ここはプロンテラ地下水道・・・ 少し前からモンスターが増殖し始め、多くの冒険者達がそれらを倒しに集まる場所。 ここにいるモンスター達は盗虫、ファミリア、タロウ、スポア・・・そしてそれらの亜種。 これらはこの世界に存在するモンスターの中でも、比較的弱い部類に入る。 奥深くには少々手ごわいタロウの亜種「クランプ」が存在するが、それも数匹に囲まれなければ、さほどの脅威にはならない。 したがってここに集まる冒険者達は、主に冒険に少し慣れてきた・・・いわゆる中級者と呼ばれるもの達である。 しかし最近になって、周りとは明らかに雰囲気の違う冒険者もこの下水道に入っていくようになった。 ある噂が流れ始めたのだ。 下水道の最深部である4F。 そこに黄金色をした盗虫が現れるというのである・・・ 「う〜、ジメジメする〜。やっぱり一人でくるんじゃなかったかなぁ・・・。」 耳あてをいじりながら、ついつい愚痴を吐いてしまう。 ちなみに、この耳あては、今のギルドに入った時に歓迎の品として渡されたものだ。 止め具の部分の内側に「ようこそ○○へ!君の職位は・・・で決まり!」と彫ってあって、なんだか面白くて愛用している。 私がある噂話を聞いたのは、つい数時間前のことだった。 下水道の奥深くに黄金色の盗虫がいる、という噂。 商人として長い間様々な商品を扱っていた私は、はっきり言って珍しいものが大好きだ。 砂漠に住むという大口の化け物の舌も集めたし、フェイヨン付近のトラの毛皮も購入した。 一度は珍しいもの見たさに、ギルドメンバーに無茶を言って、GHまで連れて行ってもらったこともある。 そんな私がこんなに面白そうな噂を聞いて黙っていられるわけもなく、早速仲間を誘って黄金盗虫の捜索に行こうとしたのだけど・・・ 「悪い。今日は他の知り合いと崑崙まで出かけるんだ。」 「下水?あんな汚らしい場所はパスさせてもらうわ。」 カンカン…クホホ…「うわー!なんで+5で防具精錬失敗するんだよホルグレンー!!;y=-('A;:・∴'.」 と、ことごとく断られてしまい一人で4Fを歩いている現在に至る。 今考えると、皆(最後の一人は話を聞いていたかもわからないけど)信じていなかったんだと思う。 「絶対に黄金の盗虫がいるって証拠を見つけて、皆をびっくりさせてやるんだから!」 ちょっと悔しくて自分で目標を口にする。 皆の驚く顔を想像すると、少し元気がでてきた。 「さて、もう一頑張りしましょうねっと。」 大きく伸びをして、歩き出そうとした時、 カサカサッ・・・ 後ろから独特の歩行音が聞こえた! 振り返りざまに斧を振る! ボトリッ ボトリッ ボトリッ 地面に落ちたのは緑色をした盗虫。 大人しい他の盗虫とは違い、攻撃的なヤツだ。 3匹いっぺんに襲ってくるなんてびっくりしたけど、私にとっては敵じゃない。 「う〜ん、私って結構強いかも♪」 1Fから4Fで探索している今まで、危ないことは一つもなかった。 襲ってきたモンスターは全てこの盗虫と同じ姿にしてやった。 地面に倒れたモンスターを見ていると、自分がこの世界で一番強いような錯覚に陥った。 その事が気の緩みを生んだ。 私は忘れていたのだ。 黄金色の盗虫が現れる前には・・・ 決まって緑色の盗虫が数匹同時に現れることを・・・       キシャーー!!! 「え?何!?」 突然後ろからの鳴き声に、私は慌てて振り返る。 何かが近くにいるなんて全く気づいていなかった。 そのまま背後に視線を巡らせると・・・ そこいた 他の盗虫とは明らかに違う 圧倒的な威圧感を放つ体躯を持ち 暗闇に光る鎧を纏い 角を王冠のように掲げた 盗虫の王が 「これが黄金色の盗虫・・・。」 想像とのあまりにかけ離れている。 油断していた。 コレは一人でどうにかできるものではない。 すぐに逃げなければいけない。 しかし相手はそれを許さないだろう。 モシ一瞬デモ隙ヲ見セテミロ・・・ソノ時ハ、オ前ヲ粉々ニシテヤロウ。 真っ赤な瞳がそういっているような気がした。 目がそらせない。 息が詰まる。 のどが渇く。 歯がガチガチとなっているのがわかった。 それでも・・・ それでも、気づいたときには斧を構えていた。 戦わなければ生き残れない。 今までの経験が私の体を動かしたのだ。 敵からは視線を外さずに、ゆっくりと息を吐く。 仲間の笑顔を思い浮かべる。 そうだ 私はみんなの所へ帰らないといけない 黄金色の盗虫がいた事実を伝えて、驚かせてやるんだ その為には、今お前なんかにやられるわけにはいかない! 覚悟を決めた。 「ハアァァァァァ!!」                  恐怖心を振り払うように声を上げ、相手に向かって突進する。 相手もそれに呼応するように雄叫びを上げてこちらを迎え撃った。 キィン!バキ!ガッ!ゴキッ!ガキャン! しばらく打ち合って気づいた。 確かに相手は強い。 パワー、瞬発力、スタミナ どれをとっても私とは比べ物にならないだろう。 けど、それだけ。 ただ単に力が強くて速いだけだ。 こちらは最小限の力で相手の攻撃を捌き、その後の隙に攻撃を当てればいい。 私の考えは正しかった。 黄金盗虫は単調な攻撃を繰り返し、私に決定的なダメージを与えられないまま傷を負っていく。 このまま戦えば後数分で決着がつく。 生きて帰れる! そう思った瞬間だった・・・ ブチン! 「え?」 不意に自分の足元から何かが千切れるような音。 そして、動かなくなる自分の右足。 何が起こったのかわからなくて、思わず視線をおろしてしまう。 そこには40cm程の紫色の物体と、アキレス腱を食いちぎられた私の右足があった。 しまった。 クランプ 突然変異で生まれたタロウの亜種。 黄金盗虫を除けば下水最強のモンスター。 他のモンスターが黄金盗虫を恐れて近寄らない中、こいつだけは別格だったらしい。 「そんな!?・・・ガフッ!!」 足に気を取られた私の腹部に、重い衝撃が走る。 黄金盗虫の体当たりがまともに当たったのだ。 ゴロンゴロンゴロン! 私の体はまるでボールのように吹き飛ばされ、転がり、壁にぶつかってようやくとまった。 「うぐ・・・あ・・・ぁ・・ぅ」 背中に受けたあまりの衝撃に、息ができなくなった。     続く腹部からの痛みは強烈な吐き気を引き起こす。     「が・・ぐぅ・・・げぇぇ・・・」 ビチャリ・・・ビチャビチャッ! 内臓まで吐き出してしまいそうな苦しみ。          吐き出された物の中には、朱色が混じっていた。                                    カリッ…クチャ…プチプチ…                                               クチュクチュ…ゴリ… ガサリ・・・ガサリ・・・ 「ッッ・・・!?」 ほんの少しだけ意識が飛んでのかもしれない。 ソレの接近に気づかなかった。 ほんの数メートル先の曲がり角の向こうから、重いものを引きずるような音が近づいてくる。      どうやら私を追ってきたらしい。 今の状態でアレとやりあうのは無理だ そう判断し、壁に手をついて立ち上がろうとして・・・ 自分の体の異変に気づいた。 「あれ?」 立てない。 「な、なんで?」 もう一度立ち上がろうとする。 やはり立てない。 慌てて自分の体の状態を確認する。 ・・・ なんで? なんで私の右足がないの?          キィ なんで左足が真っ赤なの?     キィキィキィ なんでクランプの鳴き声が聞こえるの?  キィキィ なんで私の足の中が動いてるの?? それなのに・・・なんで何にも感じないの!? なんで?ナンで?何で?何デ!?ナンデ!!? 右足は膝から下がなくなっていた。            左足は食い破られた皮膚から中身が飛び出していた。 そして・・・ 残った部分は皮膚の下に何かがいるように盛り上がり、   グチュリ… それは嫌な音と共に動いていた。            ブチッ…ギチギチ…ブツンッ… 背中を強く打ったせいか、下半身の感覚が全くなかったのもあり、 私はそのあまりに無惨な光景を、私自身に起こっていることを理解できなかった。 こんなことがあるはずがない こんなことがあっていいはずがない これはきっと嫌な夢で 目が覚めればいつもの宿屋のベッドの上なんだ 私がそう思い込もうとした時だった。 ブツッ! 左足の太ももの皮膚が内側から弾け、中から真っ赤に染まったクランプが顔を出した。 「・・・嫌ああああぁぁァアァああァあーーーーー!!!」 そこで耐え切れなくなった。 「いやいやいやっ!お願い!私の足に入らないで!私の足をこれ以上食べないで!・・・私の足を返してぇぇぇーー!!」 狂ったように泣き叫ぶ。 それでも彼らの食事は終わらない。 既に右足は太ももの半ばまで無くなり、左足もほとんど骨と皮になっていた。 突然クランプ達が行動を変えた。 下半身に食べる部分がほとんど無くなったのか・・・ 私の上半身に群がろうとし始めたのだ。 「ヒッ!こ、来ないで・・・!こっちに来ちゃ駄目!!」 ちょっと待って。 上半身にはまだ感覚がある。 現に腹部と背中からは鈍い痛みを感じている。 つまり、痛覚があるのだ。 そんな状態で生きたまま食いつかれたら・・・ 「ッ・・・ッ・・・ッ・・・!」 一気に恐怖心が増す。 ついにクランプ達が私の腹部にまで到達する。 「〜〜〜〜〜〜っ!」 すぐに襲ってくるであろう激痛を予測して、思いっきり歯を食いしばった。 しかし、私の予測は外れた。 クランプ達は私の腹腔を食い荒らすことなく、一斉に周りに散っていった。 なにかあったのだろうか? 助かった? ひょっとしたら、誰かが通りかかった? 生きて帰れるかもしれない! ゾブリッ!! だが、そんなわずかな希望を打ち砕くように、私を襲ったのは何かがのしかかってきた衝撃と、体の中身に食いつかれる激痛だった。 「ギッ!?あぐッ・・・あがぁぁ!!」 食いついてきたのは黄金盗虫。 クランプなどよりはるかに大きなその口腔は、私の腹に食いつき、一口で臓器の半分をその中に収めた。 ブチブチブチブチッ!!! 「ぎゃう!アグ・・あ・・・あ・・ぅ、ぁ・・・・」 黄金盗虫が顔をあげる。 食いつかれた臓器が音を立てて私の中から引きずり出されていった。 その口からは、腸のようなものが垂れ下がっている。 あまりの痛みに思考が麻痺した。 「あ・・・あ・・・。お腹が、私のお腹が・・・。駄、目だよ。中身を、外に出、しちゃ駄目・・なの。  ソレは・・お腹の中に、戻さなく、ちゃ。戻、さないと、私、みん、なの所に、帰、れないよ・・・」 だんだんと意識が朦朧としてくる。 もはや痛みも感じない。 グチュ・・・ギ・・・ゾブ・・・ プツ・・・クチュクチュクチュ・・・・ 黄金盗虫はまだ私の体を貪っているようだ。 大切な何かが無くなって行くのがわかる。 もう、これ以上耐えなくてもいいよね。 聴覚だけは最後まで残っていたのだろう。 自分の体が咀嚼される音を聞きながら、 私は自らの意識を闇に沈めた・・・ いつまで経っても帰らない彼女を心配し、ギルドメンバーが下水道最下層にきたのは翌日のことだった。 「くそっ、一体どうしたっていうんだ!何の連絡もつかないなんて!」 黄金色の盗虫を探しに行く 彼女がそういって一人で下水道へ向かい、丸1日が経った。 下水道ならば大した危険はないだろうし、他の約束があったから、彼女を一人で行かせたが・・・ 「それじゃ、逝ってきま〜すw」 そんないつもの調子のおどけたwisを最後に、彼女との連絡が途絶えた。 最初は見つけられなくて粘っているんだろう、と仲間達と話していた。 しかし、こちらからいくら呼びかけても反応がないのはおかしい。 そう思って、ギルド全員でこの場所まで来たのだ。 彼女の連絡が途絶えた場所、ということもあり、万が一のことを考えて慎重に進む。 しばらく歩くうちに壁に開いた大きな穴を見つけた。 「?」 なんだろう。 人一人が簡単に入れるくらいの大きさはある。 しかも、どう見ても昔に誰かが作った、という感じではない。 まるで、何か巨大なものが、最近になって掘り抜いたような・・・ そこで背筋に嫌な汗を感じた。 確か、盗虫は地面や壁に穴を掘って巣を作る。 そして、外で手に入れ、食べ切れなかった食料などをそこに持ち込んでためておく。 傷ついたときなども、穴を掘り、食料を運び込んで傷が癒えるまでそこに隠れる。 剣を構え、騎士である自分が先頭に。 続いて自分の補助と後衛の護衛であるBS、プリースト、ハンター、ウィザードの順に穴に入った。 意外と穴は深く、壁を貫通して地中に続いていた。 プリーストのルアフ、ウィザードのサイトで周りを照らして進んでいく。 そして・・・穴の最深部で見た。 傷だらけになっている黄金色の盗虫の姿を。 そして、汚れているがどこかで見覚えがある耳あてを・・・ 黄金盗虫を倒し、血と泥で汚れた耳あてを拾い上げる。 俺の思い過ごしであってくれ! 願いながら止め具を見る。 「初めまして。今日からこのギルドでお世話になります!  最初は色々と迷惑をかけると思いますけど、先行投資だと思って私の今後に期待しててくださいね♪」 彼女が始めてこのギルドに来た日のことを思い出し、涙が止まらなかった・・・