私はクルセイダー。普段は王城の防衛を務めているが、王の任を受け討伐や魔物退治をすることもある。 今回の任務は、ゲフェン周辺で起こっている行方不明事件の調査。目撃者によると、どうやら街の北西にある禍々しい古城に連れ去られているらしい。 古代の遺跡、グラストヘイム。 その最下層の洞窟には、伝説の魔物ミノタウロスが封じられているという。 ピラミッドやスフィンクスダンジョンにも生息しているが、ここに居るのはその真祖のような者だと言われている。 襲い来る蟲と泥の魔物を蹴散らし、私達はその入り口に居た。 「ここが……その洞窟ですね。」 不安げにプリーストが呟く。普段は明るく振舞う彼女だが、この洞窟から漂う死臭と異様な雰囲気を前にしては、不安になるのも無理は無い。 「全く……何故顔も知らぬ他人のために、こんな所に来なければならないのか。」 さっきからずっと愚痴愚痴言っているのはウィザードだ。腕は立つのだが、多少冷酷と言うか、薄情と言うか……とにかく私とはウマが合わない。 「さらわれちゃった人、本当にここに居るの〜?あれだけ苦労してハズレでした♪なんてことはないよね?」 ハンターがおどけて言う。のんびりした性格の彼女だが、弓の腕前は一流で早撃ちを得意とする。 「ともかく、目撃者が口をそろえて牛の頭をした化け物だって言ってるから……ここで間違いないよ。」 最後の一人はナイト。私の幼馴染でもある。本来、虫も殺せぬ性格だった彼が何故騎士に志願したかはわからないが、努力に努力を重ね今は騎士団長にまで上り詰めた。 皆、口では色々言っているが……何度も死線を潜り抜けた仲間だ。例え伝説の魔物が居ようが、きっと負けはしない。 回復薬は有る…体力、魔力共に十分回復した。皆に目配せをし、気合を入れる。 「お喋りは此処までだ。征くぞ!」 私の声を合図に、一斉に洞窟に飛び込んだ―― 配下のミノタウロスと戦闘を繰り返しつつ、視界の開けた広場に辿り着く。血の匂いも濃くなってきている……覚悟を決め、広場に足を踏み入れた。 そこで私達の目に飛び込んできたのは想像を絶する光景だった。視界一面の赤、赤、赤……洞窟内は、私達よりも先に救出を試みたゲフェン守備兵達の血とその亡骸、 そして広場を埋め尽くすほどの紅い眼光。その光景はこれまで越えた死線などはるかに凌駕していた。 「ひぃっ」 プリーストが思わず短い悲鳴を上げる。それを聞いてか、血よりもなお紅く、屍よりもはるかに多い眼が此方を向いた…… 「!」 それと同時に♀ハンターが大きく飛び退き、神速としか表せないほどの速さで矢を放つ。その数ゆうに100本を超える程だ。その全てが標的を捉え、向かってきた魔物を針鼠にする。 「みんな!ぼけっとしてないで!」 彼女が叫び振り向いたその時、彼女の背後にも赤い光が……既に取り囲まれている!? 「危ない!」 「!?」 振り下ろされる鉄槌。咄嗟に弓を盾にしていなす。粉々に砕ける弓…彼女は代えの弓に手を伸ばす、が 「あれ……?」 そこで異変に気付いた。彼女の手が――無い。肘から先が弓と一緒に、粉々に吹き飛ばされてしまっていた。一呼吸置いて、腕から大量の血が噴出する。 「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!あたしの……あたしの手が……!」 真っ青になりその場にへたり込む。とたんに取り囲まれるハンター。あのままでは危ない! 「ヒールを!早く!!♂ナイトは二人の護衛を!ウィザードは魔法で援護!」 叫ぶと同時に私は彼女の元に駆け出した。 「ひっ……は、はい!」 「り、了解!」 「………………」 ヒールで傷は塞がったが、粉々にされてしまった腕は戻せない……彼女はショックの為かその場で呆然としている。 群がる魔物を盾で押し退けながらハンターの元へ走る。もう少し、あと少し―― 何とか突破口を開き、ハンターに近づいた瞬間……ミノタウロスの渾身の一撃が彼女を直撃した。 なんとも言い表せない衝撃音と共に彼女が……いや、彼女だった物が、臓物を撒き散らしながら頭上を越えて飛んで行く。 私の足元に何かが落ちた。彼女の、眼球、だ。 「そん……な……」 あっけなさすぎる。これは悪い夢なのだろうか?考える間もなく、今度は後ろから悲鳴が上がる。 「ひ、ひいぃぃぃゃぁぁぁ!!」 ハンターが吹き飛ばされたその先は、3人の居る場所だったのだ。彼女の惨状を見てしまったプリーストは既に半狂乱状態である。 ここで私が弱気になるわけにはいかない。重い心と身体に鞭を打ち、3人の下に駆け寄る。いつの間にか魔物の攻撃は向こうに集中しているようだ。 ナイトが食い止めていたが、一人ではもう持ちそうに無い。そこに振り下ろされる鉄槌…… 盾を構えて間に滑り込む。その瞬間、激しい金属音と共に体が砕けるかと思うほどの衝撃に襲われた。 「くっ……」 何とか間に合ったか…… 私とナイトで防御を固める。だが、あまり長くは持ち堪えられないだろう。なんとか立て直さなければ…… 「ここはどうにかして撤退するしかないようだな。」 場違いなほど冷静な声でウィザードが呟いた。ここで初めて、彼が何もしていなかったことに気付く。 「何故、援護をしなかった!?」 「あれではどちらにしろ、間に合わなかったからだ。この局面での無駄撃ちは即、死に繋がる……こうなってしまっては我々が生き残ることが最優先事項。その為にはああするしかなかったのだ。」 「貴様……」 彼の判断はきっと正しいのだろう。だが、それでも私は…… 「……今は、生き延びることだけを考えよう。」 ナイトがポツリと呟く。プリーストも多少落ち着きを取り戻したようだ。行動するなら早いほうが良い。 「そう……だな。」 納得はいかない。だが、今は頷くしかなかった――