「きゃーーーーー!!」エルメスプレートの広大な台地に、悲鳴が上がる。ノービスの少女は、自分がなぜここに居るのか、 良く分からなかった。そして、追われていた。  追っているのは、人の形をしたもの。今までに見たことも無い、醜悪な姿の物体だった。  「ひっ行き止まり!?」少女は、袋小路に追い詰められた。膝がガクガクと震え、歯がガチガチと鳴っていた。  そして、物体がのそり、と少女に近づく。  「い・・・・やぁ・・・・・・誰か・・・・たす・・けて・・・・」少女は、か細い声で助けを呼ぶ。が、誰に聞こえる筈 も無い。物体は、少女に覆い被さった。「ぎゃぶっ」少女は叫び声ごと、物体に飲み込まれた。  ジュノー。賢者の都市であり、多くの学者や研究者が住む、学問の都である。  時刻は午前3時。外を見れば、灯りの点いている建物など無い。唯一、街灯の仄かな燈が、道を照らすのみだった。  私は、研究機材のチェックを行う。今日は良い収穫があった。実験用のサンプルが手に入ったのだ。普段は大して役に立た ない失敗作も、今度ばかりは大手柄だ。ガラスで出来た保存槽を覗く。私が創り出した、人の模造品。ホムンクルスだ。失敗 作ではあるが、そこそこの知能と力を持つ。私の命令を良く聞き、愚鈍に動くが、ただ、それだけだ。  ホムンクルス創造が上手く行かないと、他のアルケミストは言う。天才である私に言わせれば、それは単に自分の能力が足 りないだけなのだ。才能の無い、凡庸なアルケミストは、この失敗作レベルの物ですら、成功を夢見る。  私は研究機材のチェックを終えた。全て問題無い。  白衣を翻し、実験用のサンプルが乗せられたベッドへ向かう。サンプルは、眠っていた。  「む、まだ着衣のままなのか。仕方ない。」サンプルの胸当てを外す。意外と大きい乳房が揺れた。  服を脱がし、裸体となったサンプルを観察する。所々、傷があるが、この程度は問題無い。  触診を行う。滑らかな肌を指が這う。サンプルは、時々ピクリと反応を見せた。「目立った病気も無いようだ。上等なサン プルだ。」私はサンプルの状態に満足すると、機材カートから注射器を取り上げる。そして、サンプルの腕に注射した。  「痛っ。」サンプルが覚醒したようだ。「ここは・・・?」天井に吊り下げられている強力なライトが眩しいようだ。手を 目の上にかざす。  「目が覚めたか。」私はサンプルに話し掛ける。「えと・・・え!?なんで私裸なの!!?」サンプルは起き上がり、腕で 身体を隠すように動いた。私はそれを許さなかった。「きゃっ!」サンプルの両腕を掴み、強引に広げた。  「いやーーー!!やめて!変態!!誰か助けてーーー!!!」サンプルが叫ぶ。喧しい。サンプルが足をバタつかせて暴れ た。「大人しくしろ。」私はそう言いながら、サンプルの手首と足首をベッドの拘束機に留めた。  「やだーーー!!やめてーーーー!!うぐっ!?」あまりに五月蠅い。私は、サンプルの口にガーゼを詰め込み塞いだ。  尚も暴れようともがくサンプルだが、そろそろ薬が効く頃だ。  「むーーー!むーーー・・・」サンプルの動きが鈍くなる。十分な効果だ。  「・・・・・」サンプルは、ぐったりとした。私は、サンプルの口に詰め込んでいたガーゼを取り出す。このままでは呼吸 がし辛いからだ。  「ぁ・・・ぅ・・・」サンプルは目を泳がせている。何も喋る事が出来なくなった。これで良い。  ここはどこだろう。真っ白な頭の中で、自分の声がリフレインする。目は見える。強い光が私の目を焼く。  ばらばらに飛び散った記憶を集める。そうだ、私は、今日から冒険者になるんだった。初心者修練場をさっき出たんだ。  そこから、修練場の転送機で、アルベルタに出たんだった。いや、アルベルタの風景は一瞬だけしか見えなかった。足元に 青白い光が見えたと思ったら、その瞬間、違う風景があった。そして、見た事も無い、気味の悪い奴と目が合って、それから。  培養機の中で、エンブリオが動いている。自由に出来る身体を求めて、そして、それが間近にある事を知って、動いている ようだった。  サンプルの各所に、メスで小さな穴を開ける。無駄に生まれる組成細胞を逃がす為だ。そして、開腹を始める。  メスがサンプルの柔らかい肌に突き刺さる。鋭く磨がれた刃先は、何の抵抗も無く、一筋の赤い線を引いていく。ジワリ、 と線から滲み出てくる、赤い玉。それは線の上に幾つも出来た。  線を引き終わり、メスを持ち上げる。刃先が、ライトの灯りで白く輝いた。  私は、サンプルの皮膚の端を持ち、ゆっくりと広げた。十分な広さだ。器具で固定する。筋組織ごと切っている。内を覗け ば、青い静脈、赤い動脈、黄色い脂肪、桃色の腸、青味がかった肝臓。色彩豊かな、身体の内を私は堪能した。。  そうだ、あの気味の悪い奴は、私を見るなり、襲い掛かってきた。あんなの、冒険者の手引きにも載っていない。新種の魔 物なのだろうか?  私は、今、どこに居るんだろう・・・。  私は、培養機の蓋を開ける。培養液で満たされた、その中に手を入れる。丁寧に、エンブリオを取り出す。培養機から出さ れたエンブリオは、苦しがり、より激しく動いた。私は、それを見て、微笑んだ。  「待っていろ、今、お前に身体を与えてやる。」私は、エンブリオをサンプルの胎の中に注ぎ込むように、入れた。  エンブリオは、サンプルの胎の中で、もがくように動く。次第に、サンプルの内臓に溶け込むように、潜り込んで行った。  サンプルの身体が、ビクン、と跳ね上がる。始まったのだ。創生が。  私の中に何かが入ってくるるるるるるる。  気持ちちちちちちわるるるるるるいいいいいいいいいいいいい。  いいいいやややだだだだだだだだだだ。やめめめめめめめてててててててててててててて。  わたたたししししししししははははははははは。わわわわわわわわ・・・・・・・・  エンブリオが内を喰い始めた。自分の物にする為。喰って、自分の身体を創る。  私はその様を観察した。  サンプルの身体の内側を何かが這うように、蠢いた。その度に、サンプルは身体を震わせ捩った。皮膚の中を動くそれは、 内を喰って生まれた、組成細胞の塊だ。組成細胞は、喰う度に膨れ上がり、空洞になった内を埋めていく。余った細胞は、所 々に開けられた穴から噴出した。白い膿みのような半固体の物体だ。偶に勢い良く飛び出す事もある。私は、そのプロセスを 楽しんだ。  わたしわたしわたしわたしわたしししわたたわわしししわいしうしししうぃわかいうぃああいわ  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  わたしは、だれだろう。  組成細胞が、脳に達したようだ。サンプルの顔を歪ませ、脳に這い進んでいく。  最後の仕上げだ。私は、サンプルの皮膚を固定していた器具を取り外す。手首と足首を留めていた拘束機も外した。  サンプルの頭が2〜3倍に膨れ上がる。そして、一気に萎む。口や、鼻、耳、目から、白い液体が流れた。創生は終わった。  サンプルの内部は、完全に置き換わった。これからは、私に従順なホムンクルスとなるのだ。  いずれ、私の研究は、多くの人間に賞賛されるだろう。世界で唯一、完璧な人造人間を創れるのだ。  私は、サンプルだった、それを、培養層に入れた。  培養層のナンバーは、666番目だ。私は、666機の培養層の並ぶ、保存室を出た。  666番目のホムンクルスは、ニタリ、と口を歪ませた。