雫が滴り落ちる音が響く。遠くから、人の叫び声が聞こえる。グラストヘイムの地下洞窟。そこに、 マジシャンが立っていた。僅かに身体を震わせながら。  「わ、私だって、大分修行したんだから、ここくらいイケルよね・・・」マジシャンは、自分に言い 聞かせるように喋り、神官の杖をぐっと握った。  マジシャンは、ゆっくりと歩き始めた。落ち着かず、そわそわと、蝿の羽の位置を確認したり、ヒー ルクリップを装備しているか、確認したり。  背後に気配を感じた。マジシャンは、振り返り、それを確認する。  スティングだ。「スティング!た、確か、対処法は・・・」おたおたと、マジシャンは詠唱を始める。  「ファイアー・・・ウォール!!」炎の壁が目の前に上がる。向こう側には、スティングが迫ってき ている。「これで、こっちにはこれないハズ!その間にファイアーボルトを・・・」スティングは、フ ァイアーウォールに阻まれ、その身を焼き焦がしながら、進もうとする。  「ファイアーボルト!」炎の矢じりが、スティングを貫く。しかし、まだ倒れない。「まだ、足りな いの!?」ファイアーウォールの勢いが、徐々に薄れていく。マジシャンは、二つ目のファイアーウォ ールを出そうと、詠唱を始める。  マジシャンは、気付かなかった。一体のスティングに集中するあまり、別な方向から、もう一体のス ティングが迫っている事を。  「ファイアー・・・ウォーっ!?な、何これ!?」突然、マジシャンの足元が泥沼に変わり、足が沈 み込んでいった。あっという間に、脛まで浸かる。背後を振り向くと、別なスティングが近づいていた。  「ひ・・・」マジシャンは、この事態に声を失う。頭の中は、グチャグチャで、混乱していた。  兎に角、逃げないと。マジシャンは、泥にどっぷりと浸かった足を懸命に動かし、沼から出ようとす る。だが、それは間違いだった。そして、最初のスティングは、ファイアーウォールを抜けて出て来た。  「いやあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!」マジシャンの叫び声が、洞窟内に響いた。  一方のスティングが、その泥のような、噴き出した膿のようなドロドロの身体を、マジシャンに近寄 せる。そのグロテスクな光景と、スティングから漂う、腐臭を帯びたガスで、気分が悪くなる。吐いた。 「うぇぇ・・・」ビチャビチャ。と泥沼に吐瀉物が落ちる。  ファイアーウォールに焼かれていた方のスティングは、焼け爛れたその身体で、マジシャンの腕を掴 んだ。「ぎゃあぁぁぁ!!!」焼けたその身体は、まだ熱を帯びている。マジシャンの腕は、たちまち 皮膚が焼け、血液が沸騰した。裂けた部分から、固まり掛けた血液が染み出し、熱で蒸発する。「ひぎ ゃああぁぁぁああぁぁっああーーーー!!」マジシャンの眼から、涙が零れる。熱い熱い熱い。その苦 しみから、逃げ出したい。マジシャンはそう思った。  腕を掴んだスティングが、それを捻り上げる。マジシャンの腕は、上腕部の骨が折れ、肩が外れた。 「がぁっあああああぁぁぁ!!」もう一方のスティングが、マジシャンの身体に自分の身体を引っ掛け る。そして、一気に下へ降ろした。酷い音がした。布が裂ける音、金属製のボタンが弾ける音、そして、 皮膚が剥ぎ裂かれる音。  「―――――――!!!!!」マジシャンは、声すら出なかった。  皮膚が剥がされ、だらり、と皮膚の無い、片方の乳房の脂肪が垂れる。もう片方は、皮膚とともに剥 がれ落ちた。  腹は、肉ごと裂かれ、ずるずる、と小腸やら大腸やら胃やらと内臓が垂れ落ちてきた。  「っはひっはひっひっはっぅ・・・」不規則で、律動の無い、マジシャンの呼吸。それに合わせ、露 出した内臓がぶるり、と揺れた。マジシャンの股から、小水が流れた。ぴくぴくと、血に濡れた膀胱を 震わせながら、青白くなった脚を濡らしながら、泥の中に流れた。  「っひ、っヒーっ・・・」マジシャンは、思い出したように、ヒールを唱えようとする。スティング は、それを許さなかった。マジシャンの両足を一度に掴み、ぐいっと、上に持ち上げた。垂れた内臓が 振り回される。「ひゃがっ」マジシャンの口から息が漏れる。そして、泥沼に叩き付けた。「ぎゃふっ」 勢い良く、叩き付けた泥沼は、石畳のように固い。マジシャンの全身に、ビリビリと痺れるような痛み が走った。ヒールすら唱えられない。  仰向けに、泥沼に落ちたマジシャンの身体は、ズブズブと飲まれていく。残っている腕を必死に動か し、もがいた。しかし、身体は沈んでいった。内臓が飛び出し空洞が開いた腹の中に、代わりに泥が流 れ込む。勿論、腹の中に痛覚や触覚は無い。しかし、その感覚は、マジシャンの頭を否応無く攻撃した。  「っはぅっ・・はっひぃっ・・・・はぁっ・・・」マジシャンの呼吸は、絶え絶えだった。  二体のスティングは、マジシャンの身体を離した。ほぼ死に掛けのマジシャンを囲む。マジシャンは、 何も考えられなかった。泥の中に半分浸かった身体は動かず、全身に走る痛みのせいで魔法も使えない。 死を覚悟した。「っはっ・・・も・・・っと・・いきっ・・・たかっ・・・・たな・・・・」マジシャ ンの最後の言葉だった。  スティングの身体に変化が起きた。掌の形の身体に、一斉に無数の口が生まれた。それぞれの口から 唾液とも、腐液ともつかない、液体が流れた。尖った牙が見えた。赤くテラテラと光る細い舌が見えた。 真っ黒で、闇に繋がっていそうな口の中が見えた。そして、ニタリ、と笑った。喰われる。マジシャン は、それだけを感じた。  二体のスティングは、マジシャンの身体を覆い尽くし、身体中の口で、マジシャンの身体を啜り喰っ た。  グチャグチャ。ゴリッバキッ。ズルッズルッ。ビチャニチャ。グチュグチュ。ズチュチュッ。ベチャ ベチャ。クッチャクッチャ。  泥沼の中に、赤い染みが広がっていった。  ただ、洞窟内に、咀嚼する音だけが響いた。