姉が殉職したという知らせが入ったのは昨日の昼だった。 彼女が騎士団へ配属され王国の騎士として各地へ派遣されるようになり、連絡がつかないまま七年が過ぎていた。 悪いと思ったがどうしても姉の顔が思い出せなかった。姉が騎士になった後しばらくして自分も修道院に入り修行僧として 各地の魔物の討伐に忙しく、それらの日々が過去を濃く塗りつぶしてしまっていた。 「・・・。そうですか、姉は亡くなったのですか。」 「・・・。はい、絶望的な状況の中御姉君殿は勇敢に戦い、そして名誉の戦死を遂げられました。」 型にはまった辞令を無表情で述べる騎士に対しても何の感情も抱けなかった。ただ事実だけが認識されていたにすぎない。 「こちらが・・・。御姉君殿の愛用していた剣と遺髪、そして国王下賜の見舞金です。」 「御役目ご苦労様です。こんなことを聞くのも変なのですが、姉と特に親しかったという方はいらっしゃらないのでしょうか?」 顔すら思い出せない姉のことを少しでも知りたいと思えるのも仕方が無かった。 両親を早くに亡くし二人だけで生きてきて、それなのに何も思い出せないのは彼女に顔向けができないと思い少しでも 知る手がかりが欲しかったのだ。 「少なくとも私は存じ上げませんが、何かの折に他の騎士に聞いてみましょう。」 「どうもありがとうございます。」 深々と頭を下げて騎士は立ち去っていった。 彼が立ち去ってから気がついたのは迂闊だったが、剣と遺髪という組み合わせは妙に思えた。 遺体は現地で埋葬されたのだろうか?それならば遺髪だけで事足りるはずである。普通ならファイアウォールで死体を焼き剣を墓標代わりにして 埋葬されるものだ。現に彼も、彼の仲間は修行僧であるから剣の代わりに立てられるものは現地手作りの粗末な十字架ではあったが、 そういった場面には何度か参加している。修行僧の単独部隊である場合は火葬されずに土葬されるのだが、騎士団においてはWIZあるいはセージが 部隊員として動員されているから火葬されるのが普通である。 なのに手元には鈍い光を放つサーベルと色あせた金髪の束がある。 だとすると遺体はこちらに運ばれたのだろうが、弟である自分に対して騎士は墓の所在すら告げなかった。 数日後あの騎士から手紙が来た。 内容を要約すると騎士団のとある男WIZと特に親しかったらしい。 姉のそういった面を知らないせいかどういう男か想像がつかなかったが、近々結婚する予定だったそうである。 弟である自分にそういった知らせが全く無かったのは残念に思えたが自分の筆不精を思えば彼女を責めることもできないと思えた。 都合が良かったのはそのWIZが負傷のため除隊され現在はゲフェンで魔導士ギルドで教鞭を取っているということだった。 彼なら姉の墓の所在も知っているに違い無い。流石に弟として墓があるのに参らないとなると悪い気がするのですぐにそのWIZを訪ねることにした。 魔導士ギルドで事情を話すと簡単にアポイントが取れた。 約束の時間に彼の部屋へと向かう。 ドアから顔を出したのはいわゆる才子肌の細面の男だった。 「あのう、姉のことについて少々伺いたいことがあるのですが・・・。」 「話はギルドから聞いております。どうぞ中へお入り下さい。」 彼の部屋は簡素なものだった。彼のように騎士団という国の精鋭部隊から来た人間は魔導士ギルドでも相当に遇されるのであるが 彼の部屋からはそういった感じが全然しなかった。 「大したものも出せませんが・・・。どうぞ。」 陶器のコップには見慣れない黄色い液体が入っていた。 「初対面でこんなものを出すのも変だと思いますが、アマツへ寄った折に買った酒です。 彼女もアマツを大変気に入っておりまして、陣地でもこの酒をよく飲んでいました。もう飲む人も居ないので貴方に召し上がってもらいたいのです。」 そう言う彼の顔は寂しげであった。 どうもこういう顔を見てしまうと姉に対して何の感傷も浮かばない自分が悪い気がしてきた。 まぁでも彼のように心から悲しんでいる人が居るのなら彼女も悪い思いはしないだろうと開き直って目の前の酒を一気に干した。 普段飲んでいるぶどう酒とは全く異なる味わいの酒である。甘くもなく渋くもなくまるで水のように喉を通過する。 この酒を姉は一体どういう顔で飲んでいたのだろう・・・。 「ところでお聞きしたいのですが、姉の墓は一体どちらにあるのでしょうか?」 「・・・。彼女は現地で埋葬されたそうです。前例の無いことですが、勇敢な彼女を称え隊長が特別に彼女の剣を同封して貴方に送ったと聞いています。」 「成る程・・・。」 その後は彼の薦める酒を飲み干しつつ彼に姉のことを根掘り葉掘り聞いていた。 彼には悪いと最初は思ったのだが、姉のことを話す彼の顔が酒で上気していたお陰なのかうれしそうだったのでついつい聞き込んでしまった。 彼の元を辞したのは夜も大分ふけたころになってからだった。 わざわざゲフェンの城門まで見送ってくれた彼に感謝しつつ、七年という長い歳月を埋めた満足とともに家路についた。 その知らせが入ったのは突然だった。 あのWIZが異端の罪により火刑に処されるのだという。 姉のことを語るうれしそうな顔と異端の罪とはどうしても結びつかなかったが、プロンテラ教会長直々のご裁断であり、 ただならぬものがこの判決にあった。 上司に申し出て急ぎ休暇を取った私は修行僧という立場を最大限に利用して彼との面会を果たした。 婚約者の弟ということも多少は効いたのかもしれない。 「どういうことなんですか・・・?貴方が異端の罪を犯したというのは?」 「・・・。」 彼は最初はためらっていたが、その顛末を詳細に告げてくれた。 その事実はあまりに彼の姿形からは想像もつかないようなものだった。 戦場で姉が戦死したと聞いた彼は急ぎ彼女の所属していた部隊へと向かった。 まだ火葬を終えていないということだったから相当に早く来たのだろう。 そして・・・、姉の墓を暴き遺髪だけを残して彼は失踪した。 すぐに彼は捕縛されたが、姉の遺体だけはどうしても見つからず、瓶に満たされた一本のあの黄色い酒だけを彼は持っていた。 脱走は騎士団では極刑に処せられるが、彼の事情も考慮され、騎士団を除隊されただけに留まった。 だがこの事実を誰かから聞いたプロンテラ教会長は顔を青ざめさせ彼を捕縛し、直々に火刑に処すとの判決を出したのである。 「一体どうしてわざわざ教会長がそのようなことをなさったのですか・・・?」 「・・・。貴方には話しておくべきですね・・・。」 アマツに派遣された際、敵の討伐が意外に早く終わったそうなので姉と彼はそこでしばらく休暇を取ってアマツを回っていたそうである。 その時に見たおとぎ話によると、恋人が死んだあとその遺灰を酒に混ぜて年忌が来る毎にそれを一杯ずつ飲み干し、それを飲みつくした後 その人が死んだという話を読んだというのである。 ここから先は言わずとも想像がつく。彼も姉の遺骨を酒に混ぜて飲んでいたのだろう。 これはかなりの異端的行為ではあるが自分には何となく彼には当然のことだろうと思えてきた。 「・・・。で、その酒は今どちらにあります?それを墓として姉の菩提を弔いたいのですが・・・。」 「・・・。」 「もう飲まれてしまったのですか?」 「・・・いいえ。私は元来酒を受け付けない質ですので一滴も飲めなかったのです。 流石にそれは彼女に悪いと思ったので・・・。その・・・。・・・。」 彼はその後口を閉ざしたまま一切を語らなかった。 彼の処刑が終わった後、偶然そのアマツのおとぎ話を見る機会があった。 私の体を冷や汗がぐっしょりと包んだ。 アマツ産の酒に人の遺灰を混ぜると、黄色くなるという箇所を読んでから・・・。