〜雨粒が頬を濡らした。ぽつり、ぽつり、と。〜  首都、プロンテラ。常に多くの人間が行きかい、メインストリートには所狭しと露天商が並ぶ。  俺は、人の波を掻き分けながら進んだ。  頑丈に作られた鎧が、今は恨めしい。大き過ぎて、この人込みでは邪魔になるのだ。戦場では役に立っても、街中では 煙たがられてしまう。  やっとの事で、中央噴水広場に出た。ベンチに腰を掛ける。  ここに来るのも久し振りだな。俺はふと、感慨に耽った。  あの時は、クルセイダーに成る為に来たんだったな。修練を積み、鍛えた身体だったが、人込みには勝てなかった。俺 は、それを思い出し、苦笑した。あの時から変わってないじゃないか、俺は。  「さて、大聖堂まで後少しか」重い身体を持ち上げ、大聖堂に向かおうとしたその時、どこからか悲鳴が聞こえた。  「なんだ?悲鳴?どこからだ」聞こえた方を向く。噴水の向こう側だ。噴き上げられる水に映る巨大な影。  突如、水が襲ってきた。いや、違う。噴水を破壊して、何かがこっちに飛び込んできた。黒い、大きな物。  深淵の騎士だ。  そいつの乗る馬が、噴水を粉々に砕き、水飛沫を浴びながら、こちらに向かってきた。  「なっ・・・」俺は、声を失う。何でここに深淵の騎士が居るんだ。そう言いたかった。  奴の豪腕が、巨大な剣を振るう。俺では無い。近くに居た露天商に向かってだった。  人の肩幅程もある、その剣が、露天商を襲う。恐怖に凍りついた露天商の女が、一閃で胴体から真っ二つになった。  跳ね上げられた女の上半身が、大量の血を噴きながら宙を舞う。クルクルと回り、驚愕の表情のまま、高く、高く跳ん だ。飛び散った女の血が、俺の顔を濡らした。  「お・・・おのれぇ!!」俺は槍を持った。聖なる力を宿した槍だ。効かない筈は無い。  深淵の騎士に向けて、槍撃を放つ。掠るくらいしか当たらない。ダメだ、支援が無ければ自分一人ではとても倒せない。  無情にも、周りにはプリーストどころかアコライトも居なかった。  「くおおおおおお!!!!」俺は渾身の力を込めて槍を撃つ、当たりはしたが、致命傷に至っていない。よろめきもし ない。しまった、体勢が崩れた。  その一瞬を、奴は見逃さなかった。大剣が落ちてくる。俺は身体を捻り、地を転げてそれを避けた。  凄まじい轟音が響き、床の石畳が粉砕される。石飛礫が俺を打った。「くぅ!!」立ち上がって、改めて見ると、その 威力に思わず息を呑んだ。  「あんな剣撃なんて喰らったら、石畳と同じにされてしまう!?」当たらなければ良いのだが、そう何度も避けられる 物でも無い。  「誰か!誰か力を貸してくれ!!」声を張上げ、助けを求める。しかし、辺りには死体が転がっているだけで、生きて いるのは俺しか居なかった。「畜生・・・!」視界が赤く染まる。転んだ時、額を切ったらしい。腕で血を拭う。  深淵の騎士の乗る馬が嘶いた。巨大な前足を高く持ち上げ、一気に振り落とす。俺は咄嗟に横に跳んだ。またも轟音が 響く。蹄が石畳を砕き、土に深くめり込む。何てこった。跳ぶ方向を間違えた。こっちは、奴の剣の持ち手側だ。  深淵の騎士は、俺を睨んだ。顔など正に深淵のようにポッカリと穴が開いたように黒い。その奥に、さらに黒い目が、 見えた。気がした。目が合う。絶対の闇へ引き摺り込まれそうな、そんな感じだった。  その瞬間だった。見蕩れていた訳じゃない。  スローモーションのようだった。奴の剣が俺に向かって振り下ろされていた。それは判る。では何故身体を動かして、 避けようとしない?違う、動けないのだ。あんなに遅いのに?俺の方がもっと遅いのだ。  黒く鈍く光る剣が見える。俺の顔が映った。恐怖の顔じゃない。勇敢に強敵に立ち向かう、そんな顔だった。それが、 ゆっくりと俺に近付く。この方向は俺の首だ。多分、このままだと、俺の首が刎ねられるだろう。剣先がどんどん近付い てくる。もう、どうにもならない。  ザクリ、と俺の首が切れた。剣の勢いで、ほぼ真上に刎ね飛ばされる。まだ生きている。大地が遠く離れていくのが判 る。少しずつ回転しながら、俺の首は飛んだ。  俺の胴体が見えた。首の断面が見える。ああ、血が勢い良く噴出している。俺に掛かりそうじゃないか。いや、あれも 俺なのだ。だから、俺の血が、俺に掛かる?俺の胴体が何故あそこにある?俺は一体どうなった?首が刎ねられたのは判 るが、何故、俺の首の無い胴体が見えるんだ。俺はここに居るのにどうして俺があそこに見えるんだ。  ああ、段々と考えられなくなる。  ゴトッ  俺は、石畳に落ちた。空が曇っている。雨が降りそうだ。雨が降ったら、どうしよう。傘など持っていないぞ。いや、 俺は死ぬのだから傘は要らないだろう。俺が死ぬのか?いや、そこに見える俺の胴体が死んだのだ。動いていないじゃな いか。  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・  ・・・・・・・・  ・・・そうか、あれも俺で、俺も俺なんだ。どちらも死ぬんだ。  ぽつ、ぽつ。  雨が降り出した。  深淵の騎士はどうなった?どうでも良い事か。  雨が少しずつ強くなっていく。  雨粒が頬を濡らした。ぽつり、ぽつり、と。