連絡があり、ギルド付きのカプラ職員も四人分の食事を用意していた。 今日の献立はアマツ産の米を使ったライスとゲフェン近辺で取れたハーブを付けたペコペコ肉のステーキ、それとメントを効かせたサラダだった。 「いっただっきまーす!」 セイラが元気よく食べ始める。 「さっき食ったばっかじゃないのか?」 ミギィはそれを見て半ばあきれた顔をしている。 「いーのいーの。体動かした分食べないとねー。」 「そうそう。思いっきり食べないと調子でないしね。」 ポーラは彼女の食欲に当てられてかもりもりとステーキを食べている。 「まぁウマいモンはウマいってこった。」 ジョニーはそれに対して分かったような顔をしつつ嫌いなメントを除けてサラダを食べている。 それは突然起こった。 先ほどまであれほど元気よく食べていたセーラの手が突然止まり、吐き気がするかのように口を両手で押さえ始めた。 「おいおい大丈夫か・・・?」 ミギィが彼女の元へと行き、背中をさすった。 すると彼女の背中が破れ、数本の触手が彼を貫通した。 「が・・・。」 彼は何か呪文を唱えようとしたがそのまま息絶えた。 異変に気づいたポーラとジョニーは慌てて立ち上がったが、それも遅く、セイラの両脇からものすごい勢いで触手が飛び出してきた。 セイラのほうはまだ息があるらしく触手が飛び出した瞬間苦痛に顔を歪めていた。 勢いよく飛び出した触手は二人に巻きつき、彼らの骨を砕こうと物凄い力で締め上げる。 「うぎぃぃぃぃ・・・。」 「ぐげぇぇぇぇ・・・。」 ミシミシミシと不気味な音を立てて触手がどんどんと二人を締め上げていく。 まず騎士とはいえ細身のポーラから小気味良い音がしたかと思うと、口から大量の吐血をし、そして体があり得ない形になってしまっていた。 それに続いてジョニーのほうはしばらくは耐えていたが、なす術なく彼も全身の骨を砕かれ、そのまま絶命した。 異変に気づいたカプラ職員が見たのはあまりに凄惨な光景だった。 床には全身の骨を砕かれ絞られた雑巾のような型でジョニーとポーラが倒れている。 そしてミギィは体に数本の穴を開けて立ったまま絶命している。 セイラに至っては体幹部に大きな穴が開いていて、そこから無数の触手が生えている。 「な・・・何ですの!?」 声に気づいた触手が物凄い勢いで彼女へ襲い掛かる。 あまりの触手の速度の速さに、フーニューマを張ったりハエの羽を使って逃げる暇も無かった。 彼女は全身をまるで巨大な剣山がぶつかったかのように穴だらけにされて死んだ。