モロク地方の周辺渓谷に天然の要塞として建設されたサンダルマン要塞。 そもそも異民族の侵入を防ぐ為に作られたものだった。 だがモロクだけでなく、モロクより西方に在るコモドまでがルーンミッドガッツ王国として統一された後、その重要性は急激に失われ廃棄されてしまう。 おかげで今現在、サンダルマン要塞はモンスターに占領され近づく者はほとんどいない。 とは言え、サンダルマン要塞に生息しているのは遠距離攻撃が得意なモンスターばかりというのが周知の事実であり、対策さえしっかりとしていれば決して狩りを行うことが出来ないというわけではない。 現に今、一人のプリーストが橋を渡りサンダルマン要塞へと足を踏み入れた。  「さー、モンスターの皆さん。私が教化してあげますからね〜」  まだ着慣れないプリーストの法衣を纏い、私はサンダルマン要塞に足を踏み入れた。 断崖絶壁に建てられた建物はさすがに天然の要塞というだけあってかなりの威圧感を感じる。 廃棄されてから年月が経っている所為か、ほとんどの建物は崩れ、風化していた。  「うっ!?」  要塞の景観を楽しんでいると、不意に全身を強い衝撃が襲った。 続いて右肩から燃えるような熱さ、そして激しい痛みが走る。 目をやると、矢が一本刺さっていた。 刺さっている矢の角度から飛んできた方向を読み、視界を映す。 視界に入った建物の残骸の隅に一匹のゴブリンアーチャーを見つけた。 独特の仮面をしているおかげでそれがすぐにゴブリンだとわかる。  「本日一匹目〜、かな」  ゴブリンと少しの間目を合わせたあと、背負っている鞄からスタナーを取り出し構える。 それに合わせてゴブリンも弓矢を取り出し矢を射った。  「ニューマ!」  足元から白い霧が吹き上がり、飛んでくる矢を包み込む。 矢は霧に絡め取られ地面に落ちた。 ゴブリンが次の矢を射る準備をしているうちにゴブリンに向かって駆ける。 私は最上段に構えたスタナーをゴブリン目掛けて振り下ろした。 バキン! と小気味悪い音と共にゴブリンは数メートル吹っ飛び、地面を転って動かなくなった。  「……Amen」  やや良心が痛むが、これも教化なのだと納得して私は視界を別に移し、歩き出す。  「ふぅぅ、疲れたぁ」  狩り……もとい教化を始めてもう2時間程度は経過しただろうか。 私はサンダルマン要塞の一番高い場所まで上りつめ、疲労した体を休める為に座り込み、半壊した建物に背中を預けていた。 モンスターから得た収集品で鞄はずっしり重くなっている。 疲労も溜まり、そろそろ街に戻る頃合かもしれない。  「ま、帰りながらもう少し教化していこうかなぁ」  鞄を背負い、やや重く感じるスタナーを握り立ち上がろうとしたときだった。 背中越し、つまり半壊した建物の中で砂利を踏み締めるような物音がした。  「言ってるそばからもう一匹」  半壊した建物の入り口に向かおうと足を進める。 だがそれは瞬時に中断させられた。 さっきまで背中を預けていた場所に急にひびが入り、弾け飛んだ。  「え?」  相当強い力で破壊されたのだろう、半壊した建物の様子は砂煙でよく見えないが、多くの瓦礫が崖から転げ落ちて下の方で他の建物にぶつかるのが見えた。  「え、え、え……?」  状況が理解できず、私はただ戸惑うことしか出来ない。 ただ、砂煙の中にいるモンスターはさっきまで戦ってきたゴブリンやコボルトとは比べ物にならない化け物だということのみ理解できた。 本能的に逃走しようと体が動く、がそれは少し遅かった。 砂煙に背を向けようとした瞬間、その煙を吹き飛ばして巨体が体当たりをかまして来た。  「ぐぁ!」  私はあっさりと宙を舞い、地面に叩きつけられる。 その衝撃で鞄とスタナーが手から落ちた。 朦朧とした意識を甲高い咆哮が無理矢理引き戻す。  「ぁ……」  まず目に入ったのは砂煙を掻き分ける巨大な翼。 そしていかにも自分が要塞の主だと言わんばかりに悠然と立つ四肢。 立ち込めていた砂煙が晴れ、モンスターの頭が見えた。 鋭いクチバシよりも私をじっと睨みつける瞳に目がいく。 グリフォン。 話には聞いたことがあったけれど実物は初めて見る。 予想以上の大きさに、私は一瞬恐れを忘れてその姿を見入ってしまった。 おかげで、最後の逃げるチャンスを失った。 グリフォンが再び咆哮し、私に向かって跳躍する。 慌てて立ち上がろうとする私の横腹にグリフォンのクチバシが突き刺さる。  「うあああぁああぁぁあぁ!!」  激痛が思考をバラバラに引き裂き、口からは自分が出したとは思えないような叫びが漏れた。 グリフォンは速度を緩めることなく駆け、そのおかげでクチバシはどんどん私の体内にめり込んでいく。 失せてしまいそうな意識の中、股間に微かな刺激と温もりを感じた。 失禁したんだろう。 温もりが股間から太もも、ふくらはぎ、つま先へと下っていく。  「ぐ、がぶっ! ぁ、ぐ、あぁ!」  と、恥じらいが生まれる間もなく再び衝撃が体を襲った。 グリフォンは高く跳躍し、空から私を振り落とす。 体は言うことを聞かず、そのまま半壊の建物の壁にぶつかった。 痛みは無く、ただ叩きつけられた衝撃だけが体を襲う。 手足は力を込めても動かず、ただ意識のみが朦朧と失せることなく働く。 と、グリフォンがそのまま私の上に降りてきた。  「うぎゃぁ! ぁぁぁぁあ……あぁ……ぁ」  前足の爪が背中に突き立ったかと思うと、グリフォンの全体重が私の体に掛けられた。 全身から骨の砕ける音が聞こえ、口から信じられない量の血が吹き出るのが見えた。 最早呼吸も出来ず、急激に失せていく意識の中で、最後に見たのは私の胸に喰らいつくグリフォンの瞳だった。  「あら、おはようございます」  人通り激しいプロンテラ大通りの片隅。 目を覚ますとそこにはいつもどおりの営業スマイルでカプラ職員がいた。  「今回もまた酷くやれてしまったようですね」  何がそんなに嬉しいのか、カプラ職員は1ミリたりとも笑顔を崩さない。 そもそもサンダルマン要塞なら狩りが出来ないこともないと教えたのはこのカプラ職員だというのに……。  「えぇ、ですから対策さえしっかりとしていれば、と申し上げておきましたのに……あが」  「そーれーいーじょーうー喋るなぁぁあ!」  心を見透かしたように言うカプラ職員に軽い殺意を覚え、私はその口に指を突っ込み左右に引っ張った。  「ひゃめへふらはいまし〜(やめて下さいまし)!」  「んがぁぁぁぁぁ!!」  プロンテラ大通りに私とカプラ職員の声が響いた。