待っていましたよ。案外来るのが遅いんですね、GMさん。まあ、腐抜けた行事にばかり 現を抜かしているだけのことはありますよね。 ……何も頬を打たなくともいいじゃあありませんか、私は逃げる気など毛頭ないのに。 唯、執行の前に、一寸だけ話をさせて下さい。  ええ、彼女なら此処です。如何です、素敵な姿でしょう。鬱陶しい四肢も声もなく、 この世への窓はあの綺麗な蒼の眼だけ。あら、泣かないでいいのよ。直きに楽になるからね。  ね、こうやって抱き上げると赤ちゃんみたいでしょう。いい子だから泣かないの、大好きよ。  見ての通り、私は騎士。魔導師のこの子とは、初心者、いえ、冒険者になる前からの付き合いよ。 私達はアルデバランで生まれ育ったのだけれど、この子は体が弱くて、子供の頃からよく男の子から 苛められていたのを、私が助けていたの。ずっと私の後をついてくるこの子を見て、ああ、この子は 私が守らなくちゃ、そう思ってた。冒険者になってからも、それは一緒。  けど、私が盾の役を全う出来たのは、ほんの束の間。あの子は一人で立てるようになっていたの。 炎の壁、ヒールにフェンクリップ。それだけあれば十分。見て見て、わたし一人で倒せたの、って 焼け焦げた魔物を指差して嬉しそうに笑うあの子を見る度に、胸が苦しくて仕方がなかった。 大好きなあの子が私から離れてしまう、そう考えただけで気が狂いそうだった。  ある日、赤芋峠で二人で狩りをしていたら、酷いモンハウに遭遇したの。私はあの子を守る為に 剣を振るったわ、でもね。ぐしゃり、っていう肉と骨を砕く音とあの子の悲鳴を耳にしたときには、 全てが遅かった。あの子の左腕は、芋虫の醜い口の中に肘まで飲み込まれていたの。我と血の気を 失ったあの子は右手の杖で芋虫を無我夢中に叩いていたけれど、そんなことじゃ奴らは怯まない。 あの子が叫んでいる内に、今度は別の一体があの子の右足に食らいついたの。汚らしい唾液に 塗れた牙があの子の柔らかい肉に食い込んで鮮血を迸らせる様を、私は呆然と見ていた。 左腕と右足、双方から、あの子の体は徐々に暗い淵へ引き擦り込まれていったわ。  このままじゃあいけない、我に返った私は、咄嗟に剣をあの子の肘上に突き立てた。赤い飛沫と あの子が泣き喚く声が私に降りかかったけれど、構ってはいられなかった。私のツヴァイハンダーの 鋭い刃を以ってしても、細い骨を砕くのに苦労したけれど、如何にかこれ以上あの子が化け物に 食われることだけは阻止したわ。  次は右の膝、よく私を追いかけてくる時に転んで、擦り傷を作っていたあの滑々した膝とも、左様なら。  あの子は可愛い顔を涙でぐしょぐしょに濡らして、幾本もの牙に無残に咀嚼されていく自分の左腕と 右足を見詰めていたっけ。  惨いですって?だって、この子はあんな化け物に全身を食われてしまうところだったのよ?奴等に なんか、この子はあげない。それに、聖職者に頼めば、また元の身体に戻れると思っていたの。 まさか、リザレクションでも失った身体は取り戻せないなんて、知らなかった。ほんとよ。嘘じゃあないわ。  あの子は、狩りに出ることが出来ない体になった。私は狩りに出る日を極力減らして、あの子の 世話をすることにしたわ。欠けた身体を隅から隅まで清められながら、お姉ちゃん、御免ね、って 謝るあの子を見ていると、子供の頃に戻れた気がして、密かに歓びを覚えていた私が居たわ。 あの子の為なら、狩りなんて如何でも良かった。  けれど、二人で生きていく為にはゼニーが必要だった。ずっと二人きりで暮らしたかったけれど、 私は時々狩りに出るしかなかった。あるとき、偶々臨公を組んだ鍛冶師にうっかりあの子のことを 話したら、彼女は義手と義足を作ってきてくれたの。もし寸法が合わなかったら何時でも言って、 とまで言ってくれたわ。  私は御礼を言ってあの子の元へ駆け戻った、義手と義足は誂えたかのようにあの子に合っていた。 ふらつきながらも数ヶ月ぶりに自分の足で立てたあの子は、何度も有り難う、って言っていた、 なのに、私はそれを喜ぶことが出来なかった。 だって、またあの子が私から離れていってしまうかも 知れないでしょう?そんなの、耐えられないもの。  その夜、あの子が寝入った際に、私は寝台に立てかけた義手と義足を、燃え盛る暖炉に放り込んだ。 木造のそれは、轟々と音を立てて良く燃えたわ。次の朝、あの子は血相を変えてあれの行方を尋ねた、 無論、私は真実を答えたの、そしたらあの子、酷い、酷い、って気狂いみたいに泣き喚いて。終まいには 誰か助けて、なんて叫び出した。誰かに聞かれるわけにはいかなかった、私も、やめて、って叫びながら、 気がついたらあの子に馬乗りになって、華奢な首をぎゅうぎゅうと締めていたの。手を離したときには、 あの子の口からはひゅうひゅうと下手糞な笛の音みたいな音しか漏れなかった。咽、潰しちゃったみたいね。  ぼろぼろ涙を零しながら、あの子は一本の腕と一本の脚で床を這ってまで逃げようとしたの。私から。 この私から!  私は躊躇うことなくツヴァイハンダーを振るった、だって、私に守られるあの子には、腕も脚も要らない ものね。  それから、私達はずっとこの家で暮らしているの。何も喋れない、動けないこの子に御飯を匙であげたり、 汚れた体を拭いてあげたり、時には、……ふふ。私達の秘密にしておきましょうね。この子は、私が守るの。 そうそう、貴方たちの足元の染みはこの子の大事な血なの、だから土足で踏まないで下さいね。厭だ、 飛び退かなくても良いのに。  あ、いけない。私が執行を受けた後、この子は如何なるのですか?そう、新たな生を……それが良いのかも 知れないわね。  左様なら。貴女のこと、本当に大好きなのよ。ね。また同じ世界に生まれ変われたら、今度こそ……