私はそれなりに腕に覚えのある魔術師。 とは言っても最近、上級クラスであるウィザードに昇格したばかりで ゲフェンギルド内での実力はまだまだといったところだった。 ここ数日、モロク南東で神隠しに遭うという事件が多発していた。 主に 出 遭 っ た のはアサシンギルドに支給に行く商人だそうだが、 ギルドのアサシン数名も消息を絶ったという報告が出されている。 こういった被害報告や捜索依頼は主にプロンテラ騎士団に出されるのだが、 なにぶん、事件も多く、全てを騎士団が扱えるというわけではない。 そこで、各街に存在するギルドに依頼に依頼をまわされる。 それで、ゲフェンギルドに依頼がまわってきて、 私がアサシンギルドに向かっているというわけ。 …それにしても暑い… モロク地域は陽射しが強いので、暑くて仕方がない。衣服の中は汗でびしょびしょだ、 これから調査だというのに、これでは気分が滅入る。 不意に音が聞こえたので足元に目をやった。何かがいる。 「!?」 サソリ※1の鋭いハサミが私の足首辺りを狙って大きく開かれていた。 慌ててさっと後ろへ飛びのく。私の足首を掴むことなく、それは閉じられた。 急いでコールドボルトの詠唱を唱える。 空に描いた魔方陣から氷の矢が飛ぶ。サソリの急所を貫き、それは動かなくなった。 ………危ない。暑さで集中力が散漫になっている。 こんなことでは自分も 出 遭 い かねない。 「……ふぅ」 友人にもらった聖水で喉を潤す。 魔物避けだけでなく、飲料としても利用できるのがいい。 以前モロク付近で活動した時はミルクを持参したことがあったのだが、 暑さで腐ってしまったことがあって、それ以来聖水を持ってくることにしている。 しかし、都会育ちな私は、温い水はどうも慣れない。でも飲まないよりマシだった。 まぁ、そんなことはどうでもいい。 ギルドが見えた。調査するのはこの辺りでいいか。 大分歩いてきたから少し一休みしてからにしよう、と日陰に腰を下ろした時だった。 少し離れた所の砂地がもぞもぞと動いたように見えた。 ホードかと思ったが、彼等は一目見ればどこにいるか把握できるし、 一定周期で外へ飛び出してくるので気付かないわけがない。 …また 動 い た 。なんなのだろうか。気になって、近づいて し ま っ た 。 突然、目の前の砂地から手が飛び出してくる。 「ごほっ!!」 腹部に衝撃を受け、吹き飛んだ。少し咳き込む。 先ほどの場所に目をやる。そこには両手の生えた砂の塊の化け物※2がいた。 私を狙っているようだ。両手を振りかざし近づいてきた。 「〜…ファイアウォール!!」 突然のことに一瞬判断が遅れたが、なんとか間に合った。 炎の壁に取りこまれているうちに、次の詠唱に入る。 「〜〜〜…ファイアボルト!!」 先ほどのように魔方陣から無数の火球が飛びその化け物は一瞬で炭になった。 未知の生物に恐怖が生まれる。いや、そもそもあれは生物なのか? 「今のは一体なに……?」 その炭を見つめていた刹那、突然腕に熱が走る。ふと見遣ると 先ほどのような化け物が自分の右手を取り込んでいた。一匹だけではなかったのだ。 太陽に熱されていたのだろう、そいつの身体は大火傷をするほど熱を帯びていた。 「ああああああああああああああ!!!!」 無事な左手で殴りつけると、形が崩れ、意外と簡単に右手を引きぬくことができた。 「ひゅぅっ、ひゅぅっ、ひゅぅっ!」 衣服は魔法のカードによって耐火性の魔力を帯びていたため、原形をとどめていた。が、 袖口から 砂 が入りこんだのだろう、服の下は惨状だった。指の何本が溶けて骨が剥き出しになっている。 嫌な臭いが辺りに立ちこめる。殴りつけた左手も少々焼けどしてしまったようだ。 嘔吐感に襲われるが吐いている場合ではない。急いで距離をあけ、 先ほどのようにファイアウォールで壁を作りファイアボルトの詠唱を始める。 やられたのは利き腕だった。慣れない左手で空に魔方陣を描くが、痛みのせいもあり、うまくいかずに詠唱ができない。 右腕から血が滴る。きっと服の下の腕は赤黒く焼け爛れていることだろう。想像もしたくなかった。 奴は炎の壁を抜けてきた。だが詠唱はまだ終わらない。 私は詠唱を中断してまた距離を…とろうとした。 何時の間にか囲まれていた。辺りには無数の 化 け 物 が私を狙って待ち構えていた。 その背後にホードが飛び出してきた。数匹の砂の化け物の興味が私からホードに移る。 ホードを掴み、引 き 千 切 っ た 。ぶちぶちと嫌な音とホードの悲鳴が辺りに響く。 白い透明な血液や臓器が辺りに飛び散ったが奴の身体に付着するとすっと取りこまれた。 いくつにもバラバラにしたそれに群がり身体中に取りこむ。 奴の身体そのものが 口 のようだ。下手に触ればまずい。 先ほど左手で殴りつけたのを思い出し、身震いする。 ホードは文字通り消えた。血も肉片も残らず化け物の中に。それは一瞬のこと。 私は神隠しの正体が分かった。どうしようもない恐怖感に駆られた。私も今からああなるのだ。 死の恐怖なんか問題じゃない。それ以上に 死 に 方 の恐怖が支配していた。 生きたままバラバラにされて死ぬなんて御免だ。 じりじりと化け物どもは寄って来る。焼けた腕が痛い。残っている指も動かない。 このままじっとしていても、死ぬだけだ。意を決して化け物どもの間を割って抜けようと走る。 「ひぐ!!!!」 一匹が私の左腕を食いちぎった。というより焼き切ったと言ったほうが正しいだろう。 溶けるような音と共に、左腕の感覚は消え去った。 私の足を捕まえようとしたのだろう、奴の手が右足を切り裂いた。 真っ赤な鮮血が飛び散るが、一滴残らず奴等は逃がさない。その血に化け物どもが群がる。 激痛を堪え、駆けた。 無事に…とは言えないがなんとか抜けることができた。しかし、危機は去ったわけではない。 化け物どもはまだ追ってきている。20匹はいるだろう、地中に隠れたり出て来たり 一匹一匹行動こそ違うものの、狙いは変わらない。腕をやられ、詠唱もできない。 例え五体満足だとしてもこんな数相手にできるわけない。逃げなくては。 そして、報告しなくては。意識が朦朧とする。血を流しすぎた。 「いやああ!!!!」 悲鳴が辺りに響き渡った。しかし、悲鳴は私のではない。 私はまだ捕まっていない。では誰のだ? 化け物どもに必死で全く気がつかなかったが、答えはすぐにわかった。 「な、なによ、これ、、来ないでぇ!」 商人だった。カートには布が被さっていたが、恐らくギルドの支給に来たのだろう。 私を追っていた化け物の大半が流れていった。※3 商人も必死に逃げる。私とは逆方向の方に。…が、そっちはダメだ、岩山と崖しかない。 「た、助けて…!や、やだぁぁぁ!!」 張り裂けそうなほど大きい声を上げて助けを乞う。その声は私にも向けられているのだろう、 しかし、私にとっては絶好のチャンスであった。私を狙っている化け物は3〜4匹程度しかいない。 撒くなら今しかない。が、あの商人は死ぬだろう。懇願する商人の視線が胸に刺さる。 少し躊躇ったが、詠唱もできないのでは、助けようがない。 仕方なく、見捨てることにした。 「ああああああ!!誰かぁぁぁぁ!!!!」商人の慟哭も少しずつ遠ざかっていく。 歯を食いしばって片足を引きずるように走る刹那。 人のものとは思えない悲鳴が聞こえたような気がした。 化け物どもを撒いて、街に逃げ込むことができた。 私は生還したのだ。友人のおかげで、傷は完治した。…ただ無くなった左腕を除いては。 そのまま騎士団まで全てを報告をする。私は任務を終えた。 報奨金を受け取るとそのまま帰宅し、寝床につく。 私は生還した。だから安心して眠れるはずだ。だが、この蟠りはなんだ。 商人のことを思う。仕方が無かったとはいえ、犠牲にしたには変わりない。 慟哭が。目にしてはいないが容易に想像できる惨劇が。頭から離れない。 忘れようとごろりと寝返りをうつ。何度も繰り返し、いつしか、眠りに落ちる。…が。 あの商人の死に様が何度も夢にまで出てきた。 嫌な音をたてて血液や肉片臓物が飛び交い、闇がそれらを包み込む。 原形をとどめていた商人の虚ろな瞳が私を見て離さない。 目が覚めると左腕がズキリと痛んだ。息遣いも荒い。 今夜は眠れそうにない… 終 ※1スコーピオンです。邪魔ですなぁ… ※2サンドマンです。朝とかよく狩りしてますけど、   10匹強くらい沸く(沸いてる)ことがよくあってトレインしてしまうことがしばしば…   わざとじゃないんですが、ごめんなさい_| ̄|○ ※3FWの縦置きで処理しようとしてると、   稀に他人に流れていってしまうことがあります、   ごめんなさい、、精進します・・・