「あのアサシン、今日もいるな」 「今日も?よく見かけるけど、誰か待ってるのかな・・・」 「一週間くらい前もいたっけ」 「2ヶ月くらい前からいたって話も聞くよ?」 「そんなに前から?ほんと、何やってんだ?」 ・・・2ヶ月前・・・  プロンテラの南門を出てすぐに集団で狩りに行くため、一時的にパーティーを組むメンバーを募る広場がある。 シーフとして修行を積み、もうすぐ転職を迎える私はここで集まったメンバーとの狩りでスパートをかけるつもりだ。 私の用に転職前のスパートをかける物が多く集まってるらしく、メンバーを見つけるのは比較的容易だった。 「いやぁ、今回は女性陣が二人とも可愛い子で嬉しい限りだねぇ。  シーフさんとかめっちゃくちゃ好みだよ、ねぇ、俺の相方にならない?」 ・・・まぁ、当然このような馬鹿と組む事もあるのだけど。 火力担当のマジシャンがこんなので大丈夫だろうか? 出発前から不安だ。 「私の相方になる前に、その色ぼけの脳みそ変えてきたらどう?」 こういう奴はしつこく絡まれる前にはっきり告げるのが一番だ。 「あららー、きっついなぁ」 正直私にはこいつが(私の偏見かもしれないが)知的なイメージのあるマジシャンには見えない。 もしや、殴りマジシャンじゃなかろうかという考えが一瞬頭をよぎる。 「シーフさん、言い過ぎですよ。  一時的なパーティーとは言え、仲間じゃありませんか」 アコライトの女が口を挟む、声が小さくて聞き取り辛い。 もっとはっきり喋るとか出来ないのだろうか? 「中途半端な返事するよりいいじゃないの」 「で、でもやっぱり、言い方とかあると思うんです・・・。  もう少し優しい言い方をした方が・・・その・・・」 俯いて指先をもじもじと動かしながら何か呟いているが全く聞こえない。 言いたい事があるならはっきり言えばいいのに。 パーティーの生命線であるアコライトまでこんなので大丈夫なんだろうか? 今更ながら別のメンバーを探したくなった。 「どうでもいいから早く行こうぜ。  俺はまともに狩りできりゃなんでもいい」 私も同意見だ、無駄なお喋りしてないでさっさと転職に向けて狩りへ行きたい。 未だに私にしつこく話しかけてくるマジシャンと俯いて黙ってるアコライトを無視し、 剣士とどこへ行くか等の話を進めた。  「どうしたらいいかなぁ・・・」 パーティーの皆に聞こえないようにぽつりと呟く。 もっとも、元より声の小さい私の呟きはそんな風に意識しなくとも聞こえないのだが。 あれからシーフさんと剣士さんが2人で話を進め、4人という小人数のためオークダンジョンへ行く事になった。 問題は、そのシーフさんだ。 狩り始めてからそこそこの時間が立っているのに、まだ一言も口を交していない。 狩りが出来ればいいと言っていた剣士さんだって余裕がある時は話しかけてくれるのに、シーフさんはずっと黙っている。 マジシャンさんなんてずっと喋っているのに・・・いや、それはそれでどうかと思うけど。 シーフさんが喋ってくれないのはやっぱり出発前のあれが原因だろうか? そう思うと自己嫌悪・・・間違った事を言ったつもりはないのだけれど。 意見は人それぞれなのに、無意識のうちに自分の意見を押しつけるような形になってしまったのかもしれない。 それが気に入らなかったのだろうか。 はぁ、と溜息をついた所で近くにモンスターの集団が見えた。 とりあえず、あの集団をなんとかしたらどうすればいいかをもう一度考えようと思う。  さっきからそこそこの時間狩りをしているが、あのマジシャンとアコライトがこんなに頼りになるとは思わなかった。 特にマジシャンの方はずっとふざけて何か喋っているのに、魔法を使うタイミングなんかは完璧でそこらのへっぽこウィザードよりずっと頼もしい。 アコライトの方も上手く立ちまわって良く支援してくれている。 狩り前に抱いた不安はもう微塵も残っていない、むしろ頼もしいくらいだ。 ・・・これで、言いたい事をはっきり言えるような性格なら相方になって欲しいんだけど。 そのアコライトだが、ちらりと後ろを見ると何やら神妙な顔つきで考えこんでる様だった。 恐らく、私がだんまりだからどうすればいいか悩んでるのだろう。 小さな事で悩んで気苦労が耐えないタイプだと見た。 確かにあの子は好きなタイプではない、どちらかと言うと嫌いなタイプだ。 だがあの程度でへそを曲げて黙りこくる程私も子供ではない。 ちょっと意地悪してやろうと思っただけ・・・って充分子供か。 いい加減何か喋ってやれば安心するのだろうけどね。 タイミングを逸してしまっているため喋り辛い、どうしたものか。 「・・・そうだ」 ちょっとしたドッキリを思いついた。 これなら最後の最後になるが、話すきっかけが作れる。 別にあの子と喋りたいわけじゃないけど、解散までだんまりだと流石に後味が悪いしね。 そうと決まれば、次に余裕が出来た時に早速実行だ。 本当に、ちょっとした悪戯のつもりだった それが あんな事になるなんて  「ちっ、数が多過ぎるぞ!」 沢山の敵に群がられている剣士が苛立たしげに吐き捨てる。 尋常じゃない数のモンスターに襲われ私達は窮地に立たされていた。 ずっと喋っていたマジシャンも今は魔法の詠唱で精一杯の様だ。 「限界だな・・・おい!マジシャン!  俺がマグナムブレイクで一旦引き剥がすからファイアーウォールで足止めしてくれ!   アコライトはワープポータルだ、引き上げるぞ!」 まずい事になった。 ワープポータルを開くにはジェムが必要なのだが、あのアコライトは今ジェムを持っていない。 『私が盗んだ』からだ。  そう、私の思いついたドッキリとはジェムを隠すことだったのだ。 皆が疲れて、そろそろ帰ろうと言う時に焦って探すアコライトに笑って返してやるつもりだった。 だがこんな数のモンスターに襲われている状況で返しにいく余裕なんて全くない。 予想を遥かに越える数のモンスターが表れ、乱戦の中引き上げる事になるなんて考えてもいなかった。 この状況下で私がジェムを返しに行けば、私が引き受けていたモンスターが自由になり、今の状態が崩れパーティーは決壊する。 だが返さなければワープポータルを開く事も出来ない。 厳密に言うと可能ではあるが、術者の代わりに魔法の反動を引き受けるジェムがない状態で開く事は自殺行為だ。 返しに行っても、返さなくても全滅する。 最悪の状況だ。 どうすればいい、そう考える私の耳にアコライトの声が聞こえた。 「ポータルを開きましたっ、  皆さん急いで乗ってくださいっ」 ジェムを持ってないはずのあの子がポータルを開いた声だった。  迷っている暇はなかった。 私はジェムをどこかで無くしてしまった様だ、ジェム無しでポータルを開けばどうなるかは知っている。 しかし躊躇している暇はない、全滅するより助かる人だけでも助けなければ。 もしかしたら反動は思っている程大した事がないかもしれないし。 予定通り剣士さんがマグナムブレイクで引き離し、マジシャンさんがファイアーウォールで時間を稼ぐ。 2人はポータルで首都へワープして行ったが何故かシーフさんは乗ろうとせず戸惑った表情を浮かべている。 何故だろう?と考えた時 鈍い音がした。 私の右腕が、本来曲がるはずのない方向へ曲がっていた。  目の前であの子の腕が折れた。 「うぐっ、うぅぅ・・・」 痛みを堪えるような、苦しそうなうめき声をあげている。 まさかジェム無しでポータルを開いた反動? ジェム無しにポータルを開いたらどうなるかわかっていたはずなのに。 それでもあの子は開いた、皆を助けるために。 私のせいだ、私がくだらない事を思いつくから、私がくだらない意地悪をするから 私があの子と出会ったから、私がいたから、私が――― 「何をしてるんですか!早くっ!!」 声の小さかったあの子の叫び声で闇の底に沈みかけた私の意識は覚醒した。 今のほんの一瞬でファイアーウォールはいつ破られてもおかしくない程薄くなっていた。 もう時間はない。 「ごめんなさいっ、本当にごめんなさいっ!私のせいで・・・」 私はとにかく謝った、謝らなければと思った。 無論謝っても許されるとは思っていない、どうにもならない。 だから私はせめてもの償いと思い、一緒にここで果てようと思ったのだ。 だけどあの子は 「なんで謝るんですか?早く乗ってください。  でないと、私が乗れないじゃないですか。   後で何で謝ったか、ちゃんと話してもらいますからね?」 笑ってそう言った。  シーフさんは泣きそうな顔で何度もこちらを振りかえりながらポータルに乗っていった。 彼女が謝った理由も、なんとなくだけどわかった。 全員無事に送る事が出来たし、早く私も戻ってって安心させてあげなければならない。 早く私もポータルに乗らなければ・・・ 破砕音、同時に足に激痛が走る。 「うあぁっ!!」 足の骨が砕けたかと思ったがどうやら違うらしい。 足そのものが膝の辺りで破裂したようで、辺りに肉片を撒き散らしている。 激痛に耐え、残った左腕でポータルへ這いながら向かう。 痛みの余り意識が朦朧とする私に、骨のぶつかり合うカタカタという音が妙にはっきりと聞こえた。 そう ここはまだ『オークダンジョン』なのだ。 何時の間にか接近していたオークスケルトンの斧が私の背中に振り下ろされる。 「っ!!!・・・げほっ!」 余り鋭くはないが、オークスケルトンの強い力で振り下ろされた斧は私の背骨を砕き、内臓を圧迫し、破壊する。 大量の血を吐き、血の匂いが 足からの出血と大量の吐血で貧血に近い状態になり気を失いそうになる。 だがそれを許さぬかのようにワープポータルの反動が私の体を襲う。 左腕、肩、太股、眼球、腹部 「あがっ!うあっ、あがぁっ!うぁぁぁぁぁぁ!!」 体の各部が少しずつ破裂していき、この世の物とは思えない程の激痛が私の意識を強制的に覚醒させる。 自分はここで死んでしまうのだろうか? それはいけない、帰れなければ心配をかけてしまう。 今にも泣きそうだった彼女を本当に泣かせてしまうだろう。 もう目は失われ何も見えないけれど、四肢も失われ芋虫の様に這う事しか出来ないけれど。 ポータルへ ポータルへ ポータルへ 「帰・・・らなきゃ・・・シーフさんに・・・気にしてないって・・・伝・・・え・・・・」 また何かが破裂する音が聞こえた、それが私の最後に聞いた音だった。  殴り飛ばされ、地面に体を叩きつけられる。 「おいっ!てめぇ何やったかわかってんのか!?」 剣士が怒鳴りながら倒れている私の服を掴み引き起こす。 言われなくてもわかってる、私があの子を殺した事くらいわかってる。 あの後、結局あの子は帰ってこなかった 反動で死んでしまったのか、反動の影響でポータルに乗り損ね殺されたのかはわからない。 わかるのは『私が殺したという事だけ』だ。 「よせ、今回のは事故だ、その子のせいじゃない」 「事故だ?ふざけんじゃねぇ、そいつがジェムを盗ったりしなけりゃあいつは死ななかったろうが!  それでもそいつのせいじゃないって言うのかよ!」 「あぁ、言うね。少なくとも、その子に悪気はなかった。  あれだけのモンスターが来るとわかっていたらやらなかっただろうな。   第一・・・見ればわかるだろう?泣き過ぎてとんでもなく酷い事になってるこの顔をさ」 ふざけながら、でも顔は真面目なマジシャンが私を庇う。 「・・・ちっ、俺はもう行くぜ!  てめぇらとは二度と組まねぇからな」 「勝手にどうぞ、俺に困る事は何も無いし」 もう一度舌打ちをして剣士は去っていった。 しばしの沈黙の後、マジシャンが私の方を向いてこう言った。 「シーフさん、俺からお願いがあるんだがいいかな?」 ――彼女の分も、精一杯生きてくれ―― それだけ言うとマジシャンも去っていった。 「言われなくても・・・生きてやるわよ・・・」 私が覚えている限り、私が生きている限り、あの子は生き続ける事が出来るのだものね。 私の心の中で―――  あれから更に修行を重ねアサシンになってからも、私は毎日かかさずここに来ている。 あの子を忘れないために。 ・・・だけど、本当は認められていないのかもしれない。 あの子が死んだことを。 本当は待っているのかもしれない。 あの子が帰ってくるのを。 あの子に笑ってジェムを返せる日を。