イズルードダンジョン。別名海底神殿。 衛星都市イズルードからの有料船で行けるバイラン島に存在する洞窟を指す。 1階から3階までが洞窟であり、4階と5階が「海底神殿」と呼称されている。 1つの洞窟入り口から入ると、道が2手に分かれている。どちらに進んでもちゃんと2階へと進める。 2手に分かれた道が再度出会う訳ではない。2階への口が2つあるのだ。 2階は円を描いた構造である。その円の1点に出入り口、その正反対にもう1点。 1階から降りると、それぞれの道がその点に繋がっているのだ。 2階の中心に3階への階段が用意されている。 円の内に1つだけ渦巻状の通路があり、それを進むのである。 3階は、小さな浮き島が吊橋で繋がり続けたような構造であり、 その何処かに4階、即ち海底神殿へ繋がる階段が用意されている。 それを降りれば神秘の海底神殿を見る事が出来るのだ。 だが、1階から3階、更には4.5階・海底神殿にも魔物が存在する。 侵入者を排除、否、消す存在である。 それは、進めば進む程凶悪になり、強力になる。 海底神殿を目前に殺され、食われるといったケースは珍しくない。 その困難を乗り越えると、美しい海底神殿を見る事が出来る。海底なので、魚類もいる。 むしろ、魔物を含んだ生物の殆どが魚類に属す。 しかし人間がその中に入っても溺死や窒息死をする事はない。 入った瞬間エラ呼吸が可能になる訳ではない。が、何故か正常状態でいられるのだ。 それは間違えなくこの海底神殿の神秘と言える。現在ジュノーの研究者達が注目し始めたらしい。 それでもきっと解明されないだろう。 女アサシンはその4階・海底神殿上部に来ていた。彼女はアサシンになりたてで、挑戦として来たのだ。 少し辛いが何とかなる、それが現在の彼女の感想であった。 ソードフィッシュと呼ばれる大型の魚が襲い掛かるが、彼女は十二分にソードフィッシュとの戦闘に慣れている。 すぐにそれを殺し、殺した魚から落ちた鋭い鱗を拾う。 拾ってから彼女はその場に座り、休んだ。そして、辺りを見回す。 神殿を見るという以上に、アサシンとしての警戒の意味が強い。 (なんて不思議な場所だろう・・・) 何故自分は水中で難なく普通に狩りが出来るのか。 その事だけを考える。 ジュノーの研究者達の事は彼女の耳に入っている。 解明する事を期待したいが、本心では無理だろうと思う。 (ホルグレンに精錬を頼む人がこんな気持ちなのかな) そんな事を思い、少し可笑しくなる。 そこで何が急速に接近している事に気付く。マルク。タツノオトシゴが強力になり、凶暴化した姿と言える。 マルクは基本的に突進攻撃をする。その為距離を置いて突っ込んできた最初の一撃は極めて強い。 気付くのが遅かった。身体はマルクに向いているが、もう避けられないだろう。 彼女はジャマハダルを装着した両腕をマルクの方に出す。 突き出さず、肘は少し曲げてある。 マルクがそれに気付く。止まろうとしただろう。 だが、加速して突進して来たのだ。 ジャマハダルの刃がマルクの身体に接着する。 刹那、彼女は肘を曲げ腕が折れないよう努める。 両足は自分の身体が吹き飛ばされないようする。 結果、マルクの身体は四散した。マルクの肉、贓物、血が舞う。 水中でなかったら、それ等を浴びた彼女は暫く汚れたままだっただろう。 それに気付いた彼女は肘を腕全体を痛めていた。仕方のない事だ、と思った。 再度休む事にする。 すぐに半漁人が近付いている事に気付く。足音ですぐに気付けた。 しかし、今の状態ではまともに戦えるとは思えない。 (逃げないと・・・) 彼女は焦った。自分がまともに思考出来ない状態に陥った事に気付かない程に焦っていた。 即座に立ち上がり、走って逃げる。 が、半漁人も走って追って来た。予想以上に速い。 (来ないで!) 彼女は走り逃げる。進路にソードフィッシュの後姿が見えた。 「くっ・・・、邪魔!」 小さく呟き、ジャマハダルでそれを2つに割った。 割った後、人の姿が見える。こちらを見ていた。 彼女は驚き、その人間の横に避けを超えた位置で転び倒れた。 起き上がり、逃げようとする。 しかし、半漁人が死んでいる事に気付いた。 「もう、殺しましたよ」 人、男がそう言った。同じアサシンの様だが、まだ素人の彼女にも実力がかけ離れている事は自明だった。 そして彼女は半漁人に追われ始めた所から思い出す。 さっき自分が切ったソードフィッシュはこの男の獲物だったに違いない。 そう考え、謝罪する事にした。 「すいません。半漁人を押し付けた ̄、貴方の獲物を落としちゃったみたいで・・・」 男が答える。 「いえ、どちらも構いませんよ。それより、暫く休んだ方が良いでしょう?その間守りますよ」 「あ・・・、ありがとうございます・・・」 そして10分程、男は彼女の護衛をした。 男は完璧だった。結構な勢いで男や女アサシンを襲う魔物が出たが、 半漁人以外は3秒以内で落としていただろう。半漁人にしても7秒程度だったに違いない。 尚且つ女アサシンに危険への対処法、技術の活かし方を教えた。 「毒はどのように使えば良いんですか?」 「強力な毒は、相手を不利に追い込みます。身体が脆くなりますし、座っていたって苦しくなってくる」 「それは凄いですね。もしやられたら大変ですね」彼女は苦笑して言った。 男も少し笑った。そして真面目な顔に戻しでこう言った。 「しかし、毒に対す免疫を作れば毒を無力化出来ますよ」 「それは良いですね・・・。どうすれば?」 「簡単です。自分に弱い毒を入れる。弱めのものだと、身体の中で免疫が作られ毒は無効と化します。 そして以前のより強めの毒をいれ、再度免疫を作らせる。これを繰り返せば強力な毒も無効に出来ますよ」 「なるほど・・・。試してみようかな・・・」 「今、弱めの毒を入れてみましょうか?」 「でも貴方の毒は強力でしょう?」女アサシンは苦笑した。 「弱めのも使えますよ。試してみましょう」 そう言い男は懐から赤く半透明の石、レッドジェムストーンを取り出し、地面へ投げつけた。 水中に紫色の霧が発生した。 「んぁっ!」その霧を飲んだ彼女が喘ぐ。 「暫く我慢して下さい。5分程度で次の段階へ移ります」 「でも・・・、耐えられなさそうです・・・」女アサシンが状態を訴えた。 その言葉に男は彼女を両腕で押し倒し身動きが取れない状態にする。。 「え、そんな・・・」 「どうしても耐えて頂きます」 「む、無理です・・・」そう言って彼女は咳き込む。 「そろそろ次の段階かな・・・」男は彼女の顔をみてそう言った。 その2分後に、男は女アサシンから離れた。 彼女は動きたかったが、弱ってまるで身動きが取れない。 手足の先が冷たい--- 何とか首を動かす。自分の肩が見えた。 「え・・・、え!」彼女は驚いた。肩に大きな紫斑が見えた。 男が女アサシンに近付いた。 そして、彼女の二の腕を掴み、彼女に見えるよう上に伸ばす。 「いやぁ!」 彼女の腕は、大きな紫斑が無数にあり、固定したままの筈だったジャマハダルがぶらついていた。 手から先なかったからである。指先からどんどん崩れていたのだ。 「こちらはこう・・・」男はそう言い、彼女の右足を踏みつけた。 痛みはなかった。そして悲鳴を上げた。 右足から血が溢れ水中で漂う。それで両手両足が崩れている事を悟った。 「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」絶望の悲鳴。 「何処かの世界には、腕のない像が美術品として称えられています。四肢がなくても美しいですよ。 尤も、貴女はもっと奇麗なものになれますが」男は嬉しそうに笑った。 こいつは何を言ってるの!? 私はどうなるの!?新しく四肢が生え変わるの!? 私は、私は・・・! 目の前の水が赤くなっていく。 どんどん手足が短くなっているのが解った。 「いやぁ・・・、助けて・・・」 「そうですね。次が終わればもう苦しくない筈です。貴女は奇麗になる」 女アサシンは既に胴と首しかない。そして全身真紫だった。 鏡があれば、自分の姿の情けなさに気付いただろう。 「これで楽になって、奇麗に・・・」男が言った。 「ひぁぁぁぁ!」女アサシンの表皮が沸騰した湯の様になる。 更に、内臓でも暴れていた。 彼女の記憶が蘇った。 シーフやアサシンを志した理由。 なるまでの努力の日々。 なった時の喜び。 「もう、殺しましたよ」 「あれは誰を殺したと言ったの!? 私はあの時からもう殺されていたの!? 私はどうなあぁぁぁああ!!」 首と崩れつつある胴だけの彼女が四散した。 飛び散った血、腐敗した肉が、花火の様で美しかった。 しかしそれは一瞬の幻想であり、更に散乱し、水中と一体化していた。 その短い幻想に惹かれる者も、いる。 「beautiful・・・」