その部屋は、窓一つ無く灯りも何も見当たらなかったが明るかった。 壁や天井は石造りで、入り口らしきものも無い。不思議、としか言いようの無い空間であった。 そしてその空間には無数の気配。数百──いや、千を下らない数の人間がそこにはいた。 騎士やクルセイダーに、プリースト、ウィザード、ハンター。またはローグやブラックスミス等々… その人々は男女を問わず、人種や服装、職業も様々であった。 部屋のあちこちではいざこざが起きていた。 無理もない。ほとんどの人間は何故こんな場所にいるのかもわからず苛立ち始めていたのだから。 止めようとする者もいない。既に殴り合いや殺し合いにまで発展している者達もいた。 そんな騒ぎの中、立ったまま微動だにしない者も数多くいた。 その眼には光が無く、人とぶつかっても反応すらしない。虚空を見つめてたたずむのみだった。 「皆さん、静粛に」 凛とした女性の声が響いた。決して大声ではなかったが、不思議とこの喧騒の中でも全員の耳に届いた。 まるで脳に直接語りかけるような印象があった。 あまりに突然の出来事に、全員が声の方へ振り向く。水を打ったような静けさが広がっていった。 この異常な状況故に誰も気付いていなかったが、空間の端に舞台のようなものがあった。 そこには小柄な女性──子供と言ってもいい程の、年端も行かぬ少女が立っていた。 純白のジャケットに短めのスカート。煌く金色の髪と瞳が印象的な、分類するなら美少女といったところだろう。 外見に似合わぬ毅然とした態度で、大勢の猛者達を見据えていた。 その場にざわめきが広がる前に、少女が口を開いた。 「まず、貴方達が浮かべているであろう疑問にお答えいたしましょう」 まるで全てを見透かしているかのような言葉。人々の苛立ちが更に増した。 「ここは、イズルード付近のとある建物です。貴方達は空間転送されてここにいるのです」 部屋の冒険者達が騒ぎ始めた。突然わけもわからず妙な場所へ連れてこられた。拉致されたも同然である。 そんな雰囲気をも気にせず、少女の言葉は続く。 「次に、私は何者か? 私はこの世界の管理者にして裁定者…」 裁定者。裁きを行う者。その単語に息を呑む。 どう見てもただの子供にしか見えない。が、そこから感じられる威厳と威圧感は本物であった。 顔を見合わせる者、怪訝な表情を浮かべる者。言葉の真偽はともかく、場を黙らせるには充分効果があった。 「貴方達は何故ここに連れてこられたのか? それは貴方達自身がよくご存知のことかと思いますが」 と、一度言葉を切ってから続ける。 「ここにいるのは全員、禁忌とされてきた魔法を掘り起こし利用してきた者達です。  精神と肉体を分離させ、肉体の疲労も感じず精神の疲労も無く戦い続ける悪魔の業…  禁呪とはいえ、興味から手を染める者達が後を絶たないようですね」 場の空気が凍りついた。その場の全員が、それと知りつつ魔術を行使してきた者だったからである。 全く動きすらしない連中は未だ精神が肉体に戻っていない者達、ということだった。 「そして最後に、貴方達はこれからどうなるのか」 一瞬の沈黙の後。 「禁呪に囚われた貴方達の不穏な波動は、世界に崩壊を招きかねません。  よって、その存在そのものを完全に抹消させて頂きます」 その場の誰しもが絶句する。要するに死刑宣告である。 が、一人の騎士が前に出てきて声を張り上げる。 「ふざけやがって…神様気取りかよ?この人数にかなうとでも思ってんのか?」 途端にその場に殺気が走る。こいつを殺して脱出の方法を考えればいいんだ。皆そう考えた。 だが、少女は物怖じもしなかった。無表情で再び口を開く。 「管理者は私一人ではありません。たとえ私を殺せてもわずかな時間稼ぎにしかなりません。  もっとも『殺せたら』の話ですけどね?」 この言葉で先程の騎士が激昂し、少女に斬りかかった。 「このクソガキがッ!調子に乗るんじゃねぇ!!」 2mはあろうかという巨大な剣を振りかざし、一瞬で少女との間合いを詰めた。 少女は棒立ちのまま騎士の男を見据えている。反応してももう身をかわす事など出来ない距離だった。 が─── 「がッ!!」 瞬きをする間に少女の姿はかき消え、騎士の背中からは銀色の刃が生えていた。 剣と思われるそれが突き出ているのは心臓の位置。大量の吐血をしたかと思うと青い光の柱と共に姿が消えてしまった。 残されたのは金髪の少女と、その右手に握られた、青白いオーラを放つ剣だけ。 少女はあの一瞬、逃げるどころか更に間合いを詰め、騎士の剣の軌道の内側へと入り込んだのである。 長い得物は距離が近ければ近い程不利となる。だが、そうと知っていても簡単に出来ることではない。 「今しがたご覧になったように、生命が停止すればその存在は抹消されます  つまり、どの道私は貴方達を殺さねばならないのです」 感情の起伏もなく、極めて冷酷な言葉を言い放つ。 「そこで提案があります。即ち、自決するか、私の手にかかるか。  過酷な選択ですが各々にとって意味のある死を選びなさい」 その瞬間、場の全員がいきり立った。 「ふざけやがって…!!」 「何て言い草だ……」 各々が武器を構え、全員の殺気が明確に少女の方へと集中する。 ここで少女が初めてわずかに表情を浮かべる。不適な笑みを。 「気のすむまでかかってきなさい」 この言葉が全ての引金となった。 咆哮を上げ、白い少女のもとへと殺到する騎士達。 いかな手練といえど、四方八方から攻撃されては防ぎようがない。 ならばどうすればよいか。簡単な事である。 たっ、という軽い足音と共に少女は駆け出した。怒号を放つ集団の元へと。 先頭を駆ける騎士の男と少女が肉薄する。 騎士の武器は巨大なクレイモア、少女の武器は小振りの剣である。 先手は金髪の少女だった。歴戦の騎士にも劣らぬ速度の斬撃が騎士を襲う。 男は剣を縦に構え、防御の体勢を取ったが── 『ギィン!!』 鈍い金属音。と同時にクレイモアの刃先が折れて飛んだ。 この細腕のどこにこんな力があるというのか。そう考える間も無く少女の剣が男へとめり込む。 決して軟らかくはない鎧をいとも簡単に突き破り、肉を切り裂き、骨を断つ。 心臓にまで達した刃が紅く染まる。あたりに濃い血の臭いがたちこめるが、青い光の柱と共に全て消えてしまった。 あっという間に一人殺された。だが彼らに躊躇っている暇などなかった。躊躇えば待つのは死なのだから。 が、少女は取り囲まれぬように走り続けている。騎士達は敵の姿を捕捉することもままならなかった。 おまけにこの人数である。自由に身動きも取れないまま多くの者が光となり消えていった。 少女はすれ違いざまに一人のブラックスミスの胴を横薙ぎに斬り裂く。 腹から内臓がこぼれ落ち、腐臭が広がる。倒れた男はしばらく痙攣していたが、やがて光となって消えた。 後ろには目もくれず、次の標的へと向かう。視線の先にはペコペコに乗った女クルセイダー。 女はとっさに盾を構えたが、彼女の視界にもう白い少女はいなかった。 少女はペコペコに騎乗した女の頭上高くにまで跳躍していた。上段に構えた剣を女の脳天めがけて振り下ろす。 クルセイダーは反応すらできず、頭から胸元まで真っ二つに斬り開かれてしまった。 頭から二つに割れた脳が落ちるのも束の間、女は消滅してゆく。少女はクルセイダーのいた場所へと着地した。 一瞬で辺りを見回し、状況を確認する。やや間合いは開き気味で、次に誰かが斬り込んでくるまで二秒程だろうか。 そして次の瞬間、少女は背後の床に映る自らの影に剣を衝き立てた。 「ぎゃああああああああっ!!!」 影が絶叫し、おびただしい量の鮮血が吹き出る。 少女の影から転がり出てきたのは、袈裟斬りにされたローグの男だった。姿を消して背後から忍び寄っていたのである。 まともに胴体を斬られ、のた打ち回る男。致命傷と見た少女は迷わず次の獲物へと駆け出していた。 いつの間にか、冒険者達──いや、元冒険者と言うべきだろうか、彼らが連携を取り始めていた。 個々に立ち回っていては勝てない。誰しもがそう思い始めていたのである。 一人のクルセイダーの男が、少女の動きを止めるべく躍り出る。防御の技術と鎧の装甲には自信があった。 少女の剣がその男へと振り下ろされるが、巨大な盾と硬い鎧に阻まれてしまった。 二度目の斬撃も防ぐ。そう長くはもたないが相手が一人ならそれで充分である。 これ以上時間をかけるのは危険だ。しかし見逃すつもりもない。少女は一歩踏み出し、双方の剣の間合いより更に近付いた。 ほぼ密着のこの状態では、お互いの剣は使えない。最も間合いの短い短剣で貫けるような鎧でもない。 苦しまぎれの悪あがきだ、そう考えるクルセイダー。その慢心が隙を生み出した。 少女の白く小さな手がクルセイダーの胴体に静かに触れ── 「発ッ!!」 超重量の盾や鎧、そしてそれを支える筋力を持った肉体、あわせて200kg程はあるであろうクルセイダーの身体が浮いた。 『浸透勁』 全身で練られた氣を労宮、即ち掌から放出し、標的を内部から破壊する技である。 相手の防御力が高ければ高い程、衝撃は外へ逃げられずに標的体内で跳ね回り臓器に深刻なダメージを与える。 アイアンケインの隙間から血が飛び出る。どうやら内臓が潰れてしまったようだ。 倒れこそしなかったが、両膝をつき動かなくなるクルセイダー。男は何が起きたのかもわかっていない様子だった。 ────to be continued