草の囁きが聴こえる。プロンテラフィールドの草原に、私は居た。  冒険者になってまだ3日だ。モンスターと戦うのは痛いし、疲れるし大変だと思う。  でも、今日は嬉しいことがあった。それは、ついさっきのこと。  「よっ元気でやっとるか?」ローグをやってる従兄のお兄さんがやってきた。私が冒険者になったと 聞いて訪ねてきたらしい。  「こんにちは、お兄さん。ちょっと大変だけど頑張ってるよ」私は笑顔で答えた。お兄さんもニコニ コと笑って、私の頭を撫でてくれた。ちょっと恥ずかしかったけど、お兄さんの大きくてあったかい手 の平の感触は心地良かった。  「そうそう、良い物をやるよ」お兄さんはリュックをゴソゴソと探って何かを取り出した。  「ほら、付けてみな」うさ耳だ。「わぁ、すごーい」私はうさ耳を付けてみた。  「うむ、良く似合ってるぜ。そいつは俺が作った奴だ。大事に使えよ」お兄さんはまた頭を撫でてく れた。  「でも・・・良いの?これって結構高いんじゃ・・・」私は遠慮気味に言ってみた。  「気にすんなって、これくらい朝飯前よ!」ガッツポーズを取るお兄さん。かっこいいな、って思っ た。  「ありがとう!」私は、とても嬉しかった。  一通り、話し込んだ後、お兄さんは誰かに呼ばれたらしく、そこで分かれた。  私は、うさ耳を振りながら、フィールドを歩き、適当に狩りをしていた。  すると、3人ほど、前から近づいてくるのが見えた。みんなノービスだった。  近くに寄ってきたので、私は挨拶をした。  「こんにちは」けれども、みんなは挨拶を返さなかった。代わりに私を見ている。いや、睨んでいる?  「ちょっと良いかしら」ロングヘアーのノービスが話し掛けてきた。  「なんですか・・・?」ちょっと高圧的な態度に、私は言葉を濁した。構わず、その子は話し始める。 「貴女、さっきローグに何か貰ってませんでした?」なぜ、そんなことを聞くのか分からなかった。取り 合えず、私は正直に答えた。「はい、うさ耳を貰いました」私が答えた瞬間、みんなの顔が曇った。  「そのうさ耳さぁ、あのローグが作ったんだよねぇ?」別な子が聞いてきた。今度はボブカットの子だ。 「は、はい・・・あの、それがどうかしましたか?」私は正直に答える。  「やっぱりな・・・」腕を組んで、今度はポニーテールの子が言った。  「あのさぁ、さっき、あのローグに獲物奪われたんだけど」ボブの子が言った。「え?」私は思わず聞 き返した。「だから、あんたの知り合いのローグがノーマナーしてるっつってんでしょ!」ボブの子が怒 鳴った。  「私達はね・・・あのローグさんに迷惑してるの。貴女、知り合いなんでしょう。責任取って貰えない かしら?」ロングの子が詰め寄ってきた。「え・・でも、そんな」理不尽な、と言い掛けた。その時。  ドスッ  私の鳩尾に衝撃が走った。ポニーの子が、膝で蹴り上げたのだ。「がふっ」私は崩れ落ちた。涙が流れ た。  「理不尽なとか思ってんのか?私らだって理不尽な思いしてんだよ。黙って責任取れよ」女の子らしく ない、その口調は、本気だった。  ロングの子が私の頭に乗っているうさ耳に手を掛けた。「あっ」ガスッ「ウゼーんだよ!黙れ!」ポニ ーの子が背中を蹴った。肺から息が漏れる。「げふっ」痛い。誰か助けて。  「言ってしまえば、貴女が被っているうさ耳は、私達の犠牲に立っているのよ」うさ耳を玩びながら、 ロングの子が言った。  「か・・かえ・・・して・・・」痛みを堪えて私は言った。「それはこっちの台詞よ」ボブの子が拒否 する。他の子も頷きながら、口元を歪めて、クスクスと笑っていた。  私は、恐怖した。  「いいでしょう、返して差し上げますわ」ロングの子がにこやかにそう言った。「それじゃ・・・!」 私は顔を上げて言った。「ただし」ロングの子は、そこで制止した。  「あそこに盗蟲の卵が見えますわね?」指したその先には確かに盗蟲の卵が見えた。それがどうしたの だろう?「あれ、食べてみてくださらない?」顔の血の気が引いていくのが分かる。本気で、私にあれを 食べさせようとしている。微笑んでいる顔が、醜く見えた。  「い・・・いやです・・・」私は拒絶した。  ドカッ  ポニーの子に頭を蹴られた。ガンガンと頭の中が鳴っている。何も考えられない。  「てめぇーに拒否する権利なんてねぇんだよ!さっさとあれ喰って見せろよ!」私の頭を靴で抑え付け ながらポニーの子が怒鳴る。  「・・・わ・・・わかり・・ました」私は靴をどけてもらい、ゆっくりと立ち上がり、歩き出した。  襟首を捕まれている。逃げ出すことは出来ない。一歩一歩が、気が遠くなるほど長い。いやだ、あんな の食べたくない。  足元に盗蟲の卵が見える。首を押され、強引に座らせられた。目の前にどくどくと波打つ白い物体が現 れた。  「さ、お食べになって」「食べなさいよ」「喰え」3人が催促する。  食べたくない。  「喰えっつってんだろ!」誰かの足が私の頭を卵に押付けようとする。多分ポニーの子だ。私は抵抗し て、力を入れる。  「何、してんのよ、早く食べなさいよ!」脇腹に蹴りが入った。「うあっ」目の前が涙で滲んでいる。  力が抜けた瞬間、私の口に粒状の何かが入ってきた。想像したくない。口に含んだ。吐き出したい。  髪の毛を捕まれ、頭を上げさせられる。ボブの子が、私の鼻を抓んで顎を抑えた。息が出来ない。飲み 込まなければ離さないということなのだろうか。私は、苦しくなって飲み込んだ。  喉を落ちる感覚。胃の中に流れ込む。おぞましい感触に、吐きそうになる。けれど、顎を抑えられ、吐 くことも出来ない。  「あっはははははは!こいつほんとに食べてるよ!?」「あら、美味しいのかしらね」「けっキモいん だよ」3人は口々に私を嘲笑する。悔しい。気持ち悪い。二つの感情が絡み合う。  その時だった。  私のおなかの中で、何かが動いた。  「!?」  ビクビクと、おなかが痙攣する。抑え付けられ、閉じている口から、血が噴き出した。  「な、なによ、これ・・・」ボブの子が顎から手を離す。私の口は開かれ、真っ赤な血が流れ出した。  「うわ、血吐いてるぜ・・・」ポニーの子が頭から足を離す。私は、ビクンッと痙攣し、身体が跳ね上 がった。  「どういうことよ!これ!?」ロングの子が慌てふためき、2人と顔を合わせている。  私のおなかの中で、何かが蠢いていた。  やがて、それらは、私の口の中に上がってきた。  「キャ――――――――――!!!?」3人は悲鳴を上げた。何が起きているのだろう。  私は、口に入っているものを吐き出した。  盗蟲だった。  それも一匹ではない。小さな盗蟲は一気に口から外へ飛び出した。  「ぎゃぅがはぁぐぇあがぁああああああ!!」口だけではない。耳や、鼻。目を喰い破り、盗蟲共は飛 び出してきた。  「ぶぁたすぐぇで・・」助けて、そう言ったつもりだが、喉も喰われ、ろくに声も出せない。  3人は、凍りついた表情で、ただ、立ち竦んでいた。  「あがふげぇぅあぎぇあ・・・」私のおなかの中も、喰われていた。へその辺りが蠢いているのが分か る。やがて、盗蟲共は、私のおなかを破って出て来た。「―――――――――!!!」既に声は出ない。 意識だけがはっきりとしている。  盗蟲共は、私の内臓を喰い、肉を喰い、骨を齧った。  何時の間にか、3人は居なくなっていた。いや、私の目が見えないだけだろうか。  今日は、嬉しいことがあった。それは、ついさっきまでのこと・・・。